表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/216

第四十五話 悪意の正体、少女の正体

カンタンにここまでのあらすじをご紹介!


勇者や仲間たちと共に倒したはずの五賜卿〘グレイプ・アルデンテ〙を逃がしてしまった〘喜久嶺珖代〙。その事実を伝えるべく急いでユールへと向かう途中、死んだはずの旧友と思わぬ再会を果たす。

一方ユールでは、保安兵が少女に襲われる怪事件が勃発。容疑者の関係者として〘蝦藤かなみ〙が浮上していた。その頃かなみはというと、大きな悪意を嗅ぎ分けある場所に向かっていた。





 

 果てしなく広がる荒野には、一般人はおろか行商人ですら寄り付かない一角がある。その場所にはまるで何者かが、自分たちのナワバリを示すかのように無造作に積み上げられた巨石が多く点在する。その中のひとつに、小さな出入り口を囲む岩がある。

 巨石をくぐり、暗くジメジメする細い通り道を通り抜けると、大きなコンサートホールが丸々ひとつ収まるほど巨大で日当たりのいい空洞が顔を出す。

 

 「ここって、レイの元アジト……?」

 

 巨大な悪意の大まかな位置の割り出しに成功したかなみは┠ 瞬間移動 ┨し、荒野の地下にて現存する廃村にたどり着く。

 眼前に広がる洞窟の全てが、かつてヒトが生活した形跡に溢れている。現在、ここには誰も居ないハズだが。

 

 「いた……!」

 

 村の中心には正体不明な男女数人の影が見て取れる。


 幾ら┠ 隠密 ┨と┠ 気配遮断 ┨の同時使用とはいえ、素性の知れない相手とあっては警戒を怠れない。声を潜め膝を折り、すり足で遮蔽物間を移動する。コンサートホールに見立てた場合、少女は歓客席でいう三階席中央付近から村の中心をこっそり眺めていた。

 

 一年ほど前までこの村は、逃げた奴隷たちが盗賊となり身を寄せ合いながら暮らしていた。当時の面影は今も遺しているものの既に廃村状態にあるこの場所は、砂を固めて造られた居住スペースのほぼ全てがいつ崩れてもおかしくない風化状況にあり、ヒトが住める環境ではなかった。

 そんな事情を知るかなみだからこそ、男女は住んでいる訳ではないことが分かる。

 

 何か理由があってそこに集まっている。または集められたのだと少女は推測した。

 

 もう一度スキルセンサーを働かせる。すると、巨大な悪意はそこにいる全員(・・)から感じ取れた。──否、それは悪意ですらなかった。

 近付いてようやく理解できるほどの断続的な重圧。プレッシャー。溢れ出る実力を内包した衝動と、形のない強さが空気を介して重くのしかかる。

 ひとつひとつの実力が、規模が、はっきり言って度を越している。ヒトひとりが秘めていい〝衝動〟(オーラ)じゃない。

 

 少女は悟る──。

 質や数を把握できなかった原因はこれだと。

 悪意に思えたそれは理不尽に思えるほどバカでかいただのオーラだったと。

 

 遠くからでは悪意と勘違いしてしまうほどのプレッシャー。それが個々から放たれているだから恐ろしい。


 かなみはそれだけの圧を経験したことなどなく、畏怖(いふ)した。身が震えた。しかし一つ一つの衝動に意識を集中させてみると、震え上がるほど恐ろしい個体がないことに気づき、安堵の息を漏らした。


 そして、何処かで覚えたようなプレッシャーを感じとり、小首を傾げる。

 

 ──なんだろ……この気配。知ってるのがある。ひとり二人ならかなみでも倒せそうな気がするけど、全員を同時に相手にするのは難しそうだなぁ。

 

 悪意でないなら敵でない可能性も出てきたが、これ程の実力者たちが一堂に会するヤバめの状況。絶対に警戒は解けない。


 かなみは悪意の探知から生体反応に切り替えた。生体反応があるのは四人。目視で確認出来る男女二人ずつと数が一致する。自分の他に隠れている者がいないと分かると額の汗をぬぐい四人に意識を集中させた。会話は全て、反響して響く音を拾って聴いている。

 

