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第四十話 アルデンテの過去

胸糞注意。



━━━━━━━━━━━

 

 

 古の時代──、


 誰もが大陸を自由に往来できたその昔。


 〝妖狐〟という種族は他種族たちによる迫害と乱獲の時代を生きていた。それは妖狐族だけが持つ『寿命以外では死ぬことの無い神秘体』に起因していた。

 

 天珠を全うするまで決して死なず、病気に成らず、老いもしない至高の肉体は、幻獣人の中でも別格視され、魔族や竜人に匹敵する恐怖の対象として位置付けられながらも、ヒトビトはその肉体に幻想を抱いた。


 『妖狐は不老不死の秘密を知っている』


 いつからか嘘か誠かも判らぬ噂を信じた者たちは、吹聴し、崇め、怒り、奉り、罵り、略奪せしめんとした。


 事実。再生する肉体は真であり、拷問を受け続けた彼の種族は死ねないという地獄(・・・・・・・・・)を延々と味わった。

 

 彼らは世界に復讐を決意した。友や愛する者たちのために、温厚だった彼らは立ち上がったのだ。

 

 反旗を翻した妖狐が行動を起こし封印されるまで僅か数日。彼らの人生からすれば余りにも短い抵抗期間だったのかもしれない。しかし彼らが成したことは、のちの人々の心と歴史に大きな遺産を遺した。

 

 これは今日(こんにち)まで語り継がれる妖狐の復讐劇──『九尾の照臨(しょうりん)』の一節である。

 

『憤怒の妖狐、九尾照臨せし時

 真祖を超える力を持ってして

 大國一つ壊滅せしめん』

 

 後世の亜人大陸全土にまで伝わった妖狐を怒らせてはいけないという叙事詩の教訓。

 その教えを幼き日より積んできたアルデンテはある日、父に聞かれたヒトをどう思うかの問いに対し自分なりの答えを出した。

 

 「ヒトとは、死を恐れているただの劣等種族です。しかし、本質は僕たちとなんら変わらない……支え合い協力する生き物なんだと思います。妖狐もヒトも手を取り合って協力し合える道が、あるのではと……考えたりします」

 「そのような戯れ言、誰から教わった」

 

 凄みに圧倒されながらもアルデンテはその名前をおくびにも出さなかった。

 

 「自分でそう、思いました」

 「我らが同胞の受けてきた屈辱を全て忘れ同盟を組めと、お前はそう言うのか」

 

 父親の見下す様な冷たい視線にも耐え、少年は反論する。

 

 「お言葉ですがお父様。過去に同胞たちが受けた仕打ちの酷さは、その時代を生きた先人たちから聞き及んで分かっているつもりです。それを踏まえた上で僕はこの先の未来のために」

 「いいやお前分かっていない。知らなすぎる」

 「過去に囚われるのはやめて、未来に向けて互いに歩み寄れば、今よりきっといい形になれます。お父様も、堂々と故郷を歩けるようになるはずです!」

 「……やはりお前は何も分かっていない。その世迷い言が真実か否か、その目で見て感じる他あるまい」

 

 その言葉が終わるのと同時に、少年の腹を突き破るように中から刀剣が突き出てきた。

 

 「……お、父様……?」

 

 訳も分からず困惑するアルデンテの後ろには、いつの間にやら使用人の女が立っていた。女が毒の塗られた剣を背後から引き抜く。

 

 「本来のヒトを知ったお前に、改めて問うとしよう。くれぐれも一族を裏切るでないぞ──」

 

 薄れいく意識の中、最後に聞こえたその言葉の意味も分からぬまま、純朴な少年は屋敷を追放され亜人の大陸に棄てられた。

 

 右も左も分からぬ土地で頼れるものなど有りはせず、少年はただひたすら一直線に歩き続けた。

 マメの潰れた足でとある村に行き着いた少年はいきなり洗礼を浴びる。同年代の子供たちから集団で石をぶつけられたのだ。挙句、その容姿を怖がられ“化け物”と呼ばれる。

 

 大きくピンっと立つ耳も、扇のように広がる綿のようなしっぽも、ヒトには無いことを少年は知らなかった。そして、知るのが少し遅すぎた。


 子供から大人へ伝染するのは早く、事態は加速する。

 

 『あれはなんだ』『化け狐だ』

 『尋問しろ』『縛り上げろ』

 『逃がすな』『殺せ』

 

 独りきりだった心細さもあったのだろう。

 ヒトに理解して貰えない辛さもあったのだろう。

 少年は悲しみの果てに逃げだした。

 

 数週間に渡り飲まず食わずだった少年は、辿り着いた王都の城下町で特徴的な耳としっぽを隠す外套を被りながら物乞いを始めた。幾ら死なずの肉体と言えど、飢えに耐えられない日はゴミを漁る生活を続け、〝ヒト〟としての生き方を保とうとした。


 ゴミ箱を漁る気力すら尽きたある日、横になる少年の前に一筋の光が差し込んだ。

 

