第四十七話 ユキの本心
本編に戻ります。
---ユキ視点---
転生とは、今までの肉体を捨て新たな生命として生まれ直す方法である。
この世界には様々な手段でもって異界からヒトを呼ぶ方法が存在する。その一種が記憶や新たな能力を引き継いで一からやり直す〝転生〟と呼ばれる方法。
「おらァ転生によって〝双子〟っつー位置づけでこの世に生を受けた。ンでもってその片割れってのがユイリーなんだ」
珖代は驚きのあまり口が塞がらないみたいだ。もしくは、よく分かってないかのどちらかだ。
完全な二重人格──。という訳ではないが……さて、どう説明したものか。珖代が「双子……?」と聞き返してきたので顎を引いてそうだと応える。
「元々双子だった俺たちは、ある事件を境に一人になった。俺とユイリーが産まれた里は、世間から腫れ物扱いされた魔術師たちが大陸中から集まって出来た、非常に稀有な里だった」
年柄年中、霧が立ち込める森の中にあるものだからヒトの寄り付かない閉鎖的な里だったのだが、時代に淘汰された魔術師たちにとってはむしろ安息の地であり、魔術師たちの手によって独自の社会が構築されていた。
魔術で服を編み、魔術で木を切り倒し、魔術で開拓し、作物を育て水を浄化し、給仕や兵士すらも賄い、里を動かす。そんな光景は幼い頃からの日常だった。世俗と切り離された環境は不便ではあったけれど、それがこの世界の常識なのだと俺は思って暮らしていた。
魔術は暮らしを豊かにしてれる反面、それこそが全てだと考える愚か者も多く、もれなく全員変わり者だった。
少しでも多くの魔術を使える者が権威や威光を示せる社会では、病気を治す力に長けた魔術師が医者より重宝されることもあって、幾多の魔術師たちが日々互いを出し抜くための研鑽に余念がなかった。
連中はいつしか隣人よりも優位な立場でありたいと考えるようになり、命に関わる“禁忌魔術”にまで着手し始めた。俺たちの母親もそんな一人。信じられるのは一族から引き継ぐ魔術だけだと怪しい実験ばかりしていた。
そんな里だから子供たちは満足に外で遊ぶこともできない。何が命取りになるか分からないからだ。そういう意味では子供たちにとって退屈で窮屈な里だったと言える。
「閉鎖的で土着信仰も根強い里でな。変わった風習とかもスゲー濃く残っててよォ、俺たちゃ双子は、ある掟に生まれた瞬間から背いちまってたワケよ」
今でも納得がいかない悪魔の風習。
『双生が邪気を創成する門ならば、山の神、これを食らい閉じる者なり』
「里じゃあ双子は災いを呼ぶモノだってホンキで畏れられてて、どちらかは死ななきゃならねェことが生まれてすぐに決まっちまったんだ」
「決まっちまったって……、受け入れたのかよ……」
「産まれたばかりじゃ抵抗なんか出来やしねェよ。ユイリーに至ってはそんときの記憶すらねェだろーさ」
「それで、殺されたのか……?」
俺たちを産んだ直後──。
母親はどちらを捨てどちらを生かすか、究極の選択を迫られた。しかし考える時間が欲しいだのと偽り、周りを離席させ、一人きりになった隙をみて我が子二人を抱えて逃げ出した。
「母親ってのはスゲェんだぜ。産んだばかりで体力もねェはずなのに、俺たちを守りたい一心で二人を連れて里からの脱走を図ったんだからな。まあ、結果的には逃げきれなかったんだけどな……」
一人では逃げ切れる筈もなく母親は森の中で倒れた。そして、最終手段として双子にある禁術を施した。
禁術【地縛魂送】。
対象者の魂を強制的に別の肉体に移し替える強制人格操作魔術【地縛魂送】。
失敗すれば人格が一つ消し飛び、術者が死に至るほどの禁術。母親はその禁術を自分の両腕を代償として成功させてみせた。成功させたのもそうだが、両腕だけに済んだのも奇跡だったらしい。それによりひとつのカラダに二つの魂が宿ることとなり、抜け殻となったもう一つの肉体が山の神に模した大蛇に捧げられることとなった。
「流石に逃げ切れないと悟った母親は、俺たちふたりに魂を移植させる禁術をかけ、魂の無い身体と魂を二つ宿す身体に分けたんだ。前者の肉体は山の神と崇められる巨大な白蛇にパクッといかれて腹ん中。後者の肉体は今おめェの前にいる俺たち──。ここまでは理解したか?」
「ユキとユイリーは同じ身体を共有する……、元は双子の兄弟ってことか?」
「姉妹な。その認識で間違ってない」
禁術後、気を失った母親は里に連行され罰を受ける運びとなった。無論だが里の連中は掟を破ることを良しとしない。だが、掟を破った罪を甘んじて受け入れようとした姿勢が認められたらしく、その両手に赤子を抱けないことを罰として母親は里の魔術師連中から赦された。
