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その男、ピースにつき⑥


 

 ──荒野──

 

 

 

 「オラァ──!」

 「ギィギィー……」

 

 最後の一刀が振り下ろされ、見慣れない姿形をした魔物の群れは壊滅した。

 

 「ふぅ、この辺りのは今のが最後みたいですね」

 「悪いな、急に。依頼でもないのにこんな長いこと付き合わせちまって」

 

 ぐぐっと気温が落ち始める夕日一色の荒野のど真ん中。

 泥だらけの格好にどデカい大剣を肩に担ぐレクムは、予定より時間の掛かった私用に連れ回したことを少女に謝罪した。

 

 「でもおかげで、お前が俺の仲間に足る実力者であることは十分理解したぜ。ありがとな、ユイリーっ!」

 

 朝から休みなしの魔物退治(ハードスケジュール)だったので心身ともに疲れ切っていたユイリーだが、混じりっけのないレクムの笑顔に心の疲れは吹き飛んだ。

 

 「なら良かったです。お役に立てたなら……それで」

 「兄さん、じぁあ最後に……」

 

 荷物持ちとして二人に同行していたエナムがそう口を開くとレクムは言い終わる前に声を荒らげ、話をぶん取る。

 

 「ユイリーはさ! ダットリーさんと会う約束してんだろ? 俺らもうちょいしたら帰るから、さき帰ってていいぞ」

 「え、でも確か、あるんですよね? まだ……魔物の群れが」

 

 そう言ってユイリーは不安そうにエナムを見つめる。エナムは『さっき喋っちゃった』と苦笑いを浮かべる。二人の反応を見た兄貴は髪をクシャッとして溜め息をついた。

 

 「……ここまで付き合わせといて言うのもなんだけどさユイリー、後は俺たち兄弟に行かせてくれないか? 最後かもしれないんだ、アイツらとの決着はさ」

 

 事情を知らないユイリーだったが、決意の灯るレクムの横顔を見てこれ以上ついて行く必要が無いことは理解した。

 

 「分かりました。では、お先失礼します。今日はありがとうございました」

 

 ユイリーは杖を両手で握りしめながら何度もペコペコおじぎをし、半魔牛の背に乗って急いで来た道を引き返した。

 

 やがて、巻き上がる砂煙も見えなくなるほど遠くなると、エナムは自分の頭上よりも高く積み上がった背中の荷物から、赤ペンでチェックマークを付けた簡易的な地図を取り出した。そこには目的地となるいくつかの場所が記されている。

 

 「兄さん、良かったの? たぶんユイリーちゃんが居てくれた方が……」

 「いや、いいんだ! 予定あるって言うしな!」

 「カッコつけたかっただけじゃないの?」

 「う、うるせぇ! さき行くぞエナム!」

 

 

 『旅に出ればお前たちの管理する大事な平屋を燃やす。燃やされたくなくば指定の場所を回りオレたちを止めてみろ』

 

 

 腐れ縁で因縁のある悪ガキ三人衆、ベッジ、ポケット、そしてオカッパ頭のスムージポテトからそんな脅迫文が届いたのは、例の手紙を発見したのと同じポストの中からだった。それがテイのいい嫌がらせだと分かっていても、遺恨を残したまま旅に出ることが出来ないレクムは終わらせるためにあえて脅迫に乗った。

 

 行く先々に待ち構える見たことのない魔物たちに悪戦苦闘を強いられた二人は、たまたま暇していたユイリーに協力を仰ぎ、六つのうち五ヶ所を制圧した。

 

 意外にも時間が掛かってしまったためユイリーとはここでお別れ。最後の一ヶ所、悪ガキ三人衆が待ち構えているであろう場所には予定通り二人で行く。

 

 「ちょっと、置いてかないでよ兄さん!」

 

 日が落ちる前に、二人は目的地へと駆け出した。

 

 

 

───────────

 

 ──バー・アルベンクト──

 

 

 

 臨時で開く最終日。

 そのバーには最後の客と思しきダットリーの姿があった。

 

 ダットリーは元店主(アルベンクト)とサシで飲むためにそのバーに訪れた──のではない。街に残った最初にして最後の弟子の記念すべき日を祝うために、急遽ではあるが店を貸切りやって来たのだ。

