第二十五話 ファイル1 それは『押し付けられた責任』
~大荒野召喚石付近トメ&ピタ~
「はぁはぁ、はァ……」
「……厄介ですわね」
相手は近距離型二人。対してこちらは近距離型一人に中距離型一人。
「……攻められると分が悪い。トメ、もう少し強い魔法を放てるか?」
「当たっても文句は言わないでくださる?」
「フンっ……おまえの魔法など、当たったところでかゆい程度だ」
「言ってくれますわね」
長身痩躯の刀を持った男と、鋭い爪の生えた少女が二人を襲う。
「行きますわよ」
「ああ」
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---珖代視点---
「聖剣が使えないなら、聖剣に頼ればいいんですよっ……!!」
「…………へ?」
──な、何を言ってるんだこいつは????
その場にいる全員がきょとーんとしてる。
きっと俺と同じことを思ってるに違いない。
そんな周囲の目に気付いたのか、勇者が慌てて説明しだした。
「あ、……え、っと、その! 聖剣には聖属性や魔力吸収能力の他に、もうひとつ変わった能力があるのはご存知でしょうか?」
「うむ、【回帰納刀】……であったか?」
「確か、どれだけ遠くにあっても所有者の手に還ってくる能力ですよね」
「その能力があったが故に、聖剣がコーダイ殿を持ち主と認めたとわかったんだったな」
【回帰納刀】──。聖剣に備わるという、所有者の元に戻ろうとする不思議な力。
この力が俺に対して発動したことが、聖剣に選ばれた証左だと今は信じられている。選ばれた者とそうでない者とで聖剣の重さなんかが違ったりもするそうだが、元を知らないのでその辺は曖昧だ。
「それを利用した作戦を思いついたんです! まず、僕や誰かが聖剣を持ってアルデンテに気づかれないA地点で待機します。その後、喜久嶺さんにはヤツのいるB地点を超えたC地点まで移動してもらい、A、C地点でアルデンテのいる真ん中B地点を挟み込んだ状態にします。準備が完了したら喜久嶺さんは〘選好の鐘〙を鳴らし、それを合図にA地点で待機する者が聖剣を手放すという戦法です」
「なるほど……その為の【回帰納刀】か」
俺にはまだ理解できないが、レイがぼそりとそう呟いた。
勇者が続ける。
「聖剣が喜久嶺さんの元に戻ろうとする帰路上にアルデンテを配置すれば、解き放たれた聖剣がヤツを突き刺さす……いや、アルデンテに勝手に突き刺さってくれますっ……! これなら追い返すどころか、もしかしたら倒すことも出来るかもしれません! いかがでしょうか?」
聖剣で倒すのではなく、聖剣に倒してもらう──。
なるほど。今までにない角度の発想だ。
自信もあるようだし、いい線いってる作戦に思える。俺の安全にさえ目を瞑れば。ただし、周りの反応があまりよろしくない。
場と勇者の温度差を感じる。
沈黙が流れ始めた頃、誰かが勇者に問う。
「……しかしぃ、そう上手くいくのか?」
そこだ。
作戦立案の突破口としてはかなり面白いし、俺が合図を出せるところは安心できる。しかし、色々と問題が多い気がしてならないのもまた事実。
勇者は応答する。
そこをどう納得させてくれるのか。
「大丈夫です! 聖剣が喜久嶺さんの元に戻る時は、必ず刃先を向け真っ直ぐ飛ぶので問題なく刺さります!」
……うん。悲しいが間違ってない。そしてやはり、俺の安全が保証されていない。
飛んで来る聖剣。思い出すあの恐怖……。
アルデンテと戦っていた時、何度ヒヤヒヤさせられたことか。
「うーむ……」
「ほう……」
考え込むような相槌は聞こえるが、勇者の意見に賛同する者は一向に出てこない。
先程と同様に沈黙が流れだし、勇者が口を開く。
「あの……何か、納得がいかない点でもありましたか?」
「いや、そういう問題ではなくてだな……」
溜息混じりにそんな声が聞こえた。
「なんですか? 何かあるなら仰ってください」
「……なら、あえて言わせてもらおう。この街でのお主の信用は地に落ちている。『屍の卿』を確実に屠れる保証でもない限りは、賛同するものは現れないだろう」
「……そうですか……」
あれほど熱弁していた勇者が、帯びていた熱をどこかに捨てて着席してしまった。
待てど暮らせど勇者に賛同する者は現れない。
