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第十八話 流星を見た

グロ注意回です。


 

 ━━ 避難完了 一時間前 ━━

 

 

 

 ユールの北東側に存在する"枯れない森"。森を跨ぐように突き進むとイザナイダケの自生する巨大な峡谷が出現し、その谷に架かる吊り橋を渡ることで辿り着けるのがここ──、名も無き大荒野。

 

 峡谷と森は寄り添い合うように延々と続いており、延長線上には大きな城も存在する。その城の近辺、峡谷を越えた大荒野に勇者の姿はあった──。

 

 

 

 「【黒点】ッ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 なぜそんな場所にいるのか。

 それには、勇者としての決断が深く関わっていた──。

 

 十体の屍兵(アンデッド)にスケインとカクマルの遺体を奪われないよう気を配りながら、なおかつ街の侵入を阻止するには広い場所で戦う他ない。

 アンデッドを倒すには聖属性攻撃、又は魔力吸収武器が必須となるが、そのどちらも兼ねた聖剣を失ってしまった勇者には、自分の得意とする魔法を利用する事で時間を稼ぐことしか出来なかった。

 

 炎と闇の二種混成魔法【黒点】は一度着火すると五分は相手を炎に包み続ける。

 屍兵は生きているかの如く悶え苦しむ為、時間を稼ぐのには申し分なかった。しかし何度も多用していると、いつしか森にまで引火しかねない危険性があり、広場への移動はやむを得なかった。それでもうってつけの場所が近くあったことは僥倖だった。

 

 カクマルとスケインを一旦、目のつかない場所に放置して屍兵の注意を引き付けながら大荒野に移動する。その途中、谷を利用することを考えついた勇者は、ユール近くにある吊り橋とはまた別の吊り橋を越え、タイミングを見計らい橋を切り落とした。それにより五体のアンデッドを奈落に落とすことに成功する。


 今は落ちずに乗り越えてきた屍兵を何度も焼き増ししながら、安全に時間を稼ぐだけの作業に入っていた。

 

 「でも、このままだと、ジリ貧だな……」

 

 魔力量の残量を鑑みるに、もってあと二十分。

 時間が迫る度に底知れぬ恐怖が募っていく。

 


 人は死ぬ。死ぬ時は死ぬ。敵であろうと仲間であろうと平等に死ぬ。それを実感している見ている訊いている。

 


 それを知ってしまったが故に恐怖し焦燥する。

 時間を稼ぐ術はもう他にない。

 

 

 あとは助けを信じ、待つ以外は逃げるしかない。

 

 

 

 ──残り十五分。

 

 

 

  流星を視た──。

 

 

 

 星など見えるはずもない、太陽が刻をきざむ丘で、青年は自分の目を疑った。

 

 純粋と狂気の入り混じる小さな星と、それを追随するもう一つの星。墜落する。


 夢なんかじゃない。瞬く星々は勇者のスグ傍に降り注いだ。


 ドゴンッ──!


 煙に巻かれて起き上がる星は、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

 「なんだ、まだ生きてたんだネ」

 

 狂気の星がニヤリと笑いかける。だがそれも一瞬で消え入り、冷めた顔をする。

 

 「目障り。今のおにぃちゃんには、用はない」

 

 パチンッ──。

 

 狂気が指を鳴らす。

 

 「"ソレを視界の外へ追い出せ"」

 

 瞬時に魔法陣と金色の糸が発生。

 数にして七箇所。

 

 右、左、前、後ろ、幾つもの陣が勇者を取り囲む。糸を伝って登ってきた骨達は地獄の門から顔を覗かせる。屍は次々と大地に降り立ち、苦悩と騒乱の世界が地上に再現されてゆく。

 

 勇者は悟った。自分は今、地獄の中心に居るのだと──。


 このままでは数秒も持たずに潰されてしまう。

 数による暴力。この場から一刻も離れなければ。

 普通であればそう考える。誰しも逃げる。


 だが勇者はしなかった。

 それをよしとはしなかった。

 

 そこをあえて魔法陣に飛び込んだのだ。

 そうして円周上に出現した黒剣を強奪してみせた。戦う覚悟を持ち合わせていたが故の最善の選択。

 

