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その男、ピースにつき⑧

エピローグも残り半分!


 

 ほろ酔い男の勝手な注文をありがたく思いつつも、やんわり拒むユイリーだったが、結局言いくるめられ真っ赤なお酒が入ったグラスを大事そうに両手で包みこむことに。しかし、初めての飲酒は興味以上の抵抗感があってなかなか進まない。水面に映る自分の自信無さげな顔に余計落ち込んでしまう。

 

 「一気飲みとかすんなよ、危えねから」

 

 口を付けようと傾けたグラスを一旦置き直し、ユイリーは重々しく口を開いた。

 

 「皆さんには隠していましたが、私、こうだいさんの事が好きでした(・・・)

 「………………でしょうね」

 「え」

 「ジジイも知ってたわよね?」

 「……まぁ、なんだ。そんな気はしてたな。なんとなく」

 「ウソでしょいつから!?」

 

 重々しく語り出したはずのユイリーだったが、バレていたと知るや否や、恥ずかしさが一周まわって唖然とする。

 

 「日本語を覚えたいって弟子を志願してきた時……だったかな」

 「そそそ、それってつまり……最初から!?」

 

 ダットリーは優しさから、街中がその事実を知っていることは黙っておいた。弟子の精神衛生上良くないと判断して。しかし、その弟子の魂は既に抜けだしている。

 

 「はぁ〜……」

 「でも“だった”っていうのは、今は違うって意味で捉えていいの?」

 

 アルベンクトの疑問にユイリーがこくりと頷いた。

 

 「あらま」

 「お姉ちゃんが居なくなってココロに出来たスキマ──。そのスキマのせいでこうだいさんを好きでいた気持ちにも、なんとなく穴が空いてしまったようなんです。前みたいに、夢中でいられないくらい大きく……」

 

 段々と先細っていく声に数秒の間が生まれる。師匠はそれに対する返答が思い付かなかった。関係性の薄い店主は尚のこと突っ込めない。

 

 「……ぽっかりと空いてしまったココロの穴を埋めるにはどうしたらいいか、ここ数日夜はちゃんと眠りながら考えて、なんとか答えに辿りつきました」

 「ちゃんと眠れたのね」

 「こうだいさんが好きで、それと同じくらい師匠も好きだったあの頃の私を見つめ直すためには、もう一度こうだいさんに会う必要がある──。そう思ったんです!」

 

 ユイリー・シュチュエートはこれまで、双子の姉にあたる雪谷(ユキタニ)(アザナ)から感情や性格の一部を受け継いで育ったことになっている。珖代に寄せていた “好意” もそのひとつなのだが、姉が消えたことで “好き” という感情の源までもが消えてしまっていると彼女は語った。

 今の彼女は『好きは好きだが、好きであることが根本的にナゼなのか分からない』状態にあり、とにかく、真剣に、その事について悩んでいた。

 

 「レクムくんの依頼を利用するような形で居た堪れないですが、それでもっ、もう一度会って自分の気持ちを確かめたい! 私が前に進むためにっ、純度一〇〇パーセントの思いで正面からぶつかって、それでも好きって気持ちが変わらないのか、知りたいって思ったんです! 思ってしまったんです……」

 

 いけない願いを口にするような少女に、アルベンクトは甘酸っぱさと懐かしさを感じて目を細める。

 師匠が冷静に切り返す。

 

 「それが街を離れる理由か?」

 「はい。それと……焦りもあって。このまま私だけのんびりしてて良いのかなって。外の世界に触れて、少しでも経験を得て強くなって、こうだいさんを守れる女にならなくちゃいけないのに……。そのために参加を決意したと言っても過言ではありません!」

 

 好きの気持ちはブレてても守りたい思いにブレはない──。それこそまさに “ 答え ” であると気付かない少女に、男は思わず笑みがこぼれる。

 

 「会いたいだけじゃねーか……」

 

 そのツッコミは本人にはおろか、漢女にも届かないほど小さかった。

 

 「それで、準備は済ませたのか? 確か出発は明日の朝だったよな?」

 「はい、もうバッチリです。緊張とワクワクで寝むれるか分からないですけどね」

 

