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第五話 もうすぐ昼


 「すいませんでしたっーー!」

 「メポトンメポトン」

 

 冒険者の証であるステータスプレートが出来るまでそれなりに時間が掛かるとのことで、俺とリズニアは食事処へ来ていた。勿論、食い逃げを謝罪する為だ。

 

 俺は誠心誠意の謝罪を日本式の頭を下げる形式で行った。同様に、隣に立たせた食い逃げ女神の頭も下げた。

 

 リズニアの言った、めぽとん? はこっちでの謝罪の意味だろう。そう信じたい。

 

 時間帯的にまだ朝だからなのか、店に客の姿はなかった。他の誰かに見られていたら恥ずかしい光景ではあった。

 

 「まあまあ、いいから座んな」

 

 リズニア曰くそう促されたようで、四人がけのテーブル席につく。俺とリズニア、そして店の女主人による三者面談が始まろうとしていた。正確には女主人の横にかなみちゃんも座っているので四者面談と言うのが正しい。薫さんは隣のテーブル席についている。

 

 今の俺なら娘の不祥事で学校に呼び出される親父の気持ちが分からんこともない気がする。

 前向きに捉えれば貴重な体験だが、こんなことが二度と無いことを女神に直接祈ってやりたい気分だ。

 

 席についてからは俺達が、一文無しの新人冒険者であることを大まかに説明した。

 一人を除いて三人転移者である事や、食い逃げ犯が女神であること、かなみちゃんがチートスキルでやばい事などは勿論伏せて話し、所々(ぼか)したため上手く説明出来たとはいえないが。

 

 「──そうかい。なら、ギルドカードが出来るまでの間、店番と掃除を頼もうかね」

 「えっ店番ですか? 食い逃げしてるんですよ俺たち」

 

 かなみちゃんが異世界語を日本語に直して伝え、リズニアが日本語を異世界語に訳すことで、女主人との会話はスムーズに進行していく。

 

 かなみちゃんの通訳はスピーディーで、もはや吹き替え状態。四十代の膨よかな女性から放たれる一言一句が幼な声であるその姿には整合性が取れない。

 

 「ははっ! わざわざ謝りに来てくれる子達なんだから、そんな心配、するだけ無駄じゃないかい」

 

 女主人は豪快に笑ってそう言ってみせた。

 体格も然る事乍(ことなが)ら器の大きな人だ。

 

 「それが済んだら、飯の代金は払ったことにしといてあげるさね」

 「ありがとうございます!!」

 「ボヘミン・エルクゥ!!」

 

 俺達は勢いよく立ちあがり、お礼を述べた。たぶんリズニアのあれもお礼のはずだ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「──それじゃあ、あたしは買い出しに行くから、二人で店番頼んだよ」

 

 薫さんとかなみちゃんには先にギルドで待っててもらう事にして、俺とリズニアが店番をする事になった。本当ならリズニア一人でやってもらいたかったが誰もいない店で一人になんかしたら、何しでかすか分からない。だから俺も残る。

 

 「分かりました! いってらっしゃい」

 「ラッシャッセー!」

 

 遠のいていく女主人が見えなくなるまで手を振り続けたあとリズニアに、聞く。

 

 「──それは……いってらっしゃいの意味か?」

 「ええ、はい。……たぶん」

 

 この荒野の中にある街では水は貴重で、俺が一人で街の東側まで行き、井戸から汲んできた排水用の水を店の裏にて待機するリズニアに渡す。

 店番なのに何故そんなことをするのかだって? それは皿洗いも女主人についでだからと頼まれたからだ。

 

 食い逃げさんに皿洗いを任せている間、俺は店に入ってきた流砂をほうきでかき出す。

 

 「なぁ、かなみちゃんが使ってる能力、あれは何なんだ?」

 

 裏口へとホコリや砂をはらいながら、リズニアに質問した。

 

 「かなみちゃんが自覚して使用してるチートスキルは恐らく二つです」

 

 リズニアは女神モードでも茶化した感じでもなく、淡々と語り始めた。

 

