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第十六話 暇を持て余した元女神


 ---別視点---



 「耐え難い闇の秋景、【黒点】ッ!」

 

 その声と共に屍の兵士は鮮やかな赤と黒の入り混じる炎に身を焦がす。まるで痛覚でもあるようにもがいてもがいて、もがきながら地面を転がり回る。倒せない屍兵(アンデッド)を無力化できる数少ない有効手段。

 この炎であれば五分は消えない。

 

 屍の兵士は他にもいるようで、青年はその都度同じ闇の魔法で対処していく。

 

 目指す場所は目と鼻の先、正門前。

 ここに仲間が二人いる──はずだ。

 

 全ての屍を炎に巻くと青年は倒れている男達を見つけ、すぐさま駆け寄った。しかし、状況は悲惨だった。


 一人は右上腕から左肋骨にかけて大きく開いた傷口から止めどなく鮮血が溢れているが、意識が辛うじてある状態。予断を許さない状況といえる。

 もう一人は心臓を刃物か何かで一突きにされている。目立った外傷は少ないが誰が見ても理解出来る。

 

 

 既に事切れていると──。

 

 

 青年は男の名を三度、叫んだ。

 これは何かの冗談だ、冗談であって欲しい。そんな思いに(すが)りたくて。


 同時に覚悟もしていた。五賜卿グレイプ・アルデンテは門にいた人間を殺し玉座の間へとやって来たことをほのめかしていた。であれば、その可能性を視野に入れ行動するのは当然のことだからだ。

 

 信じたくはないが今この場から目を逸らす訳にはいかない。


 それをすれば今度こそ僕は〝何か〟を失う。貰ったもの全てをひっくるめたそれを台無しにしてはいけないことだけは、今の僕にも何となくわかる。

 失った『信用』は時間を懸けてでも少しずつ取り戻せる。けど、失った『仲間』は取り戻せない。……取り戻せないんだ。

 

 瞳孔の開いた目をしっかりと手で覆い、せめて安らかに眠らせてやる。

 

 「……ごふっ……くうっ……はっ……」

 

 今は可能性のある生存者に尽力を尽くそう。

 

 「スケインさん! スケインさんしっかりしてください! 今、ポーションを用意します」

 

 その声に反応を見せるスケインであったが、手を前に出すと力無く首を横に振った。

 

 「私は……もう、助かりません……。それより、あの少年には……┠ 石化 ┨が、通用しなかった……おそらく、ヤツは……ぐふッ…がッ……!」

 「そんな、待ってください……」

 

 スケインは口を静かに動かす。勇者はその一言一言を聞き漏らさない為に丁寧に肩を抱き抱えた。

 

 「──はぁ……短い間でしたが……貴方と共に、旅ができて………ほんとに、良かった………」

 

 そう言い残し、スケインは目を虚ろなものへと変えていく──。

 

 最後の色が、すっと消えいる瞬間まで、勇者は彼を離さなかった。アルデンテの正体と遺言を聞き届けたあと、スケインをゆっくりと肩から下ろす。

 

 

 スケイン・ポートマン。

 


 小国が自国の宣伝活動の一環として送り出した勇者の護衛担当騎士。決して本心を語らず忠実であり続けた騎士は最後の最後に想いを伝えた。

 その想いをしかと胸に刻み、水戸洸たろうは走り出した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 暇なので散歩をしに行くと告げた少女は意外な場所にいた。

 

 少女は凹凸の少ない城壁に、原理は不明だがトカゲのようにペタッと張り付いていたのだ。

 散歩とはなんだったのか、城壁から玉座の間の様子を覗き見しようという魂胆が透けて見える力技だった。だが実際には玉座の高さには及んでおらず、微妙な位置から動けずにいた為、はたから見ると本当に何がしたいのか分からない状況になっていた。

 

 足音と鎧を揺らす音を聞いた少女は壁に張り付いたまま器用に振り返る。

 

 「こうたろう? こうたろうですか?」

 

 何故そこにいるのか分からないという風にトカゲリズニアは聞いた。本来であれば珖代と共に城に居るはずの人物が目の前に現れれば当然の反応である。

 走るには邪魔な重い鎧を脱ぎ捨てながら勇者は答える。

 

 「女神リズニア、聞いてくれ。五賜卿の一人が城に現れた! 城の中ではそいつを抑える為に喜久嶺さんが体を張って時間を稼いでくれている! どうか一緒に、来てくれないだろうか!」

 

 リズニアは壁に耳を当てる。

 

 「うん……。たしかに剣と剣のぶつかり合う音がしますですね。いよっと」

 

 少女が飛び降りてくる。飛び方は格好付かないが、音なく華麗に着地を決める。

 

 「まずは色々と、詳細を──」

 「悪いがそんな余裕はない! 五賜卿に襲われて喜久嶺さんが戦っていると言っているんだ! 早く!」

 「ふーん。そうですか」

 

