第二十一話 師匠の記憶 前編
今回も、オマケコーナーありです。
「後ろの柄とか意外とカワイイの、これ!」
深緑色の外套は衛生騎士にのみ与えられた特別な衣装。彼女に合わせて作られたオーダーメイドの制服が似合わないはずが無い。
ただ、その制服を着ると云うことは彼女がファーストヒーラーとして戦場に赴くことを意味する。出来ることならその姿は何度も見たくないが。
「ねぇ、ダン。聞いてた?」
彼女が眉を寄せながら顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ。……似合ってる。似合ってると思うよ」
戦場について行くことの出来ない俺は、せめて彼女の夫として、心の支えでありたかった。その思いから彼女に協力出来ることはないかと訊くと、出来ることなら冒険者を辞めて欲しいと頼まれた。
帰るべき場所に信じて待ってくれる人が居ることがなによりの支えになると言われたが、単純に俺の身を案じての事だろう。
彼女とパーティを組んでいた時はケガも絶えなかった男だ。心配されても仕方ないと割り切って、冒険者家業は一度休業することにした。
幸いなことに妻がファーストヒーラーに選ばれてから、レイティア家からの支援が増えた。領地や屋敷、メイドなんかを貰えた上に協会からは余りある程の報酬金が出ていたもんだから、帰りを待つ時間はたんまりあった。
そうして妻は初仕事を終え、戦場から生きて帰ってきた。
自分の傷すら満足に治せないほど疲弊しきった姿で。
「ヒナッ……!」
出立前とは打って変わって覇気のない顔を見せる妻に駆け寄る。それに続いてメイド達も。
「奥様っ! そのケガはどうなされたのですか!」
「心配しなくても大丈夫……たくさんの命を、助けてきたから……」
その笑顔は強がりだとすぐにわかった。
彼女は救えた多くの生命より、救えなかった一のことを悔やむ慈愛に満ちた人だ。きっと奥歯を噛み締めてるに違いない。
その夜、共に寝る寝室で彼女は嘆いた。
「ダン。私、正しいこと出来てるのかな? 人を助ける為に戦ってるのに、たくさんの人を殺して殺して、見殺しにした。正義ってなんだろ……分からなくなっちゃった……」
「分からないなら逃げてもいい。ヒナが正しいと思えることなら、俺はどこまででもついて行くし協力する。させて欲しい」
「……うん」
こんな生活が続けばヒナは身も心も持たない。
どんなに庭が大きかろうと、どんなに沢山のメイドが仕えていようとヒナが死んでしまったら全て無駄。だから、彼女には内緒で冒険者に戻ることを俺は選んだ。居ても立っても居られなかったのだ。
最初に始めたのは情報収集だ。
頼れる友人の多かった俺は最大限のコネを使い、有能な情報屋から近々起きる戦争の情報を仕入れた。
その情報を元に、次にヒナが赴くであろう地域を割り出し更なるコネを使って、その戦争にいち兵士として紛れ込んだ。
かなり強引な手法だったが意外とどうにかなった。もちろんそれは一度や二度ではない。年に二回ほどのペースで戦場に向かう彼女に、バレないように近づくことを目標に何度も挑戦してきたのだ。
ヒナと共に最前線で戦えることの喜びや安心感はあったが、戦場で一度も会えないことやバレそうになったことは時たまにある。場合によっては敵側として最前線で鉢合うこともあった。
ヒナは戦の招集がかかると決まって庭の手入れをする癖がある。悪いことじゃないが庭はそれなりに広く、メイドが幾ら止めようとも自分でやると言って聞かないのだ。
その日が来ると決まって俺は酒場に出掛ける。
出掛けるのは、ヒナが寝たのを確認したあと。
メイド達にもこの事は伝えていない。屋敷の裏口からそっと出て酒場へ向かうのだ。
賑わいを見せる酒場に着くと、頼りになる情報屋の女が三人の男と呑んでいた。俺が同じテーブルにつくと男達は何処かに行ってしまった。おそらく同業者なのだろう。
「招集がかかった。先ずは有力な地域を教えてくれ」
「もうじき、大規模なのが起きるわ」
「本当か」
女は一枚の折り畳んだ紙をテーブルに置いた。
「ここじゃ話せねぇほどか」
紙には時間と場所が指定してある。話し合いはその時に。ということだ。用が無くなった俺が立ち去ろうとすると、女が声を掛けてきた。
「とりあえず飲みましょう。酒場に来て何も飲まないのは勿体ないわ」
声は穏やかだが、察しろという目を向けてくる。
確かに酒場に来て何もせず帰るのは怪しい。
俺はエールを一杯頼み、それを飲み終わるまで女と取り留めのない会話を続けた。
それなりの時間が過ぎその場に馴染んできたタイミングで、後ろから肩を掴まれた。
