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第十五話 五賜卿グレイプ・アルデンテ

勇者葛藤篇スタート。




 グレイプ・アルデンテ──。


 金髪碧眼のただの子供にしか見えないのに奴から放たれる圧は不用意に動くことを躊躇わせる。震える身体を必死に抑えて余裕ぶってみても、額から流れる汗までは誤魔化せない。

 

 この圧が五賜卿(ごしきょう)か。

 魔王から数十万単位の兵を下賜された五人の配下であるとダットリー師匠から教わっている。魔王への忠誠の高さや個としての武力が高いことも聞き及んでいるが、にしては大きな特徴が欠けている。

 

 「五賜卿ならどうして一人でいる。ご自慢の兵はどうした」

 

 五賜卿最大の特徴は、なんと言ってもその圧倒的な兵力にある。一人でやって来た少年には兵が足らず賜卿であるという信憑性に欠けていた。

 その問いに応えたのは隣にいる勇者だった。

 

 「グレイプ・アルデンテ……。確か、死霊術師(ネクロマンサー)の一族だと聞いたことがあります」

 「ネクロマンサー?」

 「死者を使役し思うままに操る術師のことです。先程の骸骨のように召喚することがおそらく可能なんでしょう。不死身の軍勢は常に僕らの足元に居ると思った方がいい」

 

 既に死んでいる者を不死身というのは変な話だが、要するに、倒しても無駄な兵を少年はいつでも召喚可能ということらしい。

 

 「それって……マズイよな……かなり」

 

 敵宣言したことを早くも後悔しそうだ。しかし勇者は「いいえ」と俺の言葉を強く否定した。

 

 「今回に限ってはそうでもありませんよ」

 「ホントか?」

 「相性は。ですが」

 

 勇者は汗を浮かべつつ微笑んだ。秘策があるのか諦めていないようだ。

 

 「ボクのことを知ってくれているみたいで嬉しいよ。ただね、ボクは後ろで隠れているだけのネクロマンサーでいたくないからさァ──」

 「喜久嶺さんッ! 聖剣をッ!」

 

 勇者に言われて思い出した。今、聖剣を握っているのは俺だ。少年の膨れ上がる殺気をビリビリと肌に感じながら聖剣を慌てて返す。

 勇者が聖剣を受け取った直後、それに惹かれるように五賜卿が襲いかかる。


 広く深く底の見えない殺気とその殺気さえも呑み込もうとする覇気とが向かい合う。


 「──殺されてくれなァァァーーーい」

 「はああ!!」

 

 気のぶつかり合う剛音。凄まじい剣戟(けんげき)の予感。



 ビビビリガギンッ!!──。


 

 たった一度、刃を交えた衝撃で俺は尻餅をついた。身体のどこにも力が入らず、声が出ない。

 単純に恐ろしいと思った。理解の範疇を超えた、本物の生命の奪い合いが。

 

 勇者が歯を食いしばり連撃を耐え抜いてみせると、自分から距離をとった少年から笑顔が消える。

 

 「歯ごたえがありそうなのはおにぃちゃんだけか」

 

 こっちをみて悲しそうな顔をする。

 

 わかり易く俺を見下している。悔しい。悔しいが動けない!

 

 勝てないと頭で分かっていても叛逆精神に火がつきそうだ。


 「ぬあああ!」


 勇者が聖剣を振り切って奴を突き飛ばした。するとその勢いのまま俺の後ろに回り込んだ。なぜだ? 勇者の行動を遅れて目で追うと、俺の死角から今にも剣を振りかざさんとする骸の姿が見えた。いつの間にか、背後に骸が召喚されていたのだ。


 音や魔法陣もなく気配を忍ばせられたら、怯える俺にはどうすることも出来ない──。が、いち早くそのことに気づいてくれた勇者によって骸の剣士は大きな音を立てて砕け散った。

 

 「……ごめん、助かった」

 「気にしないで。さぁ早く!」

 

 差し伸べられた手を取り立ち上がる。

 その奥で、少年がバラバラになった骸に手をかざし首を傾げていた。

 

 「あれ、動かない。おにぃちゃん何かしタ?」

 「僕はお前の兄じゃない。聖剣の勇者、水戸洸たろうだ!」

 

 聖剣を中段に構えて、己の存在を誇示する。カッコよかった。きっと己を鼓舞するためだ。

 

 「聖剣の勇者? なるほど、アンデッドの心の檻を壊されちゃったのか。それが本当だとネクロマンサー(ボクたち)の天敵だ。つらいナー」

 

