第二十九話 おサムライさんの消失
「と言うことでピタ、トメ、ユイリー。交代しよっか」
いきなりの提案に魔法使い見習いのユイリー・シュチュエートは疑問を呈した。
「かなみちゃん、それって『相手を』ってこと? 復活していきなり大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ソギマチはかなみに任せて。向こうは三人に任せるから」
かなみはニカッと笑うとソギマチ達の方を向き言葉を再び紡ぎだす。
「ソギマチちゃん達に聞きたいんだけど、もしかして四人に分身したせいで力も四等分にされちゃってたりしてない?」
少女がさらっとなんでも無い風に言うと、ネコミミが八つ同時にピクリと跳ねた。
蝦藤かなみは分身の欠点を見抜いた。
それはあまりにも単純かつ大き過ぎる欠点であったが、全てが実像というインパクトとモフモフミミシッポの魅力に取り憑かれたせいで、あのチート少女かなみでさえ見抜くまでに時間を要してしまった。
「気付いてたのかぁ……!?」
「バカっ! また余計なこと言ったなぁ!?」
素直過ぎるソギマチ達の反応により確信するかなみ。その口角は自然にゆっくりと上がっていく──。
「どうせなら、一人とは言わず四人とも捕まえちゃおっかなぁ……」
両手を顔の前ですり合わせ、何かを企むように微笑むかなみ。その姿はまるで笑顔だけで喜怒哀楽を表現する母、薫のそれに似ている。もしくはハエ。
それを見たトメが困ったように反応する。
「か、かなみさまが一人で大丈夫そうでしたら、ワタクシ達は別に構いませんが……」
「うんうん」
「私もそれで大丈夫ですよ」
ピタやユイリーが流れで賛同する中、今しかない! とばかりにソギマチフォースが一斉に逃走をはかった。
「あっ! 逃げたぞかなみ殿」
縄に縛られたソギマチを三人のソギマチが担ぎ上げ、脱兎のごとくエイサッサ。
スピードには自信があるのか、あっという間に砂粒ほどの大きさになった。
「じゃ、そっちは頼んだよ!」
そう言言い残しかなみはトップスピードで駆ける。
「待てーー!」
砂を巻き上げていく乱暴な走り方にも関わらず、その距離を一瞬で縮めていく。
「来てる来てるっ! 来てるよぉ! はやくぅぅ! 追いつかれちゃうよぉぉおぉ!!!」
縄に縛られたソギマチは、後方より迫り来る無邪気な笑顔の少女をただ見ていることしか出来ず、じたばた暴れながら叫び続ける。
「このままだとみんな捕まっちゃうよ!」
「ならここは三手に別れて逃げるべきです。そうしましょう」
「あいわかりした! せーのの合図で散開するぞ!」
〝知識〟〝真心〟〝技術〟によるひとり会議が終わり、三人が意を決する。
「「「せーのっ!」」」
三人がバラバラの方角に走り出しすと同時に、担がれていた聡明担当のソギマチが地面に落っこちた。
簡単に言うと〝聡明〟は捨てられたのである。囮として。
「えぇぇ!? うそぉぉぉん!!」
「時間稼ぎは頼んだっ!」
「いつか、助けに行きますので」
「それまで頑張るんだぞー」
「この裏切りソギマチィーーっ!」
〝聡明〟の叫びも虚しく、ニタッと笑う影とソギマチが重なった。
「ままま待って、いや! お願いしますっ! モフるのだけはっ! モフるのだけは許してぇ! …………ニャァァァァアアンッッ───!!!!」
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~モテゾウサイド~
少女の断末魔がどこからか聞え、分かりやすく頭を抱える男、ワシュウ・モテゾウ。
剣士とはほど遠いゆったりとした風貌の服を着たモテゾウの前には、二十人の男女が立ちはだかっている。ただ、そちらに関しては毅然たる対応を示す。二十人を敵とすら認識していないのか静寂を纏いながら。
「……どうやら、ひよこを仕分けている時間は無さそうだな」
辺り一面を巻き込みながら向かってくる砂の渦。それは轟音と共に凄まじい勢いで迫っていた。じきに荒野は砂嵐に直面する。
「うそだろ……? このタイミングで砂嵐かよっ!」
「規模もヤバそうだ。視界が奪われる前にやっちまうか……?」
「無茶言うな! 慎重にいかねぇとオレらなんか瞬殺されるのがオチだぜ!」
一度その強さを目にしている冒険者達は慎重だ。その勇気を臆病だと嘲笑うかのようにモテゾウは口を開く。
「奪われるのが視界だけで済むと良いな」
滲み出る猛者のオーラ。
瞬時に悟る──ヤバい。
決して安全とは言えず、時には命を懸けることもある冒険者稼業だからこそ分かる。分かってしまう。
あれは祟り。触れてはいけない祟り。本能が相手をしてはいけないと警告する。無意識に少しずつ身を引いてしまう。
後ずさりした冒険者達の心を折るつもりなのか、モテゾウはカタナに手を添え居合腰を取りながら目を瞑った。それはあのチート少女をも一撃で仕留めた【両断域】の構え。
