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第十話 威圧VS石化

珖代は精神汚染に対抗するため、誰かになりきることを選びました。


 そこは城内、玉座の間──。


 蜘蛛の巣で彩られた空間の中に勇者、騎士、元女神の三人がいる。二対一にも関わらず騎士は倒れ、決め手をかいていた勇者は疑問を投げかける。

 

 「女神族は人々の信仰や礼拝によってレベルが反映されると聞く。どうしてお前のような無名の女神が、Lv200クラスになれたんだ」

 

 ┠ 超解析 ┨によりステータスを覗いた勇者は、リズニアの異常な強さには何か秘密があり、それさえ分かれば突破口が開ける可能性があると考えた。


 リズニアは全力の勇者と闘う為か、更なる挑発を続ける。

 

 「確かに有名所の女神さん方は皆さんお強いですよ。信仰や礼拝のみで強くなったんでしょうね。でも要するにそれって"願い"なんですよ。人々の"願い"が私達を強くするんです。そしてその"願い"というのは、悲しい事に負の感情の方が圧倒的に強く濃く深いのです。ここまで話せば私のレベルが高い理由、分かりますよねぇ?」

 

 不敵な笑みを浮かべる。それだけで効果は十分。

 

 「やはりお前は、生かしておけない!」

 「そう思うなら口ではなく、手を動かしてください」

 

 慈悲の篭った目と口調が更に勇者を怒らせる。

 倒れていたスケインがボロボロの鎧を脱ぎ捨て立ち上がった。そして手を差し伸べる勇者に断りを入れて隣に立つ。

 

 「行きましょう勇者殿。この女に容赦する必要はもはや微塵も感じません」

 「ええ。確実にやりますよスケイン」

 

 


━━━━━━━━━━━━


 

 

 「魔力の流れを見破るその洞察力、アナタ魔法士ですわね?」

 「違うって、冒険者だよ」

 「嘘おっしゃいなさい。仮に冒険者であっても、それだけの魔力があれば間違いなく魔法職ですわ。魔法士兼、冒険者ですわ!」

 

 トメはビシッと指をさした。

 魔力の流れが見えるトメには、かなみが魔法士であることはお見通しなのだ!

 

 「違うって言ってるのにぃ……」

 

 若干呆れたように嘆くかなみを無視しトメは声を張る。

 

 「高位魔法士トメ・ハッシュプロ・ンドラフィス・ハーキサス・ドメスティック!」

 

 紺色の本を取り出し、魔力によってページを進ます。

 

 「ワタクシが、アナタに高位魔法の試練を与えます!」

 

 そう告げた瞬間、本が光り始めた。それに呼応するように空中に水の層が出現する。小さな水の層は回転し粒となると、そこを中心にたくさんの粒が集まりだした。一方向に回転する粒達の合流によって段々と大きくなるそれは、やがて氷の塊へと姿を変える。

 氷の塊は一メートル程の大きさになって回転を止めた。無詠唱による風と水の二種混成魔法の完成である。

 

 「無詠唱魔法は直前まで相手に悟られづらいから不意打ちには向いてるけど、詠唱を省いちゃうと威力は落ちちゃうよ?」

 

 少女からの冷静なアドバイスにトメは面食らった。

 

 無詠唱の魔法など、常識的に考えてとんでもない高等技術を要する。それは誰にでも出来ることじゃない。魔法が使えるものなら誰しもがその凄さに驚かずにはいられない。それを分かっていたからこそトメはあえて無詠唱をして見せた。少女に力の差を見せつけるために。だと言うのに少女は冷静沈着。それどころか無詠唱魔法の唯一と言っていい弱点までも指摘してきたのだ。

 これが動揺せずにいられるだろうか?

