第三十一話 中島さんの勁(つよ)さ
---珖代視点---
「珖代ー!」
「うわぁ!? ……ってかなみちゃんかぁ。おどかさないでよ……」
自分がどっちを向いてるかも分からない砂塵の中、突如として少女は現れた。自分で呼んだのではあるが、この子の神出鬼没さにはいつも驚かされる。
少しづつ慣れていかなくては。
──ん? 前にも同じようなことを思った気がする。……まあ、いいか。
「珖代、バレずに近くまで来れたんだね」
「うん、それがたまたま猪威猪威を見かけてね。乗せてもらえるようお願いしたんだ」
「チョイチョイって、あのウシさんのこと?」
「そう。見た目はイノシシだけどね」
チョイチョイは産まれた頃からユイリーちゃんとお世話をしている半牛、半魔のウシの名前。大人しく賢いやつだが、幾ら世話しても何故か俺には懐いてくれない。その分、なずけ親のユイリーちゃんには良く懐いている変わったやつだ。
先程、背中に乗せてもらないか交渉したところ『ユイリーの姐さんの舎弟なら仕方ねぇ。乗りな』といった雰囲気で鼻を鳴らし乗せてくれた。もしかしたら俺はチョイチョイに見下されてるのかもしれない。たとえそうだとしても運んでくれたことには感謝しているので文句は言えないが。
ちなみに、チョイチョイの横っ腹にしがみつく感じで移動したので、アルデンテの視界にはたぶん入っていない。
目的地まで送り届けてくれたあとは颯爽とどこかへ行ってしまったため、暫くずっと一人で待機していた。チョイチョイが懐いてくれないのは寂しくもあるが、某勇者に魔物と勘違いされた末に駆逐されてなかっただけでも、本当に良かったと思う。
俺に懐いてる方の半魔、ピヨスクも生きていていることを切に願わずにはいられない。
「ところでかなみちゃん、その服はどうしたの? なんか……いつもより短くなってる、よね?」
「あー……これ?」
かなみちゃんのいつも着ている服がへそが見えてしまうほど短くアレンジされている。いや、下手すればかなみちゃんの胸が見えてしまいそうな程に丈が短くなっている。それに、何故か短くカットされた部分が赤黒く染色されている。まるで血が滲んでしまってたかのような──、そんな感じだ。
このタイミングのイメチェンしては派手だし不自然すぎる。そんな気がした。
「ちょ、ちょっと暑かったから切ってもらったの(体ごと)。気にしないで」
「そ、そうなんだ」
そうか、なんだ。ただのイメチェンか。だったらよかった。
下乳がみえる大胆なイメチェン。お兄さんは将来が心配です。
“誰に”というのは聞かないでおく。
想像は出来ないが、聞いてていい結果が得られる気がしないので。
「でここねー、ちょっとだけ位置がズレちゃってるのね。だから移動しよっ」
「案内お願いできる?」
「任せて! こっちこっち!」
普段より少しだけ張り切り気味のかなみちゃんに手を引かれて走る。頼られたことがよほど嬉しかったのか。こっちまで顔が緩む。
少女の手は思っていたより小さかった。しかし考えてみれば、その体躯に相応しい大きさだった。こちらが勝手に大きいと勘違いしていたようだ。
握っているだけで暖かく安心する小さな手。それと同時に己の情けなさを痛感する。
誰でもない誰かのために努力を続ける小さな手。
想像も及ばない事を成し遂げてきた大きな手。
大きく広げすぎた小さな手。
俺はこの手を何度頼ってきたのだろうか。
俺がしたかった事の大半はこの手が叶えてくれてきた。
今だってそうだ。
この手は俺の行くべき場所へ導いてくれている。迷わないようにしっかりと握ってくれている。
こんなに嬉しいことはない。
こんなに辛いことはない。
この手はいつか、俺が引っ張って行かなきゃいけない。
この手を必要とする人が沢山いて、そんな人々をこの手は多く導いて来た。ひょっとするとこれからも大勢を導く手なのかもしれない。だからこそ、せめて俺だけは引っ張る側でありたい。
今は無理でも俺は絶対に忘れない。
多くのモノを乗せて走る、暖かくも小さなこの手の感触を──。
それが、非力な俺に出来る精一杯の願いだ。
「はいっとー」
到着したのか、かなみちゃんが腰を下ろした。されど景色は全く変わっていない。
「ここなのかい?」
「うん、そう! この先を真っ直ぐ行ったところに……あれがいて、そのもっと先に勇者さん達が剣を構えて待ってるよ」
