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第四十三話 ペリーは空からやって来る


 眠っている珖代を馬車に積み走らせる直前──、“ニセモノ”の魔女はクローフにこう命令した。

 

 「その聖剣でこの神鉄の檻を斬ってみなさい」

 「え、ボクがですか?」

 「いいから早く」

 

 急かされたクローフは、渋々といった感じに了承しつつ、聖剣を振りかぶった。あまりの重さに少年の重心は後ろに持っていかれるが、歯を食いしばって踏ん張り耐えて。重さに頼ったその一撃は神鉄の名に恥じぬ頑丈な扉に阻まれ、ニキン! と跳ね返された。クローフはその拍子に尻もちをつく。

 

 「イタタ……」

 

 倒れたクローフにも目もくれず、“ニセモノ”の魔女は、剣と扉の接触箇所をサッと撫でた。黒い粉が僅かに指につく。聖剣の実力はこんなものかと安堵した彼女は、檻の中で眠る珖代に目を移し寝ている事を確認すると、クローフに聖剣を投げ込むように指示する。

 

 「いいんですか?」と疑問を口にしたクローフだが、鉄扉のキズを見て納得したのか、返事を待たずに腰に力を入れそれを持ち上げた。

 そして聖剣は珖代のいる檻の中へと投げ込まれた。

 

 結果、それが間違いだった──。

 

 目覚めた珖代は縛られた両手のまま聖剣を手に取った。逃げる為に必死だった彼は神鉄に聖剣をただひたすらに打ち込み続け、外側の南京錠に気が付いた。そして、南京錠を攻撃するために聖剣の【回帰納刀】を利用した。聖剣を外に投げ、戻って来る力で破壊しようと試みたのだ。

 

 根気強く粘ったが、それでも南京錠を壊しきることは出来なかった。しかしこれ以上叩く必要もないと判断した珖代は、諦めを装うかの如く壁にもたれかかった。

 

 何度も後方から響く甲高い音がようやく消えて、ついに諦めたのだと勘違いした先生とその助手。一方で珖代は天井を見つめながら、全く別のことを考えていた。

 

 

 ━━ 以前、五賜卿討伐を祝したパーティーで起きたこんな一幕 ━━

 

 

 「おいおい、そー睨むなって! ケツ刺しのコーダイさんよ。カッコイイ二つ名だとオレは思うぜぇ?」

 「ジンダ、お前も止められたいのか?」

 「ジョーダンだジョーダンっ! アイツらみたく、意識まで止められたかねぇよ!」

 

 冗談アピールに肩を組んできたジンダという冒険者は酒臭い口を動かして不思議なことを言い、珖代は聞き返した。

 

 「意識?」

 「ああ。さっきおめぇに止められた連中が言ってたんだ、気付いたら終わってて時が飛ばされたような不思議な感覚だったってな。おめぇのことからかってる連中は素直じゃねぇんだよ、これが。だから、止めんのもほどほどにしてやれよ」


━━━

 

 ┠ 威圧 ┨によって動きを止められた冒険者たちは時を飛ばされた感覚に陥っていたという情報をふと思い出す。何を思ったのか、頭の中に刹那的によぎったのだ。それにより、ある結論が生まれる。

 

 ┠ 威圧 ┨は運動力学さえ止めてしまう。しかしこれは、時を飛ばされたような感覚……すなわち、意識までも止めてし(・・・・・・・・・)まえる(・・・)力。それが自分の中に目覚めているのだと──。


 リズニアとの修行で知った威圧の本質とダットリーに教えてもらった威圧の派生。その新たな可能性に、珖代は目頭を押さえながら難しい顔をする。期待と不安が混じり合っているそんな顔を。

 

 ──手遅れになる前にやるか……?

 ラッキーなのは、荒野の景色なんて数秒意識が飛んだところで代わり映えしない事だ。あの二人は止められた事にもきっと気付かない。だから、その間に脱出してみせれば……俺が居なくなったこ(・・・・・・・・・)とにも気付かない(・・・・・・・・)。これだ!

