表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/216

第七話 小さな街の勇者

前回までのあらすじ。

勇者に命を狙われるリズニアが痩せました。



 勇者一行がクエストを受けられないように取り締まったばかりなのに、街ではあらゆる被害が出てしまった。

 

 その一、ハーフ魔牛達の排除。

 街の外に放牧されているが故に勇者は魔物だと勘違いして殺してしまったようだ。

 あの魔牛達はこの街の人達にとって欠かせない存在だ。栄養満点のミルクは臭みが少なく飲みやすく、ユールに住む人達は大人から子供まで愛飲している。更にハーフ魔牛のステーキは住民達に欠かせないソールフード。全滅した訳ではなくとも数を減らされたと知れば、街の人々が怒るのも当然。普通の冒険者であれば魔物とハーフ魔牛の違いくらい容易につくので、勇者の仕業と見て間違いない。

 あとは俺とユイリーちゃんが可愛がっているチョイチョイが無事だといいのだが……。

 

 

 その二、薬草の採取──。

 これに関しては俺も知らなかったことだが薬草は根っこから抜いてはいけないらしい。根っこにはキズの回復を早めてくれる成分が多く含まれているが、全部抜くと生えてこなくなるからだそうだ。この乾燥した辺境の地では、ごく一部の限られた場所にしか薬草は生えていない。その貴重さ故に、一つ一つが丁寧に人の手で管理されていてるほどだ。

 弟子ーズとして薬草の水やりや土換え、虫払いなどの仕事を受けた覚えがあるが、地味に大変な仕事だったことを覚えている。それだけ貴重なものを引っこ抜いたとあれば住民や冒険者が憤りを感じるのも当然。今は状況証拠しかないが、勇者が絡んでいるとみてほぼ間違いないだろう。……だが、やはり確証に乏しいのでもう少し情報を集める必要はある。


 

 その三、そもそもの原因である依頼の枯渇──。

 大量の依頼を勇者がこなした所為で、仕事の無くなった冒険者達がきのこ狩りに流れてきた。きのこ狩り推奨派としては複雑な気持ちだが、冒険者達は依頼が回ってこなかったことに少なからず不満を抱いている。勇者が原因であることはギルドマスターとの話し合いで伏せておく方針で決まっていたが、どこからか噂が広がってしまっていた。まあ、あれだけ目立つ色黒大男が受けに来ていたのだから、隠すのも土台無理な話だ。

  

 どういった考えの元に荒らし回るような行動しているのか分からないが、きっと勇者本人はそれらが悪い事だとは思っていない。寧ろ、良い行いをしようと行動した結果が裏目に出てしまっているだけな気さえする。

 

 ちなみに万能草が抜かれていた件についてはというと……勇者は悪くない。


 何故かって? それは、謎の病に侵されたかなみちゃんを治す為に俺とリズとセバスさんで勝手に引っこ抜いてきたやつだからさ。

 勇者に対して怒りをあらわにする住民達にそのことは話せそうにない。それに当時はそれが悪い事だと知らなかったし、抜いた事は今まで忘れていたのだから、話さなくても……いいかなって。

 

 「このままだとイザナイダケもまずいぜ」

 「どうマズいんだ?」

 「そりゃお前、イザナイダケっていやぁ……あれだろ。なあ?」

 「……そうか。あれだな、マズいな」

 

 話を振った男の人が言いづらいそうにしているのをみて、太った男性は何かを悟った。なんだろうか。

 

 「確か、大国のほとんどが輸入を禁止してるんだよな……」

 「粉浴びただけで、幻覚を見るようなきのこだからな。勇者が気づいちまったら……絶対、消されるぞ」

 

 勇者がこれ以上罪を重ねないという保証はない。もし次に何かをしでかすとしたら、この人達の言う通りイザナイダケの一掃の可能性は十分にありえる。万能草のことばかり考えていてその可能性を完全に失念していた。

 

 マズい事態だ。

 きのこを生で食べる文化がこの世界にもあるそうだが、イザナイダケはそれを推奨していない。火を通せば幻覚作用も消え安心して食せるが、輸出されているイザナイダケがどのように食されているかまでは俺も分からない。

 勇者が危険だと判断した場合は狩り場そのものが破壊されることもありえる。そうなればユールの特産品化計画も破綻してしまう。

 

 ──あと一歩の所まで来たんだ。ここでやられる訳にはいかない。絶対に阻止しなければ。

 

 「なぁコーダイ! お前達ならなんとか勇者を止められるんじゃないか!?」

 「そうだよコウダイ! この街を豊かにしてくれたお前と、とびきり強いかなみちゃんならできないこともねぇだろ!?」

 「魔物達の襲撃からこの街を守ってくれたあの子なら、勇者にも勝てるわ! そうよね!」

 

 この街に住む者ならかなみちゃんの強さをよく知っている。

 半年ほど前、大量の魔物が群れを成してユールを襲撃しに来た事件があった。そのとき街を救ったのがかなみちゃん。当時は街を救ったかなみちゃんを『救世主』や『天使』、『俺達の娘』なんて呼ぶ人が多かったが、今は『みんなのかなみちゃん』ということで落ち着いている。

