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第二十三話 長期クエスト④

今更ですが、

皆の珖代の呼び方が少し違っていたりします。


かなみ「珖代」

薫さん「珖代さん」

リズニア「こうだい」

魔女っ子ユイリーちゃんは「こうだい様」からいずれ変化します。


 「リズ。交代の時間だ」

 

 俺と交代する筈のリズがかなみちゃんとのトークに夢中になって、時間になっても呼びに来やしない。

 だから俺の方から交代を申し出に来た。

 

 「あれ、もうそんな時間でしたか」

 「二人で何話してたんだ?」

 「うーん、ヒミツです。カールズトークってやつですかね! それではかなみちゃんをお願いしますですよ」

 「……ああ」

 

 何を話していたかは気になる所ではあるが、俺はそこまでヤボでは無い。

 

 ようやっと荒野を抜け、気候は涼しいが魔物の出やすい地帯に踏み込んだ俺達は、四人で代わりばんこに見張りをしながら夜の帳が上がるのを待っていた。

 見張り役は常に二人というのが冒険者の鉄則──、というか安全対策らしく、時間が来ると長く見張っていた方と入れ代わるカタチで交代をする。

 要はロケットえんぴつ式の交代方法と言った方が早いかもしれない。

  

 あれから一度も魔物に遭遇しないまま、あれよあれよと日付をまたぐ時間帯になった。ここからは俺が見張りを担当する時間。個人的にはバナナを使ったおもしろい戦い方が全く閃いていないものだから、出ないでくれと祈るばかりだ。

 

 石で固定された長い丸太に腰を下ろすと、隣に座っていたかなみちゃんがスーッと寄ってきて声をかけてきた。俺達の前にはパキパキと音を立てながら暖かい炎が揺らめいている。

 

 「珖代……お膝の上、座ってもいい?」

 

 上目遣いの甘えるような声に、悶え死にそうなくらい可愛く思えた。炎を映す瞳は同じくらいに揺らめきながら俺を見つめてくる。

 

 考えてみれば、かなみちゃんが誰かに甘えている姿を見た記憶が無い。それは、実の母親である薫さんに対しても。ひょっとしたら……誰かに甘えること自体、慣れていないのかもしれない。最近は、個人的に二人きりになるのは危険なんじゃないかと避けてきたが──甘えたいのなら二つ返事で甘えさせるに決まっている。

 

 「うん! いいよーほら、おいで」

 

 ヒザを叩いて、乗ってもいいように促すと、少し恥ずかしそうにしながらも俺の上にちょこんと座った。

 実に愛くるしい。天使か。もう少し小さければ、絵本でも読み聞かせながら寝かしつけてあげたいところなのだが、今は見張りを頑張らなければ。


 「ねぇ、珖代」

 「ん?」

 「あの事故で、たくさんの人が死んじゃって……珖代が責任を感じちゃうのも分かるよ。でも、少なくともかなみは……珖代に、デネントさんに、セバスにレクム、エナム、ダットリーさん、優しく接してくれる街のみんなに会えて、良かったって本気で思ってるよ」

 

 かなみちゃんは俺が一人で何かを抱えているのを知っていて、気にかけてくれているようだった。

 

 「かなみちゃん……」

 

 会って詫びたい気持ちはあるが、全責任を感じているかと言われればそこまででもない。俺だけのせいじゃない部分もあるからだ。こんな小さな子に心配を掛けてしまった罪悪感もあるが、嬉しい思いが(まさ)って涙が出そうになる。

 

 「珖代のおかげでかなみは、生きてた頃より生きてる。多分お母さんも」

 

 そう言いながら体を預け、俺の片手を握り自分の胸に抱えた。

 

 「そっか……ありがと。でもかなみちゃん、出会えて良かった人にリズがいなかったようだけど?」

 「うーんと……リズも一応、出会えてよかったリストに入れてあげよっかな」

 「リズが聞いたら、一応ってなんですかーって怒りそうだ」

 「ふふっ、そうだね」

 

