第二十三話 “恐怖”の体現者リズニア
おまけコーナーありです。
~トメ・ピタサイド~
『勇者』水戸洸たろうの仲間である二人の少女、トメとピタはアルデンテの放棄した城を訪れていた。
「トメ、外を見てくれ!」
背の小さなピタに呼ばれ、割れたステンドグラスからトメが外を覗く。
「あれは、なんですの……?」
大荒野に群がる謎の骸。
明らかに生き物ではないものの群れがひしめき合っている光景に目が持っていかれる。
「分からん。ただ、いいものでないことは確かだ」
二人がこの城にやってきた目的、それは勇者を探すため。
しかしここには誰もいない。
入れ違いになってしまったのだ。
「行くぞトメ、コータローは向こうにいるやもしれん」
「そうですわね」
二人は急いで城を出た。
城から見えた場所に向かうには峡谷を越えなければならない。しかし、峡谷を渡るために必要な吊り橋がないことに気付く。
「くっ、なぜだ! どうしてこんな時に橋が崩れている!?」
気持ちばかり焦っているのか、ピタが声を荒らげた。
枯れない森の中を右往左往しながら、考え込むピタにトメは優しく声をかける。
「無理なら仕方ありませんわ。今はワタクシ達のできることをしましょう」
トメは倒れている騎士、スケインを肩に担ぎ寄せた。
カクマルとスケイン──。
この二人が亡き者である事は少女達も既に知っている。城に入る前、その姿を目撃してしまっていたから。
初めはすぐに理解できず、受け入れられなかった。
悲しみがあった。それを超える怒りがあった。しかし勇者の身を案じる焦燥感でいっぱいになり、ひとまず城に乗り込んだ。そして現在に至る。
自分達の行いは命を懸ける価値のある刹那旅。世界を救う冒険を続ける限り、死とは隣り合わせだ。それは仲間の死であってもそう。
そう思うからこそトメには最低限の覚悟は出来ていて、行方の知れない勇者の安否も信じることが出来た。
「ピタ、手を貸しなさい。二人の勇敢な騎士を、静かな場所に移してあげましょう」
決意と憂いの入り交じった表情をするトメ。
それを見てしまったピタは、勇者を優先したくとも断れなかった。
コータローは必ず生きている。そう自分に言い聞かせ、ピタは手伝うことにした。
「ならば街に戻ろう。今ならば……、どこよりも静かなで、安全な場所のはずだ」
二人は来た道を引き返し、避難が済んだ静かなユールに戻ることにした。
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~リズニアサイド~
「──二百十六体。それが、同時に相手できるキミの限界だネ。すごいヨ、たいしたもんダ」
たくさんのアンデッドに囲まれた満身創痍のリズニアは、両腕をダラリと下ろしたまま立ち止まっていた。それでも剣は手放さない。
数が二百十を超えた辺りから対処し切れなくなり、その身体はかすり傷を多く残した。
両手に携えたカクマルとスケインの剣は流れたリズニアの血によって赤く染まっている。
「『戦場に咲く一輪の花』と呼ばれた少女を知ってるかい?」
突然振られた質問にリズニアは警戒を強めた。
それに関心したように笑いながらアルデンテは言葉を紡いでいく。
「当時、この場所で人類同士のつまらない争いがあったんだけど、ボクはちょうどそこのお城からそれを見てたんだ。正直、期待はしてなかったんだけど、一人の少女が戦場を引っ掻き回し、色んな人間の想いをぐっちゃぐちゃに台無しにする瞬間を、ボクは目撃してしまったんダ! 勝者の全てを、敗者の全てを、等しく亡骸に変えていく恐怖の体現者──。戦場にのみ現れると風のウワサで聞いていたが、実物は想像の遥か上をイッていた。その出で立ちは花のように美しく、血に濡れ、輝き、咲き誇りながら、甘ーい狂気の香りを漂わせ、屍の丘に咲いていた。ボクはそのコから目が離せなかった。あーもちろん心が踊ったヨ。あんな風になりたいとさえ、本気で思った」
グレイプ・アルデンテは思い出すように胸に手を当てた。
「憧れタ。遠くから見ているだけだったけど、彼女はボクにとっての目標になった。だから、闘い方を見て思ったんだ──キミなんじゃないか、戦乙女の正体ハ」
アルデンテはその時の少女をリズニアだと睨んでいるようだが、元女神はその言葉に何の反応も、興味さえも示さなかった。
アルデンテは勝手にそうであると決めうって話を続ける。
「聞いてくれヴァルキュリアよ。ボクが召喚し、闘わせたのは二百十六体だけだ。何もせずキミを囲うこの三千体のアンデッド達は指示もなしに突然現れたんダ。その意味、分かるかィ? ──答えは復讐心。強すぎる負の感情は時としてネクロマンサーの制御すら超える。自らの意思で這い出た彼らは、キミに対して何らかの怨みを抱えているんだネ。一人の人間がこんなにたくさんから怨まれることがあるかィ? いいやないね! キミがあの時の戦乙女でもないと説明がつかないでしょ!」
女神に依然として口を開くようすがない。
否定も肯定もしない。無ですらない。ただただ血に濡れた眼でアルデンテを睨む。
「まあイイや、その辺は後で自白させるとして、次のテストをしよう。今からキミに服を溶かすスライムの粘液をかける」
そう言って取り出したのは何の変哲もない小さな小瓶。
「別に深い意味は無いヨ。キミには剣の師範になってもらうから、それに相応しい動じない精神を──」
パンッ────!!