 「そんな事はもうしなくていい。ボクが、キミを助けてあげよゥ」

 

 差し伸べられた手。

 少年はその手を掴んだ。掴んでしまった。それが本当の地獄の始まりだとも知らずに──。

 

 「イタイよ……イタイよぉ……」

 

 暗く閉ざされた鉄箱の中から毎夜毎晩、少年のすすり泣く声が響く。

 

 一部世界では、妖狐の肉体が万病に効くと信じて疑わない者たちがいる。折っても剥がしても抉っても切ってもちぎっても潰しても再生する不死鳥の如き肉体を、不老不死の研究に役立てようとする学者たちも同様に存在していた。

 実験体かつ聖遺物であった彼の神秘体を人々は “決して届かぬ夢” と知りながら、盲目的に求め続けた。

 

 「アルデンテくゥん。いい加減仲間の居場所言おーよォ」

 「……らない」

 「お父さんとお母さんの居場所も分からないノ? 居場所、分かるよネ?」

 「……知ら……ない」

 「あそォ。ウソつく悪い子には、お仕置きしないとダ」

 

 すすり泣く声は瞬時に悲鳴と怨嗟に変わった。

 

 「ァァ──あ──ああぁ──あ──!!!」

 「言うきになったかぁイ?」

 「イタイイタイイタイイタイイタイイタイ」

 「いたくないいたくないいたくなァい」

 「イイイタイイイイイイタイイタイイイ」

「いたくないって言ってんでしょおおおぉ!! 悪いのはこのノドかァ? ァああ?!」

「う……うう……ぁ」

 

 暴れる少年を拷問器具で縛りあげ、何度痙攣しようと何度目をひっくり返そうと、大人たちは平気な顔で肉を抉り続けた。ただ一人を除いて──。


「ァあ……ごめんよォ、ごめんよォ。ボクをユルしてくれ。今日はいっぱいちぎってあげるからユルしてくレ」


 アルデンテを連れてきた張本人にして鉄箱の最高責任者は泣きながら小さなカラダをいじくる。慰みものにする。

 

 妖狐の耳は細かくすり潰して煎じて飲むと胃に良いと伝えられ、妖狐の目は疲労を回復させる漢方になると云われ、妖狐の血は肌を美しく保ち、妖狐の腕は幸運を招き、妖狐の足は、妖狐の髪は、皮膚は、指は、歯は爪は骨は肉は心臓は──。

 

 「アハ。偉いねアルデンテくんは。仲間のことは言わないよーに頑張ってるんだネ。アハハ。じゃァボクもアルデンテくんに負けないくらい頑張っちゃうネ」

 「────ァ」

 

 飢餓と孤独と絶望に満ち足りた少年の心は、ぶち狂う。


 「化け狐が脱走したぞ──!」

 「決して逃がすな! 全身を引き裂いてでも捕らえろっ!」


 その日はたまたま最高責任者が居なかった。少年はその隙をついて脱走した。

 

 およそ九〇〇時間ぶりに得た何かを考える時間(・・・・・・・・)。少年は先ず、ヒトの死について考えた。

 

 「……ネぇ? どうしてヒトは首を裂かれただけで死んじゃうノ? どうして頭を潰されただけで死んじゃうノ? どうして痛みから逃げて死んじゃうノ? ねぇどうしてどうしてェ?」

 「だ、黙れ “化け物” ッ! お前は不死になれると思ってるバカな連中のために、一生使わ──」

 

 剣を向けた男がその剣より細く潰れて死んだ。

 

 「まただ、また死んじゃったァ? アハ。 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 「やめろッ! ……く、来るなぁ! うわあああああああ」

 

 返り血を浴びる少年は大陸(ここ)に来て初めて、よだれを撒き散らすほど盛大に笑った。

 やがて、殺せるだけヒトを殺してまわって飽きたら王都を出た。


 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 暗がりの寝室。天蓋付きのベッドに横たわる父親の顔は見ようとも思わない。あの日と同じように父親は問いてくる。


 「ヒトですかァ? ちぎって裂いて潰したら、簡単に死ぬモローい生き物としか」

 「善悪どちらだ」

 「ゼン……アク……? アハ。壊しがいがあります。いっぱいなのでいっぱィ」

 「赦せるか」

 「ユルせる? ユルせない……? もっと歯ごたえがあるヒトが居てくれれば嬉しいですネ。ところで父さん、母さんはどこでしょうカ」

 

 噛み合わない親子の会話を使用人たちはただじっと見詰める。

 

 「お前に歪んだ思想を植え付けたあの女はここにはいない」

 「あの、仰る意味がわかりませン」

 「亜人大陸へ追放したと言っているのだ」

 「アハ。母さんは関係ありませんよネ……? どうしてそこに母さんが出てくるのですか」

 「……お前の母親も同じようなことを言っていた。『あの子は悪くありません。悪いのは全て、ヒトを教えたこの私です』と。甘さが遺伝したな。さすが親子だ」

 

