4、"いつか" を迎える為の準備
この話はNO GAME FANTASY(16話) 、その後日談。
救うべき者たちのお話です。
「──どうやってこの場所を知った」
その目に、限りなく殺気に近いものが宿っているのは分かる。だからその問いには正直に答えるとしよう。
「一度来た場所だからな。来ようと思えばいつでも来れた」
その突き刺さるような冷たい視線が、俺だけに向けられたものと分かれば何の心配もいらない。強気でいかせてもらう。
「相変わらずこんな辛気臭い場所に籠って義賊紛いのことやってたんじゃあ、どっかのお偉いさんに目えつけられるんじゃないか? こうやって、場所も割れちゃってる訳だし」
「なんだとぉ!」
俺の態度にわかり易く苛立ちを見せる部下達を、ボスは鎮めた。
「それで、わざわざ出向いた用件はなんだ」
「そう急かすな」
俺が指をパチンッと鳴らすと、影から幼女が現れた。部下達は目を丸くしているが、ボスは物怖じ一つせず幼女の持つ袋を凝視している。影から現れた幼女の正体は┠ 隠密 ┨と┠ 気配遮断 ┨を使用したかなみちゃんだ。ちなみに、この場所が分かったのは┠ 叡智 ┨によるものに他ならない。
かなみちゃんは大きな袋を┠ 収納世界 ┨から取り出すと、俺とボスの真ん中にどかっと置いた。
銀貨や金工品の擦れる音で、中身が何かは悟れるが、念のため部下が中身を確認する。確認を終えた部下がボスに一言告げると、再びボスの視線が俺に戻る。眼つきは依然険しいままだ。
「随分と気前がいいな。過大評価されている気分だ」
「そいつは以前のお礼も兼ねてる、受け取ってくれ。何をするにも先立つものは必要だからな」
「言っておくが、俺達が出せるのは情報までだ。仲間を切り売りするようなマネだけは──」
「全員だ」
「なに……?」
初めてボスの表情に変化があった。眉間にシワを寄せ、眉を揉んだ。ここまでは手はず通り。
そしてこれからも。
「この洞窟に住んでいる全員を、うちで雇わせてはもらえないだろうか」
「ふん、……何を企んでやがる」
「いや、なに、少し大きな事業を始めようと思っていてな。その為には多くの人員が必要になる。勿論、働いてくれるなら給りょ……金は払うし、他にアジトが必要なら場所の提供も惜しまない。どうだ、悪い話じゃないだろ」
「ボス! 交渉なんかに応じる必要無いですよ!」
「黙ってろ」
そう言われた部下は俺達を睨んでいる
「……ずいぶんと口が回るようになったじゃねえか。一年前はひとりじゃなにも出来なかった男が、別の女を連れて金に物言わせる側に回るとはねぇ」
迷っている様子が見て取れる。
慎重に話を進めていきたいが、向こうの考えがまとまる前にかなみちゃんにバトンを渡す。
「今もひとりじゃ無理さ。詳しい話は計画の立案者であり、現CEOの彼女から聞いてほしい」
「しーいーおー?」
俺の横に並んで立っていた彼女が一歩前に出た。
「初めまして。ご紹介に預かりました現CEO候補の蝦藤かなみです。早速で悪いですが、皆さんの現状をお聞かせ下さい。特に総員数の確認は重要です、業績に関わってきますから」
赤ぶちメガネをクイッと上げて、そう言った。
かなみちゃんは気合いを入れるとき、形から入るタイプなのだ。
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暖かい光が差し込む大きな大きな洞窟。その洞窟全体を見渡せる高台に、俺達は案内された。
この一年、かなみちゃんは借金を返す為に┠ 叡智 ┨で沢山のことを勉強し、特に交渉術や経済学を読み漁ったそうだ。その知識を生かして、キノコ商会を発足するにあたっての裏の立役者となった。おかげで借金はあっという間に返せてしまったし、結構な収入が安定して手に入るようになった。貴族までとはいかないが、一般的な家庭より今はよく稼げている。
今回もその知識が役立ち、交渉は重畳。ちゃんとした交渉の席を用意してくれるまでに事は上手く進んでいた。
