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第二十二話 師匠の記憶 後編


 

 十代最後の誕生日を妻のいない邸で過ごした五ヶ月後。

 

 

 俺を理解し、受け入れるのとはまた別のメイドが幾つかの新聞を持って書斎にやって来た。

 

 「旦那様、奥様はこの大規模な戦争に参加なされていたんでしょうか……?」

 「さあ、どうだろな。なんだって構わん。待つだけだ」

 

 妻は五ヶ月帰ってきていない。

 新聞には大々的にそれが載っている。さすがのメイド達も彼女がどこの戦争に招集されたのか察しがついているようだった。

 

 「それよりも、今日はお前が相手してくれるのか? わざわざ書斎に来る理由はそれくらいだろう」

 

 メイドに近付きいつものように声を掛ける。

 

 「……奥様のことが、心配ではないんですか」

 「もちろん心配だ。何も出来ねぇ自分に腹が立って、無性に心が痛がってるとも。そんな俺の苦しさを、お前が紛らわしてくれるんだろう?」

 

 メイドは耳元で囁いてやるだけで顔を紅潮させ俯く。

 

 「れ、例の戦争が……奥様が派遣されたと思わしき戦争が、終結したそうです……」

 「なんだって?」

 

 机に置かれたそれを、今度は見出しからちゃんと確かめる。

 

 机に広げ、戦争について書かれている記事に目を(さら)す。

 

 妻が参加しているであろう戦争にあえて名を付けるなら、奴隷解放戦争──。

 

 奴隷制度保守派と解放を謳う革新派が真っ向からぶつかり始まった多民族を巻き込む大きな戦い。


 保守派が圧倒的有利とされていたが、ここに来てどうやら革新派が盛り返し、逆転したことが遠回しに書かれている。


 見出しにはでかでかと『奴隷を巡る戦争、終幕へ』と書かれており、また別の新聞には『モーガフ派、事実上の降伏宣言。極院魔法不使用条約違反で。新たな時代の幕開けか』と記載がある。

 

 革新派が歴史的な勝利を収めたらしい。

 

 奴隷制度は法やメディアと密接に絡んでいた為か、新聞ではそこまで大きく取り上げられていない。権力者たちへの配慮がみられる。

 だが重要なのはそこではない。

 

 「この新聞はいつのだ……」

 「今朝届いたばかりの物ですが、発行が決まったのはおそらく、五日以上前のことだと思われます」

 「そんなにも……」

 

 戦争が終結するとヒナは必ずその報せを載せた新聞が届くよりも早く帰って来る。報せの方が彼女より早くきたことは今まで一度もなかったのだ。

 

 ひどく胸騒ぎがする──。どうして帰ってこないのか。

 

 このままでは取り返しのつかないことが起きる。そう感じた瞬間、行動は始まっていた。

 

 「戦場に向かう。今すぐ馬車の用意をしろ!」

 「旦那様。旅の準備でしたら、既に出来ております」

 

 部屋を出て正面の螺旋階段を下ると、エントランスでは武にも長けたメイドや執事達が俺の荷物を持ち、既に待機していた。馬車をいつでも出発できるに待機させて。

 

 エントランスの中央には、俺を一番理解しようとするあのメイドの姿があった。彼女の策略にまんまとハマってしまったようだ。

 

 「オレの考えはお見通しという訳か」

 「ここにいる皆が、協力して下さったのです。私個人の力ではありません」

 「……そうか。みんな、すまねぇ。馬車は出来るだけ軽くして行きたい、同行者はなしだ」

 「「承知しました」」

 

 待機していた者達に最低限の荷物を積んでもらい俺は馬車に乗り込む。

 

 「進路は?」

 「既に御者に伝えてあります」

 「そうか」

 

 メイド長が出発の合図を御者に送り馬車が動き出した。

 

 「旦那様! 無理だけは……いえ、無茶をしてでも奥様をお願い致します!」

 「ああ、行ってくる」

 

