第二十一話 長期クエスト②
早朝のランニング。
走りながら街の人達と挨拶を交わす日課。俺にとって一日の始まりとなる大切なルーティーン。少し前より走る距離を伸ばし、今では街を五周できるようになった。
今日も快調に飛ばしていると、後ろから
「調子はどう?」
と声を掛けられた。
その人物──キレイな顔立ち、赤いグラデーションが特徴の髪をした糸目の青年には見覚えがある。
「……何でしょうか」
「嫌だなぁ先輩君。他人行儀はよしてくれよ」
斎藤……なんだっけか。
昨日は覚えていたが、……うーんよく思い出せない。
とうふ……みたいな名前だった気がする。
なんにせよ、今一番会いたくない人物に俺は声を掛けられてしまった。
「仲間に入れてもらえるかどうかのアレ、いよいよだろう? なんだかいても立ってもいられ無くてさ」
糸目は当たり障りのない笑顔を振りまき並走しながら話しかけてきた。コイツのために止まるつもりはないが、無視は出来ない状況。
「何のようだ、黒幕」
「僕の名前、斎藤 貫ね。どうしてそんな呼び方なの」
「お前の名前が平凡地味過ぎて覚えてられないから黒幕って呼ぶことにした。見た目ぽいし、実際そうだったし」
「なかなかウィットに富んだ理由だね。スタイリッシュな感じはするけど、それがイジリなら結構哀しいよ? 仲間に入れてもらえてないみたいでさ」
──いや、お前を仲間に入れてやる気なんかさらさらないぞ。
というのは心の内に留める。
「発表はまだだから、大人しく待っててくれ」
「先輩君。僕も一緒に走ってもいいかな?」
──もう、走ってるだろ……。
そうツッコんでも良かったかもしれない。
「申し訳ないけど、大事な時間なんで一人で走らせてくれ」
「そうか……ごめんね。話しかけちゃって。また、今度にするよ」
黒幕はあっさり引き下がった。
それなら好都合、ランニングに集中できる。
一時はどうなる事かと思ったが、これで安心して走れる。すれ違う人と挨拶を交わしながら、二周目に入る。
奴と別れたポイントを通り過ぎようとしたその時、手を振る黒幕の姿が見えた気がした。気のせいだと思いたい。
三周目。
同じ地点。
同じように手を振っている。
幻覚でも気のせいでも無かった……。
四周目。
同じ地点。
又しても手を振ってくる。
どうやら終わるまで待っているつもりのようだ。
結局話さないといけないと思うと疲れが凄い溜まる。
そして五周目。
同じ地点。
奴は
「ラスト、頑張ってー!」
と声援をあげ始めた。
──俺、アイツに五周するって言ったっけかぁ……?
もし、言っていないのに、それを知っているとしたら……。
俺の中でスッとたどり着く答えは一つしかない。
──もしかして、アイツ……俺が毎朝五周走ってるの何処かで見ていたのか……?
