その男、ピースにつき⑦
「フフ、今回はそのレイザらスとの共同作戦よ。もっとも、依頼として提出したのはレクムちゃんの勝手な判断らしいけど」
「どういうことだ?」
アルベンクトは弟のエナムから聞いた裏事情を、噂話が好きな主婦のようにせっせと話した。
「ほらあの子、母親に止められてたけどずっと旅に出たがってたじゃない……? 今回はどーもかなり根回ししたみたいでね、手紙を見つけた事を母親に伝える前に協力者を集めたのよ。でもって、大きな後ろ盾と大義名分を同時に手に入れて来ちゃったもんだから、デネントも呆れて仕方なく了承したんだって」
「あのガキにそこまでのコトが? ……ギルドが一枚噛んでるとなると、バスタードの入れ知恵だな」
ダットリーは愚直な努力家とレクムを評価する一方で、賢くはない印象を持っていた。ゆえに計画的な犯行はさしずめギルドマスターの入れ知恵だろうと結論付けた。それについてアルベンクトは反発も共感もせずこう言った。
「ガキっていうのは気付いたときにはぐっと成長している生き物よ。日々ちょっとずつ、目には見えないけど、目にも止まらぬスピードで。レクムちゃんだってそう。冒険に目を輝かせるだけの夢見るお子ちゃまの時期はもう終わってる。真実がどうであれ、今の彼なら目的のために悪知恵働かせるぐらい余裕だと私は思うわ。少しは信用してあげたら?」
優しく諭されたダットリーはレクムの成長を弟子たちの成長と重ね合わせて、ただ一息に「いつの間にか、離れていくんだな」と呟いた。
嬉しくもあり、寂しくもある、──そんな顔で。
「ユイリーは事情知ってんのか」
「ええ、アタシが教えたから大丈夫よ。それよかアンタ、誕生日プレゼント! ……もう時間ないわよ。例の商人から譲り受けたっていうモンスターリング、あげたりしないわよね?」
「なんだ? アレが欲しかったのか? それなら別のガキにあげたぜ。正義の行いに使うんだと」
「正義の行い?」
───────────
──ギヒアの巣──
かつてこの辺りに住んでいたとされる巨大な竜種の残骸。その高くそびえる肋骨は、ハイエナもどき──ギヒアたちの安全な住処として利用されていた。そんな巣の最奥に因縁の三人衆は待ち構えていた。
「よおレクム、言いつけ通りに二人で来たなぁ? 偉い子ちゃんだねぇ」
ポケットは口の中に糸を引きながら笑い、レクムとエナムを歓迎した。彼の前には数え切れないほどのギヒアと上位個体ギヒアードの群れがやって来た二人に睨みをきかせながら徘徊している。
「言いつけなんか書いてなかったぞ。手紙のどこにも」
「あ? ンなことどうでもいいんだよぉ! ギヒアの群れが六十匹……これがどういうことか分かるか? 終わりってことだよ!」
そう言うと、ポケットはケタケタ笑う。
「ベッジ。今回ばかりはバカし過ぎだ」
「……。」
レクムは度が過ぎる挑発行為だとして、リーダー格であるベッジに声を掛けるも、ベッジは何も告げることなくただじっとレクムたちの行動を見守る。
「こうまでして俺たちにちょっかいかける理由はなんだ。いい加減答えてもらうぞ」
「はは! そんなの決まってるだろぉ? 世の中弱肉強食! 強い奴が正義なんだよぉ!」
「テメェには聞いてねぇ。俺は今ベッジと話してんだ、ひっこんでろ」
「ひ……! な、なにおぉ! レクムのクセに調子乗ってんじゃねえぇえ!」
レクムの鋭い視線に一瞬たじろいだポケットだったが、怒りに顔を歪めると人差し指に輝く〘目玉の付いた漆黒の指輪〙を天に掲げ出した。
「兄さん! 来るよ!」
「いけいけギヒア共! 弟の目の前で、レクムを食い荒らせぇ!」
───────────
──バー・アルベンクト──
「なに、ネックレス? ジジイにしては……うーん及第点ね」
「オメェの評価は聞いてねえ」