「おい。テメェ、ダットリーだろ?」
俺よりも背の高い男。年季の入った鎧をみれば冒険者であることは分かる。筋骨隆々とした身体つきを見ればかなり腕の立つ者だと思える。
「ん、どこかで会ったか?」
俺の質問に突如、鬼のような形相を見せた男が勢い良く殴りかかってきた。突然のことに反応出来ず、抉られるような感覚が右頬を襲う。
気付いたときには吹き飛ばれていて、口の中に鉄の味が広がっていた。
「テメェ……どういうつもりだぁ! オラ立てよ!」
静まり返る酒場の中心で俺は男に胸ぐらを掴まれ強制的に立たされた。
この男のブチ切れポイントが分からない。酔っている感じはない。向こうもコチラも。なにがそんなに気に食わないのか。
「なにが言いたい」
「あいつはなぁ! ヒーラーになる事を恐れてた……なのに、どうしてあいつを戦場に行かせたッ! 答えろォ!! 何度も何度も、お前には心がねぇのかあああ!!!」
──思い出した。
この男はヒナが冒険者をやっていた頃のパーティーメンバーの一人だ。確か名はヴロードだったか。
よく見れば後ろにメンバーが勢揃いしている。
軽蔑の眼差しを痛いほど感じる。向けたれば勝手にすればいい。
どこでヒナがヒーラーを始めたことを知ったのかは知らないが、面倒なので言ってやらねばならない。
「……あいつの意思だ」
「あ?」
「あいつが自ら望んでやっている事だ。それを止める権利がどこの誰にある」
「自分の女が死ぬかも知んねぇんだぞ……? 止めんのが普通だろがッ!!!」
嘘は言っていない。
だが、男は更に怒り今にも殴りに来そうだ。
知った風な連中が一番メンドくさい。
「待ちなさい!」
後ろで見ていた男の仲間の一人、これまた見覚えのある正義感の強そうな女がやって来た。こいつは覚えている。サマンシアだ。
「アンタが言ってることは多分、嘘じゃないのでしょうね」
「なっ……! サマンシア、テメェこの野郎の肩持つのかよ!」
「あの子が一度言い出したら聞かないのはあんたも知ってるでしょ……!」
「確かにそうだが……。だがなあ!」
「この男があの子の意思を尊重してくれたと、信じたいの私は。じゃなきゃあの子が戦争にでるなんて……あまりにも酷だわ」
男が諦めたように俺の服からゆっくりと手を離した。
なんでもいいが、殴った方が被害者面するのはやめてほしい。
「ただ、ひとつだけ聞かせなさい」
面倒な女は返事も待たずに勝手に訊ねてくる。
「あの子の事を信じてるなら、こんな所で油なんか売らずにどうして待ってあげられなかったの? そんな女と隠れてお酒を飲む必要がどこにあったの?」
「……俺には時間がある。あいつが与えてくれた時間を俺がどう使おうと勝手だ」
「あいつには戦場に行かせて、テメェは女と酒かよ。クズ野郎だな。代わりに死んでくれねェか……?」
男は怒りも通り越した眼差しを向けてくる。
一言足りなかった。だから、誤解して伝わっていることは分かっている。たまたま情報屋の女と飲んでいた所を見られたが、酒や女に逃げたい気持ちは一切無い。そんな気持ちになっていればとっくにメイド達に手を出している。
俺が伝えたかったのはもしもがあった時、家にいて何も出来なかったでは必ず後悔することになる。だから“それは出来ない”ということだ。
だが誤解を解く気にもならない。興味のない連中にいちいち説明する気なんか起きない。これは俺の勝手だからだ。
それよりも、だ。
「テメェみたいな男にあいつを託したのは間違いだった」
「どういう意味だそれは。オレには酒を飲む自由も女と話す自由もないと言いたいのか。やりたい事もするなとはずいぶん勝手だな。お前達にあれこれ指図されなきゃならならない理由の方がどこにあるのかオレには分からん。ヒナのことを考えてるのはお前達だけじゃない。無論これでもヒナのために頑張った方だとオレはオレ自身を肯定できる。あいつがヒーラーになる事を選んだときオレは何度だって止めようとした。そう何度もだ、何度も。でも一度決めたら何を言おうが絶対に意思を貫き通すのがヒナだ。戦争が危険な事なんかガキでも分かる。でも任せるしかなかった。あいつのことを考えて考え抜いた結果だこれだ。オレがあいつのことを考えず欲に逸るクズ野郎とでも思ったか? 何度も何度も最愛の人を戦場に送り出すオレの気持ちがてめぇらに分かるのか……? 好きでもない神に祈り続けて、帰りを待っているだけのオレの気持ちが分かんのかって聞いてんだ……!! 傷だらけで帰ってくるあいつに、何もしてやれない無力さが分かんのかッッ……!!! なぁ……!? 分かんねぇだろ、わかんねぇよなぁ!? あいつを想う奴はたくさんいても、オレの気持ちを考えるやつなんて、一人もいねぇんだからよ!!」