 リズニアは壁に張り付いた際についた砂埃をパンパン叩きながら抑揚の少ない声で聞いてくる。勇者の切羽詰まったという感じは一切伝わっていない。


 「どうしてそう落ち着いていられる……! 急がないと貴女の仲間が! 一分一秒を争うんだぞ!」

 「こうだいはこんな所で死にませんから。それより、どうしてこうだいを置いて来たんです? あなたと二人でも全く歯が立たなかった相手なんでしょう? そんな相手の時間稼ぎをなぜ任せたんです? 実力が圧倒的に上で〖勇者〗の称号を持つ、こうたろうが本来なら残るべきじゃないんですか? 本当に、五賜卿はいたんですか?」

 

 リズニアは疑ってかかった。

 中で行われている状況がハッキリと分からない以上、話をろくに聞きもしないままついていくことの方が危険だと考えた。

 突拍子もない話の裏に、何かしらの罠が待っているんじゃないかと警戒感を露わにする。

 

 「嘘じゃない!! ホント全部を説明している時間は本当にないんだっ! ヤツの実力は計り知れない! 手遅れになる前にどうか!」

 「なぜこうだいのオノをあなたが持ってるんです? 聖剣はどうしたんですか」

 「それは……」

 「どうして手が血まみれなんです? そもそも、一対一になるようにこうだいを呼んだ理由は──」

 

 リズニアの質問攻めに観念して、言葉より重く、直接的な態度を示すことを勇者は決断した。

 

 「お願いしますッ!! ほんと、色んなことが立て続けに起きてて、僕自身、気持ちの整理がなんにも出来てなくてどう説明していいのか分からないんですッ……! けど、喜久嶺さんは、僕を信じて時間を稼いでやると言ってくれました。今、こうしている間も死ぬ気で時間を稼いでくれているんです! 貴女の力が無ければ、あの人まで死んでしまうッ! どうかお願いします……僕はもう、僕を信じてくれる人を裏切りたくないんです! 力を貸してくださいお願いします……! お願いします女神様……! お願いします……」

 

 勇者はもう失わない為にできる精一杯のことをした。自分の嫌う相手にすら、土下座をしてみせたのだ。

 

 

 水戸洸たろう──。

 彼が、気持ちの整理をできていたのは珖代に謝罪し、真実を話すところまでだった。


 

 罪の償い方。


 五賜卿との邂逅(かいこう)


 聖剣の所有者変更。


 助けを呼びにいく(逃げだす)決断。


 二人の仲間の死。


 憎き女神への嘆願。


 それらは何一つ整理なんて出来やしない。

 しかし時間は刻一刻と迫っている。藁にもすがる思いだった。

 

 喜久嶺珖代に残された時間は無い。ここで彼まで失えば、ひとりで置いてきた責任に押し潰されて、きっと心が保てない。故にプライドを投げ捨て土下座した。相手を助け『自分の心』を守る為に、頭を地面に擦り付けながら懇願した。

 

 「……わかりました。そこまで言うのであれば、あなたを信じましょう」

 「じゃあ……!」

 「でも相手が五賜卿ならなんとか戦えるだけの準備がしたいです。万全に行きたいので最低でも長剣を二本」

 「二本、それなら城門前に行きましょう! 敵の兵士が落とした物とスケインさんのモノがあるハズです!」

 

 

 門前に着くまでの間、勇者は出来る限り状況を女神に話した。ただ返ってくるのは殆ど生返事で、リズニアがちゃんと聞いているような手応えはなかった。


 「これはひどい」


 彼女はカクマルの遺体をじっと観察する。

 勇者がどうしたのかと聞くと、カクマルの傷について彼女は触れた。

 

 「両腕に胸を貫かれたのと同じ大きさの穴が一つずつ空いてますね。両腕ごと心臓を抉ったということは、敵の剣に魔力を流して斬れ味を向上させる腕前はそれなりのものだと見ていいですね。それこそ剣聖やマスターフェンサークラスには及びませんですが、これをやったのがネクロマンサーというのは理解に苦しみます。でももしネクロマンサーなら、二人の遺体を利用されかねません。隠しておきましょう」

 「た、確かに……。でも今は喜久嶺さんの救出が最優先です。ふたりはその後で」

 「ですね」

 

 リズニアは勇者の判断が正常であることに安堵した。

 

 「スケイン、借りますね……」

 

 リズニアが屍兵たちの中から一本の剣を選び終わると、勇者はもう一つの剣としてスケインのを託した。

 

 「こうたろう、あれは違うんですか?」

 「え?」

 

 彼女が指さす方向にはカクマルの遺体がある。

 

 「角丸さんは剣を持ちません。でも、確かにあれは……」

 

 よく見るとキラリと光る何かが腰にあることに気がついた。恐る恐る近づくと、それは紛れもない剣であることが分かった。

 

 「これは……、長剣? しかも、まだ魔力も込められていない完全な新品だ。どうして角丸さんがこんなモノを……?」

 