ボスの後ろを歩く三人の部下の後ろについて歩きながら、村の中を通り抜ける。現在、村に住む住人は二百六十人を超えているらしい。前に来たときよりも若干増えているが、それ以前に気になることがある。
「女性の姿が殆ど見当たらないようだが、何かあったのか」
先を歩くボスは、振り返ること無く即答する。
「俺が売った。盗賊として働けない奴は邪魔だからな」
「レイッ! あれは仕方の無い事だろ! そんな言い方はしなくても!」
緑色に染色された革防具を着た男が、あろうことか呼び捨てで詰め寄った。関係性は分からないがそれが許されているという事は、だいぶ近しい存在なのだろう。
「レイ様レイ様」
「レイさまー」
「一緒にババ抜きしよー」
「トランプで遊ぼー」
地べたに座っていた子供たちがボスを取り囲み、ズボンを引張っている。子供たちはリズから貰ったトランプを持っていた。この一年、大切にしてくれていたらしい。
「邪魔だガキども。退いてくれ。そんなつまらん遊びはよそでやれ」
ボスは冷酷に、それだけを告げると、何事も無かったかのように歩きはじめた。
「おい、子供相手にその言い方は──」
俺の言葉を一人の子供が遮る。
「レイ様、この前負けたからって怒ってるぅーー」
「……………くっ……!」
ボスがピタッと足を止めると、そんな声が漏れて聞こえた。
「な、なっ、何のことだか……俺にはサッパリだな……」
尋常じゃない汗をかいたボスがちらちら俺の顔を見てくる。明らかに動揺している。
「レイ様まだ怒ってるーー」
「レイさま弱いもんなー」
「ビリっけつーー」
子供たちがもう一押しだと言わんばかりに畳み掛ける。
「…………一回だけだぞ」
レイ様、折れた。
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金髪オールバックで目付きの悪い男が子供たちと一緒に胡座をかいて座っている。ボスはこれからトランプで遊ぶわけだが、何故か俺達までババ抜きに参加する流れになった。
「ときに、キクミネコウダイ」
ボスはトランプをシャッフルしながら俺に話し掛けてきた。俺は名前を教えた覚えはないはずだが……。さすがの情報通だ。
「なんだ」
「お前が一年前に連れてきた女に、ガキどもがババ抜きともう一つ、『ダイフゴウ』って遊びを教えてもらったみたいなんだが、複雑で忘れちまったらしい。出来ればでいいんだが……そのぉ、……こいつらに『ダイフゴウ』ってやつ……もっかい教えてやってくんねぇか」
頭をポリポリと掻きながら、ボスは俺から目を逸らした。これはあれか、ツンデレというやつなのか?
「レイ様配ってぇー」
「早くー」
「お、おう、悪い」
コイツは見た目ほどに悪い奴じゃないかも知れない。
これが終わったら、子供たちに大富豪を教えてあげよう。
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交渉の席に俺がついて行く必要はない。俺なんかよりよっぽどかなみちゃんは強いし、交渉の術も持ち合わせているから。もしもの事態は万が一にも来ないし、あったとしても俺の出る幕はないのは確実。かなみちゃんが奥の間に通されてボス達との交渉に及んでいる間、俺は緑の防具の男に話を伺うことにした。
子供たちに見つかって遊びに誘われるとそれどころで無くなるので、高台の端に移動する。
「女どもが少ない理由を知りたいんだろう?」
「はい。その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「ウチのボス、ああ見えて神経質だから、今から話す内容は内緒で頼むぜ」
そう言うと、男は語り始めた。
きっかけと現状と男の決断を──。
「まだ俺達が四十人程の集落だった頃、一人の奴隷商人がお前達のようにふらっと此処へやって来たんだ。そいつは警戒する俺達にある交渉を持ち掛けてきた。『お前達の生活を最低限補償する代わりに、奴隷を積んだ馬車を襲撃して欲しい』ってな。要するに、同業者達を潰せって交渉だ。正直、闇雲に馬車を襲ってギリギリ生計を立てていた俺達からすれば願ってもいない交渉だった。だがそれが、悪夢の始まりだった──」