 「一つは┠ 言語理解 ┨‐超絶‐ですね。本来は大、中、小、の三段階からなるスキルですが、常人では到達出来ない‐超絶‐となると人だけじゃなく動物や植物とお話が出来るようになります。実際、かなみちゃんが日陰に咲くお花に話しかけてる場面も私、見ちゃいましたから不思議ちゃんじゃない限りこりゃ確実ですよ」

 

 三段階と言っておきながら、四段階目があることには触れないでおこう。

 

 「どんなものとでも会話が出来るってことか?」

  

 ガシャン──。 

 

 リズニアが皿を割った。

  

 「……はい。生き物であれば可能なはずです」

 

 かなみちゃんが花と会話するメルヘンな場面は俺の記憶にない。きっと、俺が寝ているときなのだろう。

 

 「ああ、何となく言語能力の凄さは分かったがもう一つってのは?」

 

 リズニアの割った皿の破片を、屈んで集めながら聞いた。

 

 「ありがとうございます。もう一つは┠ 叡智(えいち) ┨ です。これはすごいですよ!」

 

 ──これも、の、間違いじゃないか? 言語を簡単に理解するのも相当凄いと思うんだがな……。

 

 二つ目の能力は女神から見ても常識外れの能力という事なのだろうか。声の張り方からして言語理解の説明していた時と明らかにテンションが違う。

 

 「┠ 叡智 ┨ってチートスキルを簡単に例えるとすると、そうですねー……頭の中に、こーんなっおっきな──」

 

 大きさの表現を身振り手振り、ジェスチャーを混じえて伝えようとして、手から皿が飛んでいった。

 

 

 ガシャン──。

 

 

 大きな弧を描きながら遠くの方へ落下した皿は、衝撃に耐えきれず簡単に割れる。

 短時間で二つの皿が欠片に姿を変えた。

 

 「……代われ。俺が皿洗うから、お前は店先でコレはいとけ」


 リズニアが自分の口に指を突っ込んでいる。


 「オォエ」

 「ほうきではけっていってんだよ!」


 皿割り女神にほうきを渡す。

 

 「掃除中に汚す気かお前は」

 「そこまで……掃除したいのかと思いましたウップ」


 ヨダレを拭いながらそんなことをいう。


 最初から俺がやっとけば割らずに済んだが、そんな事を考えても割れた皿は戻ってこない。せめてこれ以上犠牲が出ないように交代する。

 

 「代わっても良いですが手、臭くなりますよ? この石鹸は獣の油から作られた物なので、それはもう、獣臭くなっちゃって半日は臭いが取れません。私は大丈夫ですがね。気にしませんので!」

 「妙なとこで、気が利くな……」

 「これでも女神だったんですから当たり前ですよー」

 

 獣臭いことには全く抵抗がない女神。しかもその手を口に突っ込むとか少し神経が図太すぎやしないか。

 

 「だったら皿にも気をまわしてくれよな……」

 

 リズニアの言った通り、この石鹸で洗い物をしてから俺の両手は獣臭くなった。

 主にこの街では、獣石鹸を衣類や食器を洗うのに用いるらしい。臭くない石鹸が貴重らしく、カラダを洗うときと衣類などに使うときで使い分けているのだとか。

 

 一番重要な┠ 叡智 ┨についても詳しく聞いた。掻い摘んで説明すると、この世界と地球の有りと有らゆる文献や書物を頭の中で読むことが出来る能力、らしい。リズニアは例えとして頭の中にデカイ図書館がある、みたいな事を言っていた。

 現代風に言うと、頭の中にGo〇gleがあっていつでも検索がかけられるものらしい。

 ただ万能とはいかない能力。

 頭の中で検索をかけても何でも知れるとは限らず、なおかつ、理解できるかどうかはかなみちゃんのスペック次第という、思ったより難解な能力だった。スマホよりも手短な検索エンジンが脳みそにくっ付いている状態なのだろう。そう考えれば便利かも。

 

