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第三十四話 ベニテンスライム


 ---珖代視点---

 

 

 「……う……う、ん……」

 

 リズニアの眠るベッド脇で目が覚める。

 どうやら俺は、いつの間にかベッドに突っ伏したまま寝てしまっていたようだ。

 

 「おはようございます。こうだい」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げると、声を掛けてきたのがリズだと分かった。というか、遂に目を覚ましたのである。

 

 「リズゥ〜!!」

 

 感極まって思わず抱きしめた。強く抱き寄せても抱き足りない。

 

 「……良かった……本当に、本当に……!」

 「ちょ、ちょっと、分かりましたから。少し離れてくださいー。ひげが、ひげがぁ……てあれ? おひげはそったんですか」


 指摘されて少し離れる。


 「まぁな。ワイルド路線はもう辞めたんだ」

 「そんな事してましたねそう言えば……」


 遠い目をして言うのはやめて欲しい。それではまるで黒歴史扱いじゃないか。決して黒歴史ではないのだ。決して。


 「やっぱり、珖代はそのままがイイですよ」

 「そ、そうか?」


 面と向かって言われるのは少し恥ずかしい。思わず目をそらした。


 「それより起きてたんならなんで起こしてくんなかったんだよ」


 俺がそう聞くと、彼女は上機嫌に怒りっぽく言う。


 「起こしまーしたー。ほっぺをつねっても起きないこうだいが悪いんですー。……それよかですね、水を一杯もらえますか? 喉乾いちゃって」

 「待ってろ」

 

 水を飲ませてやる為に彼女の部屋を出ると、家には俺たち以外誰も居ないことが分かった女神さんが目を覚ました事を早急に伝えて周りたいが、まずは水道水を届ける。

 コップを持って部屋に戻ると、リズは開口一番、自分が倒れたあとの出来事について訊ねてきた。親愛なる女神の復活をみんなに伝えに行く前に、焦る必要もなかったので事情を話す事にした。

 

 「倒れたお前を薫さんが発見してさ、……えっと、そのままレクムに運ぶ事になったんだ」

 

 ピヨスクの件はなんとなく飛ばした。知らなくてもいい事はあるのだ。

 

 「実はな、あのあと──」



 

 ━━

 ━━━━━

 ━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 俺はかなみちゃんを背負い、少し遅ればせながらユールへと到着した。到着してすぐ、門番からリズニアが〈お食事処レクム〉に台車ごと運ばれた事を聞き、すぐさまレクムへ向かった。

 

 街のほぼ中心に位置するお食事処へは五分で到着。

 緊急対策会議所だったこともあってか、レクムの一階には大勢のヒトが集まっていた。勝利に浮かれる重鎮、冒険者、保安兵たちが歌や祝杯を上げている中、俺は何よりもリズニアを優先した。

 

 「上だ」

 

 俺の顔を見て、一言そう告げたダットリー師匠。

 そこに女主人(デネント)さんからの補足で、二階のレクムくんの部屋で治療をおこなっていることが分かった。

 

 かなみちゃんを背負ったまま急ぎ二階へ。

 レクムくんの部屋の前ではクローフ・ドゥスくんが部外者の立ち入りを制限していたが、かなみちゃんを連れていた俺はすんなり通してくれた。部屋の中にはベッドに寝かされたリズと回復魔法をかけるセバスさん、それに“ニセモノ”の魔女がいた。立ち入りを制限していた理由を聞くと“ニセモノ”の魔女は、

 「こうした方がこの子の回復魔法の存在も隠せてやりやすいでしょう?」

 と語った。どうやら彼女なりにセバスさんへ配慮したらしい。

 ドアを二度ノックする音と共にクローフくんが入ってくる。

 

 「先生、冒険者のみなさんが材料をかき集めてきてくれました」

 「そこに置いといて」

 「それと、足りない分を他の街まで取りに行きたいと言うんですが……どうしましょう」

 「必要ないわ」

 

