1、珖代 VS リズニア
番外編ではなくしっかり物語進みます。
カラッと乾いた卓越風。頬を撫でる微風は意外性もなく暖かい。
荒野。荒野。荒野。見通す限り地平線まで伸びる荒野の絨毯。ここは空っぽの冷蔵庫のように寂しい印象を受ける。
大きな崖を越える吊り橋を渡って、俺は今そこにいる。一か月前の約束をここで叶えてもらう。
「よっこいしょっと」
たくさんの薪をお伽噺みたくしょい込み持ち歩く元女神が薪を置いてひと休みする。
荒野を程なく歩いた先、枯れない森の中をひっそりと佇むように荘厳なお城があることを発見した。
「あんな所に城なんてあったんだな」
「二か月以上もこの街に住んでおいて気づかなかったんですかぁ?」
いつもの彼女の煽り。最近は耐性が付いてきている。俺は開き直るように応えた。
「まだ二か月だ。知らない事なんて山のようにある」
城を見ながら言う俺の背後から声が通る。
「あの白くて綺麗でこの場所に不釣り合いなお城は、魔王の幹部が近年まで根城としていたお城だそうで、誰も近づこうとはしません。現在も手下が多く住んでいるとかいないとか。どちらにせよ、遠くで見ている分なら問題はないでしょう」
聞き終えた説明に軽めの相槌を打ち、振り返る。
「でだ。リズ、どうして今更剣の修行をつけてくれる気になったんだ? 一か月以上前の約束だから完っ全に忘れ去られてると思ってたぞ」
「やですねー、女神は約束を違えたりしませんよ。遠距離司令型のこうだいに、近距離攻撃型の経験をさせるにはちょーどいい機会だなっと思っただけです」
俺を真っ直ぐ見つめて笑顔でリズは応える。
お前はもう女神ではないのだがねぇ。
「そっか」
これは本気稽古。俺が所望した文字通りの真剣勝負。もしもの時の為に回復魔法を持つ犬のセバスさんも応援に駆けつけてくれている。三人とも直射日光を避けるためローブ姿にフードを被っている。
「こうだい。まずはこれで、薪を切ってみてください」
「これ、お前の剣だよな」
渡されたのはリズが愛用している二本の剣の内の一本で、街の武器屋でまとめて売られていた安物の剣だ。グリップの部分に何故かリボンがあしらわれていて、すぐにリズの物だと分かった。しかし、このリボンのせいで持ちにくいことこの上ない。
「私が薪を投げますんで、その剣で切ってみせてください。いきますよー」
「よし、来い」
「フヌゥッ!」
鼻息荒く振りかぶったリズから放たれた薪は、乱回転をしながらも真っ直ぐ飛んできた。俺は切りやすいように剣を両手で持ち、身体をひねるようにして迎え打った。薪は切れた様子もなく弾かれ飛んだ。そして、リズの頭上を越えてぽとんっと落ちた。
「あれ?」
剣の刃を向けて斬りかかったハズなのだが、手応え的には金属バットを振る感覚に近かった。
「野球じゃないんですから」
「ごめん。もっかい頼む」
気を取り直しもう一度。
「飛ばすんじゃなくて、切る感じでお願いしますよ。いきますよー」
「よし、来い!」
それからは、フォームを変えたり持ち方を変えたりしながらトライしたが、まるで刃など初めから付いていない鉄の棒を振っているみたくボコスカ飛んでいく。
俺の技術の問題……それもあるだろう。だが、他に問題がある事は何度も繰り返せば次第に分かってくる。
「なんか、全然切れる気がしないんだが……」
「それは魔力が関係しています」
リズはあっさり答えを出した。もしくは、気づかせる為にわざと黙っていたのかも。
「魔力……?」
淡々と説明する彼女の姿は久しぶりに見る。
「はい。剣は、他から魔素や魔力を貰うと、斬れ味が落ちていきます。使い続ければ、次第に使い物にならなくなります。今その剣には、私の魔力がありったけ籠っています。だからこうだいには扱えません」
「なるほど。それで切れないのか」