 

 「そ、そんなことは知っていますわ! 二種混成魔法【氷塊】。ワタクシからの試練はこれと同じものを」

 「──雷の(おそ)れと雨の恵み」

 

 

 話を遮る一節の詠唱。

 

 

 か細くも確かな閃光がトメの目に映る。

 

 

 氷塊は閃光に溶かされた。

 

 

 「いい、今のは……二種混成魔法【火雷(ほのいかずち)】!? 属性間で最も相性の悪い組み合わせを成功させたというの……!?」

 

 火に雷をまとわせ放つ大技にして力技。

 それを目の前の少女が。ありえない。

 技術力の難しさでいえば、無詠唱とほぼ同じ。少なくともトメには出来ない。

 なぜこんな少女が──。

 

 動揺に動揺を重ねていたトメには気づけなかった。かなみの放った魔法は雷と火と風をまとった三種(・・)混成魔法であることに。

 

 「ごめん、話聞いてなかった。氷塊を造ればいいんだよね。……はい。じゃあ通ってもいいよね」

 

 かなみは同じサイズの氷塊をいとも容易く造ってみせた。それも話の合間に造ったことで、無詠唱である事も明らかにしながら。

 

 「ぐぬぬ……年端もいかぬ少女に出来て、ワタクシに出来ない筈がありませんわ……!」

 

 天才と謳われてきたトメにもプライドがある。目の前の少女に魔法で劣ることは許せない。元来の負けず嫌いな性格から、彼女は本気になる。

 

 ページをめくる。


 書かれている詠唱(火雷)の中でもより簡単な一節を見つけた。あんな少女に出来てワタクシに出来ないはずがない!

 

 「──天翔ける(いかずち)は原初の炎を導かん。【火雷】!!」

 

 本を持つのとは逆の手に上手く混ざった玉が出現する──だが、急速に縮小するとパチパチッと音を鳴らして消えいった。

 

 「そんな……」

 「そのままやると全体を包む雷に炎が負けちゃうから、炎に風を混ぜてみるといいよ」

 「炎に、風を混ぜる……」

 

 できなかった原因を考えるのは一旦やめ、少女の言う通りもう一度やってみる。今度は炎と雷のバランスが良くなり消えずに保つことが出来た。

 

 「出来ましたわ! 三種混成魔法にしてしまえば、こんなにも安定するんですのね! え、……三種混成まほー? まいっか!」

 

 素直に喜ぶトメ。一度掴んだコツを離さないように、玉を大きくしながら様子を見ている。かなり安定してきた。


 言われた通りのやり方を一発で決め、そこから応用までしてコツを掴む。トメが天才であることに一部の隙もなかった。

 ただし、他なら隙はある。

 

 「本、燃えてるよ!!」

 「え? ……キャッ! ワタクシの魔導書が!」

 

 ボーボー燃える魔導書をビックリして床に落とし、上品に叩いて消火を試みる。

 なんとか火は消し止めたものの、表紙は黒く焦げてしまった。中身もおそらく無事では済まない。

 

 「そんな……」

 

 力なく床にへたりこんだ。

 ドジをすることは時たまにあったが、取り返しのつかない大きなミスをするのは今回が初めて。トメはひどく落ち込んでしまう。

 

 「本、ちょっといい? 借りるね」

 

 少女は返事を待たずして本を手に取った。そして隅々までチェックしていく。

 

 「この本って売ってた本?」

 「……ええ。お父様に買って頂いた魔導書だから、たぶんそうですわ」

 「じゃあ、大事な本だね。タイトルと作者名は覚えてる?」

 

 妙なことを訊く少女。

 トメは首を傾げる。

 

 「えっと、確かタイトルは〈世界の魔想から〉著者は、ワニニャンコフ先生でしてよ。でもそれがどうしたというの。この本はもう、読むことも叶わないのに……」

 「うん。これならすぐ出来ると思う」

 

 そう言うとかなみは本に手を当てた。本が優しい光に包まれる。

 トメは不思議そうにそれを見つめる。


 「出来る……?」


 かなみが行うのは本の修復。とはいえ、この世界に修復の魔法は存在しない。そのため複数のスキルを用いた可能な限りの修復を施す。

 

 表紙や焦げて読めなくなった複数枚のページは、素材そのものを変化させるスキル┠ 万物想変 ┨によって燃えにくい素材かつ、まっさらな状態の物にする。そこからありとあらゆる文献書物を読み漁れる┠ 叡智(えいち) ┨で同じ題名の本を検索にかけ探し出し、まっさらになったページに何が書かれていたのかを確認する。書かれている内容を┠ 言語理解 ┨で読み解きながら、┠ 万物想変 ┨を局地的に応用し、文字だった箇所だけを別の色の素材に塗り変える。

 

 ほどなくすると、本は新たな色に生まれ変わった。

 

 「はい。一応、素材を燃えにくいのにしたから、表紙の色とかも変わっちゃったけど大丈夫かな?」

 

