表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/216

第四十四話 思わぬ再会

珖代の回想シーンをすこし挟みます。


 グレイプ・アルデンテは生きている──。

 

 その事実を知る珖代は愛鶏のピヨスクを乗りこなし、ユールを目指して荒野を爆走していた。


 暑い日差しを遮るモノを持たない珖代は、ピヨスクの上で何度も体勢を変えて涼しもうとしてみたものの、表面がカリカリのベーコンになってしまいそうで余計に動くのをやめた。とりあえずペリーが追ってくる気配はない。

 

 「止まれ! ピヨスク!」

 

 ジリジリと太陽が照りつける荒野のド真ん中。ユールに到着したらまず誰にアルデンテを逃した失態を話すべきか考え込んでいた珖代の目の前に、日差しを気にしない風貌をした少女が現れた。

 

 特徴的なトンガリ帽子に木でできた太く長い杖、熱気のこもる黒いローブを纏う少女のその正体は、ユイリー・シュチュエートしか有り得ない。


 珖代と共にワイルド・ソール・メン・ダットリーを師と仰ぐ姉弟子。よく見ればウリ坊に似ていたことから名ずけられた半魔牛の猪威猪威(チョイチョイ)が彼女の隣にいる。相変わらず珖代に対して露骨かつ無愛想な態度を示す獣だが、ユイリーには眉を柔らかくし懐いている。

 

 珖代が鶏上からこんな場所で何をしているのかと問うと、少女は帽子を深く被り意味ありげにニヤリと笑う。

 

 「やっぱり逢えた」

 

 まるで逢うことが分かっていたみたいに呟くユイリーに、珖代は発言の意図や表情を隠す理由を掴めず首を傾げた。

 

 ピヨスクとチョイチョイはお互いの主人同士が会話し始めると、ヒトには理解出来ないコミニュケーションを取り始める。ピヨスクは何故だか嬉しそうにニコニコしているが、チョイチョイはそっぽを向いてやれやれと鼻を鳴らしている。会話の内容はアルデンテを逃がしてしまったことについてではなさそうだ。


 「ユイリーちゃん?」


 「逢えた」というのが攫われていたことを知っていてのセリフか、はたまた勘が働いたものなのか聞こうとして、珖代はハっと優先事項を思い出す。

 

 「ごめん、今ちょっと急いでるんだ。事情はまた後で話すから!」

 

 街に戻りいち早く情報を拡散したい珖代は、ユイリーに伝えるのはあとに回してピヨスクにユールを目指すよう命令する。そうして通り過ぎようとした時、不思議なことを耳にした。

 

 「まあまあ、待てって。時間ねェのはこっちも(・・・・・・・・・・)同じなんだ(・・・・・)

 「え?」

 

 今のは誰の声なのか……考えるまでもなく、そこには二人と二匹しかいない。普段は聞くことの無い荒っぽい口調だが、音として聞くとユイリーの声にしか当てはまらない。珖代は愛鶏(ピヨスク)の腹をぽんと蹴り、一旦停めてから反射的に振り返る。

 

 「ずいぶん変わっちまったよなァ。昔は女の子と間違われるくらいに可愛かってのによォ」

 

 その口調は幻では無かった。声はユイリーの身体から、そして音は口を介して現れる。それでも信じられない、有り得ないという思いが珖代の心に残る。

 

 「どうしたのユイリーちゃん……。なんか、あった?」

 「まだ分かんねェか? ()だよ、珖ちゃん」

 

 確かに聴こえた “俺” という一人称。加えて、たまちゃんと呼ぶ声。ゆっくりと顔を上げてニヒルに口を歪めて笑うユイリーに、珖代は身の毛がよだち芯まで固まった。

 

 普通であれば違和感に拒絶し、相手を遠ざけたがる。身近な人物に成りすました危険人物ならば、とくに警戒あって然るべきだ。しかし珖代はピヨスクから降りて近付く選択ことを選んだ。

 

 〝たまちゃん〟

 

 自分の事をそう呼ぶ人物に、なぜか惹かれた。

 旧い記憶が知っている──。ユイリーではない、その人物の名を。

 

 「ユキ……なのか?」

 

 震える声でその名を〝ユキ〟と呼んだ。

 既に他の事などどうでも良くなるほど、頭の中にはそれが溢れて止まない。

 