あれとは、アルデンテやリズの事だろう。
「そうかありがとう」
確か、かなみちゃんには生体反応を感知できるチートスキルがある。
視界を奪われてもなお、ある程度の状況はチートスキルで把握できるようで、今のかなみちゃんには幾つもの生体が点として確認でき砂嵐の中で動いている者が見えるのだという。
かなみちゃんが言うからにはこのポイントがA地点B地点に直線で繋がる延長線上になっていることは間違いないのだろう。
あとはここで砂嵐が過ぎ去るのを待つのみ──なのだが、本当にそれでいいのだろうか。
戸締り確認をし忘れた時のような妙な不安感、胸騒ぎでムズムズして落ち着かない。手遅れになってしまわないだろうか。
そんな事を思いながらふと、座っているかなみちゃんの横顔を覗いてみると、ダイヤの原石にも似た召喚石を取り出し手をかざしていた。なにやら始めるつもりらしい。
「かなみちゃん、それって人工の召喚石だよね。こっちに持ってきて良かったの?」
記憶が正しければこの召喚石は荒野のある岩場に隠していたと聞く。たしか、石の管理をユイリーちゃんに任せていたとかなんとか。
「向こうに置いたままじゃ危なそーだったから、途中でダミーとすり替えて持ってきたんだよ」
「ダミーなんて、用意周到だね」
「壊されたら兵隊さんも全部消えちゃって大変だからね」
満面の笑みで大したことないようにそれを言うが、あらゆる危険を想定し事前に準備していたことが伺えるかなみちゃんの用意周到さには頭が上がらない。
知識も技術も真心も聡明さも、俺には越えられない高さの位置にかなみちゃんはあるようだ。
「それで、今は何を?」
「兵隊さん達一人一人動かして、邪魔な屍兵をやっつけようってとこ。この砂嵐じゃやっぱ向こうもまともに動けないみたいだから、今がチャンスかなって思って」
どうやらかなみちゃんは砂嵐で視界が制限されている状況を逆手にとり行動を起こすつもりらしい。
「なるほど。この隙に乗じてアンデッドを片付け……ってあれ、確かアンデッドやカラクリの兵隊さん達って┠ 生体感知 ┨には反応しないんじゃなかったっけ? 兵隊さん達を操れてもかなみちゃんが視えなかったら意味無いような……」
遠隔操作が可能でも見えていなければ操れないのと一緒では? という問題に終着する。
俺の不安とは裏腹にかなみちゃんは声を張る。
「大丈夫! 舞い上がる砂の反射音とか敵の悪意を嗅ぎ分ければ位置の把握くらい余裕だから!」
「そ、そうなんだ……。がんばって」
「うん!」
さすがに空いた口が塞がらない。もう何度目だよ、驚くの。
音の跳ね返りを利用していたら、それはもうソナーと変わらない領域だ。更に、悪意をひとつひとつ探っていくとなるととんでもない労力を伴うはず。それでも少女は何でもないことのように即答してみせた。
どうやら俺は、彼女の底力をまだ甘く見積っていたようだ。かなみちゃん以外にこんな規格外なことを平然とやってのける人物はいるのだろうか。少なくとも俺は知らない。過大評価するつもりでいてやっと正当評価なのかもしれない。だから評価を改めよう。想像を超えた先を軽くすっ飛んでくるのだから。
「音で戦況を視て、悪意で敵を判別すれば珖代もいけるよ、多分ねっ! とにかくやってみるから、少しの間黙っとくよーに」
「あ、はいっ」
少女に釘を刺され押し黙る。
さすがのかなみちゃんもここは集中したいようだ。
かなみちゃんは五感のうちの目を遮断し、集中状況に入った。
約三分ほどそうしていたが、額を流れる尋常ではない汗がその難しさをもの語っていた。
それも当然だろう。
彼女のやろうとしていることはつまり、小さな砂粒の当たる音で総数を大まかに確認した上で、悪意をひとつずつ嗅ぎ分けて敵味方を判別し、なおかつそれをもとに味方兵およそ三千体を一体一体丁寧に操ろうとしているのだ。
難しいなんて言葉ではもはや足りない。思いついても常人には実行なんて不可能だ。ヒトの脳が処理できるレベルを遥かに超えていると言っても過言じゃない。
体力の消耗は勿論のこと、兵を動かさなくてはならないということもあって魔力も大きく消耗する。
──変えよう、訂正だ。俺の知る限りじゃなく、こんなマネが出来るのはこの世界にかなみちゃんしかいない。むしろ、そうでなきゃでしょ。こんなの何人もいたら困る!