 元を辿ればリズが依頼でアホやらかしたのが原因だったりするのだが……。真実は誰も知らない方がいい。というか、これもこの人達には言えないな……。

 

 「私からも頼むわコウダイ」

 「コーダイ! 俺達の恨みを晴らしてくれ!」

 「むしろ連れてきてくれ! 俺が説教くれたらぁ!」

 「そうだ、説教してやる!」

 「そうは言われても……、勇者が今どこにいるかも分からないですし、俺達以外にも頼れるヒトは沢山いるじゃないですか」

 「いの一番に頼られるのも、仕方ないことだと諦めるんだな」

 

 背後から聞き覚えのある声がする。それも日本語で。振り返ると、ギルドにいたハズの師匠がそこにいた。

 

 「師匠! いつからそこに!」

 「今さっきだ。お前のことだから悩んでいるんじゃないかと思ってな」

 

 師匠は会話の内容を全部聞いていたかのように微笑んだ。そして言葉を紡ぐ。

 

 「お前達はこの街に住む連中からの信用を大きく得てしまっている。それもこれも、街の為に尽力を尽くしてきたお前達の姿を(みな)が見てきたからだ。小さかろうが大きかろうが関係なく、お前やお前の仲間は、それが街の為になるならばと行動してきたハズだ。それに迷いはあったか? 諦めることはあったか?」


 迷い、諦め? そんな事はなかった気がする。街のためを思った時、行動はすでに始まっていた──。


 「俺たちは街を発展させてくれたことを知っている。小さな娯楽を世代問わず広めたことを知っている。観光客を増やしユールの魅力に気付かせてくれたことを知っている。朝食という文化を根付かせ人々に活力を与えてくれたことも知っている。新たな地下水脈を発見し、慢性的な水不足を解消してくれたことも。身寄りのない子供たちを雇い、文字の読み書きを教えていることも。魔族の脅威を退けたことも。この街に住む者みんなが、お前たちの功績を知っている。ここまで来て、今さら期待に応えるのをやめるのか?」

 

 師匠は悪い笑顔みせる。ずるい人だ。

 

 「で、ですが師匠……、そういう苦情はやはり領主や町長に解決してもらう方が早いかと」

 

 勇者をリズと闘わせることはほぼ決まっていると言っていい。しかし、勇者が今までに迷惑をかけてきたことで生じた損害の補償なんかは、領主や専門家に頼んだ方がいい。

 

 「コーダイ。お前達のせいで俺の商店はすっかり忙しくなっちまった。以前は、からっきしだったってのにどうしてくれるんだ」

 「俺なんか朝食のせいで、朝から元気に働けるようになっちまったよ」

 「ウチの子達なんかカルタにハマって文字の勉強を自主的に始めたのよ」

 「冒険者として立ち寄っただけなのに、居心地が良すぎて街から出られなくなった。どうしてくれる」

 

 あからさまに辛そうな態度をとるが、話の内容と噛み合わない。

 

 「いや、でも、俺達だって街の人達に良くしてもらってますし、迷惑もたくさんかけてますから……」

 

 かけた迷惑の中には伝えられていないこともいっぱいある。……ホントに引け目を感じるほど。

 

 「お前達のおかげで俺達も随分ワガママになった。だから頼らさせてくれ。な!」

 

 そう言いながら笑い、肩を組んでくるおっさん。ヒゲがごわっとする。

 

 「ここに連れてくるだけでいい。その後は俺達に任せりゃいいからさっ」

 「きっちりとっ捕まえて、連れてきてくれよ!」

 「コーダイ達なら出来る。頑張えー!」


 小さい少女までが俺にエールを送ってきた。


 「はぁ……」

 

 

 信用してもらっていることは有難いが、結局はいいようにこき使われてるだけな気が……。いやいや、俺たちも人知れず迷惑掛けてきた訳だからどっちもどっちだ。

 

 「こうだい、動くなら今だ。この街では騒がせてばかりいる勇者も、世界から見てみれば大切な財産。たくさんの種族が勇者の救いを待ち望んでいることだろう。今のお前が、皆に頼られているようにな」

 

 そうだ。

 師匠の言う通りだ。

 

 これはただの勇者と街の問題じゃない。『勇者』とは、人々にとっての希望になるべき存在──。その勇者をこの街に留まらせることは世界の為にもならない。この決着は早急に着けるべきなんだ。そして、俺たちは小さな街の勇者である事を自覚しなきゃいけない。

 

 「分かりました。俺が連れてきます」

 

 リズへの復讐がどうとか、それを利用してやろうとかそんなものはどうでもよくなった。街の損害以上に、勇者がこのままでいる方が世界にとって大きな損失。どうして今までそんな初歩的なことに気付けなかったのか。

 