 会いたかった人物。逢えないと思っていた人物。それは、少年を救い犠牲となった英雄の名だった──。

 

 

  

 ━━

 ━━━━━

 ━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 不慮の事故で幼くして両親を無くした珖代は、顔に残った事故の傷跡を気にしながら親戚の元を転々とする生活を続けているうちに、周りの子とは馴染もうとしない少年となった。

 

 小一の春。

 

 胸につけた名札に書かれた『珖代』の文字を見た同級生の一人が「うちのばぁちゃんと同じ名前だ!」とからかい、以降たまよというあだ名がついた。

 

 周りの男の子たちは男らしくない名前だと悪い事のように口を揃え、頬の傷を気持ち悪いと罵る。それを見かねた学校の教師らは珖代に大人用マスクの着用を提案するのだが、まず友達を作る気のない珖代は特に気に留めた様子もなくそれを断った。

 

 ──親がいないことをからかわれるよりはマシだ。

 

 そう思うとなんでも良く思えたから。

 

 「たまよが来たぞー」

 「おーい、バケモノー」

 「戦争帰りのたまよおばぁちゃーん!」

 

 親戚の家に帰る気にもなれずふらっと立ち寄った公園で珖代はそれを聞いた。それもまたいつも通りだとスルーしようとした時、──その出逢いは訪れた。

 

 「おーい、何が可笑しいんだよ。女っぽかったら何がイケねンだよ。あ?」

 

 一緒になってからかう事が楽しいと笑う小学生たちを短髪黒髪の子が戒めると男の子たちは静かになって反省の色を見せた。注意したその上級生は謝って仲直りするようにみんなに言うが、自分には関係ないとばかりに珖代は公園を抜けて素通りしようとする。

 

 「おいおいたまちゃん、皆謝りたいンだとよ」

 「いえ、別に気にしてませんので。失礼します」

 

 わざわざ追いかけて来たその子にそう告げ、軽く会釈して歩き去ろうとする珖代だったが、ランドセルを掴まれて思わず足を止めて振り返った。

 

 「雪谷だ。なんかあったら俺にいえよ」

 「はぁ。急いでるんで」

 

 振り返った珖代は鉄のような冷たい目をしていた。呑み込まれそうなほど冷たい視線に、雪谷は何かを察したように言葉を詰まらせたが「ユキー!」とサッカーをするグループに誘われて珖代の元を離れた。

 

 「おう、今行く」

 

 友達と遊びながらも雪谷の目はひとりでとぼとぼ帰る珖代を自然と追っていた。その目を見た時から雪谷は感じていた。──アイツは自分を表現する方法を知らないのだと。

 

 その日以来雪谷は、珖代がひとりでいる所を見掛ける度にすかさず声を掛け、用もないのに付きまとい続けた。登下校も休み時間も給食でもトイレでも、偶然を装ってやって来る。時折、授業中に来ては先生につまみ出される場面もあったが、なんども話しかける雪谷に珖代は次第に心を許していった。

 

 公園のベンチでじっとジャングルジムの頂上付近を眺める珖代の隣に、サッカーを途中で抜けてきた雪谷が座る。

 

 「なぁ、クジラとイルカの違いって知ってるか?」

 「わざわざ抜けてまでそんなこと。……クジラの方が水圧の変化に順応とかですか」

 「うーん、それは良く知らんが、答えは大きさだ! でけェかちいせェかでクジラになるかどうか決まんだぜ。凄ェだろっ!」

 

 テレビや新聞で仕入れたばかりの情報を嬉嬉として語る雪谷。雑学であったり音楽であったりスポーツであったりと、知らない世界に興味を持たせてくれる雪谷に対して珖代は、それがテレビで見た情報であると知りつつも関心の眼差しを向けた。

 

 「また何かの受け売りですか」

 「まァな、けどよ興味に動かされるってのはいいぞ。人生にハリ? ってのがうまれるらしーし」

 「ハリ?」

 「ハリって言ったら、ハリだ」

 「ユキはなんでも知ってますね」

 「おめェには適わねェな」

 

 ハリがよく分かっていないことを分かってて白々しく珖代は聞き返し、皮肉を言われたユキは頭を掻きながら目を逸らした。ただユキは、見抜かれたことに対してどこか嬉しそうに笑っていた。

 

