第四十八話 補欠の男
---別視点---
─荒野の大洞窟─
「……こりゃすぐには来ないねぇ。つーことは俺が指揮を取らなきゃなんねーのかよ。メンドいなー……」
銀メッシュは自分の目元のくまが更に大きくなりそうな予感に顔を歪めつつ首をさすった。同時に最後の〝ピース〟が揃う前に動くことを決断する。
「まあ、今回の招集は我らが候補様直々のお達しですし。そう気を揉まずに頑張りましょ」
「珍しくやる気だなぁパーラメント。商人の勘ってやつか?」
これ以上何も無さそうなら帰還して〈レイザらス〉に報告を──。そう思っていたかなみの耳に新たなワード『候補さま』が飛び込み、もう少し粘ることに。
ポロッと大事な情報を漏らしてくれる事を期待しながら意識を再び四人に集中させる。
「はい、勿論ですとも。細かな情報やあって困らない物資の手配サービスといえば、安心安全即日のミファレド商会の出番じゃありませんか」
銀メッシュに〝パーラメント〟と呼ばれた青い女は、自分の持てる最大限の力で戦争に花を飾ろうとしていた。それは十分かと言われれば足らず、必要かと言われればあって困るものじゃない程度の、彼女の趣味の範疇を出ないもの。青い女は自信たっぷりに自分の趣味を交えた営業トークを展開しだす。
「一人でもとーーってもお強い皆さんが大事にされてる、とーーっても頼りになる兵士たちを気兼ねなくお使い頂ける環境づくりを是非ワタクシめにご提供させてください。ええ、同じ五賜卿です。御方より賜りし者同士、今ならお安くしときますよ。いかがです?」
かなみはどこからともなくメモを取り出し『青い女』『パーラメント』『ミファレド商会』と自分に読める字で書きなぐった。
商人のスイッチを入れてしまったことを悔いて頭を抱える銀メッシュを横目に、階段に腰掛け片膝を曲げた状態で項垂れる少年が力なく言う。
「ボクたちに媚びを売ってまでお金を稼ぎたいのか。同じ五賜卿と言うには少し恥ずかしいヨ」
「自分が媚びたくないからワタクシにもさせないと。なるほど、貸し借りが嫌いなお前らしい発言ですね」
アルデンテはそーっとシッポに伸びてくるツインテ少女の手を払いのけてゆっくりと立ち上がった。少女から逃げるように歩き出すと、ツインテがアルデンテの座っていた階段に不満げに腰を下ろした。
「もうさ、いい加減帰りなっテ。こんなくだらない話し合いしてても、かえって時間を無駄にするだけだろ。それにキミたちにだってやりたい事の一つや二つ、他にあるだろウ?」
「しっぽ触りたーい」
手を挙げて笑顔で答えるツインテをろくに見ようともせずスルーしたアルデンテはそのまま話を続ける。
「これは忠告でもある。何も知らずに突っ込めば痛い目に遭うだけだヨ」
「……ハッ、痛い目に遭う? お前がゆーと、説得力がレベチだな」
呆れたように皮肉を返すセブンスターに追随する形でツインテールの少女はあざとかわいい笑顔を見せる。片手で口を抑えて笑う『罵倒ポーズ』はわざとやっているようだ。
「クシシッ、ラッキーちゃん、カッコわるぅ。助けてくださいお願いしますって素直に言えばいいのにー。悔しいのは分かるけどさー、さすがに女々しいっていうかぁ……ねぇ? パーラメント」
「こっちに理解を求めないでください、ピアニッシモ。ワタクシたちの目的は仲間うちでモメることじゃありませんので」
「そうだぞーピアニッシモ。やる気がある事は素晴らしいことなのに、それを女々しい呼ばわりはちと、言い過ぎだわ……」
自分から焚き付けておいて一歩引いた発言をするセブンスターに〝ピアニッシモ〟と呼ばれた少女は男の鎖骨あたりを執拗につつきながらキレた。
「ちょっとぉ! さすがに言い過ぎたかなとは思ったけど、ピアシーが言い始めたみたいに言うのおかしくない!? ねえ? ねぇ!」
セブンスターは苦笑いを浮かべながら両手を自分の顔まで上げ無抵抗の意を示した。つつかれる度に後ろに下がらざるを得ない状況に、想像以上に怒らせてしまったのだと内心反省しながらも、
「はいはい悪かった悪かった」
と面倒くさそうに受け流す。しかしその感じが伝わったのか、ピアニッシモの怒りは収まらない。
かなみは『ツインテ少女』『ピアニッシモ』『いじられかわいい』と追記。隣のページには箇条書きで『銀メッシュ男』『セブンスター』『二徹明けの顔』と書かれている。
「いい加減、話を戻しましょ」
「良くなぁい! シャーッ!!」
辺り構わず威嚇する猫のように怒髪する二本のテールは、その標的を青い女、パーラメントに変えて今にも襲い掛かりそうな気迫を帯びた。だがそれを周りは華麗にスルー。
スルーかイジられるかのどっちかしかしてもらえないピアニッシモを可哀想だと思いつつも、そろそろウザったいと感じ始めたかなみが再び耳を澄ませて集中する。
「よし。そんじゃーっ、まずはどこから手をつけるかーだな」
「だから〝無視〟はイヤだってばー!」
少女の咆哮は虚しくも空を切った。陰に隠れて五賜卿たちの様子を伺うかなみも、これには同情──いや無反応。
「そうですね……とりあえず、そこで隠れてるつもりの方から、どうするか決めましょ」
──ッ!!??