 状況は依然不利ではあるが、生存という名の細い糸を手繰り寄せる才能──。逆境に立たされた際の冷静さはさすが勇者、伊達に死線をくぐってはいない。

 

 「全員……まとめてかかってこい」

 

 肉体、精神、魔力。どれも万全とは程遠い状態。それでも奇跡的に大きな怪我はなかった。剣を中段に構え、黒点を準備し、襲い来る骨の剣士およそ二十を迎え撃つ準備は整った。



~~~~~~~~~~~~

 


 「これでやっとボクたちふたり──」

 

 勇者が邪魔にならない位置まで移動したのを横目で確認した五賜卿グレイプ・アルデンテは安堵したようにそう言いかけ、余所見したスキを女神の星に突かれた。

 

 その星の剣戟は、威力、速度、殺気ともに、アルデンテの想像を遥かに凌駕していた。当たれば致命傷は確実だったが少年は大きなケガを負わずに済んだ。身を(てい)し守りに入った一体の屍兵のおかげだろう。

 しかし驚かずには居られなかった。“攻撃を受けた”と視認した瞬間には砕け散った骨の剣士が宙を舞っていたからだ。

 

 「わお驚いた。それがキミの本気か。目で追えないかも、参ったなァ」

 

 アルデンテがそれを言い終わる前に、女神の星のリズニアは背後に回った。

 

 アルデンテは身体を一八〇度回転させ飛び避ける。

 

 その動きを読んでいたリズニアの剣が迷いなく心臓に進む。

 

 心の臓に触れる、そして突き刺す(すべりこむ)えぐるように。

 

 「あ、……ぐあっ、う……ふ……」

 

 溢れ出る血が剣を伝い、少女の腕に流れつく。

 清廉な服が徐々に血で染まる。

 

 呆気なく勝負はついた。誰が見てもそう思える状況で、引きつった顔のまま、アルデンテが楽しそうに笑った。

 

 「……すごいネ。これがキミの真の実力か」

 

 言葉を遮るようにリズニアはもう一つの剣で心臓の逆位置を貫いた。鼓動が聞こえなかったからだ。

 

 内臓逆位(臓器の位置が全て逆であること)。その可能性を潰したかったのか、二箇所同時に抉り斬る。

 

 ニヤリと笑う口の端から、アルデンテは血を流す。

 

 その笑みに警戒したリズニアは瞬時に剣を引き抜いた。二歩引き下がり、自分の剣先が届くギリギリの範囲へ移動する。

 

 「ゴメンだけど、ボクは殺せないヨ」

 

 何をするでもなく自慢げに言うアルデンテ。何も来ないならばとリズニアは聞く耳持たずに踏み込み、容赦なく袈裟斬りにする。アルデンテの左肩から右腕を含めた上半身が斜めにずり落ち、地面を転がった。

 

 下半身の切り口からは血がドロドロと溢れ出し、やがて上半身を追うように力なく倒れていった。

 

 剣に残った血をひと振りで払ったリズニアは、剣先を地面に向けたままユールへと踵を返す。

 

 「──世の中にはね、簡単には殺せない種族がいるんだ。ちょうど、ボクのようにネ」

 

 何事も無かったかのようにアルデンテは立ち上がり愉しそうに笑う。切り口が煙をあげながら修復されていく。


 リズニアは顔だけを背後の狂気に向け、修復の速さをその目で捉えた。

 

 冷静、退屈、達観、あるいは孤独。そのどれとも近い怒りが少女の目に宿っている。

 

 「あんまり驚かないみたいだネ。ボクが生きているのはネクロマンサーだからって訳じゃない。ボクは妖狐(ようこ)族の一人。見た目が幼いままの代わりに、寿命以外で死ぬことがない一族なんだ。通常のネクロマンサーは自分が死ぬと操る物全てが終わりなんだけど、ボクは殺されないから終わらない。だからボクは『屍の卿』になれた。いや、選ばれた。ネクロマンサーとしての腕も良かったと思うんだけどさ。なにより、兵も長も不死身なら誰にも負けないからネ」

 

 アルデンテは嘘を盛り込んだ。

 妖狐族を倒す方法なら存在する──。

 そしてリズニアはそれを知っている。

 

 ただし、今の女神にそれを実行する手段がない。その為か指摘する事もしない。

 