 それから、取り留めのない会話もしつつ、時間は過ぎていき……かなみちゃんが目を擦り始めたので、薫さんと交代するように促した。

 かなみちゃんが交代して程なくして、薫さんが姿を現した。薫さんは隣に座ってもいいか許可を取ってきた。そんなことしなくても拒んだりはしないのに。

 

 「なんだかんだ薫さんとは、ほぼ毎晩語り合ってきた様なものですし、今更改まって話すようなこともないですよね」

 

 無言になってしまいそうな空気感に耐え切れず、同意をもらえるかな? 程度に話を振った。

 

 「いえ……まだ、夫とのことは話してません」

 

 まずい。

 薫さんの夫が借金を置いて出て行った話をチラッとだけ聞いて以来、細心の注意を払い旦那さんのことは触れないようにして来たつもりなのに、やってしまった。振っておいて謝るのも忘れていたみたいで失礼な気がする。それに嫌なことを思い出させるようなことはしたくない……。

 

 「その……辛いことだったら、わざわざ話す必要はないですからね」

 「珖代さんには、あのコの為にも知っておいてもらいたい」

 

 薫さんは揺らめく炎にも一切動じない目で俺に訴えかけてきた。かなみちゃんとは真逆だ。

 

 ここでかなみちゃんを出すのは卑怯だ……。

 俺も、覚悟を決めるしか無くなる。

 

 「分かりました。聞かせてもらえますか?」

 

 薫さんは少し間を空けると、木の枝で簡単な絵を描きながら説明を始めた。

 

 「夫は少しヤンチャな人でした。それだけで私にないものを持っていると、惹かれた頃もありました。何より、私の好きなマンガに出てくる主人公のような、強くて明るくて優しくて、どこか放って置けないような所がある人でした」

 

 焚き火を見つめながら、どこか楽しそうに思い出を語る薫さん。のろけ話を聞かさせているようでなんだか複雑な気分だ。

 

 「ある時夫は、知人の口車に乗せられるままに、海の家のオーナーをやることになったんです。初年度は夫の友達もたくさん来てくれて、上手くいっていました」

 

 ヤンチャな性格に、海の家の経営とくれば、薫さんの旦那さんは、パリピな人だったのかもと思えてならない。俺とは住む世界が違う人種だ。本当に違う世界に行ってしまったら冗談にもならないが。

 

 「でも、二年目から急激に失速して、毎年多額の赤字が出ていました。それでも楽観主義のあの人は、一年目と同じようにやっていればそのうちなんとかなると、従業員や家族である私達にも赤字の事実を隠し続けました。そしてある日突然……夫は携帯も持たずに出掛けたまま、帰って来なくなりました」

 

 話の顛末がこうなるとこは、分かっていた。しかし覚悟を決めていても、さっきまでの薫さんの笑顔を思い返すだけで辛くなる。

 

 「それからは、マンガ家として活動をしながら女手一つでかなみを育ててきました。ですが、仕事が軌道に乗り始めたタイミングで夫が多額の借金を残していることが判明して、──抱えきれず、支えきれず、耐えきれず、考えきれず、抑えきれず、据えきれず、蓄えきれず、乗り越えきれず……いっそ、あのコと心中してしまおうか。なんて、考えたんです」

 

 自嘲気味に "心中を考えていた" なんて言い放たれたら、なんて返せばいい。本当に、なんて返してあげればいいんだろうか……。

 

 「今の話しは、かなみにも伝えてあります。あのコは、そういう変化に(さと)いですから」

 「そう、だったんですね……」

 「なにも珖代さんが気に病む必要はありません。私はこの世界に来れたことを、皆さんに出会えたことを感謝してますし、あのコもきっと、感謝しているはずですよ」

 

 やっぱり似た者親子だ。結局は俺を励ます為に、過去を話してくれたんだ。

 

 「これで、隠すような事は何一つ無くなりました。今の私は、何を聞かれても困らない自信があります。だからそろそろ、私は珖代さんの事について知りたいですね」

 

 無意識だろうか……俺にじりじりと詰め寄ってきた。好奇心の向け方も親子で似ている気がする。

 