 「ンだよ……。緊急招集だって急いで来てみれば、まさか、失敗したのか?」

 

 気だるそうに頭を掻く男は大空を染め上げたような深い髪色をしている。所々に銀色のメッシュが差し込まれていて、それを写したような瞳を持ち合わせている。顔は苦労を重ねてきたのか目のクマが大部分を占めている。

 その目でうずくまる少年を見下ろしている。

 

 「もー! ピアシー、可愛いわんちゃんたちとたわむれようと思ってたところなのにぃ、こーんなアツアツな場所に連れて来られてマジさいあくなんですケドー」


 両手首を反らしてプンスカ怒る犬好きのピンクツインテール少女は、ワイシャツに赤いネクタイ、サスペンダー付きの黒いショートパンツに、黒とピンクのストライプ柄ハイソックスと明らかにその場から浮いた格好をしている。日差し避けと思われる真っ赤な外套は、肩からはずして両手だけ通す変わった着こなしを見せている。

 

 どちらも共通して自分の意思でその場に立っているようではなく、どこか苛立っていた。

 

 「どうして失敗したのか、ワケを聞かせてもらおうか……ラッキーストライク」

 

 銀メッシュの男が言い放った〝ラッキーストライク〟というワードに、かなみは驚くような反応は見せず静かに復唱した。感じた事あるプレッシャーの正体はその少年からなのか。

 

 かなみにはラッキーストライクもとい、アルデンテが生きているという可能性が最初から頭の隅にあった。だから驚くことはない。そう予測することで、珖代(こうだい)の一日の行動に、辻褄の合う部分が多く見られたからだ。

 

 まず日記にあった不確定事項のとおり珖代は聖剣を取りに行った。しかし聖剣を抜く際、何らかのアクシデントにみまわれアルデンテの復活を許してしまった。その流れのまま戦闘。勝敗までは不明だが、その後の珖代はアルデンテを追いかけ、日記に載ってない行動を取らざるを得なくなり行方知らずとなった──。という風な推測をしていた。

 珖代が“ニセモノ”の魔女と一悶着あったことなど知る由もない彼女だが、大元の流れはだいたい的中させた。

 

 「まだ……終わってない。帰ってくれ」

 

 少年は地面に突っ伏したままその場にいる全員に向けてそう言った。その声に力はなく、その目には覇気もない。

 

 ──あの子が五賜卿アルデンテ。いいねー、モフりがいがありそう。珖代はあの子とたぶん人知れず戦ったんだ。でも戦ったあとは何処に? まさか……そんなわけないよね。

 

 根拠などないのに、死んでいないという希望的観測が働く。そうすることでかなみの正気は保たれる。

 既に死んでいる……など、考えたくない。今はアルデンテと他の連中がどのような関係なのかを探ることを優先しよう。

 

 仲間と思われた連中はアルデンテの言葉を聞かなかったことにして話を続けた。

 

 「にしてもアツアツってより、ムシムシじゃね?」

 「え〜、ピアシー『ムシ』って口にするのもキラーい」

 「あら、蟲がキライだなんてケンカをお売りになってる?」

 

 あざとくぶりっ子アピールするツインテール少女の言動が癇に障ったのか、隣に居た背の高い女が含みのある笑顔を少女に向ける。

 女は亜麻色の外套を着込んでいるために全身を伺い知ることは出来ない。ただ、顔が青かった。比喩の効かない群青色をしている。白目は黒く反転し、瞳は琥珀(コハク)色をしている。髪はブロンズで生え際にタトゥーのようなものがチラつく。

 何者かは分からない。ただし、明らかにその辺にいる種族でない事だけは確かだった。

 

 女が挑発に乗るのを待っていたかのように少女は畳み掛ける。

 

 「こわぁーい! ピアシー、何か誤解させちゃったかな? 別にオ バ サ ンに対して悪口言った訳じゃないの。だから、そんな顔しないで。……顔のシワ、濃くなっちゃうよ?」

 「この空洞、何かに使えそうですね。物件として誰かが利用した形跡がありますし、出すこと出せばいい値がつきそうです」

 

 唇に指を当て嘲笑うかのように罵ったツインテールだが、青い女はそれを無視して洞窟の内見を始めた。既に注目は建物に向けられている。ツインテールはその行動がたいそう気に入らないようで、頬を膨らませながら青い女に詰め寄った。