 誰よりも理解してくれている彼女に別れを告げ、馬車は戦場に向かう──。



~~~~~~~~~~~~



 出発して約三日ほどで戦争跡地にあたる平原に到着した。

 

 この辺りは地図でも分かるくらいに、見渡す限りの平地しかないので必然的に戦場に選ばれたように思う。しかし実際目の当たりにすると、聞いていたような場所とは少し違い草木はだいぶ枯れていた。

 戦争により爪跡だろうか。

 

 新聞発行から既に八日ほどの時が流れている。

 

 降伏宣言から実際に終結に向かって動き出したのが五日前のこと。であれば、すれ違いでもない限り彼女は最前線(ここ)に留まっている可能性が高い。


 到着そうそう懐かしい光景が目に映る。

 

 肩を寄せ合う者。歓喜する者。項垂れる者。涙を流す者。戦争には色んな終わりがある。ヒトそれぞれの終わりが。

 

 だがそれらをいちいち気に止める余裕はない。

 

 鳴り止まない胸騒ぎを抑える為に俺は必死に彼女を探した。

 

 「ヒナっ………ヒナぁあ……!」

 

 端から端まで見てまわり、生きている者の中に彼女がいないことは分かった。

 

 「うそだ……、そんなはずはねぇ!」

 

 死体に重なっているのかと考え足元をひっくり返して探すが、彼女に繋がりそうな手掛かりは何一つ見つからない。

 

 彼女の着ていた外套は目立つ。これだけ探しても出てこないのはさすがにおかしい。それどころかヒーラーらしき格好の人物を一人も見掛けない。

 

 「あんた、誰かを探してるのか?」

 

 骨折した腕に板を巻き付けた眼帯の兵士が俺に話しかけて来た。

 

 「協会の回復魔法士はなぜ誰も居ない」

 「この辺に回復魔法士が居たかどうかは知らないが、みんな後方支援に向かったんじゃないか? ヒーラーだとこれからが忙しくなるだろうしな」

 「衛生騎士もそこにいるのか?」

 「ああ。……いや待てよ、衛生騎士なら今も最前線にいるかもしれない」

 「……? ここが前線じゃなかったのか」

 「確かにここは前線だったが、ずっと向こうにかなり深い峡谷があって前線は二つに分断されたんだ。“向こう側”は激戦だったと聞くし、衛生騎士なら向こうにいるかもしれ──っておいおいおい、待て! 直接は行けないぞ!」

 

 峡谷へ向かおうとする俺を男は引き止める。

 

 「橋が全部壊されているんだ。遠回りして行くしかないが、“向こう側”に着くまで二日はかかる。大人しく支援部から探しにいったらどうだ?」

 「そんな時間はない」

 「おい! 飛び越えるつもりか、無茶だぞよせ!」

 

 俺は無我夢中で峡谷を目指した。

 男の言っていた通り峡谷はかなり深そうだったが、全力を出せば飛び超えれないことはなかった。


 「う、うそだろ……マジで飛び越えやがった……」

 

 

 “向こう側”に着いて俺は自分の目を疑った。

 

 

 そこは、草木一つ生えていない平地だった。悪臭はさらに増し、そして、人の声が全く聞こえない場所。

 

 

 異臭と静謐(せいひつ)──。

 

 

 ここには、終結の喜びも哀しみも敵も味方もない。

 あるのは(おびただ)しい数の屍と夕日を浴びて赤く光る雲の群れのみ。

 

 

 俺は地獄に足を踏み入れたのだと錯覚した。

 

 

 そんな世界の中心に、積み重なった屍の頂上に、少女が佇んでいる。俺の位置からでは背中しか見えない。

 

 

 「ヒ、ナ……?」

 

 

 ──違う。あれはヒナなんかじゃない。

 

 

 ヒナであれば協会の外套に身を包んでいるはず。

 それに、胸騒ぎとは別の“狂気”や“恐怖”を少女は纏っている。或いは“怒り”

 

 

 玉のような汗が止まらない。喉が異常に乾く。瞬きを忘れる。

 

 

 本能が逃げろと警告する。一ミリでも遠くへ離れろと。

 同時に理性が反発する。一秒でも妻を早く探せと。

 

 

 結果、初動が遅れた──。

 

 

 だがそのお陰か、屍の山に立つ少女は俺に気づいていない。

 

 

 剣呑。ようやく唾を飲み込めた。

 

 

 ──知っている。あれは、化け物の類い。

 幹部に良く似た化け物(・・・・・・・・・・)だ。

 バレたら死ぬ。簡単に命を奪われて……終わる。

 

 

 白金色の髪を揺らし、両手の剣は血に濡れている。あの少女がこの場で何をしたのか容易に察しがつく。

 

 

 不条理だ。勝者も敗者も等しく無に還えす不条理を起こしたのだ。

 

 

 もう……限界だ。

 旅の疲れからか二本の足で立つこともままならなくなり、足が震えゆっくりと後ずさる。

 

 

 その時。血で足が滑りズズーッと音がなった。

 

 

 小さな音を聞き漏らさなかった“恐怖”の体現者が振り返る。

 

 

 「……っ!」

 

 

 咄嗟ではあったが、ヤツに気付かれないよう屍の中に紛れる。

 

 

 断言できる。不意打ちをついても絶対に勝てない。

 この感覚に覚えがある。

 

 

 駆け出しの冒険者だった頃、無理を頼んでA級パーティーに参加した。雑用係として同行し、依頼に向かう道中、偶然出会った七奠鬼(しちてんき)の男の手によってそのパーティーは音もなく壊滅させられた。

 

 たった一人生き残った俺に、その男は

 「お前はどちらでも良い」

 と言い残し姿を消した。

 

 今でもあの恐怖は鮮明に覚えている。

 目の前の少女はあの時の“恐怖”に良く似ていた。

 

 少女の見た目をした化け物が歩き出す音が聴こえる。


 屍の鎧をガシャガシャと踏みつけながら、ゆっくりとゆっくりとこちらに近付いて来る。

 

 

 四肢に思わず力が入る。

 

 

 異臭と緊張で頭がどうにかなりそうだ。

 

 

 今は過ぎ去るのをただひたすらに待つしか──。

 

 

 そうして、“恐怖”は姿を消した。

 

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……うぅ……おェえ」

 

 無意識に息も止めていたようだ。胃液を吐き出してもスッキリしない。

 あれが何だったのかは分からない。だが、おそらくヒナでは無い。……その筈だ。

 

 それからヒナを探し戦場の全てを駆け回ったが、本人はおろか手掛かりになりそうな物を一つとして見つけ出すことが出来なかった。

 

 どこかですれ違いが起きていて、彼女は既に屋敷に戻っているのでは? という一縷の望みにかけて帰宅するも、彼女はいなかった。俺はメイドとの約束すら守れない男になった。


 

