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第二十四話 長期クエスト⑤

長編半分まで来ました。


 俺たちが助けた男性はこの世界に不釣り合いなサラリーマン風のおじさんだった。


 俺や薫さんが言葉を理解出来ている時点でこの人物が何者であるかは察しがつくが、とりあえず馬車に乗ってもらい一緒にファーレンに向かう。具合は悪そうだがここまで来たらユールに引き返すより早いのだ。

 

 くたびれたスーツに角っこの剥げた四角いカバンを持ち、年季の入った革靴を履く五〇代くらいの痩せこけた男性は、水筒をひっくり返すようにして勢いよく水を飲み干した。

 

 「す、すいません……。全部飲んでしまって……」

 「い、いいんですよ。俺達、水には困ってませんから」

 

 かなみちゃんとセバスさんが水魔法を使ってくれる限り、俺達が水で困る事はまず無い。

 

 かなみちゃん曰く、飲み水用の水魔法はコツがいるらしい。方法としては、大気中の水分子をかき集めるイメージで造っているらしく、魔力消費量は少ないがなかなかに魔力操作の精密さが要求されるそうだ。


 一般的な水魔法の場合、魔力そのものを水に変えるため簡単に造れても多めに魔力を消費する。それに不純物が一切混じっていないので、飲むとミネラルが不足がちになってお腹を壊す可能性や、"魔素" を水に吸収され魔法が一時的に不安定になったり、酷い時には使えない状態にまで陥ってしまうという。

 どちらにせよ飲み過ぎは身体に毒だと思うが、五秒で水筒を空にしてしまうほど水に飢えていたなら、飲み過ぎという事もあるまい。

 因みに、薫さんが渡した水筒はセバスさんが造った魔法タイプの水。抜け目のない人だ。迷わず渡すあたり、警戒をしている為と思うがチョット怖い……。

 

 飲むのを止めようとしたけど、少し遅くて言い出せなかった。きっと、お腹を壊すだろうな……。

 

 「どうして一人であんな所に居たんですか?」

 

 男が落ち着いた所でリズが質問した。

 

 「え、えっと……何処から話せば良いのか……」

 

 おどおどする困った様子を見て、今度は薫さんが質問する。

 

 「では、名前から教えてもらえますか?」

 「……な、名前……中島……中島茂茂(しげしげ)です……」

 

 俺はその名前を知っている──。

 何度も行方不明者を書き記したあのメモを読んでいたからだ。

 

 「も、もしかして……あの、中島茂茂さん?」

 「えっとー……何処かで、お会いしましたか?」

 

 中島さんが知らないのも無理はない。俺はテレビで見て一方的に名前を知っているのだから。

 

 「私達は、あの交通事故で転移して来たんです」

 

 薫さんは簡単に説明した。

 

 「あ……! あの時のっ、トラックの下敷きにされていた方ですか……!」

 

 中島さんは薫さんの顔を見て、当時の惨劇を思い出したようだった。連鎖的にリズもあることに気づいた。

 

 「あっ、中島さん、何処かで見たことあると思ったら、トラックを覗き込んでた人ですね!」

 「は、はい……。あの時覗き込んでいたのは、私で間違いありません」

 

 たくさんの人が薫さん達を助け出す為にトラックを動かしていた際に、地面に伏せ覗き込んで状況を伝える人物が一人だけいた。それが中島さんだったらしい。

 

 中島さんは続けざまにこれまでの経緯を語ってくれた。


 目の前で激しい爆発が起きたと思ったら、暗い場所にいて、いきなり女神様から色々聞かされ、よく分からないままに返事を返していたら、まっ更な荒野に置き去りにされ、三日もさまよった挙句、とんでもない数のレザルノに襲われかけた。……らしい。

 

 にわかには信じ難い話ではあるが、衰弱一歩手前だった様子を思い返せば、ウソはついてないと思う。第一、ウソが苦手な感じがひしひしと伝わってくる。むしろ借金まみれになって首が回らなくなった人間のような、正直者で騙されやすいといった雰囲気が全身から漏れ出ている。

 

 「まさか、私の方が助けて頂くことになるなんて……」

 「なかじま。もし、行くあてがないなら、私達と一緒にユールに来ませんか? 第二の人生を始めるならうってつけの街ですよ!」

 

 元転生の間の管理人はこれからを案じて誘ったが、俺達も異論は無い。

 

 「いいんですか……? 連れて行ってもらえるなら是非、お願いしたいです! あ……もしや、今向かってるのがその街なのですか?」

 「いえ、今は違います。色々、気になることがあると思いますが、まずは、私達のことからお話しましょう──」

 

 そう言うと薫さんは、この世界にやって来てからここへ来るまでの経緯を中島さんに話してくれた。冒険者である事や、今までユールでやってきた活動などが主な部分で、現在は長期クエストを請け負っている関係ですぐにはユールに行けないことも伝えてくれた。

 

 「なるほど……。でしたら、私にも何か手伝わせてください……。ま、魔物退治は得意ではありませんが、力仕事くらいは出来ます!」

 