 

 「ちょっとぉー! 無視しないでよ! 悲しーじゃんそれはさぁ!」

 「……ん、今なんと?」

 「だからっ、『むし』するのは……ハっ!」

 

 自分の失言に気付いたツインテールがオーバーに仰け反って目をピクつかせる。ただ、煽っていた時のようなあざとさがない分、自然なリアクションに見えてくる。

 

 「格好といい言動といい、甘い方はちょっと……」

 「ムキー! うるさぁい! この、オバサンオバサァン!」

 

 笑いを堪えるような煽られ方をしたツインテールは顔を真っ赤にしながらムキーッ! と怒りの効果音を口にする。拳を掲げて地団駄をしてみせるが、何故か罵倒はワンパターン。

 いい加減見ていられないと心の篭っていない眼をした銀メッシュが二人の仲裁に入った。

 

 「わんちゃんも食わねぇケンカはそのくらいにして、ちゃっちゃと始めようなー」

 「待ってってば。助けて欲しいなんて誰が頼んだヨ。ボクは、一人でやる」

 

 座り込んだ少年──〝ラッキーストライク(グレイプ・アルデンテ)〟は待ったをかけた。服はボロボロであい変わらず痩せこけた容姿のままだが、大きな耳としっぽは元気でツヤのあるふわふわ姿を取り戻している。

 

 ツインテールは耳やしっぽを初めて見たのか、ひざを曲げて「ラッキーちゃん触らせてー」と呑気に言うがアルデンテは伸びてくる手を無慈悲に払いのける。

 

 「ケチー」

 

 銀メッシュはアルデンテの態度が気に入らないのか、頭を掻きながら曇った眼で話しかける。

 

 「タくよぉ、恩知らずな奴だよなー……。誰が谷底に落ちて動けなくなってるてめぇを助けてやってると思ってんだか。わざわざポータルまで繋げて、ここに呼んでやったんだからまずは感謝。だろー」

 

 〝谷底〟という単語にかなみの鼻がピクリと反応を示す。谷底と言えばあの不可解な魔法陣の跡。それを思い出すと考察が光りだした。

 

 ──あの男のヒトがいうポータルってのが、谷底にあった魔法陣の跡のことだとしたら、アルデンテ(あの子)は谷底からこっちに連れてこられたってことだよね……?

 痕跡は森で途絶えていたのに、何故か谷底にあった魔法陣(ポータル)……、アルデンテはそこで動けなくなって助けられた……。


 その時、かなみに電流が走る。

 

 ──そっか! あの子は珖代にやられて谷底に落ちたんだ! きっとそうだ。

 珖代はかなり追い詰めたんだ。で、逃がしちゃまずいと思って追いかけた……誰にも何も告げずに? うーん、珖代ならむしろ街に戻って伝えに来そうだけどぉ。連絡手段もあったろうにどうしたんだろ……。まだ何か、かなみも知らない何かに巻き込まれてたりするのかな……?

 

 あと一歩の所まで繋がって結局また振り出しに戻ってしまった。念の為に索敵センサー範囲を拡大するが周囲にそれっぽい単体の反応は無く、少し肩を落とす。

 

 「そのことは感謝するヨ。確かにボクは聖剣使いに二度負けた。けど、まだ終わったつもりは無いから帰ってくれてと言ってるんだ」

 「チッ……。たとえ相性が悪かったとしても、一度でも失敗した時点でてめぇはオレたちにも、あの方の顔にもドロ塗ってんだ。ガチャガチャ言える立場じゃねーことを自覚しろ」

 

 未だ、まともに立ち上がれもしないくせに助けを拒むアルデンテに対して、銀メッシュは面倒くさそうに顔を歪めて舌打ちをした。そして、自覚が足りないと一蹴。その目は相変わらず濁り曇っていた。

 

 離れた物陰で〝あの方〟にかなみが反応するも、それ以上の情報は出てこず歯痒そうにする。すると、銀メッシュの男がアルデンテを見下すように髪をかきあげながら心情を述べた。

 