 「お、俺のことですか?」

 「ええ、例えばー、好きな食べ物とか」


  

 ────食べ物。

 

 好きな、たべもの────。

 

 なんだろう……。

 そういえば考えたこと無い。

 今考えてみてもスグには浮ばない。

 でも、ここで言っておけばいい言葉くらいは思いつく。

 それを言えばいい。

 そうすれば誰も傷つかないし、優しい選択だ。その筈だ。

 

 「……薫さんの作る料理なら、何でも好きですよ」

 

 ウソだ。……いや、ウソかどうかすら分からない。

 

 確かに料理は絶品だった。初めて食べた時は懐かしさに感動もした。

 だから好き、と思っておけばウソではないかもしれない。

 ただ、好きって概念が正しく分からない。

 今までは、そんな事考える余裕がなかったからだ。


 「何でも好きと言われると少し、困ってしまいますが、ありがとうございます。参考までに嫌いな食べ物も教えてくれると助かります」

 「えっとー、生ものは苦手です。あと、酸っぱいものもチョット……」


 嫌いなモノはつらつら出てくるのに。


 「では次のメニューは、お酢を大量に使ったちらし寿司……と」

 

 その声はギリギリ俺にまで届いた。

 

 「えっ……」

 「冗談です。でも私の作る料理は何でも好きなんですよねぇ……。だったら次、楽しみに待っててくださいね」

 「そんな薫さーん……」

 

 ホント色っぽい笑顔でなんてきついこと言うんだろうか……。もしかしてこの人、分かっててやってないか?

 この感じだと、かなみちゃんにもSっ気な部分がありそうだ……。

 