 キッパリと断った瞬間、大きな音で三回ノックがされた。

 今の発言を聞いていたのか冒険者達がドアをガチャガチャと開けにかかる。

 

 「なんでだよ先生! 必要な材料が揃わなかったんだ、俺たちに行かせてくれよ!」

 「ちょ、ちょっと困ります! 開けないでください! 治療中です!」

 

 クローフくんは体を張って必死にドアにしがみつく。ちょっとした隙間から手が伸びてきたり顔を覗かせてくる光景は、なんとなくゾンビ映画のそれに似ていた。

 

 「頼むよ先生! リズさんはこの街の為に、誰よりも近くで賜卿と戦ってくれたんだろ? そんなヒトを見殺しにするようなマネは死んでもしたくねぇんですっ!」

 「恩人を助けてぇっ! そのために出来ることは何だってやるさぁ! 何が足りてないのかちゃんと教えてくれぇ!」

 「頼む、先生っ!」

 「お願いだ先生!」

 「先生ぇ!!」

 

 ドアの隙間から必死に訴えかける冒険者達。

 俺も気持ちは同じだ。だから、止めることは出来ない。

 

 「アナタ達の思いは十分伝わったわ」

 「じゃあ……!」

 「でも必要はないの」

 「どうしてっ……!」

 「他に必要なモノは別の冒険者達に手配済みよ。少し遅れているようだけど、(じき)に揃うから。安心なさい」

 「おおう。そうだったのか……」

 「そもそもこの街で手に入るモノにそんなに期待はしてなかったから、これだけ集めてくれたことは感謝するわ。ありがとう。おつかれさま」

 「せ、先生がそう言うんなら、仕方ねぇ……」

 「必要なら、いつでも呼んでくれよ!」

 

 褒められた冒険者達は頬を赤く染めながら、正直に従いゆっくりと帰って行った。

 

 “ニセモノ”の魔女がいつの間にか先生としての地位を確立させている。冒険者の扱い方も上手いし、俺も先生と呼ぶべきだろうか。

 

 クローフくんが強引にドアを閉めた。

 

 「そっちの子は……エビトウカナミね。……何してるの。早く下ろしなさいよ」

 「あ、えっと、どこに」

 

 何処でもいいからと急かされ、とりあえずイスに座らせた。“ニセモノ”の魔女はクローフくんから銀縁のメガネを受け取るとそれを掛けてかなみちゃんを吟味する。十秒ほどかなみちゃんの全身を眺めると、

 「大丈夫そうね」

 の一言で済ませた。

 

 「いや、もっと他に、詳しい検査とか……」

 

 心配になり訊いた俺を、彼女はキリッと細めた目で睨んでくる。

 

 「ワタシは魔女でもなければ先生でもない。ましてや医者でもないの。そんなに心配なら街のお医者さんに診てもらってきなさい」

 「悪い……」

 

 藁にもすがる思いだったとはいえ少し頼り過ぎたことを反省していると、呆れた様子のクローフくんが間に入ってきた。

 

 「先生……何をもって大丈夫なのかそれくらいは説明してあげてもいいじゃないですかぁ……?」

 

 鶴の一声ならぬクローフくんの一言のお陰で、彼女は溜息をつきながらも答えてくれた。

 

 「いい? 一度しか言わないわよ。簡単に説明すると魔力の流れを見てたの」

 「魔力の流れ?」

 「ヒトの身体の中には一定の魔力が循環して流れてる。外見に異常があろうとなかろうと、その流れに滞りがあれば詳しく検査し治療する必要があるの。今回は、とくに異常が出なかったから『命に別状はない』と判断したまでよ」

 

 ようは外見ではなく、中身を見ての診察だった。

 

 「このまま安静にしてれば今日にでも目を覚ますでしょ。ただ一つ、気になる点があるとすれば……」


 魔女は考え込むように言い(よど)んだ。


 「なんだ、遠慮なく言ってくれ」

 「エビトウカナミは魔素式を外部から無意識に取り込んでしまう性質にあるってことくらいかしらね」

 「魔素シキ? それだと、なにか不味いのか……?」

 「いえ、それ自体が別に悪いモノじゃないのだけど……」

 

