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第四十九話 錫杖(しゃくじょう)

引き続き荒野の大洞窟です


 

 「だとしたら一体、誰が任務を失敗したんでしょうか?」

 

 違和感を口にしたパーラメントの指摘に、四人の賜卿が互いの顔を見合った。失敗を隠そうとか、黙ってやり過ごそうとか、そういう姑息な手段に出るものはとっさに表情まで誤魔化せない。ので、ごく自然な流れから視線が補欠に集中する。

 

 「えっ? そんなことまで? 新参者は辛いな……」

 

 疑いの容疑が増えたことに対してなのか、どこか悲しげな表情でため息をつく補欠の青年。哀愁すら感じさせるその肩にセブンスターが手を置いて、同情とも疑心とも取れるくすんだ目を向けた。

 一変した空気がまた流れを変える。

 

 「まーまー、補欠くん。とりあえず名前教えてくんない。もちろん質問の意味、分かってるよね」

 

 作り慣れていないのか、みる人を不安にさせる笑顔を作るセブンスター。補欠はゆっくりと顎を引いた後、少し目を泳がせた。答え方を間違えてはいけないと悟ったのか少しだけ、間をあけ答える。

 

 「……与えられた名でしょ?」

 「そうだよ、はやく答えてくれや」

 「それは……五賜卿になってから決まるものじゃないの?」

 

 答えが間違っていたのか、はたまた質問を質問で返したのが良くなかったのか、セブンスターは笑顔を貼り付けたまま動かない。

 だが補欠も焦って取り繕うとはしない。顔をじっとみつめ、その時が来るのをただ待ち続けた。


 「……。」


 遠くからただ見ているだけのかなみでさえ、その駆け引きと空気の重さに息を呑む。真も偽も見当がつかないが、状況的には周りに囲まれてしまっている補欠に肩入れしてしまう。


 補欠はその細い眼を少し見開き、セブンスターの肩の力がほんの少し抜ける瞬間を見逃さなかった。同時にかなみは補欠の垣間見せた赤い瞳を見逃さない。

 

 ──思い出したっ! あの何も感じとれない赤い目は……斎藤(トオル)。黒幕だ!

 

 

 一年半前──。

 日本語の通じる仲間を募集した際、是非とも参加したいと名乗りを上げた男。それが斎藤トオル。当時から得体の知れない雰囲気をかもし出し、なんでも見透かしたような口調をしていたその青年は、フレンドリーであるにも関わらずかなみのパーティーに加わる事なく審査に落ちた。要因は様々だったが、珖代、リズニア、薫、かなみの全員が嫌悪感を抱いた人物であることは間違いない。『黒幕』というあだ名まで付けられるほど避けられる程に。

 一度は仲間になりかけた(トオル)が、今は敵陣ど真ん中で五賜卿の補欠を名乗って立っている。初めから裏切るつもりだったのかどうかは判断出来ないが、トオルが本当に黒幕かどうか見極めるまでは少女も帰るに帰れなくなった。

 

 「……いやだなぁそんな風に試されるなんて、何も信じられてないみたいで悲しいよ」

 「ハッハッハッ。いやー、悪い! そうだったそうだった。いや年取るとそういうのすぅぐ忘れちまうんだよー。意地悪な質問してゴメン、補欠くん」

 

 セブンスターはトオルの背中をバシバシ叩きながら誤魔化すように声を出して笑った。明らかに歳のせいにするのは無理があったが、ようやくあたりの緊張感が和らぎトオルは実質的に受け入れられた。

 

 「僕を疑うよりさ、ピース先輩がここにいない事を疑った方が良くないかい?」

 「うーん、現れないってことはそうなのかもなー」

 「顔も出せないとなると、やられてしまった可能性もありますね」

 「もしくはもしくはぁ、単純に恥ずかしくて顔も合わせられない〜とかぁ?」

 「何でもいいけど、手出しは無用だからネ」

 

 トオル、セブン、パーラ、ピアシー、アルデンテの順に一通り会話が通ると、セブンスターがコイツまだ言ってるのかよ、という目をアルデンテに向けてため息をついた。

 

 「じゃあよ、任務の方もてめぇが片付けてくれるのか?」

 「それで納得してくれるなら、ボクは構わない」

 

 即答で返され一気にフラストレーションを溜めるセブンスターだが、頭ごなしに怒鳴ったところで堂々巡りになることは分かっているようで、一旦気持ちを落ち着かせた。


 溜飲は下がらないがアプローチを変えることにした銀メッシュは、顎に指を添えながら少し俯き、周りに聞こえないほど小さな声で何かをぶつぶつと唱えながら歩き始めた。それもすぐに終えると青い女の方を見て告げる。