発砲音が一つ。
突如、アルデンテがひけらかすように持っていた小瓶に何かが当たった。
その衝撃に弾かれるように小瓶は落下し、音を立てて割れる。
「ん? ……なンだこいつ」
アルデンテは振り返り、ソレを持ち上げる。
「傀儡? 見たことない型だけど、なぜこんな所に……」
ジタバタと暴れる西洋風のおもちゃの兵隊さんの、面長な頭を掴み不思議そうに見つめる。
パパパンッ────!!
またしても発砲音が響いた。
今度は手に持った兵隊さんとは違う場所から。数発。
アルデンテがその方角を振り向いた。
「おいおい、なんなんだキミたちハ」
そこにはたくさんのおもちゃの兵隊さんがいた。
数にして百は超えている。
発砲音の正体はおもちゃの兵隊の構えるピストルから鳴っていた。
小さなピストルによって骸の一体が砕け散った。
「わおっ……! スゴい威力」
身長七〇センチ程のおもちゃの兵隊が身長差二倍以上もある骸を撃ち砕く光景に、アルデンテも思わず感心する。
「キミたち、やられてばかりいないで応戦しテ」
アンデッド達は言われるままに動くが、足元をチョロチョロと動く兵隊さん達に攪拌され蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
傀儡を不思議に思ったアルデンテが、手に持った兵隊さんに目を曝す。
「見たことのない武器だ……ん、コルクか?」
おもちゃのピストルから伸びるヒモに繋がれたコルクを見つけた。そのコルクの先端には小さいが、光る魔法陣が確認できた。
「これは魔力障害の魔法陣……! これに触れた所為で兵達が形を保てなくなった訳か。対屍兵用に改造された傀儡とは恐れ入ル」
屍兵は魂を覆う魔力の檻によって形と存在を維持している。その魔法が効果を失うと途端に維持できなくなる。結果、砕け散るように見える。
ピストルから発射されたコルクに屍兵を砕くほどの威力はもちろんないが、ジャミングマーカーには魔法を一時的に麻痺させる効果がある。
そのジャミングマーカーが屍兵に接触したことで魔力の檻が乱れ霧散し骸の形が保てなくなり、砕けるように屍兵がバラバラになったのだ。
「こんな極小かつ精密な魔法陣を一体どうやっテ……いや、そもそもアンデッドの性質を理解して、ここまで準備が出来る者がこんな小田舎に──」
アルデンテは口に手を当てぶつぶつと何かを呟き始めた。
そうかと思えば指を這わせ音を鳴らす。
「〝来い〟ワシュウくんとソギマチちゃん」
アルデンテの命令により、地面に二つの魔法陣が出現した。
魔法陣の怪しい光に変化はないが、今までとは規模や濃さや文字の列が違う。二体の骸が十字架に貼り付けにされた状態で現れる。大きさは異なるがどちらも白骨化した人形の骸骨。骨の隙間からは、ウジが湧くように肉片が蠢きまとわり始め、肉片が骸骨の隅々にまで行き渡り、大きな筋繊維の布となって全身を包み込む。
人体模型のような無骨さから、徐々に人間味を色を帯びてくる。
一言で表すならば、ヒトの逆再生。ゼロから作るタイムラプス動画。
生物の定義を侵す二体の屍兵が地獄より蘇った。
アルデンテは復活した屍に頷き、頼み事をする。
「量産性を鑑みるに、この傀儡は全て人工召喚されたものに違いない。キミたちにはこの傀儡を召喚し続ける人口召喚石の破壊を頼みたい。お願いできるネ」
長身細身の、先程まで骸だった男が鷹のような目をアルデンテに向ける。
「ヒヨコを退治するのに、某の力が必要だと?」
「まあ、そう殺気立てないでよ。大量の人工召喚と精巧なジャミング術式、その二つを組み合わせる発想力と技術力と膨大な魔力量。もし一人の人間がそれをやっているとすればこれは──」
「要するに相応しき相手がいると? ……であればその大鷲は何処に」
「ワシュウくんは本当に猛者にしか興味がないんだネ。出来ればキミたちに命令したくはない。あくまで石の破壊をお願いするから、召喚者の殺害はついでにしてヨ。無理はしないようネ」
優しく微笑みながら、アルデンテは言葉を重ねる。
「ソギマチちゃん、ダメそうだったらワシュウくんを連れてすぐに逃げてほしい。キミたちは塵や芥じゃない、ボクの代で失うのは困るからネ。……ソギマチちゃん?」
「……ふ、…服ぅ……」
魔法陣の上で蹲る少女は顔から火を噴きだしそうになりながらも、必死に服を要求している。
なぜなら全裸だから。
「あー、ごめんごめんっ」