 「たまちゃんが何かに興味を持つまで、おらァ話すのをやめるつもりはねェから、覚悟しろよ?」

 「ならユキに興味があるって言ったら、話すのをやめる気になりますか?」

 「いーや。むしろ俺が好きなもん全部押し付けてやる。一生な」

 「それじゃあ今と変わらないじゃないですか」

 

 二人は楽しそうに声を出して笑う。

 珖代にとってユキは年も離れていることもあり、友達と言うより兄貴に近い存在だった。雪谷にとっての珖代もまたそれと同じで、弟の面倒を見るような感覚でいつからか接するようになっていき、二人の関係はより強固なものになっていった。



~~~~~~~~~~~~



 「なあ、一緒にサッカーしね? たまちゃん。いいよな行こうぜ」


 いつものように帰る気分になれず、公園のベンチに座って暇していた珖代を雪谷は強引にサッカーへと誘った。普段から雪谷とサッカーをする子らは普段の珖代を知っていて快く受け入れた。

 しぶしぶ始めたサッカーを、いつの間にか誰よりも楽しむ珖代。しかしそれは突然起きた。


 「ねえ! やばいやばい! 火事だ!」


ジャングルジムのてっぺんに座る一人の少年が黒い煙の上がる方を指さした。その声に、マジかマジかと公園にいた小学生達がジャングルジムに集まりだした。珖代たちも一旦サッカーを中止しジャングルジムに登って周りの様子を確かめる。


 その公園は周りを住宅街に囲まれており、火の手が上がっているのは近所の家である事が分かった。それも、数箇所が同時に(・・・・・・・)燃え出している(・・・・・・・)


 「見ろ! 向こうもだ!」

 「あっちもこっちもだ!」


 東西南北全ての方角から黒煙が上がっていることに気付いた雪谷は周りがパニックを起こす前にジムから飛び降り行動に出た。

 

 「安心しろおめェら! ここは火災時の避難場所に指定されてる公園だっ! 火の手はこっちまで届かない! 火が完全に消えるまで絶対に公園から出るんじゃねェぞ!」


 同時多発的に起きた火事は瞬く間に近隣住宅を飲み込んでいき燃え上がる。雪谷は自分の持てる災害知識を活かしながら子供たちに的確な指示を出した。その直後、公園の蛇口を捻り、頭から水を被った。珖代はどうしたのかと雪谷に疑問を投げた。


 「俺は逃げ遅れたヤツを探してくる! だからたまちゃん! 現場の指揮はおめェに任せた!」

 「僕に? ……分かりました、ユキもお気を付けて」


 雪谷が公園を飛び出してスグ、公園のすぐそばにある家が業火に包まれた。一斉に泣き出した子供たちを見た珖代は底知れない不安を感じつつ指示をする。


「皆さん! その蛇口で頭から水を被って、出来るだけジャングルジムの高いところに登ってください。溢れてしまった人たちは砂場へ! そこまでは火が届きません。さぁ、早く!」


 その場にいた小学生たちは指示通りずぶ濡れになりながらジャングルジムや砂場に集まって身を寄せあった。ジャングルジムの頂上に移動した珖代は雪谷の姿を探すが見つけられず、信じて待つことに。

 しかしそこに災難が降り掛かる。


 バチンッッ──!!


 業火に熱せられた電線の繋ぎ目が溶け、それがムチのようなしなりをみせながら珖代の顔面に直撃したのだ。


 ずぶ濡れだった少年少女は一斉に感電し、珖代と共に数人が地面に落ちる。意識を失うものは少なくなかったが、頬の肉を削ぎ落とされ顔に二つ目のキズを負うことになった珖代は、全身が謎の痺れに襲われつつもまだ意識が残っており、身体を思うように動かせないでいた。


 「ユキ! ヤバいよ、たまちゃんが……!」

 「どうした!」


ケガをした少年や泣き疲れた少女を抱えて戻ってきた雪谷は顔面血まみれで痙攣する珖代を目撃し、脇目も振らずに駆け寄った。


 「おいウソだろ……」


 珖代が生きていることを確認すると雪谷は肩を貸すように抱きかかえた。


 「俺のミスだ……。おめェらは砂場に集まってその枠から出ないようにしておけ」

 「ユキはどうすんだよ!」

 「俺はコイツを連れて病院にいく」

 「今でたら危ないって! ユキ!」

 「そうだよ危険だよ!」


 周りが止めようと雪谷は一切構わず公園を出た。僅かに動く口で珖代は戻るように説得する。