もしそうなら鳥肌ものだ。
リズがあの黒幕を「ストーカー気質のある人間」みたいな風に言っていたことを記憶の底から掘り起こし推測する。その結果、はじき出された答えは、男を狙う男のストーカー……。もしそうなら、どう考えてもヤバい。
──残り一周はいつものルートを外れることになるけど、遠回りしてでも奴に会わないようにして帰るか……。
本能が奴に出くわすのを拒んだので五周目を目前に帰る事にした。
時間は掛かったが会うことなく無事宿に到着した。会わなくて本当に良かった……。
ほっとするにはまだ早いと、気持ちを入れ直して宿の正面入り口に手をかけたその時……背後から気配がした。
恐る恐る振り向くと──。
「……!」
思ったより小さな人影。人影と言うか犬影。
「なんだセバスさんかぁ……驚かさないでくださいよ……」
セバスさんは普段と違う俺の様子に気づいているようだった。
心配して来てくれたのだろう。とにかく本当に会うことなく帰ってこれたことに胸をなで下ろした。
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朝から馬車の積荷をチェックする男性。
彼が、リズの言っていた依頼人。
それにしても、この人、何処かで見たような覚えがある。
「いやー旦那、久しぶりですね。Eランクに昇格、おめでとうございます。つっても、Eは時間でどうにか上がれるんでしたよね」
気さくな感じで、話しかけてくる商人と言えば一人心当たりがある。
「あー、あの時の。その節はお世話になりました」
その人は冒険者になって初の依頼を受けた際、街から脱出するのを協力してくれた商人さんだった。口調以外特徴が無かったのでほぼ忘れていた。
「いえいえ! お礼に貰ったあのいけめんかれんだー、商人仲間達の間では色々と参考になりそうだと評判になりまして。ですんで、こちらこそってなもんです」
商人さんは笑顔でそう返してくれた。スムーズに会話が成せているのは例に漏れず、かなみちゃんのおかげである。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「魔女に会う時間を作ってくれるっていうのは本当ですか?」
「ええ、ホントですとも。村同士を行き来する三日間は、護衛を一人ばかし付けてくれれば十分事足りますんで。その間であればの話ですが」
「ほら皆さん言ったでしょー!」
ウソを付いていなかった事が証明され、一人一人に指を指しながらリズは怒鳴った。
この為だけに、セバスさんまで連れてこられている。
「パーティー代金は個々を雇うより安くあがるので、コチラとしちゃー助かっちゃいましたよ。積載量からして、護衛が四名と一匹だと……ユールに帰ってくるのは多めに見積もっても十二日後って感じですかね。旦那達も急いでる訳では無いって聞いたんで、それでイイですかね」
「いや……俺達はまだ、受けるとも決めていないんですが……」
何だか、話が進みすぎているように感じるのは気のせいだろうか。
「何言ってるんですか? ギルドの方からは昨日受理されたを聞きましたし、もうすぐしたら出発ですよ?」
「えっ! いまからですか……?」
気のせいではなかった。
俺の知らない所まで何故か話が進んでいる。
「リズに詳しく聞かなきゃだね」
かなみちゃんはリズが何か知っていると睨んでいるようだ。
「んっ? あいつどこ行った?」
さっきまで横にいたリズの姿が見当たらない。
「クズニアさん。どちらに行かれるんですか……?」
足音も消して何処かへ行こうとするリズを、薫さんが影の濃い笑顔で呼び止めた。
「……ちょっと、お色直しの方に」
「うそつけぇ! すかたんなお前に貰い手なんかいないだろ!」
「失敬なっ! 私だって見た目は良いですよ! 見た目は!」
「クズニアさん。それより説明してもらえますか?」
思わずいつもの調子でケンカのスイッチが入ってしまったが、薫さんが冷静に話を戻してくれた。でも、表情は冷静というより冷酷に近い。
「昨日……交渉の流れでそのまま依頼を引き受けたんですよ。でも皆さん、私のことを信じてくれないから言い出せなかったんです……。すいません」
リズはガックリ項垂れて本気で反省しているのが伺えた。
「でもいきなりで今日出発とか、何の準備も出来てないぞ……」
「テントだったりトイレくらいなら、カナミンが造れますし問題ないですよ!」
さっきまでの落ち込みがウソのようにケロッとしてサムズアップしてきた。
「それ結局、かなみちゃん頼りじゃないか!」
「でもさ珖代、どうせ今日から皆休み貰ってるし、今から行くのも明日行くのも変わらないよ」
「そうね。出発する前に、何か手伝うことがあるといいのだけど」