 

~~~~~~~~~~~~



 馬車に揺られ続けて三時間。

 初日は休憩も挟まないと揺れでグロッキーになっていたが、大分慣れてきた。道が平坦に整備されているからお尻へのダメージも減った。

 

 「前方にレザルノの群れ! ……あれはっ! 誰か、襲われています!!」

 

 その時、悪い知らせが商人さんから届いた。

 

 「なんだって!」

 

 (ようや)くきた魔物は、またしてもレザルノなのかとガッカリする間も無なく、その知らせに飛び起きる。

 

 「この数、通りで道中遭遇しなかった訳だ……尋常じゃありません! ダンナ、冗談抜きに皆さんで助けに行かねぇとヤバいですよっ!」

 

 商人さんの言う通り、遠くから見ても分かるくらい、今までの比ではない数のレザルノがいた。それに、真ん中にぽつりと人影も見える。

 

 「ああ、分かった。馬車を止めてくれ」

 

 止まったらいつでも降りられるように、馬車の後方に移動すると、リズに声を掛けられた。

 

 「こうだい、バナナはどうするんですか? まさか、『俺には立派なバナナが生えてるから必要ない』とか言い出すつもりじゃあ──」

 「んな冗談言ってる場合か。人が襲われてんだ助けに行くぞ」

 「はいはい。あの数は一人じゃ負えませんもんね」

 「あー何とでも言え」

 

 四、五十を超えるサルもどきの軍勢が一匹の獲物を囲む様は、そういう惑星に迷い込んだんじゃないかと錯覚するほど恐ろしいものだった。

 限界まで寄せた馬車から商人さんとセバスさん以外が降りて向かう。だが、俺達が辿り着くよりも先に、一匹のレザルノが先陣を切るようにして飛び出し、(うずくま)る人物に襲いかかった!

 

 今すぐ助けに行けるような距離では無い。俺では(・・・)到底間に合わない。

 


 万事休す、そのタイミングで──リズが動く。


 

 クラウチングからのロケットスタートでレザルノに急接近したリズが、勢いそのままに先陣に鋭い蹴りを食らわせた。蹴りを入れられたレザルノは横から来る衝撃でトラックにハネられたように吹っ飛び、ごろごろっと地面を転がった。

 

 手際の良すぎる攻撃に空いた口が塞がらなくなる。

 リズなら止めてくれる思っていたが、ここまで鮮やかとは思いもよらなかった……。


 となりの薫さんが言う。

 

 「私達も行きましょう。珖代さんはリーダーの方をお願いしますね」

 

 気づけばかなみちゃんも()の中心にいる。

 そしてリズに武器(丸太)を手渡している姿が見えた。俺達も急いで向かわなくては。

 

 「は、はい!」

 

 レザルノ達の隙のない連携攻撃に、二人は意外にも防戦一方だった。かなみちゃん達が人を庇いながらヘイトを稼いでいる間に、俺は司令塔を探す。そうすれば大所帯の連携は止められるハズ。

 

 いた──。


 接近して見ればスグに分かる。群れから一歩引いた所から全体を見守るトサカの白いヤツがそうに違いない。睨むには目を合わせる必要がある。三匹が同時に俺に襲いかかって来るが、それには目もくれない。無視する。問題ないしな。

 

 

 ────┠ 威圧 ┨ッ!

 

 

 白いヤツを睨むのと同時に、三匹はあべこべに吹き飛んだ。

 


 それも当然。薫さんのカウンター(間合い)に触れたのだから。

 


 薫さんなら割り込んで弾いてくれると信じて良かった。

 

 「ほおおおおおぉぉ!」

 

 指揮系統を止めたからか、あるいは、リズが丸太をぶん回しながら奇声を発しているのが功を奏したのか、レザルノ達が散り散りに逃げ出し始めた。

 

 それでも無謀に立ち向かおうとするヤツは、リズに丸太で撲殺され、本能的に逃げ出したヤツは、移動術を駆使したかなみちゃんにナイフ、魔法、関節技で容赦なく命を奪われる。

 

 魔物を円の内と外から怪物が追い込んでいく。シャチの追い込み漁のような食うもの食われるものがハッキリした戦場。最後の方に生き残っていたレザルノには、どう見えたのだろう……。

 

 最初に蹴り飛ばされたヤツがふらつきながらも起き上がる頃には、ソイツと白トサカだけになっていた。白トサカにかなみちゃんが、竹槍を射出してトドメを刺す──。心臓目掛けて放たれた一切無駄のない射出だったが、ちょうど┠ 威圧 ┨の効果が切れてしまいギリギリの所を飛び仰け反りながら回避されてしまった。


 このままだとヤツは逃げる。

 

 白トサカに一番"近い"のは薫さん。だが、攻撃されなければ反撃にいけないのが薫さんのスキル。

 一番"瞬発力"があるのはリズ。だけど、丸太を持っていたらスグには動けそうにない。リーダーを逃がせばまた大きな群れを作られてしまう可能性がある。だから、順当にいってかなみちゃんが┠ 瞬間移動 ┨して倒すものだと思っていた。

 

 だが、実際は違かった。

 リズが想像を上回る圧倒的な瞬発力を活かし、外れた竹槍に追いつくとそれを空中で手にし、躱した直後の白トサカに突き刺してみせたのだ。

 

 流れるような一撃で命の線を切ってみせた。

 人間には到底、不可能に思えるワザを、リズは顔色一つ変えずやってのけた。

 

 文字通りの神業(カミワザ)である。

 そうとしか言い表せない。戦闘面に限って言えば、もしかしたらかなみちゃんよりチートなのではないだろうか……。

 

 「こうだいっ! あれくらいの魔物なら、睨み殺してくださいよ! 一匹逃げられたじゃないですかっ!」

 「いや、悪い。調整をミスっちまった」

 

 最初の一匹だけを逃がしてしまった。謝罪してもあーだこーだと言ってガミガミとうるさいリズは無視して、薫さんの方を見る。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 薫さんがふせていた人物に声を掛けると、その人はゆっくり起き上がった。

 

 ────ッ!?

 

 蹲っていたのは男性だった。

 だけどそれは、あまりにも不自然で場違いな格好の人物だった。

 

 「あ、ありがとうございます」

 「……っ、あなたは……」

 「も、もしよろしければ、水を……水を一杯頂けますか……?」

 

 砂埃で汚れたスーツを身に(まと)う、中年サラリーマン風の男は、力なく頼み込んできた。



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