直後、白く光る円が武者を取り囲むように出現する。
「ちっ、またあれか! これじゃますます無闇に近付けねぇ……!」
苦い顔をする保安兵達にトメから質問が飛ぶ。
「あれは一体なんですの?」
「そうか……嬢ちゃん達は知らないか。ヤツの周りで光るあの白いサークル、あれより内側に侵入した者は問答無用でぶった斬られてしまうみたいなんだ」
「サークルより内側……。なるほど、それで迂闊に近付けないと」
ピタが状況を理解し呟くと、トメがさっそく動いた。
「でしたら、遠距離から魔法を放てば良いだけですわっ!」
かなみに改良された魔導書を開き、中の一節から火球魔法を放つ。
無詠唱で放つ場合より二割増の威力と速さを兼ね備えた火球がサークル領域に触れた瞬間、蜘蛛の子を散らすように掻き消えた。
トメは一撃では足りなかったと火球を何度も撃ち込むが、ひとつの例外もなく全てが虚しく掻き消された。
「くっ! ワタクシの魔法でもっ……!」
「今の、見えたか……? いつ斬ったのかオレには分からなかった」
「ああオレもだ……。嬢ちゃんたちは?」
「ピタ。アナタは?」
トメは質問しながらピタの方を見る。ピタは額から一筋の汗を流して気難しい顔をする。
「……辛うじて。ヤツは間違いなく剣でお前の魔法を斬っていた。剣を抜く瞬間は全く見えなかったがな……」
モテゾウの一刀を目で追えたのは、この中ではピタが唯一であった。周りの反応からもピタはその事を察し自分なりに総括を始める。
「ヤツの抜刀術は、瞬速と謳われたこの私でも見切るのは難しい。おそらくあのサークルがある限り、物理も魔法もヤツに届かないだろう。とはいえヤツをどうにかしなければ、サークルは止められそうもない。……これは詰んだか」
「ピタちゃん、何か弱点があるはずですっ。きっと」
「あークソッ! サークルの隙間でもなんでも探すか!?」
ピタの諦めとも取れる発言に、ユイリーが危機感を持って励ましを入れた。すると冒険者達も諦めない選択をする。
「きっとなにか方法はある!」
「諦めねぇぞオレはこんなところで!」
強靱かつ鉄壁の守護りをどうにかしようと冒険者達は躍起になっている。そうこうしている間にもサークルは広がり続ける。
「落ち着いてください皆さん。相手はそもそも逃げようとしていたハズです。さいあく無理に戦う必要はないんじゃないでしょうか?」
焦るばかりばかりではいけないと、なだめるユイリー。しかしその意見に対してピタが異を唱える。
「こいつらが逃げていたのはかなみ殿からだ。我々から逃げるつもりがあるならばこんな芸当、わざわざ披露しない。それにかなみ殿に任されたのだ。我々でなんとしても倒したいとは思わないのか」
「確かにそうかもしれないですが、無茶をして皆さんにもしもの事があったら……!」
二人の会話に耳を傾けていたトメは口元に指をあてがい状況を整理する。二人の言い分は分かる。時間が無いことも。
そして不自然な事に気づく。
「ワタクシ達を軽く相手取る実力があったにも関わらず、襲いくる訳でもなければ逃げる訳でもない──。意図が読めませんわね」
ピタ、トメ、ユイリーの三人は一度武者に挑んでる。その際は全く相手にならなかったばかりか、軽く峰打ちにされ仲良く気絶させられた。
接近戦において束になっても適わなかった相手が自ら攻めて来ない事態に、トメは疑問を抱かずにはいられなかった。
「お仲間が逃げるまでの時間稼ぎとか……?」
思考を巡らせども答えは出ない。
そこに冒険者の一人が口を挟む。
「もうちょい離れた方がいいぜ嬢ちゃん」
「そうですわね……」
サークルの範囲に全員が注意を払う一方で、肝心のその中心にいるおサムライは、全く別のことを考えていた──。
──(ソギマチよ、聴こえるか)
──(あれ、なになにぃ、モテゾウから飛ばしてくるなんて珍しぃ。なーんか気持ち悪ーい)
【念話】──。
特定の誰かと意識を共有し合うことで行える心情会話術の総称。魔力や協調性、理解力、想像力、意識の高さなど、種類によって必要な要素は異なる。アンデッド同士を繋げる屍兵念話が二人のチャンネルだ。
モテゾウは【両断域】を維持する為に集中しているように見えてその実、【念話】に重きを置いていた。
──(お主がどのソギマチかは知らぬが、頼みたいことがある。某が敵を引き付けている間に石を探しだし破壊してもらいたい)
──(あー、なんだ。じゃあ、さっきの発言は嘘なのねぇ。モテゾウ、強者を前にしてよく我慢した。本気で逃げるつもりなのかと思っちゃったけど、見直したぜよ)
──(フン……私欲を優先するほど恩知らずではないわ。それより時間がない。某では探しきれなかった。砂に視界を奪われる前に頼むぞ)
──(あいわかりした。あの子は巻けたし、期待して待っててよ)