~~~~~~~~~~~~

 


 数週間後。

 協会当局から、ヒナが戦死したとの通達と遺品が二点届けられた。

 

 赤黒い血のこびり付いた半分の深緑の外套と、妻にプレゼントした懐中時計を渡されれば、確かめるまでもなく本物だと理解できる。

 

 「旦那様、奥様は革新派陣営として勝利に貢献し、戦地に埋葬されたそうですが……」

 「ああ。あの戦場で生き残ったヒーラーは敵味方の陣営関係なしに一人もいない(・・・・・・)。ゼロだ。ヒーラーが全滅なんてのはハッキリ言って異常だ。……こんな事態を協会が放っとくわけがねぇ……」

 

 探偵に金を払い、製作してもらった分厚い調査書をめくりながら異常性を確かめる。

 

 「協会は何かを隠していやがる。何を企んでるか分からねぇが、あいつらが一枚かんでるとすればヒナはきっと生きている。くそっ……だが情報が足りねぇ……足りな過ぎる!」

 「旦那様……お屋敷はどうなってしまうのでしょうか」

 「残念だが、ヒナが生きてる証明がない。ヒナが居なければこの家も領地も全部没収されるだろう。もちろん、お前達を雇う余裕も無くなる。今のうちに、次のご主人様でも探しておくんだな」

 

 一通り見終わった調査書を閉じる。

 

 俺を理解するメイドが浮かない顔をする。

 

 「私たちにはまだ次がありますが、旦那様はどうなさるのですか?」

 「オレはまた、ゼロからスタートするさ。ヒナを探す為なら何だってしてやる。たとえ、全てを裏切る結果になったとしても──」

 

 

 更に数週間後。

 

 

 俺はレイティア家から追放され、財産の全てを失った。

 