 なんだか歯切れが悪い。それほど長い付き合いではないが、らしくないと感じた。

 彼女は視線を下げながら髪を触りだす。どうやら言葉を選んでいるようだ。

 

 「魔素や魔力を自動的に吸収し続ける体質のせいで、セバスヒナヒメの回復魔法の出力が落ちてしまっている状態なの。そうなるとコッチの子に影響が出てしまうから──」


 コッチの子とはおそらくリズニアのことだ。かなみちゃんが近くにいるとリズの治療の妨げになるらしい。


 「かなみちゃんは移動させた方がいいと?」

 「そういうこと。双方の為にも、その子は自宅療養させたほうがいいわね」

 「分かった」

 

 先生のその助言に従い、俺はかなみちゃんを連れて帰宅することを決めた。

 

 家に着くと玄関のドアが開いていた。

 誰かいるんだと思ってただいまを告げると、薫さんがリズニアの部屋から現れた。何をしていたのか訊ねると、リズの部屋の片付けをしていたとのこと。あいつの部屋はよく散らかっている。だからいつ戻って来てもいいように掃除をしてくれていたのだ。さすがは気配り世界一の薫さん。こんな薫さんを不幸にした男がいるんだから恐ろしいものだ。

 

 五賜卿アルデンテとの遭遇から撃退まで約五時間。辛くも勝利した俺たち──。

 これ程長いと感じる五時間は今まであっただろうか。いや、ないな。おそらく。

 

 かなみちゃんを自室に寝かせたあと、なんとも久方ぶりに思える食事を薫さんと一緒に取った。

 出されたカレーの味はしなかった。

 

 食後、すぐにレクムに戻った。

 緊急治療室(レクムくんの部屋)では既に特効薬とセバスさんによる処置が終わっていた。紫色に変色していた手足には塗り薬が塗られている。配合は違うが特効薬とほぼ同じ成分のものだそうだ。


 「別に発注した材料、間に合ったんだな」

 「そんなのないわよ」

 「いや、さっき言ってただろ。『他に必要なモノは別の冒険者達に手配済み』だって」


 確かに言っていた。俺は聴き逃したりしていないはず。


 「あれは便宜上の建前よ」


 彼女は目も合わせずに抑揚のない声でそう言った。


 「冒険者どもがうるさいから、咄嗟にね。でも材料が足りなかったのは本当よ」

 「じゃあ、どうしたんだ」

 「リズニア本人が補ってくれたわ。驚異的な肉体ね。おそらく毒耐性を獲得したのね。セバスヒナヒメの延命と補助にも感謝しておきなさいよ」

 「毒耐性……ってそれがなかったらどうするつもりだったんだよっ! なあ!」


 詰め寄ると平気な顔で返された。


 「確実に死んでいたわね。ごめんなさい」


 珍しく謝られた。

 魔女でも先生でも医者でもないと語っていたが、助けてくれようとした事は事実だったようだ。むしろ、謝らせてしまったことに罪悪感が湧いてくる。


 「やれるだけの事はやった。もうこの子も連れ帰ってくれて構わないわよ」

 「そうか、ありがとう。恩に着る」

 「お礼ならあのケモノに言いなさいな」

 「セバスさんも、ありがとうございます」

 「バウ!」

 「報酬の件は日を改めてまた話しましょ。……フフ」

 

 良からぬ薄ら笑いにほんの少しだけ恐怖を感じたが、助けてもらった以上文句はいえない。

 最後に、手足が見えなくなるまで包帯を巻くというのでそれを手伝う。

 

 「あの、先生」

 「アナタの先生になったつもりはないのだけど」

 「つ、爪が……」

 

 右手に包帯を巻いていたところで、リズの人差し指の黒い爪がポロッと取れてしまった。

 