今は邪魔しないように待つしかない。
そう思った瞬間、彼女が何かを見つけて慌てだした。
「珖代! 何かが真っ直ぐこっちに向かって来てるっ! 生体反応のある何かだよ……!!」
様子が普通じゃない。かなみちゃんには珍しく、気が動転している。取り乱してしまうほど想定外のことが起きたということか!
「リズ……? アルデンテが気づいたとかっ!?」
かなみちゃんは俺の質問に対してクビを横に振った。どちらも違うようだ。
「違う……。もっと"向こう"から来てる!!」
切羽詰まったような表情をされるとこちらまでその空気に呑まれそうになる。
まずは俺が落ち着く。それから対策を考えよう。
その生体は何故向かって来ているのか。目的があるのかないのかハッキリさせたい。その辺は考えても答えがでるものじゃない。まずは危険性を知る必要がある。
「その……“悪意”みたいなものは感じるかい?」
「……感じない。感じないけど……今は遠いから分からないだけで、ホントはあるかもしれないっ……! あっ、リズの方に向かってる! も、もし敵だったらどうしよう〜っ……!!」
かなみちゃんが今までに無いほど取り乱し、明らかに集中を欠いていた。このままだと位置も把握できなくなる。なにより、こんなかなみちゃんの姿は見ていられない。俺は行動に出た。
見えもしない砂塵の中を肉眼で見渡そうとするほど冷静さをかいたかなみちゃんの前で屈み、目線を合わせ両肩を掴む。
良く見ると顔は青ざめていた。
「落ち着いて。まだそうと決まった訳じゃない。それに、“悪意”を見抜くかなみちゃんのチカラが『悪意はない』って報せてくれるなら、お兄さんはそれを信じたい。ダメかな?」
かなみちゃんの両手の震えが収まっていくのが分かる。あとは目をしっかりと見つつ返事を待つ。
「ダメ、じゃない……よ」
「それがなんなのか、ちゃんと確かめよう」
かなみちゃんはコクリと小さく頷いた。
その姿は出会ったばかりの頃のかなみちゃんを思い出してしまうほど弱々しくあったが、落ち着いてくれたようでひとまず安心した。ただあまり悠長なことはいっていられない。
悪意がないとすればそれは一般人という線も出てくる。むしろその線が濃厚というもの。さしずめ砂嵐で視界が悪く、誤って迷い込んでしまったと推測すればおかしな話でもない。
他にも沢山の可能性があることにはあるが、有力なのがそこだ。なら、やることはひとつしかない。
「かなみちゃん、その生体反応が進む先にいるアンデッド達を優先的に排除していくってのは出来るかい?」
「……う、うん。出来るけど」
「一般人が迷い込んできた線に賭けようと思うんだ。だから助けてあげられないかな?」
「わかった。やってみる……!」
かなみちゃんが再び目を瞑り、集中状態に入った。先程よりも力が入っているようで眉の間隔が狭くなっている。
「走っ……てる? なんか目的があって走ってるみたいに感じる……」
「目的……か」
「リズの所を通り過ぎたよ。まっすぐこっちに向かってきてる」
「“悪意”はどう?」
「無いみたい。ただ、目的はありそう」
目的があってこちらに向かってきているという事は、どうやら巻き込まれた一般人という線は薄い。問題はリズではなく、なぜ俺たちの方へ向かって来ているかだ。
悪意が無いようであれば直接確かめに行くのもありかもしれない。
「様子を見に行ってくる」
返事を待たずして俺はそれを迎えに行くことに決めた。かなみちゃんには俺の反応も分かるので問題はないはずだ。
歩き始めて程なくすると、遠くから何かが聞こえてきた。何を言ってるかまでは分からないが、それが誰かの“声”である事はまず間違いなかった。
「…………さぁーーん…………みちゃぁーーーん…………!」
砂塵の中から現れたその姿には見覚えがあった──。
白髪まじりの短い黒髪に、ふちの薄い丸メガネをかけた男性。歩いているのか走っているのか分からないほどヘロヘロヘトヘトになりながらやってる来るその人物は、間違いないようのない、あの人だった。