 少女は申し訳なさそうに笑うと、真っ白な表紙の本を渡した。何が起きたのかいまいち把握出来ていないトメは、とりあえずお礼だけは済ませ受け取った。


 本を開くとページが元に戻っていることに気づき目を丸くする。

 

 「参りましたわ……。ものを修復してしまう魔法がこの世に存在するなんて初めて知りましたわ。天才魔法士だなんだと持て囃されて来ましたが、世界には比べ物にならないレベルの魔法士が……いえ、賢者様がいるんですのね」

 

 トメは床に座り込みながら本を撫でた。

 これだけ奇跡を見せられれば目の前の少女が自分より上の魔法士であると理解できた。もう立ち上がる気力すら起きない。

 

 「だから、冒険者だって言ってるのにぃ」

 

 かなみは困ったように頭をかいた。

 


 

━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 「おりゃあああああふぬぅおおおおおむひゅううううううう」

 

 小さな少女は大剣を振るい続ける。

 普通であれば一撃も食らうことは許されない攻撃を、薫は全て受け流していた。それも余力を残した状態で受け流している事にピタは気づいた。なおも猛攻を止めないのは体力切れを狙っているからだ。

 

 「ふにいいぃぃぃぃ」

 

 ピタはギアを上げるように声の出し方を変える。声を変える度に少しずつだが剣を振るうスピードがウソのように上がっていく。薫が少しずつ後ろに下がり始めた。

 

 ┠ 自動反撃(オートカウンター) ┨には受けるダメージを全て返す効果がある。しかし、絶大な威力の技であればある程、跳ね返したあとの残心する時間が長くなり、隙が生まれやすくなるという欠点が存在してした。故に薫は二割から五割の力を受け流し、流しきれなかった分の威力を同じだけの威力(カウンター)でぶつけ相殺する、オリジナルの戦法をあみ出していた。

 

 弱点発見から戦法開発までを携わったリズニアによって【ストロークカウンター】と名付けられたソレは、薫に新たなスキル┠ 見切り ┨を覚えさせ、リズニアを一週間で痩せさせるという快挙を成し遂げた。

 

 ┠ 見切り ┨によって〝一瞬〟は永遠にも引き伸ばされ、どんな猛攻もゆっくりに見える。一撃が重いだけの大剣など、今の薫にとっては【ストロークカウンター】のお試し台にしかならない。

 

 先に音をあげたのはピタだった。これ以上大剣を振っても自分が疲れるだけで意味が無いことを理解して諦めた。

 

 「お母さん、先行ってていい?」

 

 攻防が止んだタイミングで娘のかなみが話しかける。

 

 「ちょっと待ってて。お母さんももうすぐ終わるから」

 「わかった」

 

 二人の会話を聞いていたピタが大剣を床に置き、大剣の鞘に付いている小さな鞘から短剣を抜いた。

 

 「ダガー、ですか」

 

 ピタは体勢を低くし、その漆黒のダガーを逆手に持つ。

 

 「早く終わらせたいのだろう? 最初に言っておくが、こうなった私は手加減ができん。音速の域に達する連撃、とくと味わえ」

 

 ピタの姿が幾重にもブレ、無数の線になる。

 残像の描く線は、五本のシャーペンで同時に殴り書きしたかのように薫を黒く塗りつぶす。

 

 

 【拒絶乱舞】──。

 

 

 一撃の重さを捨て、速さと手数に全てをかけた撫で斬る剣。

 

 その速さに、人の目は捉えることを“拒絶”する。

 

 ┠ 見切り ┨を持つ薫であっても【ストロークカウンター】では間に合わない。ただのカウンターに切り替えるも、剣の通り道にあった服が気づいた時には斬られていた。

 

 その光景は数少ない視える者──、かなみの目を輝かせるほど速かった。


 「ん?」


 ピタの持つ短剣の特性により徐々に威力が上がっていることに薫は気付いた。

 服を斬られるのは┠ 自動反撃 ┨が間に合わなくなりつつある証拠。速さは変わらないが、重さが段々と増してきた。このまま全て返していたのでは必ず隙が生まれやられてしまう。

 

 悩む暇はない。自動発動を切り、自らの意思で行動を起こすほか解決策はない。

 

 薫はオートカウンターを使用する際、相手が真剣を用いてくることを想定して特製グローブを装着していた。

 