仕留めた獲物を見せつけるようにアルベンクトに見せつけたそれは、一本の〘金のネックレス〙だった。ダットリーはよほど恥ずかしかったのか、目線を逸らしてそれを渡す。
「ま、アンタから貰ったらきっと何でも喜ぶわよ、あの子」
「それなんだがぁ……、オメェからってことで渡してくんねえか?」
ダットリーは返されそうになったネックレスを受け取らず、苦笑いしながらそんなことを述べた。当然アルベンクトは目を細めて断る。
「聞いてたあ? 自分で渡しなさいよ」
露骨に嫌な顔してネックレスをつき返すが、思ったよりその腕力は強く、苦戦を強いられるアルベンクト。
「オラァ、こういうのヤなんだよ」
「イヤなのはこっちよっ、このいくじなしジジイ! もうすぐ来るんだから勢いで渡しちゃいなさい……っよ!」
「なあ、頼むってこのとおり!」
「イーヤ!」
「後生だ!」
「ぬばら!」
「うおっく!」
「「うがーー!」」
カランカランカラン──。
ダットリーとアルベンクトがネックレスの押し付け合いをしていると店の扉が開いた。待ち望んでいた来客である。
「──噂をすればってやつね」
お得意の杖を大事そうに抱えながらユイリー・シュチュエートが入店する。
「すいません! 思ったよりクエストに時間が掛かってしまい、遅れてしまいました……!」
「そ、そうか、それはご苦労だったな」
「?」
呼吸の乱れが落ち着いたユイリーが、なにか違和感に気付いてダットリーの手元を覗き込む。
「聞いたぞ。出るんだろ? これを届けるために」
ダットリーは慌ててネックレスを隠したあと、手紙を持ってそれをアピールした。
「話してくれたんですかアルベンクトさん」
アルベンクトは何も語っていないと首を横に振る。話がややこしくなるのでダットリーは静かに漢女を睨んだ。
「あ、あれだ……。今日のオマエの様子を見てたんだ。心ここに在らずで、ずっとぷらぷら歩いてただろ? だから分かったんだ。迷ってるなって」
ユイリーが元気なく「はい、迷いました」と答えると、ダットリーは「とりあえず、ほら」と隣りの席に誘導した。
「事後相談になってしまうのが本当に申し訳ないというか、その……改めてちゃんと私の口から言わなきゃいけないことが多くて──」
後ろめたさから自然と俯き語り出す少女のスキを見て、手紙と一緒にネックレスを渡そうとするダットリー。渡されまいとガードするアルベンクト。バレないように密かな攻防が少女の頭上で行われる。
「──どれだけ時間が掛かるか分かりませんが、私は、レクムくんたちと一緒に冒険することにしました。ただ、その……普段からお世話になってる皆さんには、突然のことでやっぱり迷惑を掛けてしまうでしょうか?」
「突然決めたことならそうだろうな。だが、自分で決めたことなんだろう? だったら迷う必要なんかねえさ。弟子の門出を祝えねえほど、オレらも素っ頓狂じゃねえさ」
「スットンキョ……?」
ユイリーが不思議そうに顔を上げた時、ダットリーとアルベンクトは汗だくだった。
「アホとか、マヌケって意味だ。分かんなかったら手帳にでも書いとけ」
ユイリーが素直に手帳に向き合うと二人の争いは激化した。
「スットンキョ……っと」
手帳がパタンと閉まる音と共に争いは終了。結局、手紙は漢女に渡ったがプレゼントは男の手に戻った。
ユイリーは呼吸を荒くする二人を訝しむ。
「あの、なんか……」
「アルベ、ユイリーに一番いい酒を!」
「も、モロチンよ! 今日はアタシが奢っちゃおうかしら!?」
「たりめぇよ」
「たりめぇじゃねぇよ……!」
「え、奢りだなんてそんなっ。それに私、お酒はまだ……」
なんとかごまかせてほっと胸を撫で下ろす二人。しかしユイリーはふたたび心を閉ざし俯いてしまった。
「遠慮せず飲め。成人と門出、両方の祝い酒だ。こういう時に勢いで飲んじまったほうが、後々後悔しなくて済む」
「です……かね」




