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第三十話 女神より優しいおじさんの微笑み


 「アナタ確か、【バーニングストーム】をランクダウンさせたオリジナルの魔法が使えましたわよね! あれで本体のみを狙うことは可能でしてっ!?」

 「……やってみます!」

 

 高位魔法士トメが閃いたのはギヒアード退治の際にユイリーが魅せた降級魔法(ランクダウンマジック)だった。足元から炸裂する炎系の魔法をユイリーがギヒア相手に使用していた事を思い出したのだ。地中から直接敵を狙えるその魔法こそ、現状を打開できる魔法のひとつだと考えて。


 ユイリーはすかさず言われた通りの魔法を詠唱し放った。しかし状況は好転せず。


 「ダメ……! 正確な場所が分からないと当てられません!」

 「一度三人で固まりましょう!」


 砂嵐の影響で視界の悪い中、ユイリーはトメの声を頼りに歩み寄る。お互いが視界に捉えられる範囲内になんとかピタ、トメ、ユイリーの少女三人が集まった。

 

 「【ファイヤースプラッシュ】は攻撃範囲がものすごく狭いので、偶然でも起きないかぎり当てられません……。力になれなくてごめんさい」

 「別にアナタが謝ることではありませんわ。状況がただこちらの味方をしなかっただけでしてよ。それよりもユイリーさん、【バーニングストーム】自体は放ったことありまして? アナタの技術力なら出来なくも無いように思えたのですけど」

 

 トメからの質問に、自分が何をさせられるのか容易に推測できたユイリーは両手を素早く振って否定する。

 

 「むっ、むむむ無理ですよっ……! わわ私みたいな未熟者が、何の気なしに手を出していいような魔法じゃありませんっ! ……そもそも、高位クラスの魔法が私に使えてたら、下位互換の魔法なんて創ったりしませんし……!」

 

 慌てたように謙遜するユイリー。

 それもそのはず。編纂(へんさん)した詠唱節は原版(オリジナル)の下位互換であることは紛れもない事実で、ユイリーからしてみれば自分用に改良した結果、勝手にランクダウンした悲しみの詠唱であったからだ。

 

 その為ユイリーは、

 『元の魔法を元のままで使えるほどのスペックを私は持ち合わせていない』

 と解釈し、自分の可能性を狭めてしまっていた。

 しかしそんなユイリーの思いとは裏腹に、トメは己以上の才能があることをとっくに見抜いている。

 

 既存の詠唱を改変させてしまう力。

 言い換えれば "魔法を書き換える能力" 。


 魔法士を目指す者なら誰もが一度は憧れる素質の一種。

 嫉妬などしない。出来るはずがない。

 それは努力ではどうにもならない領域だから。

 ゆえにトメは、かなみさまとはまた別の角度から尊敬を抱いてその魔法士見習いと対面する。

 

 高位魔法学園を飛び級で卒業したトメでも、素質的に至れなかった常識ハズレの才能。知識と経験の鬼であるエリート教官魔法士の中にも魔法を書き換えられる者はいなかった。せいぜいカゼの噂で宮廷魔法士や賢者と呼ばれる者たちが使っていると聞いたくらい。

 故に劣等感を心の隅には持ちつつも、最大級の素質を持つユイリーに対して憧れや尊敬に近い感情が湧いていた。


 「アナタ、さり気なく言いますけど魔法を書き換えること事態がスゴいことなのでしてよ……? 少なくともワタクシの通っていた学園にそんなヒトひとりもいませんでしたし」

 「そ、そうなんですか……?」

 

 残念ながら当の本人(ユイリー)は、自分自身のスゴさにまったく気付いていないのが現状だった。

 しかしそれにも理由がある──。

 物心ついた頃から魔法に興味を持ち、魔法に関係の深い文献を読み漁っては自分なりの解釈を織り交ぜ独学で学んできた生粋の魔女っ子にとって、

 『自分の放つ魔法は自分で創る』

 それがごく自然でごくごく当たり前の事だとして日常に溶け込んでいたからだ。

 