禁術の方はバレずに済んだ。だが、“赦された”という部分に俺は納得がいっていない。
母親は介護なくしては生活できない状態にまで落ちた。それはカースト最下位の魔術師になったと言っても差し支えないレベル。一歩外に出れば子供に小石をぶつけられても文句も言えないほど弱い立場。だからなのか、家でじっと塞ぎ込んでいることが多かった。俺が産まれる前はきっとそんな人じゃ無かったと、元気なユイリーを見る度、そう思えて胸が傷んだ。
「……軽い気持ちで生まれ変わったせいで、俺は二人の女性を同時に傷付けちまった」
ユイリーからは人生を。この世界の母親からは両腕と希望を奪ってしまった。
腕は魔術義手でどうにかなったが、安易な気持ちで転生に及んだことを俺はながく後悔した。そうして、この身体が五つの年を迎えた晩──、俺は母親に忸怩たる思いを伝えた。
「自責の念に耐えかねてっつーのかな、俺は転生者である事を産みの親に明かした。するとあのヒトは、そんな俺も自分の子だから変わらず愛するって言って抱きしめてくれたんだ。そん時ばかりは、……なんつーか、年甲斐もなく甘えちまったなぁ」
話をしていて、ニヤケてしまうのは何故だろう。今更ながら小っ恥ずかしいのかもしれない。鼻頭がなんだか熱くなってきて掻いた。
「それを期に俺は自分の人格を表に出すことはヤメにしたんだ。これから先の人生は、ユイリーのやりてェようにやらせてやりたいと思ったからよ」
十三になる年、母親はユイリーに全てを打ち明けた。ユイリーが俺の存在を知ったのはその時だ。
その後、ユイリーは魔法士になるという夢を叶えるために里を出た──。そしてユールに辿り着いたのである。
「でだ。普段はユイリーに主導権を渡してんだが、今はワケあって眠ってもらってる。ユイリーの見る景色を俺は共有してるが、ユイリーは俺の景色を見ることはまず無い。だから安心しろ、今は俺らだけだ」
珖代が言いたいことを言えるように、ユイリーが今この時のことを記憶できないと伝えた。
顔をしかめ鼻の穴を広げている。あまり信用されていないみたいだ。
ピヨスクやチョイチョイは大人しくしてくれている。炎天下の地面に座るのもまあ熱い。だからたまちゃんは辛そうなのか。さっさと終わらせよう。
「俺が表に出ることは滅多にねェが、今回はどーしてもおめェに伝えたいことがあって出て来たってワケだ。つーことで大まかな経緯はこれでおしまいっ!」
俺は跳ねるように膝を叩き、その勢いを利用して立ち上がった。同じように珖代も立ち上がる。
「質問あるか? ちなみに俺は無い。これでも一応、お前たちのことはずっと前から見て知ってたし、大概のことはユイリーを通してなんでも──」
「ならなんで黙ってたんだよ!」
珖代が沸点を爆発させた。暑さにやられた訳では無さそうだ。溜め込んでいた思いそのものが溢れ出た感じ。
「どうして今なんだよ!」
求める答えは勿論ある。ただ、信用してもらわないと意味がない。小さすぎて見下ろしていた珖代を今は見上げるほど背が高い。
「俺はユイリーから多くを奪った。だからもう、引っ掻き回すようなことはしたく無かった」
「そう思ったならっ……! いまさら出てくるなよ!!」
「出来れば会わずにいたかったよ俺だって。でも、こればっかりは俺から話さなにゃならなかったんだ」
空気が重い、口が異様に乾く。
痒い訳でもないのに首筋に手を置いてしまう。手がヒンヤリ冷たい。
お互い瞬きが多くなって、珖代が目を逸らした。なかなか合わせてくれない……それもそうか。
くすんだ瞳をした珖代を公園で初めて見つけたあの日、生前の両親が経営する孤児院にも同じ目をした奴が居たのを思い出した。そいつが触れるもの全てを傷つけるだった奴だっただけに、同じようになって欲しくなくて世話を焼き始めた。それがいつの間にか可愛い弟のように思えてきたのはいつ頃からだっただろうか──。
こいつの人生がより良いモノになってくれるなら努力は惜しまないと決めて、その通りに生きた。そして満足に死ぬことが出来た。転生という思わぬ形だが、その後を見届けられる幸せも得た。だが再会を果たした今はどうだ? あの頃の少年は俺なんか必要としていないし、今や誰かの為に自分から行動を起こしているじゃないか。
悲しいが成長は喜ばしいことだ。それに、珖代にとって俺は過ぎた過去であるべきだったはず。
死人が今さらどの面下げて来てんだって怒るのも当然の権利。今は珖代よりユイリーのことに手一杯で考えてやれなかった。だから正当な怒りはまっすぐ受け入れてやらないといけない。
こんなに近くにいるのに、俺と珖代の距離は今までで一番遠くに感じた。