「な、中島さん!? どうしてここに?」
つい三十分前まで会議室にいた筈の中島さんだ。
普段はデスクワークか、おもちゃ屋さんで店長として働いている人物なだけに、戦いとは無縁の人だと思っていた。なので、誰か知り合いが来るにしても一番予想だにしなかった人物である。
息をきらしながら走ってきた中島さんは自分のことはあとに回して、手に持っていたソレを差し出してきた。
「はぁ……はぁ……これでっ、戦いを終わらせましょうッッ……!!」
中島さんが渡してきたのは視界が悪い中でもキラキラと輝きを放つ宝石のような結晶だった。
「これは……っ! 一体、どこでこんなものを……!?」
「はぁ、はぁ……合図にと、クローフくんから、預かって来ました……!」
「クローフ君のってことはやっぱりこの石は……!」
「……はい。これで、……はぁ、砂嵐も吹き飛ばせます……」
両膝に手を付きながら中島さんは力なく笑った。
これを届ける為に命懸けでこの人は戦場を駆け抜けたのだろう。それだけで充分想いは伝わった。
「中島さん、あとは俺達に任せてください」
中島さんの思いを無駄にはしない。絶対に。
「はい。……あとは頼みます」
それから、かなみちゃんの待つ場所に中島さんを案内する事に。
途中、痛みに顔を歪めた中島さんが座り込んだ。どこかで足をくじいてしまっていたらしい。
本人は先に行って欲しいと告げるが、このまま見捨てておけるハズがない。肩を貸して並んで歩く。
普段遠慮しいの中島さんだが、その時ばかりは重圧から解き放たれた開放感からか、ちょっぴり清々しい笑顔ですんなりと受け入れてくれた。優しい笑顔が本当に似合っている。
「中島さん。でも、どうして中島さんだったんですか?」
「それは、どういう……」
「もっと別の人が来ても良かったかなと……。いいえ、そのっ、別に中島さんがダメとかそういう事じゃなくて! こんな危険こと、中島さんがする必要はなかったんじゃないかなって思って……」
戦場を突っ走るなんて無茶無謀もいいところだ。レイザらスのスタッフやダットリー師匠、薫さんならともかく、協調性を第一に考え行動する優しい中島さんが誰よりも危険な行為を一人でやってのけたことに疑問を抱かずにはいられない。チートスキル┠ 天佑 ┨があるとはいえ、中島さんの性格や役職を考えれば誰かに押し付けられたとも考えにくい。何か、考えがあったに違いない。それが何か知りたかった。
汗と砂で汚れた顔を拭いながら中島さんは口を開いた。
「大したことも出来ない私を仲間として向かい入れてくれた皆さんに、何か恩を返せればと、最近まではおもっていましたが……その」
中島さんは少し照れくさそうにしながら言葉を重ねる。
「こんな言い方は少々こそばゆいですが、……仲間が困っていたから。それだけです」
どうやら、野暮なことを聞いてしまったようだ。
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生体反応が中島さんだったことを知ると、かなみちゃんは俺ほどでは無いが予想していなかったと目を丸くした。その後、合図について相談を始める前にアンデッドの処理を先に終わらせたいというかなみちゃんを待ちつつ、俺は中島さんと会話をしていた。
もちろん歓談とかではなく、一番近くで戦場をみた勇敢な漢にリズの様子を聞くためだ。
話によると近くを通ったことはただならぬ空気感で感じたそうだ。さらに中島さんは──、
「──それともしかしたら私の聞き間違いかも知れませんが、アルデンテは『時間がない』。という風なことも言っていました」
「時間がない……?」
何か気にするような事でもあったのだろうか。考えてもみても、時間で変動するものと言ったら砂嵐が過ぎ去るか去らないか程度。
──アルデンテも砂嵐が過ぎる時を待っている……。と言うのは考え過ぎか?