男が逃げも攻めもしなかったのは、周りを欺き注意を自分に惹き付けるための作戦だった。そうすることによりソギマチが余裕を持って召喚石を探し、破壊できるようにするのが目的。
連絡を受け取ったソギマチが残りの自分達とも連絡を取り、優先事項の為に動き出した。
砂嵐はすぐそこまで迫っている。
荒野を呑み込むまで、あと三分──。
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~かなみサイド~
砂嵐が来る直前、三人のソギマチを追いかけていたかなみは囮役になっていた〝知識〟のソギマチを捕獲したところで鐘の音を聴いた。
それは珖代からの無言のメッセージ。
『用件』のない鐘の音のみだった為に理由までは分からない。そこで┠ 生体感知 ┨を使った。その結果、生きていることは確認できたが、珖代の待機位置が想定よりズレていることが分かった。
「……うーん。一度、珖代のところに戻らないとだなぁ」
このままでは聖剣作戦に支障をきたしてしまう。悩んだ末に少女は、他のソギマチの捕獲を一旦諦め、珖代の元へ向かうのであった。
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~〝知識〟のサイド~
チート少女の脅威から命からがら逃げ切った〝知識〟が召喚石探しに奔走し始めたのは、砂嵐が大荒野を呑み込む二分前。しかし幾ら探しても見つからず、とうとう砂嵐が来てしまった。
砂嵐が来る前に見つけるつもりで息巻いていたソギマチもこれには焦った。もう見つけられない可能性すら出てきた。
「ん? にゃにゃあ、あれは」
辺りに誰もいないためか素の口調が出ている〝知識〟のソギマチは、まともに目が開けられない状態の中で岩に接触。その岩に触れながら歩みを進めていると、不審なモノを発見した。
岩陰から靴のようなものがはみ出ている。
恐る恐る声を掛ける。
「なぁ、誰かいるのかぁ?」
声に反応したのか、汚れた皮の靴が岩陰に引っ込んだ。それを見たソギマチは返事を待たずさっと追い込む。──目が合った。
防具を着た男がいる。
その男は大事そうに何かを抱えたまま座り込んでいた。
抱えていた何か。それは良く見ると光輝く真ん丸の水晶のようで──。くしくも、人口召喚石の特徴と一致する代物だった。
「お、お前の持ってるその石……! さては召喚石だなぁ!?」
ソギマチが気付くのとほぼ同時に、隠れていた男が慌てて声を荒らげながら逃げ出した。
男の正体、それは──ピタやトメを捜索しにやって来た捜索班の内の一人だった。
彼は気絶したユイリー達を仲間と共に助けた後、召喚石を持って街まで逃げるという大事な役目を任された。しかし、吹き荒れる砂嵐により方向感覚を狂わされ街に戻れなくなっていた。そのため彼は、近くにあった岩場に身を潜める選択を取らざるを得なくなっていたのだ。
「その石を置いてけ! そうすれば命だけは助けてやろう。ゆーこと聞かなければ、命はないものと知れぇ」
長い爪をチラつかせ凄んでみるソギマチ。見た目の小動物感ゆえに脅しの効果はほぼ無い。だが、隠れることを選んだ男にとってそれはほんの些細な差。
なにせ、最悪の出会いであることに変わりはないのだから。
少女には幾らか付け入る隙があるように見えたが、自分にどうにか出来る相手だと彼は端から考えなかった。そして、自分の命とこの石を秤にかけた時、召喚石は軽かった──。
「ほ、本当に、渡せば見逃してくれるのか……?」
「ソギマチがオオカミ少年にでもみえるか! ガオー」
少女は更に凄みながら男のクビに爪を突き立てた。
男が裏返るか細い声で鳴く。
「ひぃ〜! ネコミミ少女です……!」
「よし、それでいいんだ。……ってよくない死ねぇ!!」
「うわぁぁぁ!!」
見逃すフリをしたソギマチが右腕を振り下ろす──。
「なんて、ジョーダンジョーダン。逃げたきゃ好きに逃げてくれや」
NGワード“ネコミミ”が明らかに逆鱗に触れたように見えたが、そこは意外にも寛容。石を受け取ると街の大まかな方角まで丁寧に指さして伝える。
「ソギマチは強くて優しくて、こわぁいオオカミさんだ。二度と間違えるなよガオー」
脅かすように両手を上げて凄む。
「でもそのミミ……」
「ガオーー!!」
自分はオオカミであると最大限のアピールで押し切った結果、男は殺られると勘違いしたのか走り去ってしまった。一瞬で男の姿は見えなくなった。
「……さて、誰もいにゃいね」
周囲を確認したあと、すぐさま召喚石の解体ショーを始めるソギマチ。
だが地面に叩きつけたり、爪で引っ掻いたり、噛み付いてみたりしてみても、身震いしたくなる不快音が鳴り響くだけで召喚石にはヒビ一つ入らない。
「ダメにゃこりゃにゃー。後でモテゾウに斬ってもらわにゃだ」
そう言って少女は意識を集中させる──。
──(モテゾウ! 聞こえる?)