男は壁の出っ張りに腰を下ろした。
子供たちの賑やかな喧噪が下から響いて聴こえてくる。
「──交渉が成立した翌日から俺達は、襲う馬車を選んで襲撃することが可能になった。商人からは毎回情報が提供されたが、その情報が間違っていることも偶にあった。失敗すれば衣服や食糧の提供を止められる可能性があったから、俺達は独学で諜報技術を学び、確実に狙い撃ち出来るようにした。そんな生活が続いて、いつしか集落は三百人を超えようとしていた」
「そんなに居たんですか」
「ああ。そしてついこの間、その奴隷商人がここへやってきて、『このまま人数が増え続ければ支援出来なくなる。だから何人かウチで雇いたい』と言ってきた。雇いたいなんてはただの詭弁だ。あのブタ野郎は若い女を好きなだけ選んで連れて帰りやがったのさ」
「条件を飲んだんですか?」
「集落の今後を考えてレイはそれを承諾した。勘違いはしないでくれよ? 誰一人としてボスの決断に異論なんて問わないし、間違っているなんて考えてない。でもアイツは……自分を責める。仲間を売ったのは俺だ、と」
ボスの決定に誰ひとり異論がなかったと男は言う。それだけボスは慕われていたようだ。
「最初は三人しか居なかった。俺とレイと──連れていかれちまったリリーの三人だ。誰よりも止めたかったのは……悔しかったのは……あいつ自身の……筈なのにな……」
最後は振り絞るような声だった。革防具の男は悔しそうに拳を強く握り締めていた。
──俺がレイと同じ立場だったらどうなってただろうか。
大勢を守る為にリズやかなみちゃんを奪われても、あんなふうに大勢の仲間の為に気丈に振舞っていられるだろうか。
たぶん納得出来ないし、きっと、一人でも奪われたら耐えられる自信はないな。
だからこそ疑問が残る。こんな目に会って、なぜ俺達の交渉を受け入れてくれたのか。
大切な人達を奪われてもなお、なぜ他人を受け入れることが出来たのかを──。
「俺達の交渉手段は、その奴隷商人と殆ど同じだと思います。なのにどうしてアナタ達のボスは交渉の機会を設けてくれたんですか……?」
男は少し口角を上げて笑った。
「そりゃあ、レイがお前達を信じたからだろ」
「だから、それが分からない。裏切られたばっかりでなんでしょ……!」
「別にオレ達は裏切られた訳じゃないぜ? 女どもは元気に働いてるらしいからな。問題なのは女どもが実質人質になっていて、俺達はその男との縁が切れないことだ。こっちからは切れなくてもその逆は有り得る。あの男が不利益を被った時、トカゲがしっぽを切って逃げるように俺達が切られないとも限らないからな」
「それじゃ、ここに居るのも危険なのでは?」
「だからアジトを提供するっていうお前たちの提案にレイは興味を持ったんだよ」
なんとなく読めてきた。この盗賊たちはどこかを信頼すると言うより、万が一のリスク分散のために俺達と交渉しようとしているのだ。
信頼は裏切りの元で成り立っていて、どこかと騙し合い出し抜き合う日常──。そんな世界に彼らはいるのだと初めて理解した。
「ここの諜報力を持ってしてもあの男の悪い噂はひよこ豆一つ粒分も出なかった。黒い噂のひとつもない金持ちなんざ、どう考えても危険だろう? 対してキクミネコウダイ、お前達はどうだ。オレ達の調べだと、まあまあ悪事が出てくる」
「え……? 悪事、ですか?」
一体何だろう。思い当たる節が無いようなあるような……。
「お前達が"万能草"を根っこから抜いた所為で二度と生えてこなくなった」
「えっ……、」
「ファーレン周辺の森林を半壊させ、無断で伐採もしたよな」
「……うっ、………まぁ、はい……」
「オマケにキノコ商会を立ち上げイザナイダケの販売を開始した。幻覚作用のあるキノコなんて、殆どの国じゃあ持っているだけで違法もんだ」
「そそそそれっ、ほほ本当なんですかあ!?」
違法、そんなのかなみちゃんからはきいていない。それは信じられない!