「おまたせ、終わったよー」
かなみちゃんはアンデッドを全て砂の海に沈めて戻ってきた。
今更驚くことはない。
「かなみちゃん。この召喚石に魔力を供給してもらえますか?」
「どして?」
かなみちゃんはレイザらスだと中島さんの上司にあたるので中島さんの口調はところどころ敬語だ。そのまま敬語で経緯を説明していく姿は、まさに会社の上司と部下の関係。
中島さんが部下として板についているのに対し、かなみちゃんは見た目からして上司っぽく見えないのが見ていてなんとも不思議な光景だ。
「珖代、聞いてる?」
「え……、あっ、なに?」
かなみちゃんが聞いてなかったでしょという目で睨んでくる。
はい、聞いていませんでしたごめんなさい。
「この石ってつまりペリーちゃんってことだよね?」
「はい。この召喚石にかなみさんの魔力をありったけ送って蘇らせて欲しいんです。三千年級クラスの粛征竜 ペリーを」
一年前──。
俺、リズ、かなみちゃん、薫さんの四人は自分達のステータスを詳細に知るべく森の魔女に会いに行った。その道中、魔物に襲われていた中島さんに出会いなんやかんやあってドラゴンと戦うことにまで発展した。
その時倒したドラゴンが今や召喚石に眠るペリー。そしてかなみちゃんの手中にある。
手に持つ者が願えばドラゴンは生まれることも召喚石に戻すことも自由自在。また、誕生するドラゴンに魔力を送ることで成長を促すことも出来る。
粛征竜もといペリーは膨大な魔力を送ることで三千年級までの成長が可能。その背景には俺たちが三千年級のペリーを倒した事が起因しているが、成長した粛征竜は世界にある大陸の約一割を更地に変えてしまうほどの破壊力を持つと言われている。
そんなドラゴンを今回はただの合図として利用する作戦にも驚きだが、なによりこの召喚石の所有者でありペリーの家族であるクローフ君が貸してくれたことには感謝しかない。
一刻でも早くアルデンテを仕留めることが出来たらならば、この胸のざわめきも収まるかもしれない。
必死になって届けてくれた中島さんのためにも、今、ここで決める。
「珖代、さっそく始めるから持ってて」
「あ、うん」
かなみちゃんから急かされるように召喚石を受けとった。
さて、準備もいよいよ大詰め。
このあと自分の出番がやってくると思うと緊張でどうにかなりそうだが、犠牲になったカクマルやスケインのためにも必ずやり遂げてみせる。
そんな俺の想いに呼応するかのように召喚石に小さな亀裂が入った。うっすらとだが虹色に輝く光が漏れだしている。
ひとつ、ふと思う。このまま巨竜が誕生したら俺は押しつぶされてしまうのではないかと。
よく見れば遠くの方に中島さんが立っている。いつの間に移動したのやら。召喚石に手をかざしているかなみちゃんも中島さんの隣りにいる始末。
なんの説明もなしにそんなことをされれば不安にもなる。
どうすればいいか声を掛けようとしたその時、召喚石から輝きが失われた。
「はぁ……はぁ……」
「かなみちゃん…! どうしてたんですか!?」
かなみちゃんが力なく地面に座り込んでいる。その様子は遠くから見ている俺からでも分かるほど辛そうで、中島さんがなんとか倒れないように必死に支えていた。
急いで駆けつけ容態を確認する。
「かなみちゃんっ! 大丈夫……?」
自分で訊きながら大丈夫な訳が無いと悟る。滝のような汗をかきながら少し虚ろな表情を浮かべているからだ。
具合が悪いで説明がつく段階はとうに超えている。
意識すら朦朧としており何度声を掛けても俺の声はやはり届かない。
「もしかして……」
中島さんが何かを思い出したかのように呟いた。そして紡ぐ。
「以前、長期出張中に立て続けに何度も盗賊に襲われたことがありまして、その際に部下が同じような症状に見舞われたのを覚えています……。おそらくかなみちゃんのこれは、魔力欠乏状態……!」
「それってつまり──」
「使える魔力はもう残っていません」
魔力の枯渇と──そして、それに苦しむ少女の姿を見るのは、これが初めてだった。