──(生憎今は忙しく、いつもみたく小噺を聴いてやる余裕は──)
──(暇で話してんじゃないよ。召喚石が見つかった! ソギマチじゃ壊せないから早く合流してくれ!)
──(あいわかり申した。では森で待たれよ)
──(森ね! あいわかりした!)
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~モテゾウサイド~
「やべぇ……! やべぇよお……!」
「おいおいおいっ。これどうすんだよこれ……?」
直下砂嵐により視界を奪われた捜索班らは、サークルもとい武者を完全に見失った。
「とりあえずおめぇら! 死んでもヤツに近付くんじゃねぇぞ!!」
「ンなこと言ってもここが何処かもわかんねぇだろが!!」
パニックに陥る捜索班達を再びユイリーがなだめる。その声は砂嵐にかき消されまいと必死だ。
「皆さん、落ち着いて! 見えなくはなりましたが、それ以外は変わっていませんッ! だから落ち着いてください!」
「そうだっ! ユイリー殿の言う通りっ、ヤツ自身に変わった動きはない! サークルの位置を把握したいのであれば、小石でも投げ込むんだ!」
ピタの提案に冒険者が反応する。
「なるほど、その手があったか!」
さっそく小石を拾い投擲してみる。投げた小石が真っ二つに割れれば、そこがサークル内だと認識できる。逆に小石に変化がなければそこが安全は場所の証明になる。原始的なやり方ではあるが十分有効策になりえる対処法だった。
そんなピタの提案をトメが更に磨きをかけていく。
「サークルの変化や隙を知るためにも、継続的に小石を投げ続けることをオススメしますわ! 冒険者並びに保安兵の皆様方、どうかそのお役目引き受けてくださいませんか!」
既に互いの姿すらも見えていないのにも関わらず、彼らは全員顎を引いて即答した。
「そういう事ならオレ達に任せてくれっ!」
「野郎どもッ!! オレたちで位置を割り出して範囲を突き止めんぞ!! ありったけの小石をかき集めろォォォ!!!」
「「「おおおおお」」」
意見がまとまると彼らの結束は固く、拾っては投げ拾っては投げを繰り返す。そしてなんとかサークルの境界線を発見した。
「この辺だ! まちがいねぇ!」
手に持った大量の小石を投げ続けながら範囲を見極める捜索班。石が尽きるのも時間の問題。
それまでに打開策を──。そう考えていたトメであったが、動けずにいた。
四方から小石を投げ続ければサークルの穴がいつか見つかるかもしれない。でも、穴がなかったとしたら──。
やはり逃げたほうがいいかもしれない。ただそうするとこの男を倒すチャンスは二度と──。
ひとり悩むトメを見て、ピタが痺れを切らす。
「トメ! 策を練っているところ悪いが、もう止めないと冒険者連中が危険だ……!」
「分かってますわ! でも、隙が見当たらなければ近付くだけ自殺行為ですわ!」
「だったら本体を直接叩けるような便利な魔法はないのか!?」
なんと強欲な事を言うのか。
領域に触れず、本人のみを狙う魔法なんて。
そんな都合のいい魔法──。
その時、トメの脳内にある魔法が浮かんだ。
「……ユイリーさん! 聞こえる?」
「は、はい!」
「アナタ確か、【バーニングストーム】をランクダウンさせたオリジナルの魔法がたしか使えましたわよね! あれで本体のみを狙うことは可能でしてっ!?」
「……やってみます!!」
その作戦、吉と出るか凶と出るか。