「気付いた時にさ、声、……掛けてくれてもよかったじゃんか……。珖代だって気付いた時にさ」
「……かもな」
もっと早くからこうするべきだったのかもしれない。今は何を言っても距離を埋められる気がしない。
──正直、思い違いだと思ってた。
多少面影は残ってたものの、自分じゃ何も出来なかったあのたまちゃんが、俺なしでもイキイキしてる姿を信じられなかった。だから人違いだと。
でもユイリーが自然と打ち解けて仲良くなるにつれて、やっぱりたまちゃんはたまちゃんなんだなぁって、ココロで理解した。見た目はだいぶ逞しくなっちまったが、根底にある優しさは何ら変わってなかった。
だから複雑な心境に陥った。
再会は嬉しくもあったが異世界で会うということがたまちゃんの死による転生、あるいは転移を連想させたからだ。お前も死んだか? なんて声を掛ける訳にもいかねェし、仮にそうだとしても俺を覚えてるとは限らない。覚えてたとしても勝手に死んだことを責められるのが怖かった。だから会わずにユイリーの中から見守っているだけでいようと──……要は、ビビって勇気が出なかったんだわ俺は。
そうする訳にもいかない事情ができ、怒られるのも覚悟して前に現れた。だがそれはこちらの都合であって珖代には関係ない。早急に本題に入らなければいけない。なのに……会話を始めてしまったら、話したいが止まらない。
「そ、そういやさー、ユイリーがおめェに好意を抱いてるのは気付いてるか? いや知ってるか。あれな、どうやら俺のセイらしいんだわ」
話したいこと、くだらないこと、伝えたい事がいっぱい頭に浮かんできてしまう。
「いやー! 参ったぜほんとに。俺の影響を受けちまっておめェに惹かれちまってるみたいでよォ。本人もなーんで好きになったのか分かってねーみてェなんだよ。完全に俺のせいだすまんなー」
こんな話、今はする必要も無いはずなのに。
「どういう意味だ……」
「おいおい、言わせンなよォ恥ずかしぃ。俺がおめェを ア イ シ テ ル からだよっ」
「黙れニセモノッッッ!!!」
「ニセモノっておま──」
「ユキはそんな事いわないッ! 俺の英雄をバカにするなーーァァ!!!」
身をよじりながらわざと瞬きして冗談ぽく言ってみると、珖代は目の色を変えて俺に殴りかかって来た。
あまりの凶変ぶりに驚いたが、振りかぶるだけで腕を伸ばしては来ないので、身体ごとカンタンに受け止められた。
身体はユイリーのものでもあるから手加減したのかと思いきや、珖代は頬を涙で濡らしていた。どうやらバカにされたことを本気で悔しがっているみたいだ。アホかこいつは。俺、ホンモノなんだぞ?
いや、それだけの涙で無いことは分かっている。
この十数年。珖代にとっても思うことは沢山あったハズ。俺だって質問が無いなんてのは完全な嘘っぱちだ。聞きたいことなんて、ヤマのようにある。
「……うう、……ううう……」
なんのあれかは今は聞かずにおいてやる。ワケもわからず流れてしまう涙もある。背中でも叩いてやれば、落ち着くだろう。
珖代がゆっくりと身体を預けてきた。泣き顔を見られたくないようだが、肩を震わせていたらバレバレだ。ここまでわかり易く態度で表してくれれば、否が応でも尊敬してくれていたことを実感する。どうやら俺は兄貴、姉貴分を全うしてたらしい。
背中をさすってやる。
コイツもまだまだ兄離れ出来てないのな。気にかけてやらないといけないってか? ……まったく、手のかかる弟だ。
「悪かった、冗談だ冗談」
間違っても冗談なんて言うべきじゃなかった。向こうから距離を詰めてくれたのだから、俺も本音で伝えるしかなくなった。
「でも、愛してるのは本当だ。お前のことは今でも本当の弟のように思ってるよ。珖代」
俺を兄貴として認めてくれるなら。示し返すしかない。その肩を抱き寄せる。せめて震えが止まるまで。ユイリーが起きていたらちょっぴり刺激が強すぎるくらいに強く、強く抱き締める。
ずっと伝えたかった心のつっかえを外す。
「立派に成長したな、たまちゃん」
「……う、当たり前だ……何年経ったと思ってる……」
「十五年、かぁ。もうそんなに経つんだな」
外見的にも内面的にも成長してくれた弟が、こうも素直に甘えてくれることはたぶん一生ない。なら最後くらい思う存分泣かせてやりたい……が、そうはいかない複雑な事情がある。
「……ゴメン、なさい」
それがなんに対しての謝罪なのか俺にはよく分からなかった。でも珖代にとってのそれが心のつっかえなら、取れるように受け入れてやるのが俺の努めだ。
物事には始まりがあれば終わりがある。
感動する時間はここまでだ。
「謝らなきゃいけないのは俺の方だよ、珖代」




