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第十三話 威圧派生«周囲»


  ──翌日。

 

 日課のランニングとセバスさんへのブラッシングを終えシャワーを浴びたあと、朝食もそこそこに俺はギルドへやってきた。

 

 昨日取り忘れたギルドカードを受け取りに師匠の元へ赴く。師匠はいつもの席でいつものようにグラスを傾けていた。相変わらずのハードボイルド。

 

 「師匠これ、新しいスキルですよね! どうして俺に新しいスキルがあるって分かったんですか?」

 「どれ、貸してみろ」

 

 師匠にギルドカードを渡たす。

 全体的なステータスは微々たる成長であったが、今までと大きく変化していた部分が一箇所だけある。

 『威圧派生«周囲»』と記されていることだ。これがなんなのか俺には分からない。

 

 「そっちか、なるほど」

 

 師匠は、他にも候補があったように納得するとカードを返して説明してくれた。

 

 「限界まで極めたスキルの中には派生するものがあると説明したのは覚えているな?」

 「はい。薫さんの『見切り派生«予測回避»』とかですよね?」

 「そうだ。┠ 威圧 ┨は派生するスキルのひとつだが、一口に派生と言っても変化は人それぞれ。魔物を睨んで死なせたり気絶させたりすることが何度かあっただろう? おそらくそれらはオマエ自身の秘めたる派生の可能性だったんだ」

 「えぇ、そうだったんですか!?」

 

 思えば殺してしまうのも気絶させてしまうのも、スキルとしては不完全な能力に感じていた。どちらも"Dランク以下"の"魔物"でないと効かない上に、体調が悪い時には全く使えなくなることもあったからだ。あれが全て、派生として目覚める前兆だったと言われると不完全だった理由にも少しだけ納得がいく。


 ──マスターママが前に言っていた派生の概念はそういう事だったのか。


 「じゃあ俺は、┠ 威圧 ┨を極めてたってことなんですね!」

 

 いいことを聞けた。しかし、出来ることならもう少し早く教えてくれてもよかったのに、と思う。具体的には一年くらい前に。

 

 「オレが派生に気づけたのは以前から兆候がみられたことと、あの大男がオマエに倒されたことが理由だ」

 「あの大男? なに言ってるんですか師匠、カクマルを倒したのは師匠じゃないですか。俺は何もしてないですよ」

 「いや、オマエが倒したんだ。あの男、オレが割り込む前から┠ 威圧 ┨にかかっていたからな」

 「はい? またまたー」

 

 師匠は嘘をつくとき上を見る癖がある。今は、その素振りがない。お世辞を述べるような人でもないしもしかして本当なのか?

 

 「その事に気付かないまま勇者の元に向かったオマエを見て、オレは┠ 威圧 ┨が派生に至ったのだと確信したわけだ」

 

 確か気を失ったカクマルが城門前に横たわっていたという話を薫さんから聞いていた。その話が正しければそこまで運んだのはおそらく師匠だが──。

 

 「カクマルを気絶させたのは俺ってことですか?」

 「たぶんそれだと派生は«気絶»になる。あの男が気絶していたのは、お前の周囲威圧を食らい動けなくなった所をオレに吹き飛ばされたのが原因だろう。まあ、オレもギルカを見るまで気絶に派生したものばかり思っていたがな」

 

 師匠は派生した事には気付いたが、それが«周囲»である事までは読めなかったらしい。グラスを傾けて酒で喉を潤している。どうりで意外そうな反応だった訳だ。

 

 俺が止めたということはつまり、┠ 威圧 ┨対┠ 石化 ┨は威圧に軍配が上がった? のだろうか。

 

 カクマルに勝った──俺が?

 

 体格も、膂力りょりょくも、能力も、格上の相手にスキルで勝ることが出来た。

 

 だというのに。何故だろう。

 上位互換と謳われた能力を打ち負かすことが出来ても、その実感が湧いてこない。腑に落ちない、納得のいかない部分がある。

 

 「どうした、手放しには喜べないか?」

 

 師匠には俺が考えていることはお見通しのようだ。

 

 「まあ、実感は正直ありません。そもそも«周囲»とはなんなんですか?」

 「スキル名は┠ 囲嚇(いかく) ┨。能力としては単純明快。威圧使用時に自分の周囲にいる(・・・・・)相手の動きを止める事が出来る力だ。使用者によって効果範囲や威力は異なるが、一番の利点としては人の目を見ずとも┠ 威圧 ┨が発動出来るという点だな。┠ 石化 ┨を受けず一方的にヤツを止めれたのは、この能力のおかげさ。自分自信に感謝しとけ」