 

 「パーラメント。確かこの辺りはお前の趣味……いや、あきないのテリトリーだったよな」

 「ええ。この地域一帯も一団の商業区域ですが。それがどうかしました?」

 「そんじゃー、この辺りの地形にも詳しい?」

 

 手応えがだいぶ良かったのか、セブンスターは右頬にだけ皺をつくる微笑を見せた。イマイチ要領を得ない話にパーラメントは不思議に思いながらも応じた。

 

 「……ええ。地形のみならず魔物の出現場所や時間、行商人たちの極秘ルートまで全て把握していますが」

 「じゃ決まりだな。軍備及び地形を活かした作戦立案(アドバイス)がお前の担当だパーラメント」

 「まぁ……貴方に命令されるのは死ぬほど癪ですが、それくらい構いませんよ」

 

 自分の趣味や情報が遺憾なく発揮できる担当とあってか、パーラメントは不満を少したれるだけに留まって従う方針を固めた。

 

 「それ以外のことでもし困った事があれば、そちらのラッキーストライク(指揮官様)に聞いてくれ」

 

 歩きながら背中越しにセブンスターはそう伝えると、誰もいない広場の方へ行く。そして何も無い空間に向かっておもむろに手をかざすと空間が小さく歪み、そこから一本の杖がヌルりと出現した。召喚された杖とともに地面には魔法陣が焼き焦げた跡のようなものが染み付いていた。


 杖はセブンスターの身長よりも長く、幾つもの金輪が上部に通してある形をしていた。さながら修行僧が長旅に持ち歩く錫杖(シャクジョウ)そのものの見た目。錫杖は手に触れることも無ければ、地面にも反発する形で空間に立って浮いている。まるでそこにあるのが当然かのように聖剣にも似た神聖な佇まいを(おこ)している。

 

 「帰るぞ、ピアニッシモ」

 「え? やだー、連れてってくれちゃう感じ? パパ好きー!」

 「誰がお前のパパだ」

 

 ピアニッシモは相当嬉しいようで、パパ活する女子高生みたいなテンションでぴょんぴょん飛び跳ねながらセブンスターの背後に抱きついた。

 実際、親子ように見えなくもない二人のやり取りを、トオルが水差す。

 

 「招集を受けておいて勝手に帰還するのは、幾ら先輩方でも関心しないな」

 「ん? たしかにオレたちはなかば強制的にココに連れて来られちゃいるが、別に全員でコトに当たれとは一言も言われてないんだよな。どーせ手伝う言ってもこのガンコ者は聞く耳持たねーだろーし、目的さえ達成できればその過程で何人抜けようが構いやしねぇさ」

 

 もっともらしい意見を述べたあと、セブンスターは振り向きざまに殺気をまとった鋭い眼光をトオルにさし向ける。

 

 「つーか……あんなちいせぇ街潰すのに、オレら全員が出張るわけねぇだろが」

 

 薄ら笑いがサッと引いて玉のような汗が吹き出すトオル。それに満足したのか、セブンスターは殺気を止めた。

 

 「まっ、早く帰りたいってのも本音だなー」

 「……仮にもしそれで失敗してしまったら、先輩方が罰を受けることになるよ」

 

 殺気を味わっておきながらすぐに平然と立ち向かうトオルが愚痴をこぼすように言うと、またしても空気がピリつく。


 セブンスターが背中を向けたまま黙って立ち止まる。冷気にも似た殺気が足元からジワジワ漏れる。このままではまずいと感じたのかパーラメントが口を開いた。

 

 「連帯責任は覚悟の上です。その時はワタクシたちも等しく罰を受けることでしょう」

 

 セブンスターを怒らせたトオルに初めて興味を持ったのか、ピアニッシモが続く。

 

 「ラッキーちゃんを信じてダメだったら、信じたピアシーたちも悪いってことじゃん? しょうがなくない?」

 「分からないな……。誰よりも弱った彼を、一度ならず二度敗北した彼を、よく信用できるね」

 「アハハヒャハっ!」


 トオルの真剣な疑問に何故か笑いのツボを押されたように吹き出したセブンスターが機嫌よく振り返って答えた。

 

 「信用? やめてくれよ、万単位の軍を自由に動かせるオレたちが、お互いの強みを活かして協力し合えるとでもホンキで思ってんのか? 全員で問題解決に当たることが必ずしも最大効率じゃねぇし“任せて起きた失敗”は“任せた側”にも発生する。だったらそれは連帯責任も同じことだろ?」

 「もぅ! それ、ピアシーが言おーとしたやつぅー!」

 

 ピアニッシモはセブンスターの袖を掴んで、プクッと膨れてながら怒った。

 