確実性がないから。信用がないから。それもあるかもしれない。
──まあ、自明の理だな。
信じる信じない以前に重鎮達は責任を負いたくないんだ。
だから賛同できないんじゃなくて、賛同する気がそもそもない。
不用意な発言をすれば、それによる責任はおのずと生じてしまう。大事な会議であれば尚のこと。
誰が先に責任を被るのか、様子見合戦が始まった。
乗っかった作戦が万一でも失敗した場合に、揚げ足を取られ責任を負わされては敵わない。下手すれば今ある立場を陥れる行為にも繋がりかねない──。
だから、そんなリスクだけは避けたい。だから、慎重にもなるし確実に成功するものでないと一番に名乗り出たくない──。
更に、作戦の立案者が信用皆無の勇者であることがこの問題に拍車をかける。
“勇者側につく”──それだけでリスクが高いのにも関わらず、作戦が成功した時のメリットはあまりにも少ない。
「倒せてなんになる。報復されればお終いだ」
勇者の提案が他よりマシなモノだったとしても、それに賛同するほどの価値がない。余計な発言は控えるべきだ。そう考えてしまうのも納得がいく。
だから、
何も、
言わない。
外交や内政問題も、その心理状況で理解できる──だが、今は違うはずだ。
──みんな変わってしまった。
街の経済がギルドを中心に成り立っていたあの頃は、誰もがお互いを支えあっていたというのに……。
変わってしまったというよりも、俺たちが変えてしまったのかもしれない。この責任は重いな……。
「そもそも。なぜこの辺境の街に五賜卿の一人が襲撃にくる? まさか、キノコやおもちゃ欲しさにやって来た訳でもあるまいに」
誰かがそう話をすり替えてきた。
「そんなもの決まっているだぁろう。──勇者だ」
「僕、ですか……?」
視線を感じる。
俺に対してではなく勇者に対して集まる視線だ。
身に覚えがないのか、勇者がぼーっと口を開けている。
勇者だ。と語った役人がそのまま言葉を重ねる。
「こぉんな辺境の街に五賜卿が現れた理由など、答えはひとぉつ。魔王が勇者を倒す為に送り込んできたものとしか考えれないであろう! ヒヒヒ……」
「おお、なるほどそうか」
「ですね。タイミング的にも『勇者』の長期滞在を狙って幹部が潰しに来た。とみて間違いないでしょう」
「では我々は、勇者と魔王の抗争にたまたま巻き込まれただけだと? 冗談じゃない」
「街では散々迷惑行為を働き、挙句の果てに『屍の卿』まで呼び寄せるとは……まったく、ユールにどれだけ迷惑をかければ気が済むのだお主は」
ちらほらと聴こえる勇者への罵倒。
男の意見に納得した者達が呆れたようにもの申すと、辺りがざわつき始めた。
「許せませんな」「百害あって一利なしとは、まさにこの事」「勇者よ、此度の五賜卿を呼び寄せた責任は重大であるぞ」
勇者に対して溜まっていた不満や不信感のようなものが重鎮達の言葉の端々から漏れている。もしくはそう見せているだけの──保身。
キツい言葉で無茶苦茶なことを言っている。気に留める必要を感じない。
自分ではない誰かに責任を押し付けたいだけの便乗に、当然、勇者は反論する。
「ちょっと待ってくださいッ……!! 確かに僕は『勇者』としてあるまじき行為を繰り返し、皆さんに多大なるご迷惑をおかけしました。ですが、今回のことまで僕のせいにされるのは困ります! 僕だってこの街を守る為に戦って、こうして会議にも出席してるんですよ……!? なんとかしようと思う心は皆さんと一緒です! 責任を押し付け合う前に、もっと話し合うことがあるでしょう!! 僕の意見にも耳を傾けてください!」
勇者が命懸けで戦っていたことを俺は知っている。しかし、感情的になっても誰も納得はしてくれない。『押し付けられてる側がそれを言っても……』ってなる。
そこにレイの声が重なる。
「事実、勇者一行がユールに長期滞在していたことは隣国周辺まで知れ渡っていた。仮に魔王側にまでその情報が流れていたとすると、五賜卿が勇者の討伐か足止めを理由にユールにやって来た可能性は大いに考えられる。攻められる隙を作ったのは──お前かもしれないという事だ」
さすが諜報組織のボス。皮肉にも、レイの正確かつ信頼できる情報が勇者に牙をむく。
追随するように誰かが言った。
