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第四十六話 トラックで奪い奪われる人生。


 ---珖代視点---

 

 

 

 「おいおい……もしかしてまだ疑ってるのか? そりャねェだろたまちゃん。俺だぜ、雪谷(アザナ)。お前の大親友の」

 

 

 ──俺の人生はユキによって二度救われ、一度失った。

 

 

 「むしろ、ユキタニアザナじゃピンとこねェか。それとも……親友だと思ってたのは俺だけか?」

 

 目の前のユイリーちゃんはそう言ってガックリと肩を落とした。……いや、ユイリーちゃんとよく似た、過去の知り合いが。

 

 

 不思議だ。

 一見すると一流の魔法士を目指す元気な少女の姿をしているのに、その一挙手一投足がどこか懐かしく感じる。過去と重なって見えて仕方がない。

 

 

 彼女がユキなら、親友は正しいのかもしれない。



 けど、本当に正しいのだろうか?

 

 

 疑問が渦をまく。



 彼女は本当にユキなのか。



 俺は騙されていないだろうか?

 

 

━━━━━━━━━━━

 

 

 両親を失ってまもない頃──。

 一番心が荒みきっていた時代に知り合った年上の友達がいた。

 

 周りと馴染もうとせずいつも一人ぼっちだった少年を何故か気にかけ、興味を持ったことがあると必ず相談しにやって来る優しい人がいた。

 

 顔のキズが原因でイジメにあった少年を理由も聞かずに助ける、上級生が相手でも関係なく体を張って守護ってくれる、そんな人がいた。

 

 一言でいえば心から信頼できる兄貴のような存在──。それがユキだった。

 

 大好きだった父と母におねだりして、連れていってもらったドライブ。共働きだった両親が少年のためにつくってくれた久々の団欒の時間は、一台のトラックによってクルマごと引きつぶされた。

 たった一瞬の出来事で。たった、一瞬の出来事で。

 

 唯一生き残ってしまった少年は頬と心の両方に一筋の大きなキズを抱えて生きることを余儀なくされた。その少年を引き取ってくれた遠い親戚は、少年の両親とあまり仲が良ろしくなかったようで、少年に対して必要以上には接してこなかった。

 それでも学校に通わせてくれたことは本当に感謝している。


 それが、俺の幼少期。


 親戚の家で暮らすことが決まり、近くの学校に通い始めた頃。頬の深いキズや家族のことで近所の大人からイヤに注目をされることが多かった。けれどまあ、子供ながらにそれはどうにか耐えられた。耐え切れなかったのは去年までランドセルも背負ってなかった連中から浴びせられるフィルターを一枚も通さない罵詈雑言の数々。

 それが一番ストレートに胸に刺さって、自分から距離を置くようになった。

 

 教師から保護者、その子供と知られたくない事実はどんどん広まり孤立していく一方で、『どうせまた転校する』と馴染む努力を怠った俺は、気付けば頼れる人がどこにも居ない完全ぼっちに転生していた。

 

 家に居続けるのも気が引けるものだから、休日はひとりで図書館に行って難しい本を読んでる時間が、唯一気の紛れる時間だったのを覚えている。

 

 自分の不出来さで親戚に迷惑を掛けるのがイヤで、近所にあった介護施設にもよく遊びに行っていた。おかげで社交性と知識は身についたけど、周りと違うことをしてるとかえって注目を集めてしまい〝神童〟なんて皮肉られる事もあった。

 ただ無難に生き抜く方法を学んでいただけなのに。

 

 学校にいる時は『一人でいると思われたくないセンサー』が働いてしまう。だから勇気を出そうとクラスメイトに歩み寄った。でも直前になって声をかけることに怯え、どうしていいか分からなくなったそんな時期にユキと出逢った。


 その頃の俺はユキの言っていた通り、本当に女の子みたいな見た目……もとい雰囲気をまとっていたように思う。その上、珖代という字が『たまよ』とも読めたことがきっかけで、“たまよ”なんてあだ名まで付けられる始末。あだ名で距離が縮まるんじゃないかと嬉しく思う反面、バカにされて悔しいと感じる自分もいて、結果知らんぷりを通してせっかくのチャンスを逃し続けた。