 明らかに余裕綽々という感じ。つらい素振りもそこそこにまんまるの笑顔を作る。

 

 「本物の聖剣なら不用意にアンデッドを召喚することは出来ないネ。困った困った」

 

 俺にはこいつを相手取る自信も実力もないが、勇者ならまだ可能性がある。相性が良いというのも本当だったみたいだし。

 

 「勇者、提案がある」

 「提案? なんでしょう」

 

 例のとおり、奴に聴こえないように相談をする。ここは逃げるより俺たちが協力することの方が一番いい道が見つかるかもしれないことを伝える。

 

 「奴の動きを俺が止める。そんで首をはねろ」

 「相手は賜卿です。首をはねたくらいで死ぬかどうか……」

 「最悪、時間を稼げればなんでもいい。時間さえあれば俺が助けを呼んでくる」

 「時間……。ヤツに直接聖剣を突き刺し魔力を奪えれば、一時的にですが召喚の無力化が期待できるかも。何秒止められますか」

 「長くて三十秒、短いと二秒だ」

 「二秒あれば十分です」

 「なんだよなんだヨ〜、さっきから二人でコソコソしちゃってさ。仲間はずれはさびしいなァ。そろそろボクも混ぜなってェ!」

 

 殺気と笑顔の入り混じる不安定な少年は片手に黒剣を構える。今にも襲いかかりそうだ。勇者との斬り合いが始まればおそらく俺のことは眼中からハズレてしまう。目を合わせるチャンスは今しかない!


 

 ──┠ 威圧 ┨!!

 


 地面を蹴った奴の右足が浮いた状態でストップする。それはスキルの成功を意味していた。

 

 「今だ! 勇者!」

 

 俺の合図よりほんの少し早く勇者はアルデンテに肉薄し、剣先を向ける。


 「はあああああ」


 

 身体の中心線を狙い済ました完璧な位置取り。


 

 残り半歩というところで勇者は腕を引き伸ばす。

 

 

 届いた。俺は弧を描くように走ってアルデンテの後ろの出口に直進する。

 

 

 そうした瞬間、勇者は聖剣を上に投げた。──否、聖剣が勇者を拒絶し飛び出し(・・・・・・・・・・)たように見えた(・・・・・・・)。それはまるで、反発する磁石が如く。

 

 「うおお!?」

 

 聖剣は勢い良く回転し弧を描きながら、俺の目の前の床に突き刺さった。またしても尻餅をつく。避けていなければあわや大惨事だった……。

 

 「危ないだろ! 何してんだ!」

 「す、すいません。なんだか……、ヤツの初撃を防いだ時からずっと変で」

 「なに?」

 「聖剣が急に重たく感じたり、制御が効かなくって……」

 「なんでもいい、今のうちに刺せ!」

 「なになにィ、折角のチャンスにケンカかい? 勿体ないことしたネ。おにぃちゃん」


 時間にしておよそ十秒弱。最大秒数の三分の一も少年を止められなかった。これは俺の怯えが抜けていないせいだ。


 「卑劣な罠を仕掛けておいてとぼけるな……!」

 「なんのこと? ボクは何もしてないけど」

 「くそ……。早えな」

 

 最初から危険な賭けではあったが、いよいよ厳しくなってきた。勇者も本調子でないようだし、これは相当マズイかもしれない。

 

 息の上がっている勇者に聖剣を渡す為に聖剣を絨毯から引き抜く。そこが元々聖剣の刺さるべき聖地だと言わんばかりの綺麗な跡だけがくっきりと床に残った。

 

 「……ん、別に重くないぞ勇者?」

 「え、いや、そんな筈は……」

 

 勇者の疑念と俺の勘違いの線を潰すため、ブンブン聖剣を振ってみせる。落ち着くほどの軽さと空気の層を淀みなく斬れる感覚が心地良い。誰から見ても一目瞭然な軽さだろう。

 

 「ま、まさか……! 喜久嶺さん、一度目を閉じて何でもいいので自然の風景を思い浮かべてみてください」

 「あ? ああ」

 

 言われた通り目を閉じる。風景、風景……、と考えるうちに思い浮かべる情景が端からスっと消えていく。

 

 「真っ白な……空間? 俺以外に何も無い。それと見えないのになぜか明るい……のか?」

 「なんだそうか、そういうことか……」

 「おい、勿体ぶってないで説明しろよ! 俺もコイツに何かされたのか?」

 「いえ、僕の予想が正しければそうじゃありません。喜久嶺さん、──覚悟して聞いてください」

 