 ただ時間が過ぎるのを待つように、リズニアは佇む。

 

 「はあ、何も言ってくれないんだネ」

 

 アルデンテは笑顔のままに吐露した。

 

 「よし、決めたヨ。キミの剣はどの型にも流派にも当て嵌らないが思ったより無駄がなく合理的だ。是非、ボクの剣の師匠になってもらいたイ。特殊個体として肉体は残しといてあげるから、どうかナ?」

 

 リズニアは答えない。

 アルデンテは殺したあとを前提として話を展開している。

 そんな未来は来ない。だから答える必要はない。

 

 「まあ、返事は……殺してから聞くことにするヨ」

 

 殺気を漏らすネクロマンサー。

 しかし、先手に出たのは女神だった。

 

 リズニアによって繰り出された目にも留まらぬ斬撃の数々。その斬撃にアルデンテが一人で対処できるはずも無く、骨の剣士が三体同時に加勢に入る。


 しかしその三体は同時に同じ連撃を浴びることになる。

 

 内訳はこうだ。

 まず、間合いから更に半歩踏み込み切り上げる一撃。それにより相手の体勢を崩し行動を限定させる。

 次に、敵の剣目掛けて振り下ろす一撃。直接剣を弾き、三体同時に怯ませる。こうすることで、加勢に入った屍兵はただの置物となる。

 そして最後、紡がれた一瞬のスキを突く大振りの薙ぎ払い。これにより屍兵の一掃を行う。



 ここまでは即興。

 この先もノープラン。



 全力で薙ぎ払われた一撃を受け、アルデンテは骨の剣士達とともに後方へ吹き飛ぶ──と、リズニアはそう踏んでいたが、残心する間も与えない反撃が少年から放たれた。


 剣先が地面をなぞりながらリズニアに迫る。ならばとリズニアは柄と刀身の間でネクロマンサーの反撃を受け止めてみせる。


 しかしその行動を読んでいたかのように、少年は無理やり剣を振り上げる。リズニアはそのまま天高く打ち上げられる形となった。


 受け止めた反撃の想定外な重さ。その負担を体の外へ逃がすため、少女は空中へ投げ出されることを許容したのだ。


 空中で無防備になっているリズニアに追従をはかるのは、六体のアンデッド。


 逃げ場のない空に誘い込まれた。

 しかし彼女は飛んできた骨達には目もくれず、ネクロマンサーをじっと見下ろし続ける。その目は、その表情は、戦い始めた時から一切変わらない。熱を感じない。


 顔も上げないまま、飛んでいるハエを払うが如くリズニアは剣士達をバラバラに切り刻んだ。


 地面に着地する頃には、後を追うように骨の残骸だけが降り落ちる。


 彼女は不死身と相対したとしても、なんら畏怖することも歓喜することもない。戦いに感情は不要とばかりに置いてきたのか、目が据わっていた。


 大地に降り立ったリズニアは一度も呼吸を乱すことなくネクロマンサーを注視する。少年の気配が変わった。戦いを楽しむスタンスから確実に殺そうとするスタンスに変わったのだ。

 

 無意識に警戒心が高まり、慎重になる。互いの間合いには距離がある。ゆえにリズニアは出方を伺ってしまった。

 

 刹那──、足元の違和感に気づくのが遅れる。

 

 地面から骨の手が現れ、両足首を掴まれた。

 もがいて抜け出そうとするも、足にまとわりつく手の数は増えていくばかり。抜け出すのは一旦諦め、もう一度ネクロマンサーを注視する。

 

 リズニアの目に飛び込んできたのは、少年ではなく投擲された黒剣だった。

 

 骨の手達は足止め以上に、黒剣を投げるスキを作る為の陽動の役割を果たしていたのだ。

 

 脳天に向かって真っ直ぐ飛来してくる黒剣。

 リズニアは持ち前の運動神経と反射神経をフルに使いリンボーダンスでもするかのように(かわ)した。

 

 髪留めが外れ、白金色の長髪が太陽の下に開花し元気に跳ねた。


 安心したのも束の間、リズニアの後ろには投擲された黒剣を受け取った屍兵が現れる。投擲の威力を損なわないようにアンデッドは遠心力を利用しながら、横薙ぎの攻撃をする。

 