 

 妙案が閃いた珖代は意気揚々と立ち上がり、二人のすぐ後ろについた。

 

 背後に気配を感じ取った先生とその助手だが、┠ 威圧 ┨を恐れて振り向こうとはしない。


 だからこその好機。実行に移すべき瞬間。


 目を見なければ対処出来ると思い込んでいる奴らに一泡吹かせてやれると思うと、珖代は相手が相手なだけに悪い気がしなかった。ただし、クローフだけには『いつか皆で会いにいくから』と心の中で謝罪した。

 

 対象は目の前の二人。

 馬は止めてはいけない。慣性の法則で投げ出されては堪らないから。故に┠ 囲嚇 ┨の範囲が広くないことを願いつつ数歩さがる。

 

 深呼吸して身体の空気を入れ替えると、視界がスッキリする。成功する根拠も謂れも無いのに、完璧な犯行を想像するだけで自信が湧いてくる。失敗する未来は考えない、いや捨てる。

 

 

 そして、意を決するように珖代はカッと目を見開いた。

 

 

 二つの派生スキルの同時使用──。

 

 

 

 威圧派生«周囲» × 威圧派生«時間»

 

 

 

 刹那。

 

 小窓から見える二人の身体に紫電がバチリと駆け巡った。それは成功の証とも取れる光景だった。その直後だった。

 

 「ぶ……くああぁッー!」

 

 突如、強烈な立ちくらみと前頭葉への激しい痛みに襲われた。頭を押さながら尋常ではない汗をかく珖代は、すり足で前に進み鉄格子に掴まる。

 

 無茶なスキルの同時使用によって、珖代は初めて代償を被ったのだ。さらに言えば馬車まで止めてしまい、慣性の法則で壁に叩きつけられてしまった。


 今までなんのリスクも無しに使えていた方が奇跡だったと考えるように自分に言い聞かせ、珖代は頭を振って痛みを吹き飛ばそうとする。

 

 打ち付けた背中と頭の痛みは収まらず、落ち着きを取り戻す前に助走をつけ、鉄扉に肩を入れたタックルをする。すると簡単に扉は開き、身体が宙に放り投げ出された。しかも、衝撃で南京錠が外れただけではなく、鉄扉ごと取れてしまった。


 珖代は落ちた鉄扉の横に座って、うずくまる。

 そして、馬車は動き出す──。

 

 「最初っから……、こうしとけば、良かったな……」


 脱出は出来た。馬車も、見えなくなるほど遠ざかった。──だがそれだけでは終わらない。脱獄した囚人がすぐに捕まるのは、追いかける者の存在と逃走手段不足が主な原因。ここからは逃げる事に心血を注がなければ、真の意味で逃げ切れたとは言えない。

 

 少しでも早く遠くへ離れるために、珖代は移動手段確保の指笛を吹いた。これも計画の範囲内だ。

 

 ピューーー!

 

 荒野に響く指笛。残念ながら助けはすぐにはこない。それならばと小休憩を取ろうとする珖代は肩で息をする。

 

 「流石に……同時使用は、まずかったな……」

 

 目から流れたそれが、汗だと思って拭った手に血が滲んで、自分がどれほどの無茶を通したのか痛感する。動揺に目を揺らすが

 「ま、それだけヤバいってことだな……」

 と納得して力なく口端を吊り上げる。

 

 あれだけ大きな音と衝撃をあげたのに、馬車は平然と走り去っていく。

 

 ほんの少し安堵した珖代は脱出したあとの安心感こそが油断に繋がると酷使した身体にムチを打ち、全身に力を入れるようにして立ち上がった。

 少し立ちくらむ。

 

 口笛で呼んだのは半魔鶏のランドリーチキン、名をピヨスク。男の指笛を聞き分け何処からでも必ずすっ飛んでくるその姿は誰の記憶にも残りやすい。主に、ドンキ○ーテに売ってそうな音の出るチキンみたいな見た目の上に、舌を出しヘッドバンキングしながら謎の奇声をあげて走ってくる姿のせいなのだが……それはおいておこう。

 

 ピヨスクの到着を待ちつつ、牢に置いてきた聖剣を呼び戻そうと縛られた手をかざす。

 

 

 イィィィィィィ……──。

 

 

 その時、何か別の生き物の鳴き声が遠くから聴こえた。

 

 「もう来たのか……?」

 

 指笛に反応を示したのは鳥のような生きもの。しかし珖代が呼ぶのとはおおよそ違う大空を自由に飛ぶ何かだった。

 

 両手で太陽をカットしながら空を見つめる珖代はそれがだんだん近付いて来ているような気がして目を細めた。上空でいくらか旋回したあと、勢いよく降下するその影に珖代は声を荒らげた。