剣を見る。何度も乱暴に扱った安物の武器のハズなのに、刃こぼれは一切無い。リズの魔力が籠っている影響だろうか。
「元々一般的な長剣は〝斬る〟って行為に適してはいません。……それに、鈍らになってしまうといくら技量ある剣豪でも、扱うのは結構厳しいんですよね。ですが、これを回避する手段がひとつだけ存在しますです」
「お、聞きたい聞きたい」
「最初に自分の魔力を限界まで吸収させるんです。そうすれば徐々に斬れ味が落ちていく心配も無くなって斬れ味が保たれます」
「……え、落ちるんじゃなくてか?」
「最初に言った通り“他からは”です」
「つまり、魔力が混じらなきゃ切れ味は落ちない?」
「はい。魔力を受けていない新品に自分の魔力を流し通す。それだけでいいんです、それだけで他人には使いにく自分専用の武器になります。さらに、上手く纏わせればこのように──」
そう言いながらリズは、もう一本の剣を徐ろに取り出す。それから三つの薪を同時に空中に放ち、同時に斬ってみせた。どれも断面がヤスリをかけたかのように鮮やかだ。普段はその剣技に見蕩れるが、落ちた薪を見て心を動かされたのは初めてだ。
「このように、斬れ味を上げることができます。上手くやれば日本刀のように〝刺し〟て〝斬る〟なんてことが出来る一生物の武器にまで仕上がるんです。ですから私くらいになりますと、新品であれば安かろうが剣は選びませんのですっ! ……ちなみにこれ、一般人は知らないウルテクですよ?」
鼻を鳴らしながら、胸を張って言ってくる。これだけの実力があれば自慢したい気持ちも分からなくもない。
「まぁ、強い魔力が混ざると簡単に鈍らになっちゃうんですがね……」
リズは少し落ち込みながら諦めているような声でそういった。
「ようするに魔力のない俺じゃあ、前衛は務まらないってことか?」
剣を使うのも魔力がなければ話にならない。つまりリズが言いたいことはそういうことだろう。この世界の魔力の重要性が改めて身に染みた。
「カオリンみたいなスキルがあれば違いますが……今のこうだいではムリですムリムリ! 大人しく後衛に務めろってんです!」
茶化す感じで言われた。多分、煽るとかそういう感じではなく、心配する必要はないと彼女なりに言ってくれているように思えた。話を切り替える合図のようにリズは手を叩く。
「はい。それを踏まえた上でこの近距離武器をあげます。どぞ」
「これは?」
一体どこに隠し持っていたのか知らないが、リズから手渡されたのは片手斧だった。
「それは魔力吸収を抑える、特定保険用武器〘トクホーク〙です。護身用にお持ちください」
見た目普通の斧だが、グリップ部分が持ちやすい形状になっていて振りかざし易い。なんとなく荒野の開拓用じゃないのは分かる。だが、分からないことがある。
「なんで斧?」
「この辺りじゃ剣より斧の方が多く安く手に入り易いですからね。プレゼントです」
「そっか、ありがとう」
なんであれ武器を貰えたのはありがたい。護身用があるだけで安心感も違う。
「では、始めますか」
「始めるって──なにをっ、うぉっ!!」
一刀持ったリズが突然、襲い掛かってきた。少し遅れたがギリギリのところで反応して避けた。ほんの一瞬、背筋がこごえる程の殺気を感じた。
「何を驚いているんですか。ほら、ちゃんと構えて。死んだらセバスちゃんも助けてくれないですよ?」
「はぁ!? お前いま、俺が剣士に向いてないから護身用の斧! 前衛の立ち振る舞いとか、今更覚える必要っ……! ……ひぃ!」
リズはなんの迷いもなく剣を振る。風を切る音が何度も何度も耳に響く。殺される。そう思うと焦りが出てきて、情けない声が出た。
「魔力吸収を抑える斧なので、切れ味は上がりにくいですが下がりにくいのもメリットです。だから魔力を持たないこうだいとは相性バッチリなハズです! ほらっ、腰が引けてますよ。怖いんですか。自分の身くらい守れないでどうするんです?」