 「あー、ベニテンスライムの毒は末端からスライム状に溶かす危険な毒だから、もっと慎重に巻かないと爪取れるわよ」

 「ええぇ!?」

 

 言い忘れてた。みたいな顔されても困る。要するに、リズニアの手足は危うく溶かされかけてたという事だ。

 

 「そういうの早く言ってくれません……!?」

 

 今度は爪がポロッといかないように慎重に巻いていく。

 

 「フフ……爪だけで済んで良かったわね」

 「縁起の悪いこと言わないでくれ」

 

 心臓に悪い。本当に。

 何も知らずに指なんか落ちた日には間違いなく発狂する自信がある。


 そうして神経をすり減らす作業が終わった。あとはリズをおぶって帰るだけ。かなみちゃんなら明日までに確実に目覚めてくれるだろう。あとはリズが一秒でも早く目覚めてくれることを祈るのみ──。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━

 ━━━━━

 ━━

 


 

 「──ってことがあって、この時もしセバスさんがいなかったら、お前の手足は今頃ドロドロだったそうだ。セバスさんにはちゃんとお礼しとけよ?」

 「ほーん。私ってどのくらい寝てたんです?」

 

 ──ほーんってコイツ、ちゃんと聞いてたのか?

 

 「まるまる二日、だな」

 「ほー。確かにそれくらいは寝たなって感じがしなくもないです。他の皆さんは?」

 「みんな忙しくしてるよ。中島さんは相変わらず職場に泊まり込んでるみたいだし、かなみちゃんは新しく設立された魔族対策本部ってとこでユールに城壁を建設するっていう会議に出席してる。ギルドの方も依頼が山積みみたいでさ、今はどこもかしこも人手不足って感じ。薫さんは……夕御飯の買い出しとかじゃないか」

 「こうだいは何してんたんです?」

 「俺は……寝てたな。ははは……」

 「何やってんですかー、まったくもー」

 

 ホントその通りだ。ここ二日は無気力になっていた。

 リズのことは関係ないと言ったらウソになるが、決して、気になって何も手がつけられない状態だったとかでは無いのだ。決して。

 

 「私がいないとホントなんにも出来ないんですね、こうだいはっ!」

 

 リズは鼻を鳴らしてふんぞり返る。

 

 「だからって無茶すんな」

 「イテっ。なにするんですかァ」

 

 得意げな態度が鼻についたので、とりあえずチョップをかました。

 

 「さて、他に聞きたいことはあるか? なければお前のお目覚めを他のヤツらに伝えに──」

 「それでそれで! 五賜卿は倒したんですよねっ!?」


 リズは俺を引き止めるように聞いてきた。


 「ああ、たぶんな、一応」

 

 倒したとは言い切れない事情があるのだが、……その辺はリズに語らずともいいだろう。

 

 「ま、そうですよねー。本体の実力は中の上くらいしかなかったですし」

 「あれで中の上ならお前はなんになる」

 「勿論、上の上、特上も特上ですっ!」

 

 何を言ってるかよく分からないが、勘づいていないようだし話さなくとも問題なさそうだ。

 

 

 

 ──土の中のアイツには、今更何も出来やしないからな。

 

 

 

 「他に質問は。……なければちょっと席外すぞ」

 「ちょっと待ってください!」

 「今度はなんだ」


 リズは包帯をとって欲しいと要求してきた。蒸れて痒いらしい。今は肌を隠しているだけなのですぐに取ってやることにした。

 二日ぶりにみるリズの手は、以前にも増してキレイでキメ細かい肌になっていて、なんだかツヤも増している気がする。気になる右人差し指の爪はというと、既に生えていた。


 「爪の色が違うな」


 リズニアの爪は両手両足全てが真っ黒。しかし、新しく生えた爪はどういう訳だかごく普通の無色透明をしている。

 