 

 「しまった……ッ! まだあいつがいたのか!」

 

 本来は魔物から馬車を守るために旋回していたであろう翼竜のペリーが、その標的を明らかに珖代変えて、向かって来たのだ。

 

 ペリーは急降下すると地面すれすれで切り返し、超低空飛行一直線で珖代に肉薄する。

 友好的でないのは一目瞭然な新幹線並の速度。

 

 これはまずいと慌てた珖代は咄嗟の判断で鉄扉を盾代わりにし、ペリーが扉にぶつかる瞬間に飛び出して回避する。役目を終えた鉄扉が飛竜にぶち当たり、ぐちゃぐちゃに形を曲げながら遠く彼方へ吹き飛ばれた。

 

 「デカぁ?!」

 

 通常のペリーであれば、少年の肩に乗るほどのサイズしかない。年齢で言えば一歳ちょっと。しかし、今襲って来たペリーは明らかに魔力を溜め込みそのぶん成長した姿を取っている。両翼を広げた横幅は軽く五メートルは超える。かと言ってヒトを背中に乗せられないサイズ感。二十年級のドラゴンといったところだろうか。荒野の遠近感に惑わされ、遠目に見た時は全く気付かなかった変化だった。

 

 ペリーは再び低空で旋回して襲い来る。風を切るほどの速度で鉄扉に突っ込んで来たというのに、ダメージを負っている様子がない。それどころか聖剣でも傷つかなかった神鉄が見るも無残な姿に。

 

 「ペリーよく見ろっ、敵じゃない! 俺だ!」


 クローフが気付いていないので、あの竜を制御する者が誰も居ない。これはペリーに語り掛ける珖代にとって大きな誤算だった。


 「……くそっ、クローフくんじゃなきゃ、ダメか……!」


 竜の存在を失念していなければ、もう少し上手く行っていただろうと後悔していても状況は悪くなる一方。二度目のアタックを仕掛けてきたペリーに盾はもう用意出来ない。代わりに、剣が飛来する。

 

 反対から低空飛行で飛んでくる聖剣に気付いたペリーは上昇しつつそれを躱す。

 珖代も横に飛んで聖剣を避ける。両手の縄を切ってくれる様子もない。いつでもどこでも好きな時に命を狙ってくる聖剣に悪態つきながら、男はペリーを目で追う。

 

 飛竜も聖剣も上空で旋回すると、急降下しながら珖代めがけて降り注ぐ。

 

 両面からの挟み撃ち。

 

 流石に、それは、予想外。

 

 「え……ちょ、ちょちょっとまてぇぇぇ!!」

 

 協力はずるいじゃん。みたいな情けない顔で両手を振る珖代は激しい地響きと共に砂煙の中に消えた。

 

 煙が晴れて辺りがだんだん見えてくると、座り込んだ珖代の股の間に聖剣が突き刺さっていた。あと、両手の縄が切れていた。ペリーの方は頭が地面に向いたまま空中で停止している。どうやら、全身で突っ込む瞬間を┠ 威圧 ┨で止められたようだ。

 

 止められたにしてもいつ動き出すか分かったもんじゃないので珖代は慌てて立ち上がる。立ち上がってすぐさま聖剣を抜く──のは辞めて、両手を振り上げながら全力疾走でその場を離れる。嫌な予感がしたから。

 

 直後。


 ┠ 威圧 ┨から解き放たれたペリーが地面に直撃し、後方からバズーカ砲が炸裂したような衝撃が巻き起こった。その爆風に押され珖代は五メートル以上吹き飛ばされた。

 

 運良く怪我のなかった珖代は一緒に吹き飛んだ聖剣を拾い上げると、何度か咳をしながら振り向いた。

 

 ペリーは自分でもいつ動き出せるようになるか分からなかったようで、旋回することも受け身も取れず、地面にぶつかった衝撃で目を回し、うつ伏せに倒れていた。

 

 

 キェェェエエエ……!

