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第三十三話 奇跡の一撃。飛ぶ聖剣


 

 蒼光は空気の波を掻き分けて幾つにも枝分かれし、砂嵐の中を駆け巡る。

 

 追随するはずの音はない。


 何故かただ、光りだけが爆ぜた。

 

 一拍、その瞬きに。

 

 あるものが無くなった。

 

 静寂──。不気味なほど静かな荒野から。

 

 刹那の内に砂嵐だけがどこかへ過ぎ去ったのだ。

 

 それに息を呑む者が居た。 

 それに理解の及ぶ者が居た。

 そこに動ける者あたわず。

 全てを奪った剛風は遅れて吹き荒れる。

 

 永遠とも思えた永い静寂が嘘のように巨暴な世界かぜに薙ぎ払われた。

 

 それに距離は意味をなさず、大荒野にいる者全てに猛威が振るわれた。

 

 やがて暴風の試練を乗り越えた者達の目に、それは飛び込んで来る。

 

 光沢のある黒い鱗。

 大地を引き裂く紅き爪。

 役目を終え退化する両翼。

 山脈と見紛う万里の尻尾。

 太古と次代を見繋ぐ大瞳。


 千年の伝説を超えて、三千年級の(ドラゴン)、ここに顕現す。

 

 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 


─────────────


 ~ダットリーサイド~


 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 

 

 天に轟く竜の咆哮に食器類はカタカタと震えだす。

 

 「こ、今度はなんの音かねっ……!?」

 

 〈お食事処レクム〉は今まさに会議の真っ只中。

 次なる作戦に向けて会合が行われていたその場所に、突如反響する怒号が鳴り響く。

 程なくして保安兵の一人が血相を変えて臨時会議所にやって来た。

 

 「た、大変です……! 突然、砂嵐がきえて……その、大荒野にて巨大な化け物が出現しましたっ……!!」

 「ま、まさかっ!」

 「やってのけたってのか……!」

 

 重鎮達は我先にと入口へと駆け出し、黒いカーテンをくぐり抜けその瞬間を確認する。

 外に出てると、報告通り先程までの砂嵐が嘘のように消え失せ空は晴天に溢れており、見上げた先にはあまりにも、あまりにも大きな竜種が、はっきりと見えていた。

 

 「あれが、粛征竜……ハジュンの血統……」

 「ほ、ほんとに竜、なのか……?」

 「ははは…あれが秘策とな? あんなもの、ヒトの手にあってはならん、ならんだろ……」

 「大地の怒りそのものではないか」

 

 口々に出るのはどれも竜への戦慄の感想。しかし臨時会議所レクムの女主人デネントだけは違った。

 竜のその先を見つめて言う。

 

 「そこまで派手にやったんだ。……ちゃんと決めな」

 

 足が悪く野次馬に出遅れた町長は、同じく会議所に残る二人の様子を見て疑問を呈す。

 

 「ドラゴンだそうですよ。お二人は興味無いのですか?」

 

 空席の目立つテーブルに残る二人の男は口を揃える。

 

 「「全く」」

 

 レイザらス代表レイ、S級冒険者ダットリーは共に顎を触りながらテーブルに広げられているユール周辺の地図とまじまじ対峙する。

 現在進行している作戦が失敗した場合の新たな作戦(メインコード)を捻り出す為に集中していた彼らにとって、出てくると分かっていたドラゴンの事など興味の範疇になかったのだ。

 そんな二人の心中を察したのか町長は背筋を伸ばし一呼吸置く。

 

 「そうですか。いえ、そうですね」

 

 ゆっくりと席に戻り、町長は杖を立て掛けた。

 

 


────────────


 ~薫サイド~


 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 

 

 天に轟く竜の咆哮は木々を激しく揺さぶり、絶好の隙を生み出した。

 

 「今だソギマチッ! 撤退するぞッ」

 「あ、あいわかりした!」

 「実際にはよくわかってないですけどねー」

 

 そう言って、二人のソギマチとモテゾウは薫の前から奇跡的に逃れることに成功した。

 