うっかりしていたとアルデンテは謝りつつもう一度指を鳴らす。
二つの魔法陣の外側に最低限の装備一式が出現し、のっぽで初老風の男と頭から獣耳の生えた少女は着替えに入る。
その間にもアルデンテにはわざとらしいくらいの大きな隙があったのだが、リズニアはあえて狙わず体力を温存に専念した。
狙ったところで屍に阻まれると思ったのだろう。それに謎の二人組の実力が分からない以上、動かないのは正しい判断だといえた。
おもちゃの兵隊さんの数は、二百を超えた。次々と徒歩でやってくる。
やってくるその先に召喚石があるのだろうか。そして、召喚者はいるのだろうか。
「優先事項は人口召喚石の捜索と破壊でいいんでしょ。どんな人か分からないけどー、強いなら容赦する必要もないね」
少女は耳をピンと立て腰をそり、自信の有りようを見せつける。
「それじゃ頼んだよ二人とモ。キミたちの無事を──我が主に祈ろう」
アルデンテの言葉に頷き返した二人が散開した。
「それで、なんの話だっけ? ああ、小瓶割れちゃったんだよネ」
そう嘆くと空中に小さな魔法陣が出現し、ぽとりとアルデンテの手のひらに小瓶が落ちる。
「時間が掛かるし、やっぱり趣向を変えよう」
そう言うと小瓶の中の液体を黒剣の刃にぶちまけた。
紫色の液体がかかった黒剣からは蒸気が発生している。鼻を突く悪臭。強力な毒性を持った何かの液体だ。
「一発でアウトの緊張感、楽しんでみたくなィ?」
少年は冷や汗を流すリズニアを見て、あるいはこれから起きることを想像するかのように笑った。
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~珖代サイド~
新たな時代の“始まり”の街、ユール。
観光客も住民も、兵士や冒険者たちでさえも全てが避難を終え、もぬけの殻に思えたこの街に唯一、人影のある建物があった。
〈お食事処レクム〉──。
そこの一階には、この街を様々な理由から捨て置けない重鎮達が集まっていた。
外から見えないように店は黒いカーテンで閉めきられており、店内はものすごく薄暗い。
僅かな木漏れ日の中で、大勢の大人達が、秘密結社のように長テーブルを囲んでいる。
上座から下座まで誰一人とて顔は見えない。
そんな大人達は最後の空席が埋まるのを今か今かと待ち侘びていた──。
二階から鎧を纏った青年がガシャガシャと降りてくる。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。今すぐにでも戦線復帰が可能なように準備を進めておりました」
青年は空席に手を掛け座った。
「全員揃ったようだな。それでは作戦会議を──ん? なんだねコーダイ君」
カーテンの隙間から射し込む一筋の光。
その光に照らされ、唯一誰なのか分かる喜久嶺珖代が手を挙げて進行を遮る。
「会議を始める前に、俺達二人から皆さんに大事な話があります」
そう言って珖代は勇者と頷きあった。
今伝えるべき情報を珖代は語る。
『教えて! リズニア先生!』
はいホイホイほーい。
最近よく出てくるリズニア先生ですよー。
え? 本編とのギャップがスゴい?
そーんことないですよー!
私はいつも通り、平常運転の私オンリーです!!
早速ですが、今回は質問ではなくて本編の長さの都合上、入り切らなかったあることについて説明しますです。
──はい、ドン!
『峡谷に沿って自生する枯れない森について』
です。
この異世界のある地域では戦死した者達を名誉ある死だと崇め、戦地に埋葬する風習があります。
ユールで起きた戦争もそれは例外ではなくて、戦死者達を荒野に埋めることになったそうなんですが、あの辺の土地は土が非常に固くて、埋めるのにそうとう苦労したそうです。
そんな時、イザナイダケの生える土の周囲は菌糸の根によって柔らかいことが分かって、大勢がそこに埋葬されたそうです。
木々が生えてきたのはそれから数年がたった頃からだそうです。
ダットリーさん曰く、
「あの場所だけ森になった理由は未だ分かっていないが、あの森は今もたくさんの生命を吸って生きている」
とのことで、分からないことが多いみたいです。
いつか、不思議なことが起きるかもしれませんね!
オカルトはあまり信じないタチですが、なるべく近付かないようにしましょう……。
それでは次回は月曜日です。よろしくお願いしますです。