 ユイリーは、若干の不安を浮かべた顔で冗談ぽく後頭部を掻く。

 

 「お酒に頼っちゃおうかなーなんて、へへへ」

 「氷が溶けて不味くなる前に。さあ飲め、ユイリー」

 

 

 照れるように笑う少女。

 

 機嫌よく酒を勧める男。

 

 穏やかに見守る漢女。

 

 気持ちのいい、平穏で暖かな時間──。

 

 

 「どうしたユイリー、飲まないのか? 何も考えず、勢いに任せて飲むんだ。さあ早く」

 

 「師匠──」

 

 

 惜しむように流れる幸福の間。

 

 

 そのひとときに、何を思ったのか少女は、

 

 

 「──私は、貴方がキライです」

 

 

 ユイリー・シュチュエートは否定の言葉を口にした。

 

 

 「「……。」」

 

 

 穏やかな空気を切り裂く冷たい音。

 

 グラスを傾けたままダットリーがピクリと止まる。

 

 店の片付けをするアルベンクトは手を止めて振り返る。

 

 「今、なんて……?」

 

 耳を疑った両者が弁明を求めるように、あるいは聞き間違いであってくれと願うようにゆっくりと少女の返答を待つ。

 

 「あれ、分かりづらかったかな。もう一度言いますね。私はダットリー師匠、貴方がキライです」

 

 普段とさして変わらないトーンを発したユイリーには、見るものを凍らせる冷たい笑顔が貼り付いていた。

 

 「『お前の師匠はウソをついている。信用するな』それがお姉ちゃんの遺言でした。──あの頃の私なら、きっとそう言われても怒るか無視してたと思います。しかし、失って初めて理解するものもあるというか……カラッポの今の私にはものすごく響く、いい言葉でした。間違いなく考慮する意味のある遺言だったと思うくらいに」

 「あ……ああ、なるほど! こうだいちゃんに対しての恋心が分からなくなっちゃったのと同じで、師匠(このヒト)に向ける感情もこんがらがっちゃったって言う……──そういうアレよね?」

 

 思い詰めたどころか、一歩先に振り切れた笑顔を見せる少女にアルベンクトは漠然と不安を感じつつも勝手な解釈をのせた。それが真実であってくれと願いながら。しかし、現実は非常である。

 

 「逆です。それに関してははっきりノーと言えます。だって……、好きになれるワケないでしょ。こんなろくでなし」

 「ろっ……」

 

 アルベンクトは言葉を失った。カノジョなりに親身に寄り添おうとしたが失敗に終わって。

 固まったままの男の代わりに理解しようと必死に噛み砕いたがダメだった──。

 ユイリーは淡々と、氷点下に水を撒くように事実を述べていく。

 

 「S級って肩書きのわりにパッとせず、ユールの危機に表立った活躍もない。おまけにアンデッドの封印を解くために私を利用した呑んだくれのおじさんをどう好きになれと? 思えば日本語だってきちんと教えてくれたことは一度もありませんでしたよね? 肝心な事になるといつもそれっぽい事柄を並べ立てて、結局表現した試しも一度すらない。貴方の持つスキルの一つすら私はまだ何も知らない。皮肉にも心に穴が空いたおかげでハッキリと分かりました。お姉ちゃんが言ってたことはぜんぶ、正しかったんだなって──」

 

 つらつらと(まく)し立て、冷徹な視線を師匠に放つ。一番最初のその弟子は一瞥(いちべつ)のままに立ち上がると結びの言葉を告げる。

 

 「──以上のことから、私は貴方が嫌いです。いいえ、好きになる道理がなかったと言うのが正しいですね。まあいいんです。日本語を覚えるという当初の目的は達成したので怒ってはいません。一年半もの間、大変お世話になりました。利用し利用される関係でいてくれたこと心より感謝します。これからはどうかお互い勝手な場所で勝手に生きて勝手に死んでいきましょうね、五賜卿の、ピースさん」

 

 二人はただ、ユイリーの笑顔を見ているだけしか出来なかった。

 

 

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