リズの言う通りだ。俺は怖がっている。殺されると思うと怖くて怖くて動けないし、情けないくらいに余裕も無い。へっぴり腰にも自然となる。
相手が同じ “人” と言うだけで、こうも恐怖が違うのか。それとも、一瞬だけ感じた本物の殺気に心を小枝の如くぽっきり折られたからか──。
「ずーっと同じ場所ばかり守ってたらスキだらけです……よっと!」
「イッ……!」
リズの剣筋を見てから対応していたが、突然、脇腹に強い蹴りを入れられ声が漏れた。
思わぬ角度からの衝撃で地面をゴロゴロと転がる。確かに隙だらけだったと思うが、いっぱいいっぱいだった俺にどうしろと言うのか。リズの考えていることが表情から読み取れない。いや、余計なことは何も考えていないみたいだ。
「何寝転んでんですか? ニートですか? 働きたくないでござるか?」
横たわる俺に罵倒を浴びせながら容赦なく踏みにじる。いちいち言葉に反応する余裕なんて無く、視界に剣がチラつくだけで恐怖で身体が硬くなる。
「あなたは美少女に蹴られたいだけの、ゴミ以下の変態さんなんですかぁ!!?」
「……な、なにぃ!?」
カチンときた。
俺のことはなんて言おうが構わない……。だが、自分のことを“美少女”と呼ぶコイツに腹が立つ。ああムカつく許せんッ! 調子に乗るなッ!
────┠ 威圧 ┨ッ!
┠ 威圧 ┨とは、いきがることしか出来ない俺が持つ唯一のスキル。睨んだ相手の動きを止めることが出来るものだ。理由は不明だが、殺気を混ぜてしまうと相手が死ぬこともある危険な力。
今の俺は使い方を間違えて、殺したりはしない。
リズに威圧が入った。
足を上げたまま止まった隙を見て、転がる。手前に転がればノーパン確認が出来たかもしれない。残念っ、使い方は間違えないと決めたのだっ! 俺は離れるように転がって剣の間合いを出た。
この荒野に来るまでは、修行中に┠ 威圧 ┨を使わない方向で考えていた。ただあいつが言った通り、護身の為の修行なら実戦を想定して使った方がいいと考えた。と言うより、使わなければヤバかった。
俺の┠ 威圧 ┨はだいたい三十秒前後相手の動きを止められる。余り時間に余裕は無いが、立ち上がり武器を構えて呼吸を整える。一瞬感じた殺気の感覚が頭から離れない。肉体的にも、精神的にも、斬りつけられる恐怖を知ると足が震える。
──認めねェ、認めねェ、んな恐怖認めねェぞ。余裕を持て……! 余裕をだ! しっかりしろ俺!
自分に言い聞かせて、シーソーみたいに揺れる心を落ち着かせる。
足音が近付いてくる。
「なっ……!」
気付けば俺の喉元に剣が伸びてきている。──リズだ。まだ、十秒も経っていないのに動いている。
防ぐことも避けることも出来ない。咄嗟に┠ 威圧 ┨で対応する。
動きはピタリと止まった。
剣先から離れる。──と、動き出した。今度は三秒も経っていない。
当然、間合いからは出られていない。予想以上の解除の早さから警戒はしていたが、更に早くなった。ならばもう一度威圧をするまで。
再び止めるが、今度も間合いから抜け出す前にリズは動き出す。襲い来る攻撃に対応出来るはずも無く、更に┠ 威圧 ┨。また┠ 威圧 ┨。またまた┠ 威圧 ┨。何度でも┠ 威圧 ┨。
動きを止められる時間は感覚で、二秒で安定した。┠ 威圧 ┨で止めても避けられないと感じた剣術には、刃渡りの狭い斧を合わせて凌ぐ。
攻撃を止めることに手を焼いていて、これではさっきと何も変わらない。どうすれば……。
「威圧をかける側が、怯えてどうするんですか! そんなんじゃ、肝心な時に┠ 威圧 ┨が役に立ちませんよ」
リズが呆れるように言った。
