第十九話 俺が守護ってやる!!
---別視点---
冒険者にとっての始まりの街 ユール。
最近キノコ産業に力を入れ始めたこの街の路地裏には、三人の悪ガキがいた。上から順にベッジ、ポケット、そしてオカッパ頭のスムージーポテト。彼らはひがな毎日を悪さして過ごしていた。
「……その袋は……弟のもんだ……返しやがれ」
悪ガキ三人にタコ殴りにされた少年、レクムは立ち上がれずに見上げながら訴えた。
「兄さん……もういいよ……」
レクムのおかげで無傷で済んだ弟は取られたサイフより顔の腫れた兄を心配し声をかける。弟は、弟と呼ぶにはあまりにも中性的な見た目をしていた。
「ああ、金袋は返してやるよ。ただし、中身の方は授業料として貰っとくぜ」
取り巻きを引き連れるベッジはそう言うと、袋を地面に落とし中身をポケットに預けた。手馴れた手つきで銀貨をしまうポケットは嘲笑気味に言う。
「レクム、これに懲りたら二度とS級冒険者になりたいなんて言うんじゃないぞぉ? オレら三人にも勝てないんだからなぁ」
「ういうい」
ポテトも肯定する。
「もういい。行くぞポケット、ポテト」
ベッジは飽きていた。
レクムとの衝突はこれまでに何度もあって、その度に返り討ちにしていたものだから、もう煽る気も起きない。だから用が済めばあっさりと引き上げる。言い争うのは不毛だとして。
悪ガキ三人は年齢も一緒で、力も大した差はない。しかしベッジの言葉数の少なさや堂々とした態度、冷静な判断に魅了され他二人は金魚のフンように付き従っていた。
三人が路地裏に消えいったあと、取り残されたレクムはひとり歯を食いしばり地面を殴った。
「クソッ……!」
三人に対する怒りがあった。だが、それ以上に情けないほどに弱い自分自身に憤りを感じていた。
「兄さん……ごめん……」
「俺に謝んじゃ無くてアイツらに怒れよ!」
「……ごめん」
弟のエナムは小さな頃から争いを好まない優しい性格だった。その為、幼少期は自分より血気盛んな兄の後ろからついてまわる子だった。今となっては身長で兄を越しているが、それでも自分のことより兄を気遣う姿勢は昔と何ら変わらない。
「……母ちゃんは男だからこう、女だからこうみたいに言うと怒るけど、エナム……男なら強くあれ! 大事なモノ取られて黙ってたら取り返しがつかなくなるぞ! 怒れ、悔しがれちゃんと!」
エナムは武器や冒険より、蝶や花を愛でるタイプだった。おまけに顔は中性的で少女に見えることから女の子の友達も多い。本人も女の子に間違われることは満更でもなかったのだが、それを見兼ねた兄レクムは舐められ続ける弟を不憫に思い叱咤した。
「そうは言うけど兄さん、負けてたじゃない」
「……うっ」
と、かっこ悪い兄にトゲを放ちながらも、エナムは肩を貸して一緒に立ち上がる。
「お前、たまにキツいこと言うよな」
弟の毒舌な部分がタコ殴りにされたカラダに染みながらもレクムは微笑した。そのまま、お食事処 レクム に向かう。二人にとっての我が家だ。
「ケガの理由、母ちゃんには内緒にしろよ」
「うん」
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エナムはレクムより几帳面な性格で、お金の管理がきちんとできる為お使いを頼まれることがよくあった。
その日も買い足しを母親に頼まれたエナムは、買った分のお金をきちんと報告すれば返ってくるのを知っているので自分の財布を持って出掛けた。しかし頼まれていた香辛料を買ったあと運悪く悪ガキ三人に絡まれてしまい、銀貨の入った袋を奪われてしまった。
弟の帰りが遅いことを心配したレクムは脅されている場面に遭遇し、助けに入った。結果しては返り討ちに合いレクムだけがボコボコにされたのだが、二人はケガのことも銀貨を取られたことも母親には告げないことにして帰ってきた。
「ありがとねエナム。お金はあとで返そうさね。レクム、暇ならあんた店、手伝いなさいよ」