 リズニアは軒先で掃除をはじめたので、一人で能力の分かりやすい例えを考えながら食器を洗っていると、日陰で伏せている大きな犬と目が合った。

 

 「ん? お前、セントバーナードか? こっちの世界にもいるのか。こんな暑い地域でよく生きてるな」

 

 配色に大きさ、そして悠然と佇むその姿は、セントバーナードそのものだった。友好的で穏やか性格が特徴の犬種だった筈。

 

 声を掛けられるのを待っていたかのように、ゆっくりと立ちあがり近づいてくる。

 俺は洗い終わった食器を厨房に片付ける前に本物か確かめたくて犬に寄った。本物は見たことがない。俺の比較対象はハ〇ジとかフ○ンダースの犬に出てきてた犬だけ。

 

 「うーん、撫でたいんだが今は手が臭うからゴメンな。イヌくん」

 「バフッ」

 

 セントバーナード犬は軽く吠えると俺の前に右前足を差し出した。

 

 「ん?」

 

 俺にはその前足が、お手をして欲しいように見えたので左手のひらを向けてみた。すると俺の左手に肉球をポンッと乗せてきた。

 

 「おおー……」

 

 初めて動物の方から好かれたような気がして少しテンションが上がる。

 

 「バウッ」

 

 今度は反対の手、と言わんばかりにハイ〇犬が吠えて、先ほどと同様に、左前足も手のひらに乗っけてくれる。

 

 感動の余韻に浸っている間に、犬はのそのそと歩いてどこかに行ってしまった。

 何故お手をしてくれたのか疑問だけが残ったので、両手の臭いを嗅いでみる。臭いのにどうして平気だったのか。

 

 「──っ! あれ!? 手が臭くない。完全に無臭だ! な、なんだったんだ……あのイヌは……」

 

 どれだけスンスンと匂いを嗅いでみても、半日は消えないと言われた獣臭が一切、感じられなかった。

 

 「こっちのセントバーナードはあんな事が出来るのか……」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 二時間の留守番と掃除を終えて、買い出しから戻ってきた女主人に、皿を割ってしまったことを即謝罪する。


 リズニアの通訳だと女主人は割ってしまった事は気にしなくていい、と言ってくれたみたいだ。その代わり、ステータスカードを見せてほしいという事なので、貰ったらすぐに戻ってくること約束をしてギルドに向かった。

 

 リズニアと二人でギルドに入ると、恐ていた最悪の事態が起きてしまっていた。なんと薫さん達が強面な冒険者達に囲まれていたのだ。

 

 「先に取りに行ってますねー」

 「お、おい。薄情なやつだな……」

 

 元女神は我関せずと言わんばかりに、受付に向かっていった。

 

 ヤバそうな男達が薫さんやかなみちゃんに絡んでいる。こんな状況になる可能性を分かっていて、先に二人をギルドに行かせたは俺の責任である。決心して声を掛けた。

 

 「あのー、その人達、俺の連れなんで、いいですか?」

 「────────。」

 「アハハハハ……」

 

 何を言われたかさっぱり分からないがとりあえず笑っておいた。すると男達は、ゆっくりとギルドから出て行った。

 何事も無くて良かったとそっと胸をなで下ろす。

 

 「すいません。俺のせいで二人に怖い思いをさせてしまいました」

 「いえ、いいえ大丈夫でしたよ。あの方たちは私たちを気遣ってくれていましたので」

 「あの人達、お父さんが来たと勘違いしてたよ」

 「お父さん?」

 

 かなみちゃんの発言にはいつも驚かされる。

 

 「私達、親子に見えるんですかね」

 

 そう言って薫さんは微笑んだ。

 返答に悩んでいると、それに気づいたのかかなみちゃんが話題を変えてくれた。

 

 「珖代、冒険者のランクについて説明してあげる」

 「聞いておいてくれたんだね。ありがとう」

 「えっとねー! 一番上のランクがSランクで、その次がAランク、B、C、Dランクって続いていくの。かなみ達は一番下のFランク。Eランクには二週間経ったら勝手に上がれるみたいだから、細かい説明はその時してくれるってっ!」