確かにその通りだ。┠ 威圧 ┨の発動時間が短くなっているのは恐らく、気持ちの問題だ。消しきれない恐怖や焦りでまともに止めらないのだ。だからといって今すぐ冷静になれるはずも無く──。
現状、何の策を練れないままに┠ 威圧 ┨を使う。
顔に真っ直ぐ向かってくる〝突き〟に対して、┠ 威圧 ┨をかける。動き出した剣が思わぬ方向に向かった。そう思った矢先、急な光量に視界を奪われた。そして、そのまま腹に衝撃が加わり後方に吹っ飛ばされた。身体中が痛いが、どうやら蹴りを入れられたらしい。
「くッ……!」
再び地面に横たわる。
俺の視界を遮ったのは恐らく、日光だ。剣に太陽の光を反射させるかして、"目を合わせる"という前提条件そのものを防いできたんだ。
「何度も同じ技を使っていては、このように弱点を利用されますよ?」
声のした方を振り返るが、既にリズの姿がなかった。周りを見渡しても隠れる場所はどこにも無い。なのに見当たらない。
「……あいつ……どこにっ……」
「上です!」
声が聞こえた瞬間、反射的に見上げた。──いる。リズが下向きに剣を構えながら落下してくる。急いで逃げたが落下の衝撃範囲が広く、またもや吹き飛ばされてしまった。
上手く着地出来ず、地面を舐める。これで今日三度目。
「そろそろ、本気で行きますか……」
巻き上がった砂煙からついに、二刀流姿のリズが現れた。リズが二本目の剣を抜く時は本気の時だけだ。俺を視界に捉えると、フードの奥でニヤリと笑った。
────┠ 威圧 ┨。
俺が起き上がると同時に、リズは踏み込んだ。本気のリズの踏み込みが目で追えるスピードでないことは知っている。だから、踏み込んだ瞬間に能力を使用させてもらった。
動きは止まった。しかし、かなりの接近を許してしまった。薙ぎ払いが俺の肩を掠める形で止まっている。
近づくのも攻撃に移るのも見えなかった。一歩遅ければ完全にやられていた。あれから殺気は一度も感じていない。それでも本気なのは伝わった。
┠ 威圧 ┨を冷静に使わなければ、今度こそ殺される。だが、止めどない恐怖感が『冷静』の二文字を遠ざける。精神に悪循環が起き始めている。──否、正確には悪循環に陥っていることに漸く気づけた。限界を越えた恐怖が一周回って、客観的に自分を見せてくれる。それが現実逃避なのか、はたまた幽体離脱なのかは分からないがお陰でそれに気づくことが出来た。
一気に踏み込まれるのは危険だ。だからここは間合いを保つことに専念する。
動き出したリズを睨む。止まる。動く。睨む。止まる。
手数が単純に二倍になったリズが動く度に、俺の身体に傷が増えていく。死の恐怖より生への執着心が勝った証左だろうか。掠めることは妥協した。そうすると停止時間は徐々に伸びていった。
二秒、……三秒、……四秒、止められる体感時間は延びてきた。それでも油断は一切できない。リズの攻撃は規則性が無く、剣以外にも注意を払わなくてはならないので常に押され気味でいる。止まった間に少しでも離れる。
慣れてきたタイミングで光の反射を利用した目潰しが来た。いつかくると分かっていたのにまんまとやられ、そのまま鋭い蹴りが右足に入った。激痛に顔を歪める。
蹴られた右足は力が入りきらず倒れ──、
──いや、ここで倒れる訳にはいかない。気力と根性で踏ん張れ。┠ 威圧 ┨をかけろ。止めろ。
自分に言い聞かせるようにして、リズの動きを止める。
蹴られた足で立ち上がるのは無理そうだ。だから膝をついて不格好に逃げる。転がるように剣閃を避ける。
最早、体力も限界。そんな中、またしても天高くから声が響いた。
「これで、おわりですッ!」
俺の脳天を狙うようにリズが落ちてくる。この足じゃ避けきれない。直撃を免れない。
──終わった。…………終わった? いやまだだ。
一か八かの賭けがまだ出来る。ダメで元々。俺にはこれしか無いのだから。
────┠ 威圧 ┨ッッッッ!!!