 

 

 「お、……来たか」

 

 言葉の端に若干の疲れをみせる珖代。

 今度こそ彼の愛鶏、ピヨスクが嬉しそうにヘドバンしながらやって来た。頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。

 

 駆け付けてくれたピヨスクに、珖代はお礼をするとすぐさま乗り込みユールに向かって急ぎ走らせた。

 

 「街に向かって全速力だ。頼りにしてるぞ、ピヨスク!」

 「キエエエエエェエ」

 

 クビをタオルのようにぶん回し、ピヨスクは応えた。

 

 


────────────

 

 

 

 「なんか、静かですね」

 

 そう言いながら振り返ろうとするクローフを、“ニセモノ”の魔女が止める。

 

 「そう思わせて、振り返るのを待っていたらどうするの。神鉄の檻を信じなさい」

 「で、ですよね……」

 

 逃げたのでは? と一瞬考えた少年だが、先生もとい“ニセモノ”の魔女の言葉に納得させられてしまい、振り返るのを途中でやめた。

 

 後ろにぽっかりと穴のあいた馬車は何事も無かったように荒野を走り続ける。


 彼女らが気付いたのは、ずいぶん後の事だった。


 

 

────────────

 

 

 

 振り返って珖代は叫ぶ。

 

 「おーい、いい加減しつこいぞ! そろそろ主人のとこ戻らないと、見失っても知らないぞー!」

 

 全速力で街に向かうピヨスクに対しペリーは何度も肉薄し、何度も襲い掛かってはピヨスクがそれをギリギリで掻い潜っていく。それに振り回される形でいる珖代はピヨスクの長いクビに掴まって文句を垂れるしか出来ない。というか、ペリーがしつこ過ぎて流石にイライラしていた。

 

 ペリーは近付く度に憎らしくも珖代から目線を外してくる。二十年級にまで成長したペリーは賢いようで、既に威圧への警戒と対策が成されているようだ。となると┠ 囲嚇 ┨を使うしかないが、それだと一番近くにいるピヨスクを確実に巻き込んで止めてしまう。┠ 囲嚇 ┨には相手を選んで止めるほどの力はない。さっきは範囲を失敗している。だからこそ珖代は他の賭けに打って出た。

 

 「このままじゃ埒が明かない……。ピヨスク、俺を咥えて、ヤツに向かって投げ飛ばしてくれないか?」

 「キェェ!?」

 

 ピヨスクは百八十度クビを回転させて、目をギョロっとさせる。その目を真っ直ぐ見つめ珖代はアゴを引いた。

 

 「大丈夫。その後のことは考えてる。頼んだぞピヨスク!」

 「キエエエエェエ」

 

 ピヨスクはクビを縦にも横にも振って応える。信頼関係が無ければただ発狂しているようにしか見えない光景も、珖代には了承したのだと分かった。

 

 そうこうしていると、再びペリーが降下しながら珖代を狙いに来た。その鋭い目は獲物を乗せる鶏の方に向いている。男に目を合わせないための対策だと思えるが、ピヨスクの飛び出た目とヘドバンを見て、若干引いている様子。

 

 ピヨスクはジグザグに走り、それを躱す。

 

 「今だっ!」

 

 珖代の襟元を咥えて、鶏がクビをしならせるようにして空に投げ飛ばした。

 

 「うおおおおおお」

 「!!!?」


 まさか、向こうからやってくるとは微塵も思わなかったと、ペリーの反応が遅れる。確実に虚を突いたその瞬間に、珖代はペリーの足首に掴まりぶら下がった。

 

 あとは┠ 威圧 ┨をかけるのみだが、このままでは危険だと判断してか少し様子を見る。すると、ペリーの方から先に仕掛けてきて、少しずつ高度を落とし始めた。どうやら、地面に珖代を引きずり剥がそうとする作戦のようだ。

 

 珖代は何度も地面に足を付け、その度に情けない声を上げる。

 

 「うぉ、おっ、おっ、おぅ、とっ、とう、おっ、とっ、おっ」

 

 地面を蹴る足が必死に回る。それを見るペリーは高度を上げも下げもしない。疲れて手を離すのを待っている。

 

 躓けばそのまま地面にビタン!

 意地でもそうなるものかと鬼の形相で踏ん張り藻掻く珖代。

 三百メートルほど走ったところで、ペリーは急上昇した。強烈な負荷と気圧の変化、それに体力の限界があった珖代は、思わず手を離してしまった。

 

 空中で無防備──。それはもう、陸に打ち上げられた魚となんら変わらない。待つのは捕食される未来のみ。


 勢い殺さぬまま宙返りをしたペリーが勢い良く珖代に噛み付いた。

 

 バチンッッ──!