 

 カクマルがサングラスを外す瞬間、目を見るよりも早く威圧をかけたのは覚えている。

 

 ──そうか、あの瞬間に勝敗は決まっていたのか。

 

 結局、目を合わせることなく停止(しょうり)する事が出来てしまったと考えると、なんだかズルをしてしまったような気になる。カクマルに会うことがあれば状態異常だったことも含めて、謝罪する必要がありそうだ。じゃないと俺の中で収まりがつかない。勝敗については……またその時に。

 

 「師匠、この派生も極めれば更なる派生に繋がる事は有り得ますか?」

 「ああ、十二分にな。他のスキルを覚える方が普通は早いが、オマエの場合既に発現しそうなものが幾つか影を潜めている。だから次の派生もすぐだろう。期待しているぞ」

 「はいっ! これからも派生スキルができるように日々精進します! ……ところで師匠、ユイリーちゃんはどこですかね?」

 

 昨日も今日もユイリーちゃんの姿を見ていない。まだ朝ではあるが、弟子ーズとして二人で活動する時以外でも彼女は俺より早く来ていることが多い。

 二日連続にわたって寝坊だろうか? と考えていると、ダットリー師匠はわかり易く溜息をついて頭を抱えだした。

 

 「オマエ達はどうして妙な会話術では通じ合えるのに、大事な連絡を取り合おうとしないんだ?」

 「あはは、すいません。色々とタイミングが合わなくて……」

 

 大事な事で思い出した。師匠にもユイリーちゃんにも、俺たちの根幹に関わる転生の話をまだしていない。そのうちキチンと時間を作って俺たちのことを話さないといけない。

 師匠は小さく笑みを浮かべると鼻を鳴らし、グラスを傾けた。

 

 「それで、ユイリーちゃんの大事な話というのは?」

 「ユイリーは今、長期クエストで街を離れている。帰ってくるのは明日か、早ければ今日の午後になるそうだ」

 「明日!? 数日かかるクエストに、師匠はユイリーちゃんを一人で行かせたんですかぁ!?」

 

 テーブルに身を乗り出して師匠に問い詰める。周りの冒険者達が急に静まり返ったのが分かるが、そんなものは関係ない。

 

 「落ち着け……。オレが無理強いした課題とかじゃないぞ、ユイリーが自ら進んで受けに行った正規のクエストだ。ベテラン冒険者のカトチャも一緒だから問題は無い筈だ」

 「カトチャ!? あのちょびヒゲエロオヤジと一緒とか余計安心できませんよ!」

 

 カトチャはこの街に住む冒険者の中でも、スケベなオヤジとしてそこそこ有名だ。かなり若い奥さんと結婚してから大人しくなったと聞いているが、油断ならない。ユイリーちゃんに良からぬ思いを抱くだけに留まらず、何かしらの悪さをする可能性が……!

 

 「ユイリーちゃんが危ない!!!!」

 「ユイリーがお前に話さなかった理由がよく分かったよ……」

 

 師匠が何故か呆れている風だがとにかく、急いでユイリーちゃんの元に向かわなければ……!

 

 「おい、何処に行くつもりだぁ」

 「何処ってそりゃ、……その、あの」

 

 よく考えてみればユイリーちゃんが何処にいるのか場所を知らなかった。

 

 「ユイリーもカトチャも同じ街の仲間だろう。信じて待ってやるのも、弟弟子の務めなんじゃないのか?」

 

 言いたい事はすごく分かる。カトチャではなく、ユイリーちゃんを信じて待てばいいさと。だが幾ら師匠の言葉であっても『はいそうですね』とは簡単に割り切れない。信じたい気持ちもあるが、いても立ってもいられない気持ちは強く残る。スウィングドアにかけた手をすぐには引っ込められないのだ。

 

 「勇者が直接被害にあった人達に賠償金を支払うと約束したそうだ」

 

 脈絡もなく始まったのは勇者のその後の話だった。

 

 「そうですか」

 「その中に、仲間に指示した覚えのない被害が一つだけ(・・・・)あったんだそうだ。なんだと思う?」

 

 なぜだろうか。その"一つだけ"という言葉が妙に重たく響いてくる。

 

 「万能草を根っこから抜いたヤツがいる」

 「うっ、……」

 

 ──やっぱりその話かぁ。

 

 「二度と生えてこないと云われている万能草だけは金でどうにかなるものでは無い。お偉いさん方も大層御立腹だったらしく、勇者は必死に謝ったそうだ。それはもう、地面に頭を擦りつけすぎて額から血が出るくらいに」

 「へ、へー……。他人のミスに頭をさげるなんて人間出来てますねー」

 「ああ、本当にその通りだ。他人の罪を被れる、よく出来た勇者だよ」

 

 師匠の鋭い視線がすごく痛い。万能草を引っこ抜いたのが俺とリズニアである事は知らないハズなのに、さも犯人が分かっているかのようにものすごい視線を突き刺さしてくる。

 

 これ、もしかして、気づいていたり……?