 手の内側には横向きの鉄芯二本、手の甲には縦向きの鉄芯が三本入っている。これだけあれば刃を受け止めても手は傷つきにくい。実際、大剣を受け流すときには役に立ち、何度も金属同士がぶつかる高い音を響かせた。

 

 だがそのグローブを、今は使わない──。

 

 オートでもストロークでも無く、薫は最低限の身のこなしだけで、かわすことを覚えた。


 見切りの派生スキル、┠ 予測回避 ┨の発現である。

 

 少女には『速さに特化した撫でるように斬る剣技がある』というのを薫は事前に知っていた。

 速さを追求し威力を上げ続ける剣技は、首筋や手足の筋を狙うのが一番効率がいい。しかしピタはこの技を薫の実力を知るために使用している為、急所を狙うようなマネはしない。そのことも薫は折り込み済み。だからこそリスクを無視し避ける判断が出来た。

 

 (たと)え音速の一撃で心臓を狙われていたとしても。

 喩え首筋を剣で撫でられたとしても。

 その時こそ┠ 自動反撃 ┨に頼ればいいだけの話。


 ┠ 予測回避 ┨でパターンを予測しギリギリで躱す、弾く、流す。

 

 問題はどう攻撃に転じるか──。

 

 「どうしたっ! このままではジリ貧だぞ! 反撃してみせろぉ!」

 

 挑発を受けようが服が徐々に切られようが、それを薫は意に介さない。

 

 躱す。弾く。冷静に流す。

 全てを自動で返すカウンターと、流してぶつけるカウンター。そして┠ 予測回避 ┨。その三つがある限り、薫の優位は揺らがない。

 

 「なら、これで」

 

 薫が(おもむ)ろに右手を前に出した。

 

 

 そこは動線──ピタが通る道。

 

 

 「ぶほぉッッ!?」

 

 

 

 ぶつかった。

 

 

 

 豪快に。とてつもないスピードで。

 

 

 

 ピタは自分の勢いを殺しきれず、その手に勢い良く弾かれ、ぶっ飛び、城内の壁に激突した。

 

 激しい音と揺れが城内に響き渡り、細かいガレキが再び降り注ぐ。

 

 「速さが足りませんね。音速はもっと速いですよ。あと、壁に穴を開けるのも危ないからメよ、ピタちゃん」

 

 豪快に壁に穴を開けたピタが、白目を向いたままピクピクと動いている。薫にはそれが頷いているように見えたようで、頷き返しかなみの元へ。


 そうして母娘は、その足で玉座の間へと向かうのであった。

 

 「お母さん……」


 ──なんで素でそんなに強いの? とかなみは口に出すことが出来なかった。

 

 


━━━━━━━━━━━


 ---珖代視点---

 

 

 

 門の前で、どれだけの時間カクマル(こいつ)と闘っているのか分からなくなってきた。

 

 (はた)から見れば俺が一方的にやられているようにしか見えないだろう。だが、やられる度に心は弾み、次は勝てると思えて、倒れる度に負けたくない思いが強くなり思わず口元が緩んでしまう。

 

 「テメェに勝てなきゃ俺ァ、色んな意味で先に進めなくなると思っていたが、どうやら思い違いだったみてェだな。強くなることを諦めたおめェに、俺は負けねェよバぁカ」

 「キクミネコウダイ。先程とは百八十度違う言い分をみせるその精神状況、不安定な魔素の流れに呑まれたか!」

 「質問を質問で返すなァ! ……あ? 質問じゃなかったわ」

 

 耳が痒い。小指でも届かない奥の奥がゾワゾワする。あー不愉快だ。

 

 「諦めろ。それが無理なら、止めるしかない」

 

 今更なんだ。神妙な顔しやがって。

 

 「おめェと違ってなァ、諦めていられねェのよ俺はよォ!」

 「一旦あなたを石化し、街に送り届けよう。安心してくれ、石化は一時間ほどで解ける。目が覚めた時にはベットの上だ」

 

 カクマルがサングラスに手を伸ばしながら近付いてきた。

 

 「だよな。初めからソレェ使えば勝負は一瞬で着いたんだよな。まー、止まンのはテメェの方だがな」

 

 互いの拳が簡単に届く距離。

 

 そこまで接近してきた大男がサングラス越しに目を合わせてくるのが分かる。

 

 「グハッ……!」

 

 腹に強烈な痛みが突き抜けた。

 睨むフリしてボディーブローを入れてきやがった!