 

 上空で黄色い閃光が迸る。

 

 この瞬間を待っていたと、意図的に左腕に噛み付かせた男は口元を吊り上げて笑う。

 

 「ようやく、目ェ合わせてくれたな」

 

 これは罠だ! そう気付いたペリーだがもう遅い。既に気絶(・・)の┠ 威圧 ┨は掛けられていた。

 

 「ペリー、お前は賢いよ。賢すぎた。わざと目を逸らしたり丁寧な低空飛行やら、落ちて死ぬだけの俺をあえて回収したりと賢すぎた。傷付けたくないのが見え見えなんだよ……」

 

 陸に打ち上げられた魚の正体は、鳥に食われて運ばれること自体が目的の寄生虫だった。その策略は見事に的中し、遂に飛竜の制御を珖代は奪った。

 

 自らの左腕をエサにする大胆な作戦を成功させた珖代であったが、噛み付いた顎を外す方法までは考えていなかったようで、竜モロとも地上へ真っ逆さまに落ちる。


 「やばいやばいやばいやばい!」


 墜落直前で動けるようになったペリーは口を開いて珖代を一度離し、脚で鷲掴みにした。そのまま落下の勢いを利用して珖代を再び地面に引きずろうとする。

 

 最後の最後で詰めが甘いことをアルデンテで後悔したばかりの珖代。たとえ失態を犯そうとも、予備の手段は持ってきている。故に叫ぶ。

 

 「来い。聖剣!」

 

 何処からともなく剣先を向け飛来してきた聖剣。横目でチラリと確認し、やられると勘違いしたペリーは再び上昇する。勿論、聖剣はペリーではなく珖代を追ってついて行く。

 

 視野の広い目で後方を確認するペリーは、聖剣を振り切るために縦横無尽に飛び回り逃げきりを試行錯誤する。その自由に飛び回る姿は、大空の覇者の名をほしいままにする。見ている分には実に優雅。しかし、付き合わされる珖代にとっては地獄でしかない。

 

 縦横上下とシェイクされ続けた珖代は、めちゃくちゃに酔って顔の色を無くす。両手で口を押さえ始めると、顔色はだんだんと青に移り変わる。

 

 ペリーが翼で巻き起こした風に聖剣が吹き飛ばれた。しかし、その風を受けた聖剣は高速回転を会得し、追尾を続ける。逃げる事に徹底したいのか、ペリーは珖代を放り投げた。すると我慢できなくなった珖代が、胃から喉まで押し上げた液状の何かを空中でぶちまけた。


 「おrrrrrr」


 太陽にキラキラ光って、世界一汚い虹がかかる。聖剣はその珖代を変わらず追いかけるが、ペリーは目ざとくも聖剣の軌道が変わったことに気付いた。

 

 聖剣は自分を追っているのではなく、この男を追って来ている──。だから、掴んで持ち帰る(・・・・)のは容易では無い。

 

 ペリーは賢い。キクミネコウダイという男が敵では無く、逃がしてはいけない対象であることを知っている。故に追いかけ、なるべく傷付けないように扱っていたが、聖剣が邪魔だと感じた。

 

 「キエエエエエェエェェェェ!!!」

 

 放り投げられたご主人を救うべく、ランドリーチキンは大地を全力疾走する。ご主人は空中で飛んでる聖剣を掴む。長いクビを伸ばしてなんとかくちばしでキャッチする。そして背中に乗せた。干された布団のように珖代はグロッキー状態で、背中からずり落ちそうになる。ピヨスクはそれをしっかりクビで支えて、心配そうな顔を向ける。

 

 「ありがと……もう大丈夫だ、ピヨスク」

 「キィィェ」

 

 ゆっくりと起き上がり、口元を拭った珖代はピヨスクの首元を撫でて心配要らないアピールをする。それでも無理していることに気付いたピヨスクは小さく鳴いた。

 

 多少の怪我とかゲロったこととか気にしてる場合ではない珖代は、空を見上げた。ペリーが旋回しながら様子を伺っているのが見える。ただ、その姿はどんどん小さくなってゆくようで──。

 

 「はぁ、諦めてくれたか……」

 

 安堵の混じる憔悴しきった声が漏れる。

 

 聖剣を巻いて珖代を連れて行くことは出来ないと判断したペリーはやむなく諦めた。どこか名残惜しそうなその背中は、普段のサイズより小さくみえた。

 

 

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