俺はまだ心の準備が出来ていなくてそわそわしているというのに、二人は意外と落ち着いていた。確かに行けなくはないが……。
「乗っけるもんは全部乗っけましたんで、あとは皆さんが乗ってくれればいつでも出発出来ますよ?」
「じゃあ、乗せてもらいましょうか」
「かなみ、珖代の隣がいいなぁ」
「あー、乗ります! 俺も」
薫さん達はすんなりと馬車に乗ったので、急ぐ。
「どこいくんですか、セバスちゃん。アナタも来るんですよ」
「ワゥッ!? ワフーー!!」
ゆっくり逃げようとしていたセバスさんがリズに捕まり一緒に乗車してきた。無理やり乗せられたに近いか。
馬車に乗った一行は ユール を出る。
「さぁっ! 目指すは魔女の庵! 張り切って行きましょーー!」
リズが馬車から身を乗り出し、拳を掲げて言った。
「まずは、ファーレン村な。ったく、護衛依頼だってこと忘れるよな……」
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街から出て数時間後。
一日目の夕方。
荒野のど真ん中でキャンプの準備をする。この日は一度も魔物に出くわさなかった。商人さんによると、この辺は魔物に会わなかったとしても存外珍しいことでは無いらしい。だから気を付け無ければならないのは、二日目以降になるとの事だった。
満天の星空の下、俺達五人と一匹は焚き火を囲むようにして食事を取る。
「こんな美味しいもの食べたことありませよ! こりゃ料理なんですか!」
商人さんは夕方から驚きっぱなしだった。
野営に備えてテントを張る際も、かなみちゃんが『専用空間』から工具を出した時も。かなみちゃんが取り出した丸太をリズが剣で一瞬にして切り分け、人数分の腰掛けを作った時も。そして薫さんのシチューを一口食べた今も。リアクションの良い人だ。
「シチューっていいます。喜んでいただけてなによりです」
「カオリン、シチューってこんなに美味しいものなんですか……?」
「いや、薫さんのシチューは今まで食べてきたどのシチューよりも美味いから一緒にしちゃダメだ」
食材も味付けもシンプルな筈のなのに、毎日だって食べられると思うほどの美味しさだった。俺も料理を作ることはあるが、どの料理も薫さんを越えられる気がしない。
「ふふっ、ありがとうございます。おかわりまだ沢山ありますから好きなだけ召し上がって下さいね」
「はい! おかわりですー!」
リズがぺろりと平らげ、お皿を薫さんに差し出した。お皿を受け取った薫さんは寸胴鍋からお玉でシチューを装う。
食器や鍋、テントや工具に寝袋、丸太、簡易トイレ、焚き木、食材に至るまで、全てかなみちゃんが専用空間から取り出したものだ。
チートスキル ┠ 収納世界 ┨。
かなみちゃん専用のなんでも収納できちゃうよ空間。
使用したい時は世界を繋げるイメージをしていると本人は語る。世界と言うだけのことあって、収納に限界は無いらしい。俺達のような冒険者にとっては┠ 叡智 ┨にも劣らない便利スキルだと言える。時間の概念が存在しない世界というわけで、食材を仕舞っておいても問題は無いらしい。だが空気も無いので人や動物などを入れるのは危険だという。それでもリズの持つ四次元バスケットの上位互換であることは間違いないだろう。
この能力の活躍もあって俺や商人さんが手伝ったのはテントを張ることだけ。セバスさんですら、水魔法で料理に参加していたというのにだ……。
商人さんは美味しい食事のお礼にと、色んな場所で体験した面白い話を語ってくれた。流石商人さんと言うべきか、しゃべりが達者で聞いていて飽きる事はなかった。それに、行ってみたい街も増えた。
夜の荒野はガクッと気温が下がる。
風が少し吹くだけで、身震いする。こういう時はセバスさんの毛並みが羨ましく思える。夕食がシチューだったのは芯から温まるように考えた薫さんの配慮だろう。
「温かい……」
かなみちゃんは火魔法で焚き火の調節しながら呟いた。
炎がともシチューがとも言わなかったが、その笑顔を見れば何となくこの状況そのものについて言っているんだと分かった。
「こういうの、悪くないな」
「クズニアさんにダマされてみるもの、偶には良いですね」
「でしょー! ……って誰がクズですかーー!」
リズのノリツッコミ。
ツッコミがずれているので、もしくは高度なボケ。
「そこはダマしてませんってツッコメよ」
「なに冷静に指摘してるんですか! カオリンが渾名で呼んでくれるまで、私は諦めませんからねーッ!」
楽しい夜はあっという間に過ぎていく──。
見張りが必要なのは明日からとのことなので、俺と商人は馬車、それ以外の皆はテントで就寝。
魔物達の巣窟を抜けねばならない明日からが、護衛としての本番になりそうだ。