それは突然の名指しのようなもの。
かなみはどうしてパーラメントにバレたのか思考をフル回転させながらも、それがただのブラフである可能性も考慮して静かに息を潜めてみせた。
動揺してもすぐ様子を伺えるその冷静さは、同じ年頃の少女ではまず味わうことの出来ない数多くの知識や経験則、チートがなせる行動だった。
「ずーっと隠れてるつもりだろうが、オレたちが気付いてねーとでも? 諦めて出てこいよー」
「クシシッ、もし仮にだけどぉ、逃げようとしたらぁ……死んじゃうかもだから」
アルデンテ以外の三人がブラフであることを否定するかの如く、隠れている者に向けて忠告を発した。当然、かなみは気付かれているものだと観念するせざるを得なくなる。
┠ 隠密 ┨や┠ 気配遮断 ┨が効かない連中から逃げ切るのは至難の業だろう。だが手段はまだ残っている。本当にヤバいと思ったら┠ 瞬間移動 ┨をしてしまえばいい。今は下手に刺激しないように大人しく姿を表そう。
そう考えて重い腰を上げたその時。
パチパチパチパチパチ──。
かなみのいる方向とは真反対の方角から、一定のリズムで手拍子を刻む男が影からスっと現れた。男はゆっくりと歩を進め、五賜卿たちの前で立ち止まった。
「いやー、おみごとお見事。まさかこうもあっさりバレるなんて。さすが五賜卿としか言いようがないなぁ。ああっ、安心してください。僕は先輩方の味方。五賜卿の見方ですから」
見つかったと思って観念したら別の誰かが名乗りを上げて出てきた。
え、なに、どゆこと? かなみは完全にフリーズする。言うならば、名探偵がズバリ的中させた犯人が物語に一度も登場していない人物だったくらいの──冷めるような誰? 状態である。
状況の全く理解出来ていないかなみだけを差し置いてその場が動く。賜卿全員から猜疑的な視線が男に注がれた。
それは何故か──。
男が何者なのか、この場にいる誰も分からなかったからだ。
「なにもんかねー、てめぇさんは」
先に警戒を示したのはセブンスター。腰掛けていた柱から立ち上がり男の方に体を向ける。疲労を蓄積した眼で鋭く睨みつけながら。
終始笑顔の謎の青年は自分が敵で無いとアピールするかのように両手のひらを見せた。
「いやだな……味方だってば。僕はその、ラッキーストライク先輩が戦えない状態だった場合を見越して配属された、いざっての時の代用品? ってやつなんだけど……」
「つまりあれか、五賜卿の……補欠」
「そう! それ、補欠。いざって時のね」
先輩と呼んでいる割に男の態度はいやにフランクで、人差し指と親指を立てながらセブンスターに向けていた。
男の登場によって有耶無耶になったかなみは、バレたのはあの男の方だったのでは? と勝手に解釈して元いた位置に再び隠れ納まることに。しかし同時に、自分以外に隠れていた人間はいなかったはずだと男に対し謂れもない不安感を覚えた。
「なんなんだろ、あの人……」
固めた砂で出来た座席の後ろから、男の容姿をおそるおそる肉眼で確認する。
地上の光に照らされた男の赤毛が明るく輝いている。毛先の方は黒くグラデーションがかっているのが見えた。上から見るに整った顔立ちの青年という印象。そして何より、糸のような細い目が特徴的で──、
──なんだろう、どこかで見たことある。あのヒトは確か……。
かなみは薄い記憶の残滓を辿って眉を何度も動かす。だが、スグには思い出せず下唇を軽くかみだした。
「ワタクシたちの仲間なら、どうして隠れる様なマネをしていたのです」
未だ疑心を宿すパーラメントが青年の退路を塞ぐようにゆっくりと近づきながら質問する。すると青年は笑顔を崩さず答えた。