 「あー、これですか? 魔物の肉を食べたらこうなっちゃったんです」

 「魔物の肉って食えるものなのか……?」

 「うーん、好きなヒトは好きだと思いますよ。ただ食べるのはオススメしませんねー。うっかり魔物の肉を食べると半日は激痛でもがき苦しむハメになりますから……」

 「なんでそんな肉食ったんだよ……」

 

 食べた事があるなら激痛は体験談と言ったところか。それもうっかり路線とは。こいつの好奇心もかなみちゃんに負けていないな。

 

 「南にある小さな国の部族に、黒い爪になって初めて成人と認められる文化があるそうなんですよ。魔物を食うことが成人の儀と化してるそうなんです」

 「お前は部族出身か?」

 「度胸試しで食べるヒトもいますが、あれはやめた方がいいです。ま、私の場合、そうするしか無かったんですが」

 

 ガシャンッ──!

 

 リズがコップを取ろうとして落として割った。

 楽しそうに異世界ウンチクを垂れていた彼女は何処吹く風か。落ち込みだす。

 申し訳なさそうな素振りをする元女神さんの横で割れた欠片を集めようと動いたその時、彼女の指が小刻みに震えているのが目に入った。

 

 瞬間──、“ニセモノ”の魔女の話を思い出す。

 

 『ベニテンスライムの毒は強力だから、完治したように見えても、指に何らかの障害が残る可能性があるわ。だから、異変を感じたら注意深く観察してアナタが診てあげなさい』

 

 「リズッ! 大丈夫か! 指、ちゃんと動くかっ!? 痛くないか!?」

 

 もはや床に落ちたガラスの破片の事などどうでもいい。俺は少女の両手を取って念入りに診察する。

 

 「ちょっ、なんですか急に……!」

 「大丈夫か? 痛くないか? ……これは……これは、どうだ?」

 「なんなんですかって! だ、大丈夫ですからぁっ!」

 

 指の関節一つ一つを丁寧にさすってリズの反応をみる。痛みはなさそうでも、セバスさんの回復魔法も欠損が治せるほど万能ではない。しっかり診なければ。

 

 後遺症で仮に指が動かなくなっていたとしても日常生活くらいなら一生面倒見てやれるが、剣は二度と握らせてあげられなくなる。それは戦力としてのリズがほぼ皆無になることを意味する。自分の事を足でまといだとリズには思って欲しくない。だからこそここで、しっかりと確認しておかなければならないのだ。

 指と指の間に指を絡ませて真剣にお願いする。


 「握ってくれないか?」

 「は、へい?」

 「強く握ってほしいんだ」

 「……こう、ですか」


 少し間はあったが、リズはゆっくりと握り返してくれた。震えがなくなった。

 

 ──良かった。これなら大丈夫そうだ。

 

 一息ついてリズに目をやると、顔を真っ赤にして俯いていた。その熱っぽさがこっちにまで伝わり手を離した。

 

 「……。」

 「……。」

 

 気まずい。どうしようもなく気まずい。

 

 「……あ、ああ、そうだっ! なんか、欲しい物あるだろ? なんか、買ってこよっかあ!」

 「あっ……え、そ、そうですねっ! あのじゃあ、あれを。えっとぉ……あーいや、なんでもいいですやっぱ! ヨロシクお願いしますっ!」

 

 敬礼のポーズをとるリズ。

 

 「OK! 安静にしとけよ。じゃ!」

 

 俺は逃げるようにそそくさと家を出た。

 

 ──あ。割れたコップ片付けるの忘れてた。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 「お、ケツ刺しの英雄様じゃねぇか!」

 

 あの戦いから二日が経っている。無気力に過ごしてきたせいで実感はないが。


 「ケツ刺しさーん! いい商品入ったよ見ていきなー!」


 実感と言えば、慣れない手つきで何度も握り直してきたリズのなんとも言いがたいあの手の柔らかさは未だに──いや、忘れよう。


 「ママぁー! ケツ刺しの英雄だよ!」

 「だめよ、指差しちゃ」


 ユールは活気を少しずつ取り戻している。とはいえ観光客は激減。元いた住民の三割ほどが未だ警戒し帰って来ていないことなどが重なり、街は以前より少し景気が落ち込んでいた。まあ、その辺の事情は時が経てばどうとでもなるだろう。寧ろ事件からたった二日で観光客を受け入れているこの街の復興力を褒めるべきだ。