「まったく、これだからガキは……」「『勇者』としての自覚がたりませんな」「この男には任せられない。他の作戦を考えねば」
「……。皆さんが僕を信用できない理由は分かりました。ただ、それが理由で作戦まで否定されるのは……納得しかねます。合理的では全然ありません……!」
そう言ってやり切れない表情をしながら、膝の上で拳を強く握っていた。
俺以外にもそれが見えたのか、誰かが穏やかに声をかけた。
「勇者殿。これは提案なんだが、作戦成功の有無に関わらず全ての責任を負うと宣言すれば、皆もお主を信じられるやもしれんぞ?」
押してダメなら提案してみる、らしい。
「もちろん、自分の出した案ですから責任は持ちます」
「いったな?」
「次失敗すれば、これまでのように謝っただけでは済まされないことは分かっているな」
「具体的にはどう責任を取るつもりか教えて頂きたい」
どうにか責任を押し付けたいらしく、高圧的な態度を勇者にとる重鎮達。
「それは……その……」
すぐには思い付かなかったのか勇者が俯いた。周りからのプレッシャーで顔をそむけてしまったみたいだ。
「なにも我々は、勇者殿を責めている訳ではないぞ」
「そうです。無理なら別に、降りてもらっても構いませんからね?」
今度は優しく諭すように。ただ、受け取り方によっては脅しているようにも聞こえる。
作戦自体を無かったことにするつもりらしい。こいつらの自己防衛ぶりは徹底的で目を見張るものがある。
あとは勇者が折れるかどうかだが──。
「どう責任を取っていいのか、そこまでは分かりかねます……」
「なら、別の作戦を考えるしか」
「ですがっ! リスクを恐れていては前には進めない! 僕達は今、一刻も無駄には出来ない状況に立たされているんですよ? いつまでも出てこない次案を待っている余裕があるなら、即行動すべきです。自信ならあります。言葉では言い表せにくいですが、この作戦は成功する気がするんです……! 僕のことは作戦が終わった後にでも好きに罵ってもらって構いません。ですが今は、今だけは! この街を救うために何卒ご協力を。お願いしますっ」
勇者は椅子から立ち上がり深々とお辞儀をした。
腐っても『勇者』か。
本気でこの街を救いたいことは伝わった。責任から逃げないどころか、全てを背負う覚悟らしい。
周りが急に静かになった。
顔は見えないが重役達の悔しそうな顔が目に浮かぶ。
二階からデネントさんの声が微かに聴こえる。怒鳴っている感じではなくなった。表面化しない重役達の攻防も、デネントさんが居てくれたら一喝でこの問題は済んだかもしれない。
中島さんは連中の思惑に気付く余裕がなさそうだし、レイは気付いた上で乗っかって指摘しない感じ。
師匠に関してはまだ一言しか発していないので、助け舟の期待はできない。
「まず、この作戦で一番危険な役目を担うはコーダイ殿じゃないか」
「うむ。つい最近まで一般人だった彼には荷が勝ちすぎている。待機組と移動組が逆ならまだ理解できるが……」
「ですが、それだと聖剣の力を抑えたまま移動しなければならない。それこそ困難。やはりこの作戦はなしにする方が──」
またしても否定的な意見が流れた。誰かの身を案じ否定されれば、流石の勇者も反論できない。それを分かってあえてやってる奴がいる。
最早、今の状況を変えてくれる人は一人しかいない──。
「キクミネくん。君の意見を聞かせてくれますか」
鶴の一声ならぬ、ユール町長の声がかかった。
「おお! それがいいですな。この街の発展に尽力を尽くしてきたコーダイ殿の発言であれば信用に足りる!」
「それにこの作戦の重要人物と言っても過言ではないしな」
「コーダイ殿の一言は街を豊かにしてくれる。彼はこの街の根幹を支える一人と言ってもいい」
「なに? それなりの人物であったのか。先ほどの失礼は詫びよう。それで、聞かせてもらえるか?」
「コーダイさん、バシッと意見言っちゃってください!」
うん、今度は俺か。
一番ムカつくのは下出に出る感じで便乗するタッチポッドの声だ。だがいい、それでいい。ユール町長に変えてもらったこの流れと大きな注目の波。
今が最も、俺の発言に力が宿る瞬間だから──。
「てめェらは此処に何しに来たんだ?」
だからこそ容赦はしない。