 助けてもらったことの恩返しがしたいのだろうか。少し前のめりで伝えてきた。絶対力仕事は向いていない。

 

 「でしたらよろしくお願いします」

 「やったねカオリン! 仲間が一人増えましたねっ!」

 

 薫さんが話はまとめ、リズが喜ぶ。ただ、俺にとっての本題はここからだ。

 

 「中島さん、実はもう一つ大事な話があります」

 

 俺は薫さんがわざわざ触れないで置いてくれたトラック事故の真相の全てを語った。

 

 「すいませんでした!」

 

 頭を下げられるだけ下げて謝る。

 第二の人生がどんな形で始まろうとも、

 悪いのは俺だけじゃ無いとしても、

 命を奪った加害者である事実は変わらない。


 謝って赦されることで無いことも分かっている。それでも誠意は見せておきたかった。しっかりと伝えておきたかった──。俺があなたを殺したトラックの運転手であると。

 

 「俺が出来ることであれば、どんな事でも償いますっ! ですからどうかっ、何でも仰ってください!」

 「そそそんなっ! 償いなんて要らないですよっ! 頭を上げてください……。別に……怒ったり、してませんから……!」

 

 中島さんはたくさん汗をかいて慌てふためいていた。どう思われても、俺は償うと決めている。

 

 「それにあの日、私は……自殺を考えていたんです……」

 「えっ……?」

 

 予想外な言葉に、思わず頭を上げてしまった。

 

 「四〇後半にもなって、会社をリストラ。その事を家族には告げられず、会社に通勤しているフリをする毎日……。そんな生活は長くは続かなくて、もう、自分の保険金で養うしかないと思ったんです……。そうして私は、『あの横断歩道』 で死ぬつもりでした。ですが、私より先に歩道の真ん中に女性が立っていて──あとは皆さんの知る通りの事故が起きました……。ですから、私なんて寧ろラッキーな方なんです。こうして、第二の人生を始められるんですから。償うなんて……滅相もない」

 

 中島さんの重すぎる過去に脳が停止しかけたが──。

 

 「分かります、その気持ち。私もあの日『あの横断歩道』で、娘と心中するつもりでしたから」

 

 停止しかけた脳に、思わぬ角度からの衝撃を受ける。叩けば直る、ブラウン管テレビのように逆に脳が戻ってきた。

 

 「薫さん……? それ昨日言ってたことですか!! ていうか、かなみちゃんの前で何暴露してんですかっ!?」

 「……ん? かなみはしってたよ?」

 

 うそぉ。スキルでも使ったの……?

 

 「全て話してます。かなみは聡い子ですから」

 

 薫さんは自分の娘を自慢するように言った。

 

 「マジですか……」

 「いやー! 重い重い。しかしそうなると、こうだいはどう足掻いても事故ってたんですねっ!」

 「どういう意味コノヤロー」

 「あの日『あの横断歩道』 には、あなたのトラックに轢かれようとした人が三人もいたんですから! どう足掻いても人殺しにしかならなかったんですよこうだいはっ!」

 

 リズは笑顔で元気に不幸を笑い飛ばす。俺の不幸を。

 

 「なんでそう嬉しそうなんだよ!」

 「なんかぁ私のせいで死んだって言うよりぃ、今のところぉ皆さんむしろ? 私に助けられたぁ? みたいなぁ? 的な?」

 

 少しは感謝してくださいよ? 的な? 目を向けてくる。それはおかしな話だ。

 

 「だからってあれは、正当化出来るもんで無いだろ! 神様に怒られておいてよく言えるなっ!」

 

 俺は今、ちょっとしたパニックになっている。


 中島さんは自殺しようとして事故死。薫さんはかなみちゃんと心中しようとして事故死。リズが横断歩道に飛び出していなくても薫さん親子が、薫さん親子が飛び出してなくても中島さんが歩道に飛び出していて俺が轢いていた可能性がある?

 なら事故は避けようがなかった……?

 事故死の運命は変えられなかった……?

 てか『あの横断歩道』は自殺の名所か何か……?

 

 「皆さーん、盛り上がっているとこ悪いんですが、もう少しでレネイ村に到着します。この村は荷物の配達だけなんで、一軒一軒荷物を届けて回るのを手伝って貰えませんかね?」

 

 とここで、荷台に乗る俺達に商人さんから声が掛かった。荷物というのは、かなみちゃんが邪魔だからと┠ 収納世界 ┨に仕舞ってくれたお届け物のことだ。

 