 「Eランクには自動的に上がれるの?」

 「うん、そうだよ。二週間期間をおいて、悪い人じゃないかチェックするの。悪い人がギルドで冒険者になっちゃうと面倒だからだって」

 「はい。そういう制度がある関係で、まともな依頼はEランクになってからでないと受けられないみたいなんですよ」

 「あと街も出ちゃダメって」

 「色々と細かい規定があるんですね……」

 

 まともな依頼が受けられない期間ならどうするか。顎に手を当てて考える。

 

 「皆さーん! ステータスカード出来てますよー!!」

 

 考えてみても、今すぐ答えが出そうには無かったのでリズニアの呼びかけに応じる。

 

 「おう! 今行く!」

 

 すぐに受付に集まった三人。俺と薫さんはギルドの人からステータスカードを受け取り、かなみちゃんは飴を貰っていた。

 

 ステータスカードには俺の現在のステータスが表示されている。

 

 

 

 内容は──

 

 

 

 ──読めない。

 

 

 文字っぽいものと数字っぽいものも書いてあるが全く読めない。

 

 「どれどれ〜〜よっと」

 「あっ、お前!」

 「どうせこうだいに読めませんしーいいでしょ!」

 

 リズニアは俺からカードを奪い取ると、ステータスを凝視する。

 

 そして目を丸くする。

 

 「何ですかこの、顔に似合わない貧弱なステータスは!? 村人A、B、C、の方がまだマシですよ! スキルも一つしかないし!」

 「スキルがあるのか?」

 

 俺にとってはスキルがあることの方が驚きだ。

 

 「まあ、はい。┠ 威圧 ┨ってスキルが一つだけありますよ。睨んだ敵の動きを怯ませるとかちょっと止めるくらいのスキルですが、こうだいなら持っていると思っていましたから、なんの驚きも無いですわー」

 

 頭に手を当てて、わざとらしくオーバーなリアクションをとる。


 「ただ、見た事のない状態異常にかかってますね」

 「状態異常?」

 「はい。《不条理叛逆》って書いてありますよ」

 「ふじょうりはんぎゃく……? なんだそれ」

 「分からないですけど、こっちに来てまだ数時間しか経ってませんから、こうだいが異世界に来る前からかかっていた状態異常なんじゃ無いですか?」

 「良く分かんないけど、それって治せるのか?」

 「知らないものは治せませんよ。それより薫さんのが気になります! みしてくーださい! かーおりんっ」

 「あっ、おい!」


 俺のギルドカードと話を放り投げ、リズニアが薫さんの後ろから肩に手を回して話し掛けに行く。

 

 薫さんは何も言わないが笑顔が引きつっている。俺ならあんな獣臭い手で触ってきたらキレる自信がある。既にギルドカードに臭いが移っていてキレそうだし、状態異常が気になってモヤモヤする。

 

 「薫さん、ステータス的には結構偏りがありますが、体力値だけを見れば聖騎士団の団長並にありますよ! それに、スキルは……ほうほう、全部で三つありますがどれも珍しい!

 ┠ 状態異常耐性 ┨‐大‐に、

 ┠ 精神異常耐性 ┨‐大‐さらに

 ┠ 自動反撃 ┨(オートカウンター) 」

 「クズニアさん、説明して頂けますか?」

 「えっとー、集中力とか持久力に秀でていて、異常付与系の魔法にめっぽう強くて、オマケに受けた攻撃は自動で跳ね返すって感じです。カオリンにはチートスキルあげてないはずなんですが……元々持っていたとかです?」

 

 俺もその辺は気になっている。聞いている限りでは普通じゃないステータスに普通じゃないスキルばかりだ。

 

 「薫さん……なにか、心当たりとかってありますか?」

 「えっとそれなら……ええ、合気道を少し、嗜んでいました」

 「合気道……? ですか、……やっぱり、異世界に追放されて、無理してませんか? 薫さん」

 