 「そりゃあ素直になれないのも分かるけどさ。オレだったら恥ずかしくて死にたくなるわ。なんせ、五賜卿全員(・・・・・)から尻拭いさせられるんだからな」

 「ごっごし……! うっ──!」

 

 今、確かに。

 聞き間違いようのない〝五賜卿全員〟という言葉が、銀メッシュの口から発せられた。

 

 玄関を開けた瞬間、雪崩に巻き込まれたような衝撃発言に、思わず出かけた言葉を手で押さえ込むかなみ。賜卿のアルデンテと等しいプレッシャーを放つ複数の男女がいる時点で薄々察してはいたものの、まさか五賜卿が全員集結しようとしているとは思いもよらず、驚愕が一気に顔と言葉に出てしまった。

 

 かなみの認識では、五賜卿は一人で大国と戦争を起こせるだけの戦力を持っている。

 それが現在四つ──。

 辺鄙(へんぴ)な片田舎のすぐ傍に集まっているのだ。

 

 声が漏れた瞬間にしゃがみ隠れたが、どうやらバレてはいないようなのでセーフ。

 

 数秒待って、そーっと物陰から顔を半分覗かせる。人数を指差しで再確認。

 いち、にー、さん、しー……やはり一人足りない。それだけ分かるとかなみはすぐに物陰に引っ込んで、わかり易く頭を抱えた。

 

 ──どうしよーー?! あそこにいるの全員五賜卿なんてぇ……。

 まだひとり足りてないみたいだけど、全員揃い次第、たぶんユールを襲うつもりだ〜……!

 そうなる前に四人まとめてやっつけてみる? ……ううんっ、ムリムリムリ! さすがにムリ! 個々対決ならワンチャンあっても、兵士出されたらユールが終わっちゃう! せめて、極院魔法の一つや二つ、かなみにも自由に使えてたら違ってたかもけど……一人であれを相手取るなんて厳しすぎる! これじゃ、四つの国と同時に戦うようなものだよ!

 

 「ですがセブンスター、ひとり足りてませんね?」

 

 ここで一番気になっていた話題が飛び込んできたので、考えるのを一旦辞めて再び耳を傾ける。

 銀メッシュを〝セブンスター〟と呼んだ青い女の方を注視していると、銀メッシュは壊れてむき出しになった支柱に腰を下ろし足を組んだ。

 

 「あー、確かにそうだ。でもまー律儀だし、あのヒト。俺たちより遅れて来るとは考えにくいんじゃないの? 四人集まってる時点で全員に招集かかってるのは確実だし、もう既に一手打ちに動いてる可能性はありそう。ピースさんの能力はさー……ヒトの弱い部分につけ込むだいぶヒッドイ能力だからさ」

 

 どうやら遅刻している最後の一人は〝ピース〟というらしい。もう既に何かしているとしても、かなみにはそこまで把握する余裕はない。

 

 銀メッシュが口元を吊り上げて笑うとツインテールも同じようにクスクス笑った。趣味が悪いと言いたげに眉を潜めながらも、青い女も薄らと笑みを浮かべる。アルデンテは三人の様子をただじっと眺めて無言の圧をかけ始めた。


 助けを求めないアルデンテの意思をかなみは静かに応援する。

 


 

────────────


 ~珖代サイド~

 

 

 

 「ほんと、昔のお前は女の子みたく可愛かったのに。見違えるほど男になっちまったよな。たまちゃん」

 

 全速力で街に向かっていた珖代(こうだい)の前に、よく知る魔法士見習いの少女──の、姿によく似た旧友が立っていた。出会った衝撃から時間はそれほど経っていない。

 

 旧友(ユキ)は瞬き一つしなくなった珖代に優しく笑いかけて両手を広げた。

 

 「おいおい……もしかして、まだ疑ってるのか? そりャねェだろ珖ちゃん。俺だぜ、雪谷(アザナ)。お前の大親友の」

 

 突然目の前に現れた親友を名乗るユイリーによく似た少女。

 その笑顔は珖代の弱い部分に広く深く浸って、えぐり飲み込んでくる。 

 

 その目的と……正体は果たして。


 

これにて平成最後の投稿はおしまいです。


令和からもよろしくお願いします!

質問感想はいつでも待ってます('ω'○)まるー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