 そんなこんなで実力を履き違えるユイリーに対し、トメは呆れと驚きが混ぜこぜの感情になる。

 もしかすると極院魔法士でも苦戦を強いられるんじゃないかというその技術を使いこなす少女。

 それはさながら、神に与えられし権能(・・・・・・・・・)に思えてならない──。


 「既存の詠唱をそのまま使うのではなく、状況に応じて創り変えることができるユイリーさんならきっと、【バーニングストーム】も可能のハズですわ」

 「でも、これまでもできない魔法は幾つかあって、成功できるかどうは……」

 

 弱気になるユイリーにトメは胸に手を当てながら激を飛ばした。

 

 「『失敗を恐れてはならない』。これは、ワタクシが学園で教わった魔法士の心得です。失敗を恐れる必要はありません。むしろ、何もする前から諦めてしまうことを恐れなさい! ユイリーさん、アナタの魔法士としての腕まえはまだまだですが、それでも誇れるモノをアナタはお持ちです。ワタクシが保証します。だからもっと胸を張りなさいっ! このハーキサス家が次女、トメ・ハッシュプロ・ンドラフィス・ハーキサス・ドメスティックがアナタの隣でアナタの挑戦を見届けるのですから──」

 

 一拍あいて、最後に一言そえる。

 

 「──アナタの努力を証明してみなさい」

 「……や、やってみますッ!」

 

 失敗は怖い。でもこれまで自分がしてきた努力の為にユイリーは杖をとった。

 改変する前の詠唱は当然ながら頭に入っている。

 とんがりボウシを被り直し杖を天に掲げ顔を上げる。今こそ紡ぐ証明の(うた)──。

 

 「大地の化身、地に眠る神秘の力。湧き上がれ裁きよ、湧き上がれ試練よ。大陸の根源は今ここより来たる。威厳を示せ! 地を割り吹き()でる業火の柱ッ!! バーニングストーームッッッ────!!!」

 

 吹き荒れる砂嵐の中にこだまする鬼気迫る詠唱。……しかし、これといった変化はおきない。

 

 「……ユイリー殿?」

 

 心配したようにピタが聞いた。

 高位課程を修了しているトメの詠唱協力があれば、おそらく魔法は発動する。しかしユイリーの為にトメはあえて見守る。

 

 「落ち着いて。ゆっくりもう一度」

 「は、はい……! 大地の化身、地に眠る神秘の──」

 

 アドバイスを聞き入れユイリーがもう一度詠唱を始める。

 

 「ぐはぁぁッ!!」

 「えっ……?」

 

 その詠唱を遮る男の叫び声。

 声は武者の作り出したサークル付近からこだました。ユイリーが思わず詠唱を止めてしまう。

 

 「ユイリーさん! 気にしないでもう一度」

 

 悲鳴はサークルに侵入してしまったことを意味する。両断された者が遂に出てしまったのであれば、見守るなんて出来ない。トメは魔導書を開き、ユイリーのサポートに回ることをすぐさま判断した。

 

 「……大地の化身、」

 「「地に眠る神秘の力──」」

 「ぐぁぁぁぁあ!!!」

 

 今度は別の男の叫び声。

 やはり、サークル付近。

 それを無視して二人の詠唱は続く。

 

 何もしてないもどかしさを感じたのか、ピタがその状況を看過できず訴える。

 

 「おい! トメ! 私にスピードエンチャントをかけてくれッ!」

 

 決意を固めた表情をする小さな少女を見てトメは驚いて補助を降りた。

 

 「まさか突っ込む気でして? 今行くのは自殺行為でしてよ!」

 「うわぁぁぁあ!!! 腕が! 腕がぁ!!」

 

 三つ目の声が響いたあと、遂に堪えきれなくなったピタがダガーを取り出し地面を蹴って飛び出した。

 