 こっちに来てから有り得ない事態を、すんなり受け入れてきた薫さん。そんな薫さんだから強引に納得して自分を守っているのかもしれないと、少し心配になる。

 

 「と言われましても、他に心当たりはありませんし……困りましたね」

 

 少し嗜んだ結果、とんでもスキルを手に入れたのかこのご婦人は。

 昔のことを思い出すように微笑む薫さんが、冗談で言っているのか本気で言っているのか分からない。どちらにせよ呆れるばかりだ。

 

 「それじゃああとは、お前のステータスだけだな」

 「えーー私の個人情報知りたいんですか? 悪用しませんか?」

 「はぁ……お前の実力を知れれば、必要な時にお前に頼れると思ったんだがなぁ……ザンネンだぁ」

 「そんな古くからある手には、引っかかりませんよ。ステータスはお二人を足しても半分も届かないくらいあって、私にぴったりなスキルが一つあったことくらいしかお教えできませんですぅ」

 

 大分教えてくれたし半分成功か?

 

 

 「……めがみ、もーど?」

 「はぅ!? かなみちゃん、┠ 叡智 ┨を悪用して読まないでくださいっ!」

 「個人情報も知ることができるのか、凄いなかなみちゃん」

 「キーワード細かく設定して、検索かければ出来ないこともないよ!……えへへ」

 

 自分の顔の前で小さくサムズアップするかなみちゃんが愛おしく思えたので頭を撫でてあげると、緩みきった笑顔を見せてくれた。

 

 「ふーん……女神モードってスキル、リズニアが持ってるの、なーんか予想通り過ぎてなんの面白みも感じないなー」

 

 俺は両手を頭の後ろに組んで、わざとらしくリアクションした。

 

 「感じないねー」

 

 かなみちゃんも首を傾げすぎて、体が曲がっている。

 

 「クズモードって常時発動型のスキルはなかったのですか? それと、獣臭いんでかなみには近づかないでくださいね」

 

 そこに薫さんのトドメの死体蹴り(ひとこと)が入った。

 

 「みなさんひどいです! 特に薫さんひどっ! 怖いっ! 鬼畜っ! 悪魔ぁぁあ〜〜っ!!」

 

 泣きながら、リズニアはギルドから飛び出した。

 

 あいつの強さなら一人でも生き抜けるだろうし、一緒にいると気苦労がたえないのなんのだし、戻って来なくてもいいんじゃないかと思う。

 

 「珖代さん、この後どうします? Fでも受けられそうな依頼を見てきましょうか?」

 「ああ、そのまえに、店主と約束があるので一旦、お店に戻りましょう」

 

 俺達は食事処 レクム に戻った。今更だがレクムと呼ぶらしい。


 道中、膝を抱え込む姿勢で座っている女神さんに遭遇。膝に顔を埋めながら肩ですすり泣いていてる姿から、かなり懲りた様子が伺える。

 

 「薫さん、何度もすいません。先に、向っててくれますか? かなみちゃんもいい?」

 

 薫さんは何も言わず、会釈する。

 

 「うん、あとでね!」

 

 かなみちゃんは薫さんに手を引かれながら、もう片方の手でバイバイしてくれた。

 

 やっぱりかなみちゃんは天使だ。そこで(うずくま)る女神にも見習ってもらいたいものだ。

 

 「俺も少し、お前に言い過ぎだったと思う。反省しよう。ゴメンな。だけどな、お前もおんなじだけ酷いこと、言って来たたんだぞ。そこ分かるか?」

 「……。」

 

 返事はなかったが、続ける。

 

 「──人にやられて嫌な事はしない。もう、人を傷つけるような悪口を言うのはやめるか?」

 

 返事は無かったが、コクリと頷いてくれた。

 

 「よしっ! じゃあ、行くぞ。立てるだろ?」

 「……おんぶ、してくれても良いですよ」

 「アホか、子供じゃないんだから歩け。じゃなきゃ置いてくからな」

 「……うー……ケチ。ケチンボチン!」

 