 

 「来たる日に、必ず全部話して貰うからな。覚えておけよこうだい」

 「あ、あう……」

 

 ──バレてるぅ! これ完全にバレてるぅ!

 

 「返事」

 「はいっ! もちろんですッ!」


 師匠はやっぱり、なんでもお見通しだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 「ただいまー……」

 

 師匠にしっかりと釘を刺されてから、四人と一匹が暮らす我が家に帰宅。かなみちゃんとリズと中島さんの姿はなかった。

 

 「おかえりなさい、珖代さん。お疲れのところ申し訳ないんですが、珖代さんにお客さんが来ています」

 「お客さん?」

 

 玄関で待ってくれていた薫さんに奥へと誘導される。玄関に置いてあった大きな靴から察するに男だ。誰だろう、見当がつかない。

 

 真っ直ぐリビングに入る。

 大きな存在が俺に気づくとイスから立ち上がり更に大きくなった。

 

 「聞いていた通り元気そうでなによりだ。キクミネコウダイ」

 「カクマル!? どうしたんだよ急に」

 

 目の前にいたのは身長二メートルはあるボディーガード風のサングラスが似合う男、カクマル。

 こうして会うのはあの一件以来だ。

 

 「アナタに大事な話があってお邪魔させてもらった」

 「俺に?」

 

 薫さんに視線を移すと、近づいて耳打ちをしてくれた。

 

 「なんでも大事な相談だそうなんですが、居ないことを伝えたら帰ろうとしたので上がって待ってもらいました」


 とりあえずカクマルには座ってもらい、薫さんに二人分のお茶をお願いする。しかしカクマルが遠慮するのでお茶はどっちも出さないことにした。

 

 「それで、改まって何の用件なんだ」

 「単刀直入に言うと、コウタロウがアナタに再戦を申し込みたいそうだ」

 「勇者が?」

 「ああ。キクミネコウダイ一人で城に来て欲しいとのことだ。頼めるか」

 「俺か? どうして」

 

 俺の質問に対し、カクマルは分からないと首を横に振った。

 

 「コウタロウはアナタを魔王の幹部だとまだ疑っていると言っていたが、多分、それはウソだ。おそらく、街の人々にこっぴどく叱られた事の腹いせ。逆恨みにも似た感情を抱いている。とくに、身に覚えのない犯行のことで苛立っている」

 「それってだいぶ危険じゃないか……?」

 

 カクマルの言うように、俺の事を魔王の幹部だと思っている説はまず有り得ない。薫さんは勇者を説得する際、俺たち転移組の素性や目的まで全て話したんだそうだ。勇者がその内容を仲間達に話したかどうかは分からないが、俺たちが境遇同じくした日本人である事を確実に知っているハズだからだ。

 尤も、俺個人に恨みを抱いているなら話は別だが。

 

 「コウタロウがあなたを本気で倒しに行くとは考えにくいが命の保証はしかねる。だから強制はしない」

 「いや、行こう」

 「なに言ってるんですかこうだい! こんなの絶対罠です! 怪しさ全開で全会一致です!」

 

 目の前に突然リズが現れた。

 

 「うわっ、お前居たのか」

 「部屋でずっと聞き耳立ててましたよ。それより、本気で行く気ですか?」

 「うん」

 「うんって……。だったら私も行きます。こうだいに何かあったらいい気分はしないんで」

 

 顔を少し伏せ、蚊の鳴くような声で言う。素直じゃない奴め。だがこういう所が妹っぽいと感じさせるのだろう。

 

 「ありがとな、心配してくれて」

 「なっ……! まぁ、はい。仲間ですからね。一応。です一応!」

 「だけどついてくる必要はない。心配じゃなく信用してくれ」

 「他人のことはすぐ心配するくせに、よく言いますよ……」

 「なんとでも言え」


 リズがどうしてもついて行きたいと駄々こねるとカクマルは条件を付けて了承してくれた。


 「他の者がついて来ていいのは門前までだ。それでもいいなら」

 「分かりました! それで行きましょう!」

 

 薫さんに留守を任せ、俺とリズとカクマルは勇者の元に向かう事となった。

 

 

次回「二度目の死」


何とも不吉な予感。


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