 一瞬の油断によりレクム兄弟のことを聞けずに逃げられ若干落ち込む薫であったが、ドラゴンの方を向いて微笑んだ。

 

 「楽しそうね、ペリーちゃん」

 

 ドラゴンの出現により作戦の進行状況を把握できた薫は、気合いを入れ直すように顔を叩いた。

 

 「よし、重力反射」

 

 両手を地面に付けた彼女はその言葉と共に跳躍した。

 

 当たり前のように何処かに飛んだのである。

 

 


────────────


 ~トメ、ピタ、ユイリーサイド~


 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 

 

 天に轟く竜の咆哮に恐れながらも、少女達はいがみ合う。

 現在は岩場に身を潜めている。

 

 「だからなんですのあれはっ!」

 「トメが知らないことを私が知るわけないだろっ! 少しは自分で考えたらどうだっ!」

 「なんですのその言い方は……! だいたいアナタっ、普段からあまり考えて行動しないクセにヒトに言える立場でして!?」

 「あああうるさあああい! 聞こえなぁぁい!!」

 

 耳を抑えながらいがみ合うトメとピタ。

 さらにその横に座る魔法士見習いのユイリーの三人は、最初の突風で吹き飛ばされそうになったがすんでのところで岩場に隠れ難を逃れていた。

 

 運悪く吹き晒しにあう捜索班達は一瞬で吹き飛ばされてしまい、遠くの方で今も地面に伏せて(しの)いでいる。

 それを心配そうに見つめるユイリー。彼女はとんがり帽子が飛ばされないように大きなツバごと耳を押さえている。

 

 「────ァァァ……」

 

 え?

 

 その刹那。

 何か、聴こえた。

 幻聴ではない。声が微かに確実に。

 誰かが叫んでいる。

 

 反射的に声のする方へと少女たちは振り向く。

 

 意識と目線はドラゴンの足元へ。  

 

 あの場所には例のあの三人がいる。

 


 

────────────


 ~珖代、かなみ、中島サイド~


 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 

 

 天に轟く竜の咆哮は地面を激しく揺さぶり、衝撃に耳までやられた。吹き荒れる風の強さをある程度予測していたかなみは、全力で珖代に覆い被さる。

 

 少女一人が身を呈して守護れるのは一人が限界だった。故に、中島は突風をモロに食らいかけたが、反射的に丸まったことが功を奏し飛ばされずに済んだ。

 

 風が収まる頃──。時間切れ、あるいは緊張の糸が解けたかなみが気を失い珖代が咄嗟にそれを支えた。そのまま中島に身柄を預ける。

 

 酷い耳鳴りの中にいた二人の男は互いに頷き合い自分たちの役割りを再確認する。

 少女を抱えた中島は遠くに離れ、聖剣を待ち受ける珖代は竜にも負けない咆哮を天へとぶちあげた。


 紛れもない勇者に向けて。

 

 「今だぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

 


 

────────────


 ~勇者サイド~


 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 

 

 天に轟く竜の咆哮がその場の者達に緊張感を走らせた。

 

 冒険者達の『せーの』の合図で両翼のロープが同時切断され、全ての負荷が勇者になだれ込む。

 

 踏ん張る為に腰を落とし歯を食いしばる勇者だが、命綱(ワイヤー)と繋がる残り二本の木は音を立てて浮き始め大きく傾く。

 

 「かっ……くっ…!」

 

 木はいつ抜けてもおかしくない状況。それでも冷静に、かつ慎重に。この一撃に全てがかかっているから。

 

 両腕はとうに限界を超えている。しかし、それを感じさせぬ意地を見せる勇者は剣先を地面に対し並行に保つ。


 巨大な目印と晴天の空は討伐目標(アルデンテ)を容易に視認させる。


 邪魔にならない為の配慮か、セバスが勇者のくつの上に肉球を置いたところで標準が合った。


 

 想いは乗せた。狙いも定まった。


 

 限界まで引き絞られた(聖剣)がついに放たれる。


 

 「いけぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!!」


 

 手から離れたその瞬間、空気の層を突き破り初速から音速を超える。

 