 

 「ユイリーちゃん、遅いわねえ」

 「大方、気軽に引き受けたクエストに手こずってるとかだろう。気にするほどじゃねえさ」

 「クエストと言えばあの依頼書、みんなで騒ぎ出してどうしたって感じよね」

 「オレから言わせりゃあ、オメェさんが一番どうしちまったんだって感じだよ」

 

 皮肉を込めて言うダットリーは手に持ったグラスをそっと傾け、喉元で氷を鳴らす。そして、そっとカウンターに置くと丁寧に続ける。

 

 「デネントんとこのガキと旅するんだってなぁ。都会の夢はもう諦めたのか?」

 「そうじゃないけど、少し疲れちゃったのよね……都会の蝶でいるとこに」

 「田舎の蛾だろオマエは」

 

 アルベンクトは動じず(しお)らしく、長いまつ毛をパチクリさせる。

 

 「とはいえアタシはユールを捨てた身。故郷が大変だって聞いたからブンブン戻ってきたけれど、これ以上長居する理由もなし。自由に羽ばたかせていただきます」

 「ブンブンは蜂だろオマエ」

 

 悲劇のヒロインのように黄昏れるアルベンクトは無期限、無報酬の依頼に参加を表明した。自由気ままな性格がゆえに今の自分にぴったりな依頼であると、参加したその意味を強調する。

 

 「目的までの道のりを好きに描く旅なんて素敵じゃない? アタシみたいで」

 「そうだな、そういう奴だったなオマエは」

 「なによ、トゲのある言いかた。お見通し感がムカつくジジイね」

 

 熟年夫婦のような小気味よい毒の掛け合いはしばらく続いた。

 

 「そうだ。レクムちゃんから面白いものを預かっていたのよ。見る?」

 

 アルベンクトはおもむろに一枚の手紙をテーブルカウンターに置いた。封のあいた手紙をダットリーが手に取り確認する。

 

 「これは?」

 「旅のきっかけにして、最大の理由よ」

 

 ダットリーは許可をもらったあと、丁寧に折り畳まれたそれを開いて読み進める。差出人の名は『ポポゲニャ極院魔法学園理事長プロテクト』。どこかの理事長だった。

 

 「理事長から直々に……、推薦状だと?」

 

 驚くのも無理ないとアルベンクトは噛み締めるように小刻みに頷く。

 

 「うんうん、流石に予想外ってカンジねアンタでも。まあ、だからあの子も気付かず旅に出ちゃったんでしょうけど」

 「オマエさん、プロテクトが誰か知ってるのか」

 「誰も何も、理事長さんなんでしょすごいじゃない」

 

 理事長からの推薦状(スカウト)など、そうある事例ではない。それが『プロテクト』であれば尚更。

 ダットリーはそれが如何に凄いことかアルベンクトに伝えようとしたが、魔法に詳しくない者に説明してもチンプンカンプンなため、言葉を選ぶ。

 

 「異例中の異例なんだが……こう言えば分かるか? プロテクトが絵本作家として使うもう一つの名は、ワニニャンコフだ」

 「……! ワニニャンコフゥウ!? ってあの大作家の?」

 「そうだ。その大作家さんが求めてんだ。あの万物を司る嬢ちゃんを」

 「じ、じゃあプロテクトって、『賢者プロテクト』ってこと……!? 凄いじゃないかなみちゃん!」

 

 嬢ちゃんの名は蝦藤かなみ。

 文中にはかなみをスカウトしたいが為に『喉から手が出るほど欲しい逸材』や『かなみくんの魔法に惚れ込んだ』や『是非ともうちの広告塔になって欲しい』などホンネが書かれている。中には『むしろお金あげちゃうから来て』とまで。誰が読んでもわかる熱烈な内容(ラブコール)だった。

 

 「しかしぃ、嬢ちゃん宛てならレイザらスに直接頼んだ方が良かったんじゃねえか? わざわざギルドに依頼することでもねえような気ぃするが……」

 

 その疑問を待っていたようにアルベンクトは軽く笑う。

 

 

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