 最低限の荷物だけをまとめて俺は屋敷を後にする。

 

 メイドは全員、レイティア家のもの。既に返還は済ませてある。

 

 道を歩いていると、見た事のないとんがり帽子を被る女がいた。

 

 「旦那様。荷物をお持ちします」

 「俺はもうお前の主じゃない。とっととレイティア家に戻んねぇと辞めさせられるぞ」

 「結構です。もう辞めてきましたから」

 

 私服の女は覚悟を決めた目をしていた。

 

 「……あの家に恩があるんじゃなかったのか?」

 「母の病を治してもらった大恩はありますが、それとこれはとはまた別です」

 「ついてくる気か。メイドのくせに随分と自由なヤツだな」

 「はい。私のお慕いする旦那様はこの世に一人だけですから」

 

 彼女は丁寧であるけど強引だ。そして、俺の気持ちを考えていないようで考えてくれている。


 「……勝手にしろ」

 「はいっ」

 

 元気のいい返事と共にぱっと明るい顔を見せる。

 

 ──メイドじゃなくなった瞬間、それか。基本悪い子じゃ……いや、魔族より悪い子だったか。

 

 「オレはヒナに残りの人生を費やす。……誰かに気を配る余裕なんてねぇからな」

 「分かっています。奥様を探す為に、旦那様を精一杯サポートさせて頂きます」

 

 本当に分かっているんだろうか……。

 

 若干の不安を覚えつつも、こうして俺は一から(・・・)スタートをきった。

 

 かけがえのない妻を探すための、無駄な旅を──。

 

 


━━━━━━━━━━━━

 

 ---珖代視点---

 

 

 

 「旅に出てからは、あらゆる手を尽くしたが結局妻は見つからなかった。それだけじゃなく、周りの連中や自分のことすら(ないがし)ろにし続けた結果、俺を慕ってくれた唯一の従者も俺の傍を離れていった。そうして何もかも失った俺は、奴隷解放戦争で戦死した者たちの遺族や友人、支援者達によって造られた街に身を置くようになり、毎日呑んだくれるどうしようも無いクソジジイに成り下がったって訳だ」

 

 聞いている限りだと、その特徴に合う街を一つだけ知っている。

 

 「師匠、その街ってまさか……」

 「犠牲者への追悼と奴隷解放の象徴。そして新たな時代の始まりを意味する荒野の街──ユールだ」

 「バウ」

 

 セバスさんによって完全にキズが癒えたのか、勇者がベッドから出る。勇者がセバスさんにお礼をする。

 

 「なんだか、色々知れて良かったです……」

 

 ユールの始まりの意味も驚いたが師匠の過去はすぐに受け止められないほど俺には重く感じた。

 

 いつか奥さんが見つかると嬉しいですね、とは軽はずみにも言えない。

 

 勇者が納得したように師匠に話しかける。

 

 「この街に来てから一度も奴隷を見ていないと思ったら、そのような背景があったんですね」

 「この街じゃ当然奴隷の売買は全面禁止されている。稀に街の成り立ちを知らずに奴隷を連れてくる阿呆がいるが、そういうヤツはぶん殴られても文句が言えないのがこの街の良さだ。だからまあ、よその街では奴隷を連れてるヤツを見つけてもぶん殴るなよこうだい」

 

 師匠が目を細めてこっちを見てくる。

 

 「あ、……はいっ! 善処します!」

 

 気晴らしに一度奴隷を連れた男を殴ってしまったことがある。


 師匠は知らないと思っていたが、小さな街じゃ噂なんて簡単に広がる。これからは気を付けなくては。

 あと、ほかの街ではしません。なるべく。

 

 「それと、お前達は俺のようなクズにはなるな。自分勝手な行動を続ければ大切なものを失い続け、いつか取り返しがつかなくなる」

 

 師匠の教えに、俺と勇者は静かに返事した。

 

 キズのすっかり癒えた勇者が着替え始める。

 

 「師匠、その従者の女性は今どこにいるんですか?」

 「さあな。今はもう、知らないな」

 「その人の名前を教えてもらえませんか? 俺や勇者なら、世界を旅している間に会えるかもしれません」

 「彼女のことはお前達が気にする事じゃないさ」


 確かに少しお節介になりすぎてしまったように思える。


 上着を着ながら勇者が言う。

 