 峡谷に掛けられた吊り橋は風圧で板を一枚づつ剥がしながら飛び散り、跡形もなくなった。


 

 ひとつの線が流星の如く地上と並行に流れる。


 

 聖剣のあとを追うように遅れて巻き起こる風は、砂塵を巻き込みながら聖剣の左右に広がりをみせる。その光景はまさにモーゼが大海を割るが如く光景だった。

 

 誰にも阻まれないという強い意志。そして、生きる人の道しるべが大地に刻まれる。

 

 飛ぶ聖剣──。


 希望の一撃。


 

 

────────────


 ~アルデンテサイド~


 

 

 グオアアアアアアアア────

 

 

 

 天に轟く……竜の咆哮?

 

 

 そう悟ったときには時すでに遅し。

 鋭い衝撃が小さなカラダの背後から全身を駆け巡っていた。

 

 訳が分からない。ひとつも理解しようがない。

 

 なぜ砂嵐が消えた?

 なぜアンデッドがやられた?

 なぜドラゴンが現れた?

 なぜ……ボクは飛んでる?

 なぜ……聖剣?

 

 衝撃に身体は持っていかれ、景色がただの線として流れ消化されていく合間、少年は穏やかな時の流れを確かに感じていた。


 

 ──この感覚、憶えがある。どこか、懐かしい……。

 

 

 ……ああ、そうだ、これはボクが初めて死んだあの時と同じ。

 

 

 あの時ってなんだ? 死ぬのか?

 いつが最初だった?

 ダメだ、死に過ぎて思い出せないや。

 

 

 ま、痛くないなら、なんでもいいや──。


 

 

━━━━━━━━━━━━


 ~珖代サイド~


 

 

 「来たっ……!!」

 

 想像の数倍速い速度で、それが五賜卿を連れて一直線にコチラを目指して飛んで来る。

 

 悩んでいる暇などなさそうだ。衝撃を利用してエアクッションを作動させるほかない。

 

 大勢のヒトがここまで繋いでくれた。ここで終わらせるために。だから、しっかり捕らえなければ!

 

 「薫さんっ……!!?」

 

 使命感を原動力にして動く男の前方に、突如として薫が現れた。

 歩いてきたとは到底思えない見事な着地を決めて。

 

 彼女は反射スキルを利用して森から飛んできたのだが、珖代から見れば空から舞い降りたようにしか見えなかった。

 

 薫は何も告げず男に背を向け射線に入る。

 そこに立ちはだかる意味を、男は理解した。

 

 薫は跳ね返す気だ──。

 

 しかし┠ オートカウンター ┨でも聖剣を跳ね返せない可能性が男の頭によぎる。それは“攻撃”と呼べない剣の性質であったからだ。

 

 故に男は危ないと叫ぶ。一言一句どう危ないのか説明する時間などありはしない。助ける時間は尚のことない。


 ゴッッ──!!

 

 串刺しの剣が薫に激しく衝突した。

 

 衝撃と骨の砕けるような音を耳にし、反射的に目を背ける男。しかし薫に変化は見受けられない。

 

 直撃の瞬間、彼女が放ったのは【ストロークカウンター】──。

 跳ね返すのでも、止めるのでもなく、衝撃を受け流すことに徹底した薫の固有能力(ユニークスキル)

 

 ストロークカウンターの原点は合気道の基本、

 『相手の力を利用し、相手の力を御する力』

 に由来する。

 

 その滑らかかつ繊細で、ときに大胆な手の流動は、名だたる書道家達の迷いのない筆さばきを彷彿とさせる。故に筆運び(ストローク)

 

 無論、この世界にはそれによく似たカウンタースキルが幾つも存在するのだが、合気道の精神を識る薫だからこそ会得出来たユニークスキルと言っても過言ではない。


 流された聖剣はアルデンテを連れたまま高く上空を舞った。

 あまりに予想外な状況に、空を見上げながら言葉を失う珖代。その隙を突くかのように聖剣とアルデンテはピタリと空中で静止し、ほぼ直滑降に珖代の頭上目掛けて降り注ぐ。

 