 「ユキ……僕のことはいい……。みんな、ユキを必要としています。僕なんかより、みんなの為に戻って、安心させてあげてください……」

 「……ケガ人がいっちょまえ抜かしやがる」

 「どうして、……どうしてユキは、僕にそこまでして構ってくれるんですか……」


 隣にいるのが心地よく、珖代はポロッとこぼす。常に気になっていた疑問。だが勇気が出せず、聞けずにいたその疑問にユキはあっさりと答えを出した。


 「いずれ……人を傷付ける目をしてた。あんな目を平気で他人に向けるお前が見てて辛かった。だからそうした」

 「それだけで……」

 「逆なんだと思ってた」

 「ぎゃく……?」

 「俺とお前は逆だって。境遇とか、ものの考え方とかさ。けど今は違う。俺にとってお前は大事な弟みたいな存在なんだ。放っておける訳ねェだろ?」

 「ユキ、僕は……」


 ホントの兄のように慕っている。そう伝えようとした珖代。だが、それを遮るように炎の渦の中から一台の大型トラックが飛び出して来た。運転手は煙を吸いすぎてしまったのか、気を失っている。トラックを止められるものは何も無い。



 運が悪かった。



 二人は道路の真ん中にいた。



 雪谷は珖代を突き飛ばした。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━

 ━━━━━

 ━━

 

 

 

 「おめェの言うユキってのが、弟を庇って死んだヤツの事なら、俺で間違いねェよ」

 

 珖代は、目を白黒させ、言葉を失った。

 

 


────────────


 ~かなみサイド~



 

 谷底での調査を一通り終え、再び〈枯れない森〉に降り立ったかなみは、珖代に繋がる情報がほんの僅かでも残っていないか、血眼になって探していた。

 

 木の一本一本の手触りすら念入りに確認しながら歩き、足元に落ちていた枝をパキリと踏んだその瞬間──。胸を締め付けられる強烈な悪寒を感じ、かなみは身を震わせた。


 耳鳴りで音が遠のく。冷たくなる指先に吐息をかけて暖める。

 

 「なに、これ……」

 

 ほんの一瞬、空気の重さに息が詰まった。そう錯覚するほどの鈍重な狂気。

 

 頭で理解した。これは誰かの悪意を感じ取ったのだと。だが、状況が理解出来ない。規模も人数も全く計り知れない。

 

 普段の少女であれば悪意の質から場所や人数を特定して割り出すことも難しくない。しかし、今回はその質が判別出来なかった。分かるのは方角のみでヒトか魔物かも掴めない。悪意があまりにも巨大すぎて──。

 

 唾を飲み込み汗を拭う。手先の冷たさは消えないが、縮こまっていても始まらない。

 乱れた呼吸を整えて背筋を伸ばす。

 

 「……行かなきゃ!」

 

 その異変に、少女以外の誰が気付けただろうか──。

 少女自身、この異変に気付けたのは自分だけだと分かっている。だからこそ、そこに向かうべきは自分であると決意した。

 

 誰かに伝えるという選択肢は最初(はな)から無い。街は復興や外敵対策が始まったばかりの上、五賜卿騒ぎで避難した住民も戻りつつあるこの状況下。『何かヤバい』という曖昧な情報は、かえって余計な混乱を招く。せめて、正確な悪意の正体を知るまでは誰にも頼れない。仮に敵と遭遇することになったとしても、一人なら周りを気にせず全力が出せるとかなみは考えた。

 

 向かう先をイメージしようにも、頭の中に靄がかかっていて瞬間移動先を想像出来ない。また、いきなり鉢合うリスクも避ける為に┠ 隠密 ┨と┠ 気配遮断 ┨の同時使用をするかなみは急ぎ森から出る。

 恐怖を押し殺し向かう先は──。

 

 「お嬢ー!」

 

 かなみが居なくなった事を知らない諜報員が報せを持って森にやって来た。

 

 「街で保安兵が何者かに襲われたそうで、デネントさんがお嬢にお聞きしたいことがあると……お嬢?」

 

 書き置き一つ残さなかった少女は、入れ違うように〈枯れない森〉から姿を消した。

 

 悪意に満ちたその先へ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