 「いーだろそのくらい」

 「よーくなーいー!」


 じゃれ合う二人を尻目に、トオルは五賜卿のあり方を冷静に見詰め直す。


 ──互いが互いの干渉を嫌いながらも、実力を認める間柄にある。だからこそ生まれる信頼関係……。

 うむ、これが五賜卿か。敢えてそれを口に出すのは(はばか)られるのだろう。しかし出さずとも彼らには伝わるわけか。偉大な存在に忠誠を誓い、兵を賜った者同士だからこそ生まれる均衡関係(パワーバランス)。やはりまとめている者もただものでは無いな。

 

 「まったク……。そういう友情ごっこはよそ、デぇっ!?」

 

 むず痒くなるほどの信頼を素直に受けられないアルデンテが悪態つこうとすると、その首根っこを掴み、自分の所へ引き寄せたパーラメントが満面の笑みで「本音は?」と言った。右手でつまんだ謎の小瓶を見せびらかしながら。

 すると少年は観念したかのようにミミとシッポをしゅんとさせ、嫌々それを口にした。

 

 「し……失敗しないように、ガンバるよ」

 「よろしい。ではどうぞ」

 

 ご褒美とばかりにパーラメントが翠色の液体が入った小瓶を渡すと、アルデンテは苦そうな顔をしながらもグビっと飲み干した。直後、身体は生気を取り戻したようにハリツヤを生み、少年は以前にも増して元気な姿を取り戻した。ミミやシッポも毛並みがいい状態過ぎて爆発している。

 

 一方でピアニッシモが錫杖を握ってセブンスターを急かし始めた。するとセブンスターは先に行くよう指示した後、トオルに一緒に帰還するか問うたが、トオルは先輩方の戦いを間近で見て学びたいと残る意思を告げた。

 

 「そうか、せいぜい巻き込まれねぇよーに注意しとけ」

 「セブンスターってなんだかんだ周りのこと気遣うしー……もしかして、優男?」

 「悪口か?」

 「褒めてるしー。先いくよー!」

 

 楽しそうにやり取りを交えながら、ピアニッシモは錫杖をシャンシャンッと二回地面に小突いた。すると杖だけを残し忽然と姿を消した。

 気配も完全に消えたことでかなみは目を丸くしたが、同時にあの杖がポータルであることを察した。

 

 「最低限できる譲歩はここまで。負けたらクソ面白れーだろな」

 「油断はしないサ」

 

 二人の男は鼻を鳴らすように笑いあった。

 

 「パーラ、剣を買いたい。二本」

 

 肩の調子を確かめながらアルデンテが聞く。

 青い女が「お代はいりませんよ」と笑うと、さっきのは冗談だったのかよと言いたげに目を細めた。


 「真上に馬車を止めています。そこから好きなだけ持ってってください。それとついでにこの辺りの地図をお願いします」

 

 アルデンテは勢いを付けると三度壁を蹴って駆け上がり、天井の穴から地上に出た。それを何となく見届けたセブンスターが錫杖を掴み、地面に小突こうとした瞬間、何かを思いついたように目を見開いた。

 

 「あ、そーだ。補欠くん、キミの忠誠度を知るためにひとつテストをさせてくれ」

 

 ──テスト……? まだ何かするつもりなの?

 

 そう思いながら物陰から注意深く観察するかなみの背後には、別の錫杖(・・・・)が浮いていた。


 かなみはそれに気付かない。


 それでも、足元にいつの間にか描かれていた焦げ跡には自然と目がいった。

 

 あれ、さっきまで無かったのに。と自覚する。

 

 ──この模様、まさに谷底でみた魔法陣が確かこんな感じの……まって! じゃあ!

 

 焼き跡に気を取られていた少女の背後から、シャンシャンシャンッと三回音が鳴る。先程聴いたばかりの音が背後から鳴り響いて、反射的に振り向いた少女の居場所に変化が起きる。

 

 「あら、女の子だけ?」

 

 パーラメントが目の前でちょこんと座り込む少女に感想を述べた。

 

 「……へっ……? あ……」

 

 かなみは状況を飲み込めず、正気を失ったかのように辺りを何度も振り返る。だが、状況は変わらない。

 

 かなみは、廃村の──五賜卿(ヤツら)のど真ん中にテレポートしていた。

 

 「まー、術者に逃げられたのは仕方ないとして」

 

 気だるそうにセブンスターが少女に近づく。

 そして目線を合わせるようにしてしゃがむと、肩にポンっと手を乗せて、かなみを見て楽しそうに微笑む。

 

 「クソ面白そうだから、この子の処理は任せたよ補欠くん」

 

 不安を煽られかなみは声も出なくなった。

 

 

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