 「あぁー! もういいッ!! お前には頼らんッ」

 「ピタ!!」

 

 トメの静止を聞かずダガーを構え勢いよく飛び出したピタは、自らの限界速度でサークルの場所を迷いなく突っ切った。

 ここだ! と思った瞬間に小さな少女はダガーを振りかざす──が当たらない。モテゾウまでは届かない。

 

 ダガーは空を切り続ける。何度振っても結果は同じ。空振り。それどころか人の気配すらまるで感じない。

 

 「おい……何処だっ! 何処に行ったっ!?」

 

 がむしゃらにダガーを振ってみるがやはり当たらない。


 「ピタ!! 離れなさい!!」

 「チッ……」


 詠唱が終わったと知って、ピタは不満そうにしながらも遠くへ飛び退けた。


 「【バーニングストーム】──!!!」


 轟々と炎が立ちのぼる音と熱風が周囲を包む。しかし、何かを焼いている感覚はユイリーにもなかった。


 「だ、ダメです……当たった気がありません」

 「どういうこと……? まるで反応がないだなんて」


 その後、三つの悲鳴から三人を両断したと思われるモテゾウの姿は、どれほど探してもついに見つけることは叶わなかった。

 


 

────────────


 ──枯れない森──


 

 

 木々の遮りによって砂嵐を寄せ付けない比較的安全地帯。

 そこでは数人の男と一匹のイヌの姿が確認できる。

 

 「勇者ぁ! そろそろ限界か!?」

 「まだまだッ……いけますよ」

 

 所有者(こうだい)の元へ戻ろうとする特性を持つ聖剣を、必死に抑えるのは『勇者』水戸 (こう)たろう。

 

 彼は聖剣ごと飛ばされないようにきのこ収穫用のワイヤー二本に身体を括りつけられ、そのワイヤーの反対側は数本の木々としっかり結ばれた状態になっていた。そんな状態が長く続いたせいか、聖剣を持つ両腕は小刻みに震え木々はだんだんと傾き、根っこが地面から顔を出し始めていた。

 

 「オレ達も気ぃ入れるぞぉぉ!!」

 「「「おおおおおおお」」」

 

 冒険者達は木が抜けないようにワイヤーを一斉に引っ張り勇者を支える。

 体力に自信のある勇者だったが、長くその状態が続き汗をかき始めた頃、三人の来訪者がやって来た。

 

 「勇者ぁ、客だ!」

 「中島、さん……?」

 

 中島 茂茂(しげしげ)がニセモノの魔女と粛征竜使いを連れてきた。


 

~~~~~~~~~~~~


 

 中島たちが勇者達を交え何やら話し合いをしている中、少し離れた木々の後ろの方では二人の少年がコソコソ隠れていた。

 

 「兄さん……やっぱりまずいよぉ。帰ろう?」

 「何言ってんだエナム。ここまで来て帰れるかよ……! それに、見てみろよ。俺達と年がさほど変わらねぇクローフが五賜卿(ごしきょう)と戦おうとしてんだぞ。これが黙って家にいられるか。イヤなら一人で帰れ。たぶん、母ちゃんにオレの分まで怒られるけどな」

 

 エナムは少し考えたあと、怒られるのは嫌だと苦悶の表情を浮かべ、レクムの袖を掴んだ。エナムが実の弟で、なおかつ男の子だと知っていなければドキリとしていた展開だろう。

 

 「なに話してっか聴こえねぇな」

 「これ以上はヤバいって……!」


 レクムが木々の間を縫うように歩き、さらに近づく。そのあとをエナムはしっかり付いて隠れる。

 

 話し声が聴こえてくる──。

 

 「それを……合図にするんですか……?」

 「ええ、何か不満?」

 「いえ、不満というか……見えるのかなって……」

 「さぁどうかしらね」

 「さぁ……って無責任過ぎません?」

 「ちょっと先生! 勇者さんの不安を煽るようなこと言わないでください!」

 「ウソはつきたくないの。どうなるかは分からないけど、やってみる価値があるなら試すのよ。……それより、あなた達はいつまでそうしてるつもりかしら。そこで隠れているつもりのお二人さん?」

 

 “ニセモノの魔女”が向いた方角に勇者以外の視線が一斉に集中する。

 

 そして、驚きつつも観念したレクムが頭を掻きながら現れた。

 

 「あははは……ども」

 「兄さん、ボク達隠れるの向いてないよ……」

 

 お店でも見つかって母親にこっぴどく怒られたばかりなので、レクムは思い出し頷いた。

 

 「……だな」

 

 レクムは勝手に追いかけて来たことを謝罪し、話し合いに加わった。

 