 「うおおっ!!?」

 

 轟音と共に聖剣は地面に叩きつけられる。その速さに反応できず珖代は砂塵に巻き込まれた。

 

 間一髪のタイミングで開いたエアバックのおかげで一命を取り留めた珖代は天を仰ぐ。

 

 「……や、やった……。でも──」

 

 すぐそばに転がるアルデンテを見て呆然とする珖代。勝ったは勝った。なのに、勝利の余韻がどこかへ飛んでいく。

 

 不意を突かれ背後を突き刺されたアルデンテ。


 その聖剣は、運悪くケツに刺さっていた。


 伏臥ふくがしたままピクリとも動かないアルデンテのケツに鎮座する聖剣。

 

 大層な城の奥でも、新緑の森の中でもないのに、その聖剣は威風堂々、威厳よく佇んでいる。

 

 「──この終わり方は、ちょっと締まらないんじゃないか……?」

 

 ほんのちょっぴりだけ同情した珖代であった。


 

~~~~~~~~~~~~


 

 「やりましたねっ! 喜久嶺さん!!」

 

 かなみを背負う中島が寝転がる珖代に近づく。

 

 「うん、まあ……そうですね。作戦成功と見ていいんじゃないですかね」

 

 上体を起こして少し不満そうにアルデンテを見つめる珖代。ケツには依然として聖剣がぶっ刺さったままである。

 

 テンションが振り切れたように張り切る中島はこの事実を伝えるべく、かなみを背負ったまま街に颯爽と戻って行った。

 

 残された珖代は辺りを見回す。

 

 「あれ、薫さん……?」

 

 何故か薫の姿が見えない。

 

 「喜久嶺さんこっち!!」

 

 少し先まで視野を広げてみると、遠くの方で座り込む薫とこちらを呼び手を振る中島を見つけた。薫の前には誰かヒトらしきものが倒れている。

 

 アルデンテのことは一旦放っておいて、珖代は薫の元に向かった。

 

 「珖代さん! ……リズニアがっ……リズニアがっ……!」

 

 薫の前で倒れていたのは、一人でアルデンテを二時間以上抑えた一番の功労者、リズニアだった。

 

 「おいっ……リズ?」

 

 呼びかけても反応はない。

 意識は無いが、乱れた呼吸が続いているためまだ息があるのは分かる。

 

 問題は紫色に変色した手足(・・・・・・・・・)だ。

 

 「薫さん、リズに何があったんですか!」

 「分かりません……気付いた時にはもう、意識がなく」

 「私も今、来たばかりでなんとも……」

 

 珖代や薫にはもちろん、中島にもそれが毒に侵されている状況だとは分からない。

 

 「だったらかなみちゃんに聞いて──いや、今は……」

 

 中島の背中で今も気を失っている少女には頼れない。珖代は咄嗟に指笛を吹いた。

 

 その音を聴いて何かが首を振りながらやって来る。

 

 「キエェェエェェィッッ!!」

 

 珖代のペット、ランドリーチキンのピヨスクだ。

 

 「良かった……やっぱりお前も生きてたんだな。ピヨスク」

 「キェェ」

 

 撫でるとギョロっとした眼をさらにギョロっとさせ、気持ちよさそうに鳴く。

 

 その背中にリズニアとかなみを乗せようとする珖代であったが、ピヨスクに乗れるのは二人がせいぜい。よって背中には珖代とかなみが乗り、心苦しいがリズニアはピヨスクの口にくわえられる事になった。

 

 「中島さんと薫さんはユイリーちゃん達の方をお願いします。ペリーのことは追って連絡しますので!」

 「あ、はい! お気をつけて」

 「珖代さんもお気を付けて」

 「ハイヤ!」


 珖代の命令に従い全力で走り出したピヨスク。

 いつものように走りながらヘッドバンキングをする。

 

 「ピヨスク! 首は振るな。けが人だ」

 

 ピヨスクは注意されると振るのをピタッとやめた。

 

 珖代は最短距離を行くために勇者達のいる森を駆け抜けることにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~