──そうだ、やっと気付いた。
誰も居ないんだ、誰も。
俺のことを大切に思ってくれる人間ならこの世に一人だけ存在する。でも、辛さを理解してくれる者はたぶんこの世に一人も存在しない。
──ばからしい。俺はヒナを一番に考え行動する自分を、誰かに知ってもらいたかったんだ。少しでもいいから他人に理解して欲しかった。だから努力してた。それはきっと、誰でもない自分自身の為にだ。
誰かに頑張りを認めてもらいたい。誰かに辛さを知ってもらいたい。そんな弱さからヒナが回復魔法士を始めた情報を俺が無意識に漏らしてしまったのかもしれない。
俺がしてきたこと全てが、結局は俺の為だったんだ。
俺は一連の流れを見ていた情報屋の女の元へ向かい、密会の予定をキャンセルした。
外は雨が降っていた。
いつから降り始めたのかは知らないが急いで帰る気にはなれない。
「旦那様……! 帰りが遅いので心配しておりました」
俺が屋敷を抜け出していたことに気付いていたのか、メイドが恭しくも一人で俺の帰りを待っていた。
ふかふかのタオルを持ってきた彼女も俺と変わらないくらいずぶ濡れだ。
「外で待っていたのか?」
「奥様に召集がかかった日は、旦那様は決まって夜の街にお出かけになりますので」
「知ってたのか」
「ほかの者はおそらく知りません。私だけですから安心してくださいませ。さぁこちらへ」
メイドは俺に気を使ったのか、エントランスではなく少し離れたゲストルームに案内した。
「旦那様、お召し物を失礼します」
「ああ」
窓に雨のぶつかる音が聴こえる部屋で俺は服を脱ぎ身体を拭いてもらう。
メイドはずぶ濡れの自分を差し置いて、俺に尽くしてくれている。妻と同じかそれより若い見た目をしているがよく気が回る。
「アンタもそのままだと風邪引くぞ」
「私は大丈夫です。それよりも旦那様が風邪を引かれる方が心配ですから」
そう言ってあどけない笑顔をみせる。
「周りのことを心配なさるその性格は旦那様の良い所だと思いますが、もう少し、自分のことも大切にしてください」
今度は悲しそうな顔をする。
「オレに意見するのか?」
「いえ! そういう訳ではございません申し訳ありません」
焦る顔。
「もういい。オレを理解した気でいるならやめてくれ」
「そこは譲れません。体調管理も私の仕事ですから。なにがあったのか教えて頂けませんか?」
今は心配する顔を向けてくる。
──そうか。
たとえ主とメイドの関係であっても、俺のことを分かろうとしてくれる人はいる。
理解を示してくれそうな人はこんなにも近くにいたのか。
「旦那、様……?」
気付けば彼女をベッドに押し倒していた。
「いけませんっ……こんな事知れたら……」
「分かってるようなこと言うが、本当に俺の気持ちが分かるのか?」
「いいえ、いいえ。私には分かりません……でも、知りたいと……旦那様の、お気持ちを理解したいと思ってしまう……悪いメイドであることをお許しください」
身を捩りながら彼女が熱っぽい視線を向けてくる。
──なんだ。
俺の行動を把握していたのは心配していたからとか言っておきながらこの態度か。
この子は悪い子だ。魔族よりも。
あいつは自分のやりたい事の為にファーストヒーラーになった。だったら俺も一つくらい好きなようにやらせてもらう。
もう戦場に行く気も何もかも失せた。だからと言って家にいてもやりたい事なんてない。
だったらあいつが帰ってくるまでの、せいぜい暇つぶしくらいに相手してやる。
そう思いながら、自分の弱さを忘れたくて悪を貪り食った。
『教えて! リズニア先生!』
ほいほーい。
前回に引き続き、疑問や質問に答えていきますよー。
ということでドンッ!
『勇者と聖剣使いの違いはなんですか』
なるほどです。
この二つの定義はしっかりと説明できていないので曖昧になってますね。
では、教えましょう!
人類側が祭りを開いて選ぶのが『勇者』
神を宿す聖剣に選ばれるのが『聖剣使い』
です。
だから必ずしも同じ人物が選ばれるとは限らないのですねぇ。
今回はこうたろうが二タイトルを独占した訳です。
確か、初代聖剣使い以来の快挙だったとか。すごいですねこうたろう。
ちなみに転生の間の女神の仕事は、勇者にふさわしい人格者に勇者を目指してもらうことなので、こうたろうを導いた私が、一番すごいことになるんですけどね! ふふーん!
ってことで、引き続き疑問を募集します。
何か気になったことがありましたら、感想などお気軽にくださいです!
次回の更新は月曜日になるそうですよー。
楽しみに待っててくださいねー!