 そんな事情を全く知らないユキは初対面でいきなり

 「おいおいたまちゃん、言われっぱなしでいいのかよ」

 と呼んでもいないのにお節介を焼いてきた。

 

 俺はひどく面倒な性格だった。

 一人で居ることより一人で居ることを心配される方のが……周りから見て、惨めなんじゃないかって考える面倒なヤツだった。

 

 声を掛けてくるまでは公園のマナーにうるさいおっさん小学生くらいにしか思ってなかったけど、物事の善悪をしっかり付けなきゃ気が済まないガキ大将タイプに捕まったなと内心辟易していた。けれど善意だとは分かっていたし、そこまで嫌な思いはしなかった。

 多少、子供だなとは思った。大人たちの世界では白でも黒でもないことがいっぱいあると思い知らされて生きていたから──。

 

 ユキはよく滑り台を逆から登るヤツがいないか監視していたり、上向きの蛇口で遊ぶ子を注意していたりしていたけど、他にやる事はなかったのだろうか。あれは公園に住むライフセーバーだ。……話を戻そう。

 

 ユキを〝ユキ〟と呼称するようになったのは、ユキの友達がそう呼んでいたからそうしただけに過ぎない。本名は雪谷。それは知っていたが下の名前は今、初めて知った。

 

 ──アザナって、俺よりも女のコっぽい名前だな。俺のは音読みだけど。

 

 ユキは持ち前の明るさとお節介で、何ひとつない俺に勉強や趣味、スポーツ、食べもの、色、音楽、雑学、未来、環境、思考や愛情から生き方に至るまで。世の中に溢れる全てを丁寧に教えてくれた。ただ、一人でいる時間の長かった俺の方が知識面ではほぼ負けていなかったので、ユキの方が逆に驚く情報が多かったと記憶している。歴代の総理大臣も小泉まで言えた。

 

 今思えば俺に、なんでもいいから興味を持ってもらいたかったのだと思う。それに気付かず知識の補足でマウントを取っていたわけだからクソ生意気なガキだよ俺は。一々驚いてくれたり真剣に聞いてくれたユキの方がよっぽど大人だった。

 もっと初歩的で当たり前なことを確認できる時間──。それが大切な事だと当時の俺は気付きもしなかったのだ。

 

 ユキが望んだであろう『興味あるモノ』には、残念ながら出会う前に死んでしまったけれど、今の俺を形成するきっかけをくれたのはユキだったことに間違いはない。

 

 真面目で冷静だけど口が悪く、考え方は古いのに新しいことに真っ先に挑戦し、意外に慎重派で気にしいなのに、困っている人のためなら平気で無茶をやる。そんな性格だから周りが自然とついて来るみんなのガキ大将。……なのに俺なんかを必要としてくれる部分もあって、どこか誇らしかった。

 

 周りが見てる中で心配して声を掛けるフリをする教師や大人たちとは違い、ユキは俺を頼ってくれてた。主に知識面で。

 

 些細なことで誰かの役に立てると、自分の置かれている状況なんてどうでもよくなったりする。たった一人でも俺を必要としてくれる存在がいてくれれば『生きてて良いんだ』と言われているような気がして人生が楽しくなった。

 

 ユキに逢って初めて、生きる意味を見い出せたと言っても過言ではない。

 

 難しい本で身につけた知識が役に立つ。だからもっと知りたい。図書館に足を運び続ける理由ができた。体験談は貴重だ。お年寄りの含蓄のある言葉はタメになる。施設にいく理由も増えた。

 

 目に付いたらいつでも声を掛けてくれるユキは、用もないのに教室を覗きに来ることもあってその度に教師に何度も怒られていた。口にはしなかったけど素直に嬉しかったのを覚えている。

 

 

 

 誰よりも強く

 誰よりもカッコよく

 誰よりも優しく

 誰よりも眩しく

 誰よりも誇れて

 誰よりも身勝手で

 誰よりも傲慢で

 誰よりも慎重で

 誰よりも口悪く

 誰よりも、莫迦(ばか)だった。

 

 