 ~勇者サイド~

 

 

 

 「おいっ、誰か来たぞ!」

 

 目のいい冒険者がランドリーチキンに乗ってやって来る何者かに気付いた。


 「おい、コーダイだぜ!」

 「お〜い! コーダーイ!」


 作戦が成功したのか否かを気にしている彼らは、急患を連れているものだとは思いもよらず声をかける。

 

 「カオウ! コーダイ、やったのか?」

 「ピヨスクっ、止まれ!」

 

 峡谷を渡ろうとした珖代であったが、吊り橋が無くなっていることに気付き、際ギリギリでピヨスクを止めた。

 

 「くっ、橋が……! 迂回するしかないか」

 「コーダイ! 五賜卿の野郎はどうなったんだぁ!」

 「安心しろぉ! あの一発で仕留めたっ!! お前たちのおかげだぁーー!!!」

 

 その瞬間、歓喜の渦が巻き起こった。

 

 「「「「おおおおおおおおおお」」」」

 

 冒険者達は互いに抱き合い喜びを全力で分かち合う。

 

 そんな中珖代は、谷の向こう側にいた唯一の女性に目を向ける。

 

 「あんた、ニセモノの魔女か! ……助かった! 良いアイディアだった!」

 「その子、大丈夫なの?」

 

 女はクチバシに捕らわれたリズニアに気付く。

 

 「分からない。 熱はないが呼吸が乱れてて意識もない。この通り手足が真紫色で──」

 「それ、ベニテンスライムの毒の症状ね」

 「知ってるのか!?」

 

 お祭りムードの冒険者達も珖代の迫真の形相に、コトの重大さを理解しだし、だんだんと静まり返る。

 

 「生命に関わる猛毒よ。その状態はかなり危険なレベルまで進行してるわ」

 「教えてくれ! どうすれば治る!」

 

 冒険者並びにクローフ達は互いの顔を見て誰か知る者はいないかと探す。

 最初に声を上げたのはまたしても魔女。

 

 「……材料さえ揃えば、ワタシが見てあげるけど。その代わり高くつくわよ」

 「分かったっ! 報酬は後で幾らでも……おいっ、ピヨスクっ……! どうした、止まれっ!」

 

 なんの前触れもなく暴れ出したピヨスク。

 珖代の言う事を聞かずぐるぐると回転しだしたピヨスクは谷際でクビを反らして勢いをつけるとクチバシを開いた。

 

 「キエェェェィ!!」

 

 リズニアが勢いよく宙に放り投げ出される。

 

 「ピヨ、ピヨスクゥ!??」

 

 あまりにも予想だにしなかったピヨスクの行動に目がひっくり返る飼い主。

 

 同じくらいに投げたァ!? と目を大きくする冒険者達。

 驚きつつも谷を悠々と飛び越えて来たリズニアを数人で上手いことキャッチする。そしてリズニアはそのままワイヤーを運んできた台車に乗せられた。

 

 「そいつはリズニア。聖剣が当たるまでの時間をひとりで稼いだ大した女だ! リズニアが居なきゃ俺たちの作戦は通用しなかった! だから助けてやってほしい! 解毒に必要な物資を皆んなでかき集めてくれ!! じきに俺もそっちに行く! あとは頼んだぞ魔女!」

 

 “ニセモノ”の魔女は契約成立とばかりに顎を引いた。その場にいた冒険者全員にすぐに役割を与え、クローフやレクム兄弟と共に台車に乗り込み街へと戻るのであった──。

 

 その場に残されたのは『勇者』水戸洸たろうただ一人。谷を挟んだ向こう側から声が掛かる。

 

 「良くやった。勇者」

 

 ピヨスクの上でコブシを構える珖代に勇者は顎を引いて応える。

 

 「喜久嶺さん。僕もいつか、そちらへ行きます」

 「ああ。……俺もだよ洸たろう」

 

 珖代、洸たろう。

 

 両者を隔てる谷の深さはそれぞれ違えど、同じだけまだ遠かった。

 

 

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