核心を抉りとってやる。
「勇者に全責任を押し付けたかとおもえば、都合が悪いからと作戦断念に誘導する──。なァ、互いの出方みて腹ん中探りあうのはそろそろ辞めにしねェか? 今もこの街の為に体張って戦ってくれてる奴らがいる。ソイツらの為に俺達にできることが、一刻も早く大切な街の為にしなきゃいけねェことが他にもっとあんだろが!!!」
周りの熱が冷めていくのを感じる。
いや、俺が暑くなってるのかもしれない。
押し付けられた責任への反抗──。
これも一種の《不条理叛逆》だと俺の心が言っている。
この不条理は勇者に降りかかったもの。
寧ろ自分に対して起きた問題じゃないからこそ、見過ごす訳にはいかない──。そう思えた。
「……身分大事さにこの街の明日も考えられねーてめェらとはどんな話したって無駄だ。とっととコイツの案を採用しろ。俺からは以上だ!」
ふつふつと湧き上がる憎悪にも似た感情。机に足を乗っけて怒りを露わにする。
俺は最も尊敬する人になりきることでその感情を抑えられた。
おかげで叛逆精神に喰われないで済む。
「キクミネくん。それとミトさん。皆を代表して、私から謝らせてください。申し訳なかった」
静寂のあと、町長が俺たちに頭を下げたことで重鎮達は慌てふためきだした。
「ちょ、町長!? 頭をお上げください……!」
「なにも貴方が謝る必要はありませんぞ!!」
「そうですっ! 頭を上げてください!」
そう思うならてめェらが謝れよ。と思ったが、別に謝って欲しい訳じゃない。
勇者が状況を飲み込めずソワソワしている。
──おめェはどっと構えときャいんだよ。
ユール町長が周りを無視して再び口を開く。
「申し訳ないキクミネくん。この街始まって以来の未曾有の危機に、皆浮き足立っている。責任問題に関してはお気になさらず。その全ては私が負いますから。ただ、普段のように会議に参加することで不安を紛らわせようとしていた方も少なからずいたことだけは、理解してやってもらえませんか?」
「……まあ、トッタスさんがそう言うなら」
重鎮達も初めてのことで、中島さんみたく不安や焦りがあったとトッタスさんは言う。ひとまず俺は足を下ろした。
「ミトさんもそれでよろしいですか?」
「ええ、はい」
普段通りの責任を押し付け合う会議を装うことで、重役達もパニックにならないようにしていた。だからと言って勇者に責任を押し付けたことを許せる訳じゃない。……そもそも、そんな会議開くな。国会じゃないんだから。
ユール町長は続けて言葉を紡ぐ。
「ですがこの作戦、キクミネくんに掛かる負担が大きいのは本当ですよ。そのへん大丈夫ですか」
「よーは、俺が無事なら問題ないんですよねェ? かなみちゃん、アレを」
誰もが思ったハズ。ここにかなみちゃんがいる訳ないと。
しかし暗闇からゆっくりと少女が現れると皆一様に驚いた。
「か、かなみ殿!?」
「かなみさん!!?」
「おおお、お嬢!? いつからここに……!!?」
「最初からいたよ」
その反応、無理もない。
かなみちゃんは┠ 隠密 ┨やら┠ 気配遮断 ┨で姿を隠していたのだから。
それを知っていたのは師匠と俺だけ。なぜなら二階から降りてくる際にかなみちゃんに会っていたから。
カラクリ兵の大量召喚で召喚石から離れられないと聞いていたが、どうやら別の誰かに代わってもらって来たそうだ。
ちなみにその誰かとは、ユイリーちゃんらしい。
「レイぃ……? ユールを守護りぬいた後で、話があるからちょっと覚えといてね」
「は、はい……」
レイが街より自分達のことを優先したことにかなみちゃんはご立腹のようだ。レイの声が可哀想なくらい震えていた。
あとで酷い目に合うんだろーなァ……。
かなみちゃんならレクムをいつでも抜け出せるので、ずっと居たのかは定かではないが話の流れは完璧に理解しているようだ。
「かなみちゃん、〝アレ〟ある?」
「ん、これでしょ」
かなみちゃんは日差しの差し込むテーブルの上にキューブ状の白い物体を置いた。
「これがあれば、俺のケガも格段に減ります」
それは、イザナイダケを取るために開発したクッション。このエアバッグクッションがあれば、聖剣衝突の衝撃にも耐えられるはず。後は不安要素を少しずつ排除してけば、作戦決行ももうすぐだ。