 

 聖剣の違和感を訴える勇者。


 快調にしか思えない俺。


 制御の、重さの違い。


 ヒトを選ぶ性質。

 


 そして何より、俺の所へ自ら飛んできた(・・・・・・・)ということ。

 

 

 それらを意味する言葉を勇者は紡ぐ──。

 

 

 「聖剣は、貴方を持ち主に選んだようです」

 「……な、…………なるほど……な。どおりで馴染むわけだ……」

 

 普通なら疑いようのある話だ。だが思い返してみると、拾い上げた時からそれを感じていた気がする。すんなりと心が聖剣を受け入れてる感じがする。

 

 疑問はたくさんあるが、疑心はない。

 今の俺なら戦える!

 

 「喜久嶺さん、剣術は心得てますか?」

 「一年くらい前に少しかじった程度だ。期待はしないでくれ」

 

 聖剣には持ち主の元に戻ろうとする機能が備わっている。【回帰納刀】だったか。勇者が自由に使えなかったのは、聖剣が俺に帰納しようとしていたから。おそらくそれが正解だ。そして今も勇者の元に戻ろうとしない。


 これは完全に持ち主を乗り換えたということだろうか。

 

 「理由はこの際どうでもいい……。俺の手元にヤツの弱点があるなら、時間稼ぎは俺がする!」


 聖剣を両手で握り込むと、暖かい匂いがした。


 「勇者。俺が合図したら走り出せ」

 「でもそれだとっ、喜久嶺さんが!」

 「逆に聞くが、今のお前に何が出来る? 見捨てる覚悟で行けや!」


 そこまで言っても勇者は動こうとしないので、俺はとりあえずオノとかなみちゃん寄せベルを渡し、形見としてもらった。


 「……死なないでくださいよ」

 

 勇者は少し葛藤してそう言った。

 現状を理解してくれてありがとう。


 「なになに、ケンカ好きだねェキミたち」

 「おい、お前の相手はこっちだ」

 

 見よう見まねだが聖剣を中段に構えて、それっぽく煽る。


 アルデンテが俺の目を見た瞬間、問答無用で威圧をかけた。

 

 「今だ勇者!」

 「必ず助けを呼んできますっ! 無茶だけはしないでくださいよ!」

 

 階段を駆け降りようとする勇者の背中にもうひとつ伝えとく。

 

 「勇者! お前の信用ははっきり言ってガタ落ちだ! きっと何を言ってもユールの皆は力を貸してくれない。信用できる奴は意外と近くにいる。頼んだぞ」

 

 かなみちゃんを寄せつける不思議なベルが使えればどれだけ良かったことか。緊急時の対応を考えていなかったのでベルだけじゃどうしようも無いのが、今は非常に悔やまれる。

 

 頷くと勇者は階段を降りていった。これでようやく、本当の時間稼ぎが始まった。

 

 「キミが勇者? それとも聖剣使い?」

 

 やはり、十秒持たないようだ。

 

 「勇者は逃がした。お前みたいなのに殺されたらたまったもんじゃからな」

 「ふーん。ま、楽しませてくれるならどっちでもいいけド」

 

 視認できる範囲で切り上げが飛んでくる。防ぐために垂直に剣を構える。だが、それが悪手だった。

 しっかりと受け止めきれず聖剣が宙を舞う。全身ががら空きとなった。┠ 威圧 ┨対策もバッチリされている。

 

 

 ──終わりか……。一人じゃ十秒も粘れないなんてな。それでも、後は託せられた。こいつももうお終いだ。

 

 

 強がった笑顔。これが最後の叛逆だ。俺は次に繋げたんだ。負けたなんて、一ミリも思わない。

 

 アルデンテは俺の笑みに警戒したのか、眉根を動かし警戒する。もう何もないのに。そう思ったら頭上の何かに反応している。

 

 あれは──聖剣か。たまたまヤツの上に落ちてきたのだろう。

 


 キンっ──。

 

 弾かれた聖剣はヤツの後方へ吹き飛とんだ。恐怖の時間が延びるのは頂けない。次こそ俺の番だ。

 そう悟ったのに、少年は後ろを振り向いた。何故背中を向けるのか理由が分からない。聖剣がまた別の角度から落ちてくるのが見える。

 