「ほらっ、先輩君がこの通り生きてた訳でしょ? そうなると補欠の僕には活躍するチャンスはないかなって。あとは……出づらい雰囲気があったよね」
「へー、それは残念だったね。ラッキーちゃんが死んでればニューシキョーになれたのにねー」
ピアニッシモは口を挟みつつも補欠の彼にはあまり興味が無いようで、自分の指を反るように伸ばしながらネイルが剥がれていないかをチェックする。
補欠の後ろ姿を凝視しながら黙り込んでいたラッキーストライクが何か大事な事に気付いたのか、突然、自分の膝をパンッと叩いた。
「なるほど、キミが代わりねぇ。前はそんなこと言わなかったけど、そういう事だったのか」
ラッキーストライクはニヤリと笑みを浮かべてそう言った。それに反応を示した男は身の潔白を証明できると思ったのか急に明るい表情をつくる。
「ああ! 以前会った時のこと覚えててくれたんだね。あの時の僕はただの伝令役に過ぎなかったのに、嬉しいよ!」
「ああ、思い出したとも……。ボクの城が不法に占拠されてるって話をキミから聞かされて、ボクは城を訪れたんだから。おかげで……このザマだよ」
ラッキーストライク、もといアルデンテは城に立ち寄ったことで珖代と洸たろうの二人と遭遇してしまった。
のちに聖剣使いと勇者に二分する相性最悪の二人組との戦いを余儀なくされ、結果的に二度の敗北を招くにまで至ったのも──全てはその伝令役の一言がきっかけだったのだ。
その男を信用したせいで負けたように言いがかりをつけるアルデンテは、裏切られたことよりも信用してしまった自分自身に腹を立てる。思い出し膝を叩いたのはそれもあったのだろう。
補欠の男にダマされて行動した。──否、動かされてきた屈辱。
ここでひとつ、アルデンテの中で問題が生じる。
この補欠野郎は勇者がいることを知っていてわざと城に向かわせたのかどうかという点だ。仮に知らずに伝えていた場合、情状酌量の余地は多少なりともある。だがそうでなかった場合、五賜卿を減らそうという意図が透けて見え、その行為事態が主への叛逆行為とも取れる。後者であれば生かしてはおけない。
つまりその真意によっては、アルデンテは補欠の殺害を辞さない考えだった。
少年の怒りを察したように補欠の青年は悲観的な表情を見せる。
「それは悪いことをしたよ。まさか、勇者と聖剣使いの二人が占拠してるとは思わな──」
「いやいやいや、知っててやったんだろ。聖剣使いにやられたとは言ったけど、ボクは一言も勇者と別人だとは言ってない。勇者と分けて考えるのはそれを知ってる奴じゃないとおかしいんだヨ」
アルデンテの強く遮る言葉で空気が一変する。補欠から笑顔が消える。
「ボクが居なくなってくれたほうがキミには都合がいいもんネ。補欠くン?」
墓穴を掘った男の言葉ほど信用できないものは無い。酌量の余地が生まれる隙など、もはやなかった。
一見、理不尽にも思える切り返しだが、不信感を募らせた補欠の怪しげな言動や横柄な態度が招いた自業自得な結末だといえるので、周りは補欠を助けようとはしない。
あの二人に城で出会ったのは偶然ではなく、ラッキーストライクという賜卿の消滅を願う補欠の策略だった──という結論だけが実質的にその場に残った瞬間だった。
張り詰めた空気の中、パーラメントが切り出す。
「待ってください? 今の話が本当なら、お前は自分の城に訪れる為だけにユールに来たというのですか?」
「任務があった事は知ってる。だけど、それを任されたのはボクじゃあない」
「だとしたら一体、誰が任務を失敗したんでしょうか?」
沈黙がその場を支配した。
 