 足元を固定されていた彼女は大きく腰を反ったまま強引に弾いた。そして、真上を跳躍落下中だったアルデンテと目が合う。

 

 アルデンテは自由落下を威力に乗せ、空中から黒剣を振り下ろした。

 そこにリズニアが剣を合わせ、巨大な衝撃波を生む。

 

 カクマルの剣にヒビが入る。

 衝撃は地面を隆起させ、骨の剣士は吹き飛び、アルデンテの腕に亀裂まで入った。

 

 不敵に笑うアルデンテは壊れていない左手をリズニアに(かざ)した。

 

 「第三拘束術【離明日(りあす)】」

 

 自由になったリズニアにまたしても拘束がかかる。

 光の加減により茶色と紫のグラデーションを見せるベルトの様なものが、リズニアの身体に幾つも巻き付いていく。一瞬にして顔以外が見えなくなった。

 

 「ふぅ、やっと捕まえた。浸食型なら放置しておけるのだけどー、これは普通の拘束術だしトドメと行こうカ」

 

 アルデンテは一度十分な距離を取ると、黒剣を新たな得物と入れ替えトドメを刺す準備を進める。

 

 「うん、まずは心臓を穿とうカ」

 

 なるべく肉体を傷つけない為に心臓を仕留めることを決めた。

 

 距離を取ったアルデンテは手にした槍のような形状の黒剣を、助走をつけて思い切り投げた。

 

 黒剣は、身動き取れない少女の横顔ギリギリを通過する。

 

 風を切る音が右耳をついばむ──。

 リズニアの表情はそれでも変わらない。拘束ベルトはゆっくりと口元まで覆って来ている。

 

 「ゴメンゴメン。次はしっかり当てるヨ」

 

 屍兵は跪き黒剣を少年に託す。

 少年は女神の方を見ながら笑顔で剣を受け取ると、助走を付け今度こそ心臓を狙った。

 

 黒剣は風の抵抗をものともせず突き進む。

 目標は心臓一つ。

 ┠ 投擲補正 ┨や┠ 命中 ┨といったスキルを持たない五賜卿の剣は、狙い通りとまではいかないが、間違いなくリズニアを刺せるだろう。

 

 拘束ベルトは鼻までを覆い始めた。

 少女の鋭い目は向かって来る黒剣ではなく、アルデンテから決して離れない。

 

 

 

 そして──、

 

 

 

 「はっ……え、嘘でしょう?」

 

 

 刺さる直前、拘束から放たれた(・・・・・・・・)女神はいとも容易くそれを剣で弾いてみせた。

 

 ベルトは勢い良くちぎれバラバラに散っていった。

 

 理由をアルデンテは考える。

 

 「レベル99以下を拘束する離明日をこうもあっさり破るってことは、キミのレベルはもしかして、100を超えてたりする……?」

 

 元女神リズニアの現在のレベルは217。その拘束には何の効力も働かなかった。

 アルデンテは壊れたように笑いだす。

 

 「あはは、あはははははははははは!!! 益々欲しくなっちゃったっ! キミも人外だったんだね? 分かるよー、その辛さ、孤独さ、淋しさ。おいで……ボクならキミを理解できる。同じ人外同士仲良くなろうヨ」

 

 人間の限界はレベル99。それを超える者は既に人間を捨てた者、つまり人外となる。人の身でないリズニアは人外と呼ぶに相応しい存在なのだ。

 

 「アハハ面白い。少し、テストをしようか。キミの実力を測る面白いテストだ」

 

 アルデンテは指を鳴らした。

 

 「これから、キミのレベルの指標を出してみたいと思う。一体、何匹同時まで耐えられるかナ?」

 

 周りには三十体を超えるアンデッドがリズニアを取り囲んでいる。勇者を倒すために張った魔法陣から集まったのだ。

 

 ボロボロの二剣を持つ少女はゆっくりと息を吐くと、目に力を入れた。珖代を痛めつけたお前を許さないとばかりに。

 

 

 

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