 

 「おお。これはこれは、ケツ刺し様。ありがたやぁありがたや」

 

 お気づきだろうか。

 

 いや、無視は良くない。

 

 俺は今、変な二つ名で呼ばれている。

 

 街を歩けばほれこの通り。

 

 「ユール(ウチ)から出てきた大英雄! あの五賜卿を倒しちまったケツ刺しのコーダイのケツ刺しストラップ!! これ一つで安全合格安産祈願、無病息災、幹部昇進支部長就任スピード出世でいい感じー! だよぉ!! 買ったかったァ! ラブリーチャーミーな敵役ストラップもあるよぉ!」

 「二つくださーい」

 「まいどありーっ!」

 「ずるーい私もー!」

 「はいよーっ!」

 

 なぜ売れる。ケツに聖剣が刺さったストラップなんか安産祈願から最も遠いだろ。

 

 ラブリーチャーミーな敵役ストラップはちょっと気にはなるが……こんな調子だもんで街は歩きづらくてしょうがない。

 

 大国ですらなし得なかった五賜卿殺しの偉業。その偉業を小さな街がやってのけたとあって、街全体がその話題で持ちきりだ。その一つとして、俺の二つ名が流行り出しているのだから世の中分からないものだ。

 

 「びゅーーーん!! 待て待てーー!」

 「ぎゃーーおケツが刺されるぅーー!」

 

 子供たちの間では変な遊びまで流行っている始末。

 見る度に遊び方が変わっているのが実に子供らしいというかなんと言うか……。

 

 そもそも、五賜卿(アルデンテ)を倒したのは俺ではない。勇者が飛ばした聖剣が、アルデンテにトドメを刺したのだ。なのに俺が倒したなんてウワサを広めたのは一体、何処のどいつなんだ。

 

 「あらぁ。 ケツ刺しのコーダイ様じゃない。どう、暇ならうちに飲みに来ない? 五賜卿を倒したケツ刺し様の話、聞きたいなぁ」

 「あ、結構ですはい」

 

 ──百歩譲って俺がトドメを刺した事になっていることはいい。ただ、“ケツ刺しのコーダイ”なんて二つ名が付けられていることが解せん。もっといいのがあっただろ。聖剣使いの珖代とかナントカスレイヤーとか。

 

 聞いた話によると、現場に放置されていたアルデンテを通りがかりの冒険者が発見し、俺が倒したと勘違いしたことからそんなウワサが広まったらしい。

 “きのこ狩りのリズ”に知られたらえらいこっちゃ。いじられまくるだろうなぁ……。

 あの時あの場所を通った冒険者となれば顔見知りのハズ。必ず突き止めてやる。言い出しっぺはとっちめなければ俺の気が済まないのだ。

 

 「とりあえず果物でも買って帰るか……」

 

 などと物思いにふけっていると、不意に誰かにぶつかり尻もちをついた。その拍子にその人物は俺の上に覆い被さってきた。

 目の前には誰もいなかったハズなのにこれはどういう事か。疑問に思いつつも謝ると、その人物は見覚えのあるシルエットをしていた。ユールのために奔走するかなみちゃんだ。突然現れたのも納得のかなみクオリティ。

 

 「珖代っ! リズが目、覚ましたよ!」

 

 あ……うっかり、失念。

 せめて置き手紙でも残して、この子にだけでも伝えるべきだった。


 「あ、うん」

 「知ってたの?」


 俺は洗いざらい吐いた。

 ちなみにかなみちゃんは、報告、連絡、相談を怠ると一番うるさかったりする。

 

 そのまま馬乗りで怒られて、恥ずかしい思いをしたのは言うまでもない。

 

 

 

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