 泣いて目の腫れたリズニアが、ムッと頬を膨らませる。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 レクムに着くまでくだらない話をしていたからか、リズニアはすっかりいつもの調子に戻っていた。

 

 女主人はやって来た俺と目元がまだ赤いリズニアを交互に見合って、

 「あたしは許したんだから、なにも、泣くまで叱らなくてもいいじゃないか」

と言ってきた。リズニアが皿を割ったことを俺が泣くまで叱ったと勘違いしている様だ。

 ただ、説明するのも億劫なのでそういう事にしておいた。

 

 現在は早朝と同じ席について女主人にギルドカード、もといステータスカードを見てもらっている。

 

 もうすぐお昼だからなのか、チラホラと客がいる様子が伺える。女主人はステータスを見たあとに言う。

 

 「なーんか凄そうだし。うん、あんた達なら大丈夫そうだね」

 「なにか、頼みごとですか?」

 

 いつものように俺のセリフをかなみちゃんに通訳してもらいながら話す。


 「ギルドを介さず、あんた達に直接依頼を頼みたいんだ。悪くない話だろう?」

 「そんな事しても大丈夫なんですか?」

 「まぁ、大丈夫でしょう! うちもあんまりお金が出せなくてさ。あんた達はFランクだから、ダメって知らなかったって事で!」

 

 ──やっぱり駄目なことなんだな……

 

 「俺達は嬉しいですが、そのー……」

 「あたしの名かい? デネントだよ」

 「デネントさんはそれでいいんですか?」

 「あたしは構わないよ。むしろ、その方が安く済む!」

 

 多分デネントさんも違法行為をしているっぽいが恩義のある人にとやかく言うのは無しだ。

 

 「分かりました。……それじゃあ、内容を聞かせてください」

 「ランドリーチキンの討伐! を、頼みたい。商人たちがこの街に来る時に通る五つのルート内、最も安全なルートに居座っちまってねぇ……本来、こういうのは協会や商会が依頼を出してくれるんだけど、最短ルートは問題なく使えるってのと、下手に追っ払って他のルートに居座られても困るってことで、依頼を出してくれないんだよ。街に何かあった時、住民が避難する用のルートが使えないのは一番ヤバいのにだよ? だからあんた達──特に、強いお嬢ちゃんにはやっつけてもらいたいんだよ」

 「おまかせくださいです!」

 「まて、元女神。みんなの意見を聞け」

 「デネントさん! そろそろ注文いいかぁ!」

 

 奥の席の男が、痺れを切らしたようにデネントさんを呼んだ。

 

 「後にしとくれ! 今、密談中だよ!」

 

 ──密談にしては声が大き過ぎやしませんか……。

 

 「受けよっ! 珖代。困ってるみたいだし」

 「私は珖代さんについて行きますよ」

 「そうですか……分かりました、じゃ依頼を受けます」

 「本当かい! なら、小さい方のお嬢ちゃんは預かっておいてあげるよ」

 「一番強いのはかなみちゃんですのでっ! 結構です! チートキャラですよこの子は!」

 

 立ち上がって腕を組み、胸を張るリズニア。

 デネントさんは首を傾げる。

 

 「あの……戦い方を見て学ばせたいのでこの子も連れていきます」

 

 とりあえずフォローは入れておく。

 

 「そうだね。両親もお姉ちゃんも行くのに、一人で留守番は嫌だもんねぇ。そんじゃ、ローブを人数分と地図を持ってくるから、待ってな」

 「あ、……助かります」

 「あと、行く前に水はたっぷり飲んでおくんだよ」

 「は、はい……」

 

 誤解も解けぬまま、あれよあれよと進んでしまった。

 

 「うんっ! これでバッチシだ。それじゃあ、気をつけていくんだよっ!」

 

 戦うことがあるとは思っていたが、もう少しゆっくりさせて欲しかったのが本音だ。

 

 「ラッシャッセー!」

 

 そう言いながら、デネントさんはクエストに向かう俺たちに手を振る。

 

 「ラッシャッセーで合ってたんだな……」


 

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