 「お前が焦る必要も、責任を感じる必要もない。全てじゃないにしても(・・・・・・・・・・)勇者の責任は大きい。こうしている間にも奴なら救えた命があったかもしれない。止められた武力衝突があったかもしれない。つまらないことで意地になっている勇者(ヤツ)の目を醒させてくれ。勇者であるという責任を自覚させてやれ! お前がいるべきなのはこんな “平和な街” じゃないってな。頼んだぞこうだい」

 「はいッ!」

 

 いつの間にやら集まっていた大勢の人に見送られながら俺は走り出した。

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 ダットリー師匠は以前、「この問題はお前にかかっている、決断は早めにしろ」と言っていた……。

 師匠は分かっていたのだ。勇者という立場をほっぽり出してまでこの街にリズを探しに来たという事が、どれだけ大きな損失に繋がるのかを。

 

 師匠には見ただけで相手を理解する力が時々あるように思えてならない。聞いてもそんな能力は持ってないと言って知らないフリをするが、不自然な程に俺達のことを理解してくれていることが多い。さっきも話し合いの途中から入ってきたのにも関わらず、まるで最初からいたかのように話を合わせてきた。それに──、勇者が全て悪い訳じゃないのも見抜いてた……。

 

 絶対にある。だけどタネを明かすつもりは無いのかも。

 

 リズと勇者の関係にどこまで気付いたかは分からない。それでも、敢えて俺に期限を与えるような言い方をしたのは、俺達が解決しなきゃいけない問題だと判断したからだ。師匠は俺に気づいて欲しかったのだ。この街にとっての “勇者” は俺達であることを。


 面と向かって言われるまで考えもつかないとは。

 もっと視野を広く持たなきゃ。

 そう反省しつつ次に切り替える。


 薬草を根っこから抜いた犯人が勇者なのか、半魔牛を排除したのが勇者なのか、証拠が不十分なので確かめておきたい。〖諜報機関れいザらス〗に頼るのも悪くないが、正確な情報を待っていたらおそらく日が暮れしまう。それより自力で聞き込みをした方が早そうだ。

 


~~~~~~~~~~~



 まず、道具屋に寄った。

 勇者達がアイテムを仕舞うスキル┠ 収納世界 ┨などを持っていない限り、大量の薬草はかさばるので売りたいと考えるハズ。だったら薬草を抜いた所を目撃したヒトを探すより、薬草を売りに来たかどうかを道具屋の店主に聞いて回る方が確実だからそうした。

 

 この街にある道具屋は二軒のみ。

 一軒目の大通りに面した道具屋はハズレだった。

 二軒目の少し路地を行った所にある道具屋に入ると、大量の薬草を売りに来た人物がいた事が分かった。

 

 誰が売りに来たのかを店主に訊くと、個人情報だから話せないと言われた。それでも俺が引き下がらずに訊き続けた結果、持ってきたのは小さな女の子と、上品な少女であったことを教えてもらえた。

 小さな女の子というのはピタで、上品な少女はトメに違いない。勇者のパーティーメンバーである二人が売りに来たのなら必然的に薬草を抜いたのは勇者達ということの裏ずけになる。

 俺は次に、牧場に向かった。



~~~~~~~~~~~~



 半魔牛を管理していた放牧主に会いに行く。

 行方不明の半魔牛について伺ってみたものの「犯人は見ていない」と言われ、ここは空振り。ボランティアで出入りするユイリーちゃんなら知っていると思ったが、それなら師匠の耳まで届いてるハズなのでこれは見送り。ギルドの受付け嬢たちも知っていればいち早く情報を流してくれているハズのなのでこれも違う。


 さすがに八方塞がりか──。そう思った矢先、ヒトじゃない目に頼ることをひらめいた。……正確には目ではなく鼻に頼る。


 日陰で休むセントバーナードのセバスさんに協力を仰ぎ、半魔牛のフンの匂いを嗅いでもらって居場所を追跡する。セバスさんはやがて〈枯れない森〉の中で止まり、ここだと言いたげに一つ吠えた。そこは峡谷の真下だった。


 上からでは何も見えない。

 俺が滑車を引きとクッションにセバスさんを乗せて谷底に降ろし、下にあるソレを出来るだけ回収して来てもらった。俺の推測が正しければ、セバスさんでも回収できるサイズになっていると踏んだからだ。


 遠吠えが聞こえたタイミングで引き上げる。セバスさんをクッションから出してあげると、中には灰色のガレキがたくさん詰まっていた。俺の推測通り、それは石化した半魔牛の欠片だった。詰まるところ、半魔牛を石化し崖から落として割ったヤツがいる。それが出来るのは┠ 石化 ┨が使えるカクマルしか居ない──。


 かなり手間取ったが、ついに二つの事件が勇者一行の犯行である証拠を掴んだのだ。


 これにて調べておきたい事は全て終わった。たまにはこうして諜報部隊に頼らず、自分で探すのも悪くないな。

 

 一度、家に帰ろう。

 みんなと相談しなければいけないことがたくさん出来た。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