 少年は初めて顔を突き合わせた。そのニヤけた顔が初めて崩れた。

 

 「今も……今もお母様は、亜人大陸(あそこ)()られるのですか……?」

 「生きていれば食料か。拷問か。はたまた……」

 

 狂気の中で保たれた最後の糸が(ほつ)れ、アルデンテは膝から崩れ落ちた。

 彼が持っていた暖かなモノが全てドロドロに溶け落ちた瞬間だった。

 

 


 ──思い出の中の母の膝の上は暖かった。ヒトの出てくる昔話をそこで読んでもらった憶えがある。

 


 

 「お母様、どうして物語に出てくるヒトはみな、竜より恐ろしいのですか?」

 「それは、ヒトがしてきた事を忘れない為ですよ。多くの同胞を失った妖狐族が、次の悲劇を生まない為に覚えておく必要があるのです」

 

 どこか儚げな顔をする母が心配で、優しく顔に触れた。母はその手を取って重ねてくれた。やっぱり暖かい。

 

 「ヒトは独りでは生きていけないか弱い生き物です。彼らは貴方たちを、自分たちとは違う者たちを恐れるあまり傷付けてしまう」

 「お母様はネクロマンサー。ボクとお父様は妖狐族。ボク、怖いのですか?」

 「知らないから怖い、だから知りたい近付きたい。怖くともお互いを知ることが出来ればきっと、ヒトも妖狐も関係なく手を取り合える未来がくるはずです。だから、ヒトを恨むことだけが全てだとは思わないで。貴方は貴方の思ったまま、気の向くまま、感じたままにヒトと接しなさい」

 「ボクの思ったまま? 分かりました!」

 「貴方がどんな選択を取っても、母は貴方の味方です。たとえ貴方の選ぶ道が他人に誇れるモノで無かったとしても、母は貴方を──」


 


 ──愛しています。


 


 何度言われても絶対に飽きなかったその言葉がもう聴こえない。


 あの温もりも、あの声も、ドロドロに溶けて混ざって消えてった。


 憎悪がふっと湧いてくる。ただ、それはヒトに対しての感情ではなかった。


 「母を探したいか。救いたいか」

 「……。」

 「ならば殺せ。ヒトを殺せ。一族の恨みが晴れるその日まで、ヒトを殺して殺して従わせよ(・・・・)。そのための力ならば授ける」

 

 その場に待機していた使用人から桐の箱が渡される。箱の中には金色の指輪が一つと、九つの銀の指輪が入っていた。

 

 「代々受け継がれし死霊の指輪。金の指輪は死者の魂を骸に幽閉し、亡者を使役する力。銀の指輪ははめた者が死んだ時、金の指輪をはめた者の強力な従者として蘇らせることが出来る特別な力が込められている。その力を使いヒトをヒトに殺させよ。……そうして使いこなした暁には、我が魔称【ラッキーストライク】の名を息子であるお前に──」

 「あ、名前は結構でス。ボクは父さんのようになりたくありませんので。ボクはボクの意思でヒトを殺します。だって、その方が、アハハ……楽しいでしょゥ?」

 

 ボクはグレイプ・アルデンテ。愉快にヒトを楽しく殺す者。ヒトにとっての悪魔(ヒト)


 ラッキーストライク(父さん)を否定し、グレイプ(母さん)の在り方に生きる者。

 

 ヒトが何なのかは未だに良く分からない。

 だけど殺すんならせめて、楽しくなきゃ。

 

 「お、お前死んだはずじゃ……!?」

 「……助けてくれ、身体が言う事を聞かないんだ……」

 

 一つ操る。

 

 「アナタ、どうしてこんなことを……!」

 「に、逃げてくれ……お前まで殺したくないっ!」

 

 また一つ操る。

 

 「主よ、どうか私めを……殺してください」

 

 殺して、従わせて。


 殺させて、従わせて、殺させて。


 従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させて従わせて殺させてしたがわせてころさせてしたがわせてころさせてしたがわせてころさせてしたがわせてころさせてしたがわせて、気付く。

 

 つまらない。満たされない。

 どうしようもなく心は空虚の彼方。

 

 「もういい」

 「ぐは……ッ!」

 

 ボクは自ら先陣に出てヒトを斬るようになった。それによって多少は紛れることはあっても、乾いた心までは満たされず、いつからか強者を求め始めるようになった。

 

 強者と闘い、一方的に命を賭けさせ、血飛沫を浴びて成長する。何度負けようとも最後は勝ち、“生きる” を奪い生を実感する。

 

 「もっとだ……もっと見たィ……! 生き様を、強さを……ッ! 血を! ボクに生きる意味を教えてくれェ!!」

 

 その願いを叶えるように現れた一人の強者。

 強者は少年を圧倒的な力で一蹴してみせた。

 

 「居場所が欲しいならくれてやる。ここで死ぬか私の元で死ぬか、選べ」


 この出会いが、少年の心に暖かなモノをもたらす。



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