「ああ。じゃなきゃお前達にあんな資金力は生まれないだろ」
一言なのにものすごく説得力がある。
こういうときこそ落ち着かなければならない。反論の余地はまだいくらでもっ……!
「やややや焼けば、幻覚作用は無くなって美味しく頂けますから……!」
「食べる以外の用途で使われるって、考え無かったのか?」
……タベルイガイノヨウト?
「…………あはははは。ヤダな、キノコは食べ物ですぜ。食べ物は食べる為にあるんですぜ」
頭が真っ白になりバグりかけてる俺に、男は肩を組んできた。
「まっ! 俺が言いたいのはこれだけの悪事が出てくれば、逆に信用出来るって事だ。あっ、俺の名前はエン。よろしくたのむぜキクミネコウダイっ」
状況が整理出来ないです。キクミネコウダイはフリーズ中です。
「おっ、どうやら終わったらしいぞ」
エンが指差した方向から、かなみちゃんと数人の部下を引き連れたレイが高台に現れた。
「レイ、交渉はどうだった」
エンの奴がボスであるレイに話し掛けた。
「今からそれを、ここにいる全員に伝える」
「そうか」
レイは高台から洞窟全体を見下ろせる位置に移動した。それと隣にかなみちゃんがいる。
「皆! 聞いてくれッ!! オレ達は今日から、こちらにいらっしゃるお方直属の諜報部隊になる! 奴隷商人に従う必要はもう無いッ! オレ達全員でこの穴蔵から出られる日が漸く来たんだ! 新たな活動拠点を持ってオレ達は働くことになる! これまで通り、諜報活動をしていくわけだが、勿論、表立ってやる訳にはいかない。表向きでは別の活動をして、裏で諜報活動に当たることになる。以上だ! 異論は無いか!!」
「「「「おおおおおお」」」」
異論が出ない。今の演説はほぼ交渉の内容を話していた訳だから質問くらい出てもいいとおもうのだが……。
「なら問題はないッ! お嬢、皆に挨拶をお願いします」
お嬢──? 聞き間違いじゃなければ今かなみちゃんはお嬢と呼ばれていなかっただろうか。
レイの横に並んで立っていたかなみちゃんが一歩前に出る。
「ご紹介に預かりました、蝦藤かなみです。私は皆さんに安息の地を与える訳でも、楽な道を示す訳でもありません。人によっては今よりも厳しい環境に身を置くことになるでしょう。根性や覚悟が必要になる場面もあるでしょう。それでも付いて来てくれると言うのなら、今よりも充実した暮らしと奴隷商人に連れ去られた方々を助け出すことを誓います。皆さんに多くは求めません。自分に出来ることから少しずつ頑張るのです。そして、これだけは誰にも負けないと思える何かを見つけてください。どんな小さなことでも構いません。意味の無いことなんて一つとてないのですから。しかしながら、大きな選択には後悔がつきものです。それでもついてきたことが間違いだったとは一秒たりとも思わせません。ですから皆さん、今日からよろしくお願いします」
「「「「「「「おおおおおおおおおおおおお」」」」」」」
さっきのボスの演説より一層、大きな拍手と歓声があがった。まるでコンサートホールのように響いて聴こえた。
かなみちゃんはいつの間に、人心掌握術なんて習ったんだ……。どっかの宗教みたいだ。
兎にも角にも、かなみちゃんは暖かく受け入れられた。
その後、お嬢はCEOではなくオーナーとして、表向きのお店< れいザらス 一号店>を ユール にオープンさせた。
れいザらスは異世界初の子供向けホビーショップとして、爆発的な人気を得ることとなった。特に、トランプ はれいザらスの目玉商品となり世界中に広まった。
もうすぐ二号店もオープンさせたいとかなみちゃんは言っていた。かなみちゃんはもう少女ではない。立派なビジネスウーマンだ。
──まさか商品のトランプが、個人情報を抜き出すアイテムになっているとは、どの種族も知る由もなかった……。