 城に向かう最中の他愛のない会話。その中で珖代がカクマルに問いただした、『何故剣を持っているのか』という質問をリズニアは思い出した。

 

 「少し前に、こうだいとカクマルさんが話してるのを聴いてたんですが、カクマルさんは剣を扱えるようになりたいと言ってました。剣への魔力の通し方を覚えて、少しでもこうたろうの力になりたい、と意気込んでいましたよ」

 「角丸さんがそんなことを……」

 

 勇者は片膝をつき、カクマルの腰に携えてある剣を抜いて目を瞑った。

 

 「角丸……その想い、お借りします」

 

 勇者はカクマルの剣も女神に渡した。

 

 「二人の剣をどうか、お願いします」

 

 リズニアは両手にスケインとカクマルの剣を持ち、握りやすさを確認する。そして、眉根を寄せる。

 

 「これ、どっちも(・・・・)魔力が籠ってないですね」

 「どっちも? 角丸さんの剣は分かりますが、スケインさんは出会った頃からずっとその剣を使っていたんですよ……? そんな事ありえるはずは」

 

 剣士は剣に魔力を流す事で斬れ味を向上させる。それは剣士だけではなく、剣を扱うものにとっては常識中の常識で、剣士や騎士になる為には剣に自分の魔力を流し込む技術の修得は必須といわれている。

 それを何故スケインはしなかったのか。その疑問が勇者に強く残った。リズニアが口を開く。

 

 「スケインさんのは確かに新品ではないんですけど、魔力は殆ど感じませんです。何かしらの事情があったにせよ、今はラッキーです。私の魔力を両方に流し込めますので。良いですね?」

 「お願いします」

 

 一方は新品。一方は刃こぼれや無数の傷が目立つ傷物(しんぴん)

 

 その二本にリズニアは魔力を注ぎ込む。

 

 二本の剣に青白い光の帯が伸び、波打つように揺れ始めた。その動きは一定にも関わらず、燃えているように激しくもありオーロラのように緩やかでもあった。その帯はやがてしっかりと剣に癒着すると、輝きを失った。纏いの完全である。

 

 「行きましょう、死にたがりさんを助けに」

 「はい!」

 

 二本の剣先を地面に向けたまま、リズニアは歩みを進める。勇者はオノを持ってその後をついていき、二人は場内で叫び声を聞いた。

 

 「ぐああああ!」

 「今のは……!」

 「こうだいの声ですね」

 

 ここかしこから響いてくる悲鳴。リズニアは脇目も振らず階段に直進する。その速度は人智を超えるものだった。叫び声を聞いてから大階段をひとっ飛びし、僅か三歩で玉座の間へと降り立った。

 そんな彼女の目に飛び込んできたのは、肩から血を流し壁に倒れる珖代の姿だった。

 

 刹那──。


 考えるよりも早く身体は動いていて、目の前にいる少年をろくに確認もせずリズニアは怒り任せて吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばす一瞬、横薙ぎに払った一撃に反応を見せた少年アルデンテは、剣で防ぐことで胴体が分離することを免れた。少年が超反応をみせたことでリズニアはようやく、勇者のいう五賜卿の強さに遜色がないことを理解した。

 

 少年は無傷で起き上がる。

 

 「なんなんだィ? キミは。かなり歯ごたえがありそうだけど」

 「暇を持て余した元女神です」

 

 リズニアは無表情に乗せて冗談ぽく言う。相手の出方を伺うため、わざと挑発的な態度をとったのだ。

 

 「そう。暇ならボクの相手になってくれなィ? ちょうど、退屈しのぎにも飽きたところなんだー」

 「嫌といったら?」

 「殺しに殺ス」

 

 底冷えするような声の応酬に空気が重くなる。

 グレイプ・アルデンテにはリズニアしか見えていない。その隙に勇者は座り込んだままの珖代に近づいた。

 

 「……遅かったな。かなみちゃんでも呼びに行ったと思ったよ」

 「遅れてしまってすいません。肩貸します」

 「大丈夫だ。それより、ここに居ても邪魔になりそうだし、急いで(ユール)に戻るぞ」

 「はい」

 

 血に濡れた肩を押さえながら珖代は勇者と共に城を後にする。

 

 「リズ、時間稼ぎは任せた」

 

 珖代は、リズニアの返事を待たずして城を出た。

 リズニアもアルデンテも二人が出ていくまで睨み合い動かなかった。

  

 「止めないんです?」

 「あー、忠告どうも。ボクは集中しちゃうと、すぐ周りが見えなくなっちゃう性格してるからもう忘れてたヨ。彼らの所には適当にアンデッドを向かわせるとしようかナ! キミをじっっっくりと味わいたいからネ」

 

 憎たらしくもあざとく少年は微笑んだ。

 


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やる気注入剤になりますなります(๑•̀ㅂ•́)و✧

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