 聖剣が迫るような角度で俺の方を向いた。そこをアルデンテが跳ね飛ばす。また聖剣が空中で刃先を俺に合わせると向かってきて、またもやアルデンテが吹き飛ばす。弾かれては飛んでいき、飛ばされれば戻ってくる──。これはあれだ。

 

 「あはははは! なんだいこれ、聖剣にはこんな面白いことが出来たのかい!?」

 

 聖剣が俺のところへ戻ろうとしている現象をヤツは楽しんでいる。それはまるで、動くものについ手を出してしまう猫の本能のように。

 

 アルデンテはおそらく【回帰納刀】を知らないのだ。

 俺の元に戻ろうとする聖剣を自ら追いかけて何度も弾いてくれている。俺の周りを行ったり来たりしながら今までで一番楽しそうな笑顔を見せる。そこだけ切り取るならば、見た目相応の純朴な少年にしか見えない。

 

 右手をかざす事で少しだけ制御出来ることが分かった。あまり動かれて背後を取られるのは怖いからな。

 少しでも奴の元へ聖剣が向かうよう仕向ける。

 

 相変わらずアルデンテは、俺に目を向けることはない。

 だが、これならいけるかもしれない。

 生きる希望が湧いてきた。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 「そろそろ、飽きてきちゃったなァ」

 

 五分近く続けていれば誰でもそうなる。

 

 「なら、五賜卿。アンタの話を聞きたい。武勇伝のひとつくらいあるんだろ? 聞かせてくれよ」

 「やっぱり、普通に戦うのが一番かナ」

 「っ……!」

 

 それまで弾いていた聖剣を、アルデンテは上体を逸らして躱した。聖剣が刃先を俺に合わせたまま向かってくるので身を投げるように回避する。

 

 少しだけ右足を掠ったが支障ない。

 問題はここからどう時間を稼ぐか、だ。

 

 ここまで来たら生きる事を諦められない。次の策を練ってやる。

 

 「さぁ、早く剣を取ってヨ。真剣勝負でキミに勝ちたくなってきた」

 「勝てるとは思わないけど、負けるつもりも毛頭なくなった」

 

 剣を引き抜き今度こそ。

 少年のクセや落ち着いた剣さばきは把握した。冷静に防御に徹すれば捌ききれなくもないはずだ!

 

 「そうでなきゃねぇぇ!!」

 

 先手は向こうから。

 単純な大根切り。避けるより先に反射で剣が出た。

 受け止めきれると思っていたが、その攻撃──、ブラフだった。


 小さな少年がさらに低く姿勢を保ち、聖剣の下を掻いくぐる。勢いを活かした強烈な蹴りが腹にめり込む。すぐさま壁に叩きつけられ、その衝撃に全身が悲鳴を上げた。

 

 「かはっ……、あぐっ……はっあ、はっあ」

 

 呼吸がうまく出来ず小さな咳が暫く続く。

 舞い上がる煙の中、壁にもたれかかって必死に自分を落ち着かせる。

 

 目が合えばまだ可能性はある。

 砂煙が晴れたら今度はこっちから──。

 

 

 その時、砂煙の中にいてもキラリと光る物が見えた。

 

 

 「ぐああああああああぁぁ!」

 


 予期せぬ痛みが左肩に走った。

 見れば肩口にアルデンテの持っていた黒い剣が刺さっている。

 どうやら砂煙の外から飛来して来て、運悪く刺さってしまったみたいだった。

 

 「よーーし。当たった当たった。剣って投げてみるもんだね。勝負の決め手になる」

 「が、あああ!」


 無理やり剣を引き抜き、痛みで再び声が漏れる。

 

 「まあ、楽しかったヨ。肉体の檻から開放してあげるネ」

 「遅すぎる。助けを呼びに行ってたなら、もう少し早く来てくれてもいいものを──」

 「なんだい、またその笑顔か。まだ何かあるのかナ?」

 「いや……何も無いぞ。俺には(・・・)な」

 「ま」

 

 何かを言いかけたその瞬間、アルデンテが豪快に吹き飛んだ。壁に激突し城の一部が崩れる。


 横なぎの衝撃に吹き飛ぶ一瞬、それに反応して防御していたのでほとんどダメージはないと思える。

 だがまあ、目的は果たせたから、問題は……ない……か。

 

 「なんなんだィ? キミは。かなり歯ごたえがありそうだけど」

 

 無傷の少年の問いに無表情でお団子ヘアーの少女は応える。

 

 「暇を持て余した元女神です」

 

 

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