 「ダットリーさんは後悔しているんですよね? その女性が生きているなら今の気持ちを伝えるべきですよ」

 「……余計なお世話だ」

 「自分で伝えるのが苦しいのであれば、僕か喜久嶺さんが会って伝えます。それくらいはさせてください」

 「師匠。お節介かもしれませんが、こういう時くらい頼ってください」

 

 師匠はこういう時、素直じゃない。今さらコチラも引けないし、強引にいかなければ。

 

 「……ナナエラ。ナナエラ・シュチュエートだ」

 

 溜息を漏らしながらも師匠は話してくれた。

 

 「シュチュエート? どこかで……あっ、ユイリーちゃんの名前、確かユイリー・シュチュエート……」

 

 リズがよく噛んでいた名前だ。覚えている。

 

 「ユイリーはおそらく、ナナエラの娘だ。確証はないが初めてユイリーの顔を見た時、彼女の面影を感じた」

 「ってことは、師匠の元女がユイリーちゃんのお母さんってことですか……!?」

 「その言い方はやめろ。結構気にしてんだからなこっちは」

 

 予想だにしないセリフに頭がいっきに混乱してしまう。

 

 ──待てよ……ということはつまり、ダットリー師匠がユイリーちゃんのお父さんだったりするのか……?

 

 「まて、お前が何考えてるか分かるぞ。それだけはねぇから安心しろこうだい」

 「なんだ……」

 「ユイリーが弟子を志願した時は断ろうと思っていたが、ナナエラに対する負い目からだろうな。気付けばあの子を弟子として受け入れてしまっていた。今思えばそれが償いになると思っていたのかもしれない……。浅はかな考えだ」

 「師匠はユイリーちゃんを弟子にしたことを後悔してるんですか?」

 「弟子にしたことを後悔したことは一度もないさ。ただ、これがユイリーにとって正しい選択だったのかは、未だに分からないがな」

 「俺は師匠の弟子になったこと、後悔してませんよ」

 

 ユイリーちゃんがなんて思っているのかは分からない。でも、少なくとも俺はダットリーさんが師匠になってくれたことを感謝している。

 

 修行に(かこつ)けた(てい)のいいアルバイトをやらされている感覚ではあったが、あれがなければ今の俺はないのだから。

 

 「弟子は一人いたら二人も変わらない。お前はテキトーなついでだよ」

 「扱いの差!?」

 

 テキトーはさすがに傷つく。こっちは真剣なのに勇者はそっぽ向いて笑いをこらえていたし、師匠も鼻で笑う。なぜ笑われないといけないか。

 

 「俺の話は以上だ。次はお前の過去を聞かせてくれこうだい。転生者に反応を示さなかった所を見ると、お前達もそれ関連なんだろ?」

 

 師匠の鋭さに勇者が目を見張る。

 俺の話をすれば必然的に勇者に触れることになるだろう。

 

 「分かりました。師匠に出会う前の話をしましょう」

 


 

────────────

 

 ---別視点---

 

 

 

 レクム二階。とある部屋のドアの前。


 隙間から漏れて聞こえていた音を聞き終えて、一階へと戻る私。

 

 ふと母を思い出す──。


 幼少期から魔法学校に興味があった私は母に

 「学びたければユールに行きなさい」

 と言われ続けた。

 

 ユールには、りっぱな魔法学校があるのかと思って来てみれば、学校なんて影も形もない小さな街だった。

 

 ──私が間違えちゃったのかと思ったりもしたけど、今なら分かる。

 そういうことだったんだね……お母さん。

 ここに来れて良かった。

 

 そうして心の中で尽くせないほどお礼をする。

 

 信頼の置ける師匠(ダットリー)、仲のいい友人(かなみ)そして大好きな珖代(かれ)のいるこの街に、ありがとうを尽くす。

 

 気弱な私は感謝のために立ち上がる。

 

 「ユイリーちゃん、どこ行くんだい?」

 

 意を決したタイミングで店の女主人デネントさんに声を掛けられた。

 

 「もちろん戦いにです。私は師匠の一番弟子ですから」

 

 

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