 そんなユキが──憧れるほどに嫌いになった(・・・・・・)

 


 『ユキのようになりたい』という願い。

 それがどれだけ身分違いで愚かな願いなのか痛感した。俺はユキにはなれない。ユキはユキにしか務まらない。だからユキのようになりたいと思うのは辞めた。拒絶した。

 あの日の事は今でも鮮明に覚えている──。

 


 喉まで焼け付く熱さ。痺れて動かない足。



 焼けた民家の煙に包まれるトラックの下敷きにされた、ユキの身体。

 

 

 すぐには分からなかった。



 どうしてユキが、トラックに潰されているのかなんて。

 

 

 俺は両手を必死に動かして前に進み、立ち尽くす男性の足元にしがみつき助けを求めた。

 

 

 ──お願いします。助けてください。ユキを……お兄ぃちゃんを助けてください。

 

 

 熱気と灰にカスれた声を振り絞って訴えかけると、その人は確かにユキを見た。でも、俺だけを背負って火の手とは真逆の方向へと走り出した。

 

 

 俺じゃない。そう何度も蹴って、ノドが枯れるまで叫んで伝えた。涙すら枯れるほどに。それでも足を止めてくれることは無かった。

 

 

 だんだん意識も薄れてきて、最後は耳に噛み付いて訴えかけたがそれでもダメだった。

 

 

 虚ろな眼をこっちに向けたまま、ユキは安心したように微笑んでいた。その笑顔が誰に向けられたものなのかすぐに分かった。だから必死に手を伸ばした。



 手を伸ばし続けたが、……気が付くと病院のベッドの上にいた。

 


 病院にはあの火事に巻き込まれた人たちがたくさん居たそうだが、視界は狭まってて自分しかいないような孤独感を退院までの三週間味わった。

 

 

 ──なんでいつも、僕ばっか……。

 

 

 その声は何処にも出ていかなくて、顔と心に二つ目の大きなキズを生んだ。

 

 

 その日、()は僕の命より重いモノを失ってしまった。

 

 

 ユキの周りを真っ赤に染めていくあの日の業火は、網膜と鼓膜の両方に焼き付いて離れない。

 

 

 ユキに興味がある──。本人を前にして冗談ぽく言ったことがある。けどそれはあながち間違いじゃない。僕はユキの横でユキの輝く人生を眺めていられれば、それだけで十分幸せだと感じてたから。

 

 ユキから得た“きっかけ”は、ユキそのものに関わること。ユキになれなくてもユキの為に人生を使うことはできる。何も無い僕を変えてくれたユキのために生きたい。だからユキに足りない部分は僕が補い支えてやるんだ。一生。


 僕が居ないことでユキの人生が幸せに運んでくれるならそれでも構わないと思えるほどに、どうしようもなく心酔しきって。


 うっかり生き延びたことも、ユキの為に使えという神様からの暗示なんじゃないかと盲目になって。


 自分にとっての人生の主役が自分じゃ無くてもいいと思えるくらいに。


 僕にはユキが全てで、ユキを中心にセカイが回っているとさえ本気で思っていて。


 ずっと隣にいることを目標に頑張ってきた。

 

 なのに──。


 そこまで想っていたのに、ユキは僕なんかを庇ってトラックに轢かれて死んだ。

 

 

 僕の人生はユキによって二度救われ、一度失われた。

 

 

 ヒトに優しい笑顔を向けられると、今でも身体がこわばってしまう。これはもう一生治らないトラウマだ。

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

 

 泣きたかったし怒りたかったし助けたかったし目を逸らしたかったけど、出来たのは俺を助けてくれた人を恨む事だけ。どうしてユキを助けてくれなかったのか? その疑問は未だに解決せず、ユキより長く生き続けた人生を俺は呪い続けた。

 

 もう何も失いたくない。だから自分なんて捨てて、誰でもない誰かとして、人生を波風立てずに生きていこうと決めた。

 『奪う側の視点はどんなものだったのだろう……?』そんなことを考えながら俺は自分への戒めとして、トラックを走らせる仕事に就いた。

 失ったものを忘れないために。

 