これしか無いんだ。
剣は鼻先数ミリのところで止まった。
それが意味する状況は、リズの空中停止に他ならない。
信じられないかも知れないが、空中でピタリと停止しているのだ。
今は理由を考えている場合ではない。止まっていることは事実で、その時間が俺に与えられた猶予。どれくらい持つのか俺にも分からないが間一髪生き延びた時間を有効に使う。俺の顔の横にいたトカゲが走って逃げていった。
剣先に触れないように俺もそろりと抜け出す。焦る気持ちが汗となって乾いた地面に滴り落ちるが、慎重に抜け出す。
抜け出したあとは這いつくばってでも逃げればいい。そう考えていたが、早くも時間切れのようだ。リズがカタカタと動き出す。
ダメだ。この距離で受けたら……結局終わる。
もう手段はない。諦めかけたその時、リズは両手の剣を放り投げた。┠ 威圧 ┨で止める前の慣性が消えたみたいに、ふわりと──。俺に覆いかぶさってきた。
暖かいお日様のような匂いが鼻腔をくすぐる。柔らかい感覚が全身を優しく包むように落ちてきた。
「こうだいっ! そういうことなんです! 良くできましたね!」
リズは満開の笑みを咲かせて、ギュッと抱き締めてきた。キラキラと輝く白金色の美しい髪が、一緒に祝福してくれているかのように大きく舞った。
「……どういう事だ……」
息も絶え絶えになりながら訊く。
「ごめんなさい。わざと殺気を放ったり、本気を出したフリをしてしまいました。でも、それもこれもこうだいに気付いてもらう為ですからね?」
リズが言いたいことは何となくわかる。
「……もしかして、┠ 威圧 ┨のことか?」
「はい! こうだいは┠ 威圧 ┨のスキルを勘違いして使用していたんです。三千年級のペリーちゃんと戦っていた時から思ってたんですが、こうだいはおそらく、『睨んだ相手の筋肉を硬直させて動きを止めている』とか、勝手に理由を付けて使ってたんではないですか?」
理由付け。言われてみれば思い当たる節が無くもないが、そこまで明確に思っていたかよく分からない。
「普通はそう思うんじゃないのか……」
「いいです? ┠ 威圧 ┨は『相手の動きを止める能力』です。それ以上でもそれ以下でもないんです。勝手な思い込みで、こうだいは自らのスキルに制限を掛けていたんですよ。前の世界の常識だけじゃ計れないものが、この世界にはたっくさんあるんです。分かりましたか?」
──物理法則ですらか……、それは恐れ入った。
「そりゃ魔物が睨んだだけで死ぬような世界だもんな……俺の頭が硬かった」
「スキルは極めると派生することがあります。おそらくその前兆ではないでしょうか。睨み殺すスキルなんて聞いたことないですが」
「……俺がもっと早く、正しく能力を使えていたら、ペリーが薫さん達に倒れることも無かったのかな……」
「今更気にする必要はありませんっ! 自分で気付けたなら、それで十分ですっ!」
この修行は前衛のためでも、護身のためでもたぶん無い。俺に┠ 威圧 ┨の本来の使い方を教えるための修行だったんだ。
回りくどいやり方にも思えるが、手段を選ばないこいつらしい、いかにもな教え方だ。もう、けちをつける気にもならない。
「ありがとな」
「いえいえ」
リズは照れくさそうに笑った。
「なぁ……そろそろ、離れて……」
「離しません!」
リズはいっそう強く抱き締めてくる。細い身体のどこにそんな力があるのか……。ボロボロの身体が悲鳴をあげる。
「た、頼む……離れてくれぇ……」
「イヤですぅ」
このままでは意識を搾り取られてしまうので、全てを絞り出すかのように伝えた。
「あ、うう」
「こうだい……あの、こうだい?」
あれ……おかしい。景色がどんどん遠ざかってリズの声が聴こえなくなってきた。全身を包んでいた陽だまりより暖かい光が、こっちにおいでと俺を呼んでいる……。
「ぬあああああ! こうだい、しっかりしてくださあああいっ!」
この時の記憶は、大型犬に手を握られていた所で切れている。