 

~~~~~~~~~~~


 

 すぐそばに森の生い茂る、小さなレネイ村に到着。

 商人さんは物品配達も請け負っているようで、皆で手分けして配れば今日中にファーレン村に着くことは可能だと教えてくれた。

 

 配る先は二十件。

 薫さん親子、リズリアとセバスさん、俺と中島さん、商人さんにそれぞれ別れて配達を行った。配達した商品はどれも、木の皮でくるまれてひもで縛られている為、中身が分からないようになっていた。

 俺がまだ異世界の共通語を覚えきれていないので、スキルで話せる中島さんに会話を任せ、荷物を目的の家まで届けたのだが、案の定、例の水でお腹を下したようで、そのまま森へ消える場面も何度かあった。お金を受け取る必要があるかと思ったが、サインを貰えばそれで十分だったので意外と楽だった。この辺は日本と変わらないな。

 

 そんな感じで俺達は三つばかり村を回った。

 小さいが鉄球でも詰まっているんじゃなかろうかと思うくらい重たい荷物を運んだり、子供たちが物珍しそうに見つめながら付いてきたり、荷物を届けた住人から畑で取れた新鮮な野菜をおすそ分けしてもらったりして、意外と充実感があった。


 そうして俺たちは、ついに目的の村に到着した。


 「皆さん、お待たせしました。ここがファーレン村になります。見てわかる通り、幾つもの村が密集するこの辺りでも一番大きな村です。滞在は二日間ほどですんで、明日の朝にでも魔女の住む森に向かっちゃってください。あーあと、護衛は一人でいいんで必ず残ってって下さいね? お願いしますよー?」

 

 もう日も落ちる時間だというのに、馬車が着くやいなや人だかりが出来た。冒険者だからだろうか。特に子供たちに囲まれた。どの子も外から来た俺達に、興味津々そうに目を輝かせて色々質問をして来た。

 

 「ドコから来たの?」

 「ユウシャ様には会ったことがある?」

 「好きな食べ物はなーに?」

 「今いくつ?」

 「うんちすき?」

 「武勇伝聞かせてください!」

 「まほう見して!」

 

 子供たちからの怒涛の質問にたじたじになる。

 

 「ま、待って、順番に行こ、順番に」

 

 鼻たれ坊主だけが、身の丈にあった質問をして来たがそれは無視してもいいのだろうか。

 

 「かなみちゃん、丸太、プリーズ」

 「何に使うの?」

 「まぁとにかく、お願いしますですよ。手っ取り早く済ませたいんでー」

 

 剣を持ったリズが突然、かなみちゃんに丸太をせがんだと思うと、それを片手で放り投げ、空中で形も大きさも均等の薪に斬って見せた。尋常では無い剣技。それを見ていた村人の方々は大きな拍手で喜びや驚きを表現した。子供たちはより一層目を輝かせる。おだてられたリズは、満更でも無さそうだ。というか、快感ですぅ……みたいな顔をしている。

 

 きっとこの村には娯楽と呼べるものがあまり無いのだろう。だから外からやって来た人間に外の話を聞くのが楽しみの一つだったりするのだと思う。

 特に子供たちには未知の世界の話や芸当は、魅力的に映るはずだ。

 

 だがしかし、リズが見せたかくし芸はかなり村人達の心を鷲掴みにしたらしく、俺達も「何かスゴいものを見せて!」と頼まれてしまった。

 

 いいだろう。ならば、

 「魔法を使うイヌさんは見たことあるかな?」

 「ないーー!!」

 「みたいみたい!」

 「魔法だーー!」

 

 子供たちがはしゃいでいる。

 

 「バウゥ!?」

 「セバスさん、お願いします!」

 「バフゥ……」

 

 セバスさんの造る、鼻先ギリギリで宙に浮かぶ水の塊を見た村人達は、リズの時より拍手喝采を浴びせた。イヌが魔法を使う驚きはデカい。インパクトもある。

 

 噂を聞きつけたか知らないが、いつの間にか村人全員が集まって来て何故か宴が始まっていた。なぜだ。


 薫さんも何故か絶品料理を振舞い始めて、村の奥様方から作り方を聞かれていたり、リズはリズで子供たちに変な踊りを普及させている。セバスさんは相変わらず嫌そうな顔をしているが、連発する水魔法を使った曲芸は大人達ですら魅了するほどに美しかった。

 かなみちゃんは酔っ払っている商人さんや村長さんと談笑しているみたいだし、俺はおれでだるまさんがころんだ┠ 威圧 ┨バージョンを子供たちに披露した。最初は不思議がっていたが、身体が動かないのが楽しいらしく、飽きるまで付き合わされた。振り向いたら絶対動かないし、ずっと鬼をやるハメになる。まだ楽だからいいけど、子供のもう一回は永遠に続くのが恐ろしかった……。

 

 中島さんは宴には参加しながらも体調は悪かったので、村人に寝床を貸してもらえたそうだ。あと、セバスさんは子供たちに連れてかれて以降みてない。商人さんは、ここまでの歓迎を受けることが今まで無かったそうで喜んでいる。


 村人達と交流を深めれば、魔女に会いに行ける道を教えてくれるかも知れない。それなら森で迷うこともないし、今回の苦労も報われる。リズから始まったかくし芸大会も、そろそろお開きの時間だ。

 

 ──あいつもたまには役に立つな。

 

 お礼に振る舞われた郷土酒を煽って踊り明かしたあと、俺はその場で眠りについた。



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