~~~~~~~~~~~~


 

 「という訳で、これを合図の代わりとして彼らのところへ持って行ってもらいたいのだけど、誰か頼めないかしら」

 

 一通りの説明を終えた“ニセモノの魔女”が立候補者を探すが、誰も出ようとはしない。

 

 “ニセモノの魔女”こと先生がクローフと目を合わせた。このままだと自分が行かされそうだと感じたのか、クローフが焦り出す。

 

 「ぼ、冒険者の方達の中から誰か行ってくれる人はいませんか?」

 

 冒険者達はお互いの目を見合わせる。

 

 「あんなドンパチやってる砂嵐の中を突っ切るなんて無茶だろ……」

 「ああ。それに、五賜卿に気づかれねぇように走るのもきつすぎる」

 「コーダイが何処にいるかも全く分からないしな……」

 

 弱気になる冒険者達をみて先生は溜息をもらす。

 

 「……冒険者っては腰抜けの集まりなのね。いいわ。ドゥス、あなたが行きなさい」

 

 キラキラと光る石はクローフの元へと渡った。

 

 「ちょ、ちょっと僕ですか!? あの、できればお断りしたいんですが……」

 「あなたが行かないなら誰が行くの」

 「それは……」

 「な、なら、俺が行こう!」

 

 そう言って前に出たのはレクムだ。

 クローフに勝ち誇ったように一瞥しながらそれを受け取ろうとする。

 

 「他の誰にも行けねーみてーだしな」

 

 レクムもそこまでの阿呆ではない。その任務の重要性も危険性もある程度承知した上で名乗り出ている。

 本人は余裕の笑みを浮かべているつもりらしいが、顔はずっと引きつっている。クローフに強さを見せつけたかったのか、それとも何も出来ない自分が嫌だったのか、恐怖を押し殺してまで自選してきたようだ。

 

 “ニセモノの魔女”はその勢い任せの不安定な覚悟に不安を覚えつつも、他にいなければ仕方ないと妥協した。

 

 「キミ、名前は」

 「レクム。レクム・ファイヤーランド」

 

 最後に一つだけ確認をとる。覚悟の再確認だ。

 

 「レクム、やり遂げる覚悟はあるかしら?」

 「し、心配いらねぇよ。バーっと行ってバーっと帰ってくる! それだけだろ」

 「確かにその通りだけどねぇ……」

 

 心配な部分は拭いきれず先生は躊躇った。この少年は果たして覚悟の意味が分かっているのだろうか……。

 

 「やめときなよ兄さん。本当は誰よりも怖がってるんでしょ? 無理する必要はないって」

 「バ、バカいえっ……! こ、こんなん、余裕だ!」

 

 レクムが胸を張って言うと、後ろから心配する中島の声がかかる。

 

 「レクムくん。無理はしちゃあだめだ」

 「だから、無理なんかじゃ──」

 

 ヤケ気味に反論しようとするレクムの肩に、ポンと優しく、大きく厚みのある手が置かれた。

 

 「──大丈夫。ここは、おじさんが行くから」

 

 そう言って、なんども人生から逃げてきた男は静かに微笑んだ。

 

   

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