 大切な人なんて最初から居なければいいと拒絶して生きた結果、俺はトラックで大勢の人間を轢き殺し、現在ここに至る。

 

 

 トラックで奪い奪われる人生。……俺ほどのトラック疫病神は世界のどこを探してもいないだろうな。

 

 

 『価値のない人間を救って価値のある人間が死ぬのは間違ってる』そう伝えても、ユキはきっと間違ったことはしてないと言うだろう。

 

 何を言っても無駄だ。だから、嫌いになる。

 度し難いほどにユキは正しいのだ。

 

 「なーんも難しく考えなくていンだよ。たまちゃんは俺の話をしっかり聞いてりゃあそれでいんだから」

 

 そう言ってほころんだ顔で近付いてきても、困る。なんて声を掛けていいか分からない。その笑顔が俺の胸を締め付ける。

 

 もう二度と逢えないと思ってた。会う資格もないと思っていた。足が重い、進まない、声が出ない。目を合わせられない。

 

 嬉しいのか、苦しいのか、泣きたいのか、怒りたいのか、分からない。或いはそれ全部なのかもしれない。

 感情が渋滞を起こして何も出てこないのだとしたら、一つ一つ紐解いていくしかない。

 

 ぐちゃぐちゃに絡まった感情のコードを解くのは時間が掛かるし根気のいる作業だけど、聞きたい事はたくさんある。この際、ぐちゃぐちゃのままだろうがなんだろうが聞いてやる!

 

 あの時なぜ。この世界になぜ。なぜ今。なぜその姿。なぜ、なぜ。なぜ──。

 

 「さっきも言ったが、時間がねェ。おらァ俺だしユイリーでもある。ここまではいいか? ……いや、いいわけねェか。おめェは昔っから賢いが、突拍子が無さすぎてもいけねェな」

 

 何を焦っているのか分からないがユキは頭をガサガサと掻いて自分勝手に納得した。と思ったけど、俺を見ているようで見てはいなかった。時間がないというのと関係あるのだろうか。

 

 石橋は叩きながら渡るタイプのユキとは思えない焦燥感。

 国宝に触れるくらい丁寧に気に掛けてくれたあの頃のユキの姿はどこへやら。長い時間を経てユキが変わってしまったと言えばそれまでだが、それにしても……らしくない。ユキを焦らせるほどの原因とはなんだ?

 

 そもそもユキと確定したわけじゃない。

 見た目は完全にユイリー。なのにユイリーの面影が全く出ないのも不思議で、かといってユキかと聞かれればそれらしくない行動をとる。

 今はユキとユイリー、どちらとも判別つかない状態。

 言わば──“ニセモノ”

 

 「ユキは、そんな風に焦る奴じゃない……」

 

 小さな拒絶。でもユキには届かなかった。

 

 「……しょうがねェ。順を追って説明する。俺が死んだあの日からだ。妙な話をするが、既に妙な世界に巻き込まれてるわけだから、全部信じて聞けな?」

 

 ユキがその場に腰を下ろして胡座をかいた。話が長くなる時のユキは何処でもすぐ座る。そうなった時の話は決まって大事だったりするから厄介だ。

 セミのぬけがらを前にしてそうなった時は『何気なく生きてる一週間を無駄にするな』と教えてくれた。

 

 落ち着いて座れる心境にないが、身体だけが無意識に反応してユキの方を向き直った。本当は今すぐ街に向かわなければ行けない事情があるのだが、ユキがする大事な話は俺にとっても大事な話。例えそうじゃなかったとしてもそういうものだと刷り込まれている俺に抵抗は出来ない。

 

 「おめェを助けた後、うっかり死じまった俺はよくわかんねェとこで目が覚めた。そんで、自分のことを女神だって名乗る奴にあーだーこーだの言われてコッチに転生っちゅーのをする事になったワケよ。転生は知ってるよな」

 

 軽く頷く。今は聞こう。そして、聞いた後で本物かどうか(・・・・・・)見極めるんだ。

 

 俺にはまだ、認められない。いや、認めたくないに近い。ユキやユイリーでない可能性もある。

 

 それでもし……目の前の少女が本当のユキだとしたら、俺はただ一言──。

 

 

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