 

 震える膝が地面を支えに折れる。

 

 冷たい汗が頬をつたう。

 

 「悪いな。持ち運びやすくする為だ」

 

 勝つ事を前提に進められるのは癪だが、笑っちまう。

 

 「上等だ……。俺とお前、どちらが上か教えてやるよ」

 


 相手の動きを止める┠ 威圧 ┨。



 相手を石に変える┠ 石化 ┨。


 

 どちらも相手を目を見にャあ話にならねェ能力。

 

 見る→石化。

 見る→睨む→止める。

 

 俺のが一工程多い。

 

 

 だったら先に睨めばいいだけ。

 

 

 見るよりも前に。視えるよりも先に。

 

 

 ただそれだけの話。

 

 

 カクマルがサングラスに手をかけた。

 

 

 外せ──。その瞬間にお前は終わる。



 俺が活きる。生き残る。

 

 

 ヤツの目尻がこぼれた。

 

 

 威圧に全神経を注ぎ込む。

 

 

 勝負は一度きり──。

 

 

 どちらの能力が上か下かは関係ない。どうでもいい。

 

 

 既に諦めたコイツに、俺は止められねェ!!

 



 

 

 ────┠ 威圧 ┨ッッッッ!!!!!

 

 



 

 

 目線が交わる──その瞬間は訪れない。

 

 

 

 

 

 何が起きたのか。見ていた景色から男が消えた。

 カクマルが突如、後方へ吹き飛んだのだ。

 分厚い風の膜がカクマルを包んでいって、……そして消えたように思う。

 

 理解が出来ない。俺がやったのか……?

 

 「こうだい、いつまで油を売ってるつもりだ」

 

 後ろから乾いた土を踏みしめる音と俺を呼ぶ声がした。振り返る。

 

 「お前には勇者を頼むと伝えたはずだが」

 「師匠?! どうしてここにっ……!」

 

 そこに居たのは黒い柄の剣を手に持ったダットリー師匠だった。

 

 「なに。そこの男とは前々から話してみたいと思っていてな。それだけだからお前は気にせず城にでも入っていろ」

 

 師匠は上を見ながら喋る。うそをつくとき決まってそうするのだ。尤も、話し合いたい相手を吹き飛ばす時点で言ってる事がめちゃくちゃだが、師匠なりの気遣いだとすれば余計なことは言えない。

 

 「あざっす。じゃ俺、行ってきますわ」

 「待て、……大丈夫かお前」

 「何がっすか? 俺は至って正常っすけど」

 「……そうか。ならすぐに終わらせてすぐに戻ってこい。手遅れになる前にな」

 

 俺はいつも通りだというのに、師匠は何故か冴えない顔をする。うそをついているようには見えないし、勇者のことを言っているのだろうか。

 まあ、決着を付けられなかったことは残念だが、兎にも角にも今は急ごう。勇者に言いたいこともたくさんあるし。

 

 「じゃ、あとは頼んます師匠!」


 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ---別視点---


 

 

 城を目指し走る男の背中を、ダットリーは見えなくなるまで見届けた。

 

 「いい加減、起きたらどうなんだ。あの程度の剣圧にやられたフリをするのは、さすがに無理があるってなもんだ」

 

 ダットリーは吹き飛ばされたまま、起き上がろうともしない男に近付いた。そして、普通ではないことに気付く。

 

 「おい」

 

 脈を確かめる。息はしている。

 目を見る。瞳孔が開いている。──気絶だ。

 

 剣圧はカクマルを引き剥がすために放った威力ほぼ皆無のもの。気を失う要素は微塵もない。受け身が取れず頭でも強く打ち付けた? いや、そんなドジを踏むようなキャラでもない。

 故にこの状態の意味するものを、初老の男は理解した。

 

 「既に(・・)気絶していたか……」

 

 どうやら余計なお世話だったらしい。

 

 弟子を取る気などなかった男は弟子の成長に喜ぶと同時に、危険を孕んでいることに気づいた。

 

 「兆候は依然からあった。ただあの様子だと……、本人は気付いていないようだがな」

 

 頬にキズのある男は走る。

 落ち込む少女や、壁に穴で気絶する少女には目をくれずに、玉座を目指して走り続ける。

 

 

 



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