母親であるデネントは二人から香辛料を受け取ったあと、レクムの腫れの引ききらない顔を見ても何も言わずに厨房へ戻った。レクムはそれを、忙しいから気づかないのだと解釈し、少し落ち込んだ。同時に、優秀な弟に羨むような視線を向けた。
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店はココ最近、忙しさを増している。
キッカケは、普段厨房にこもり切りの父親が腰をやってしまったことから始まった。普段夫婦で切り盛りしていたこのお店も、デネント一人では当然立ち行かなくなり、子供達に手伝ってもらいながらなんとか営業を続けていた。そしてある日、店に訪れた薫かなみ親子と元女神リズニアがその事情を聞いて手伝いを志願してきた。人手の足りていないデネントは二つ返事で了承した。
女神は皿を割ってしまうクセがあるのでその日のうちに手伝いの辞退を(かなみの強制で)することになったが、薫かなみ親子はテキパキ働き、大いに貢献した。──貢献しまくった。
親子はお世話になったデネントへの恩返しのつもりだったが、皮肉にもそれが忙しい原因そのものとなる。可愛い女の子と綺麗な女性がレクムで働いていると聞きつけた街の男共が、ほぼ毎日通うようになってしまったのだから仕方がない。
レクムとエナムはすぐさま給仕服に着替え、給仕の仕事へ取り掛かる。
「ねぇ、その顔どうしたの?」
レクムに声を掛けたのは今年、十を迎えるマロン色の髪をしたチート少女かなみ。
「いや、別に何でもねぇよ……」
かなみにはその一言で何かあったのだと悟れた。彼女に隠しごとは無駄なのだ。
「弱いくせに強がらないで」
かなみはレクムの手を掴みそのまま背中に回した。
「いででででっ分かった分かったから! 後で話すから離してくれっ!」
「よろしい」
勝ち誇った笑顔をするかなみを見て、レクムは少し顔を赤らめながら目を逸らした。
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日が沈んだ頃、食堂が閉店。
やがて片付けも終わり、母娘が仕事を切り上げ宿に帰る時間。かなみが迎えに来た珖代たちを待たせてレクムの元へやって来た。
「はい、じゃあ何があったか全部聞かせて?」
「あぁ……実はさ──」
レクムは店の裏口の前にかなみと並んで座りケガの真相を話した。帰りの遅いエナムを探し出て、路地裏で絡まれているところを見つけ、割り込み、安い挑発に乗って、返り討ち。つまるところそんな内容。
お金の件に関しては話さなかった。
自分がやられたあとの出来事を話すのは、彼女に対し余計な心配をさせたくない思いがあったからだ。
「相手は一人だったの?」
「いや……三人いた。でもそんな言い訳はしたくねぇ。冒険者なら、大切なヤツを守護りながら三人を相手に戦うことくらいある」
「前から思ってたけど、どうして冒険者にこだわるの?」
かなみはそう疑問を投げかけた。
レクムの家庭は経済的に豊かな方では無いのかもしれないが、誰かが冒険者になって稼がねばならないほど苦しい生活を強いられているようには見えない。それに長男であれば、食堂を継ぐ可能性も十分あり得ると思ったからだ。
「冒険者って、ランクがあるの知ってるか?」
「うん。確か……依頼を受ける時は自分のランクと同じか、前後のクエストしか受けられないんだよね」
「でもクエストにはさ "Sランク" までしかないんだけど、冒険者には "SSランク" まであるんだぜ。不思議だろ?」
「へーそうなんだー。どうして?」
「その昔、S級冒険者の中に一人だけ、とんでもなく強い冒険者がいたんだ。一振で海を割り、天を統べる竜をもひれ伏させた伝説の冒険者。んで、その冒険者はあまりに強すぎるってんで "SS級冒険者" って称号が与えられたんだよ。その事がキッカケで以降冒険者の階級は一つ多く存在することになったんだ」
冒険者にはあるのに依頼にはSS級が存在しないことを疑問に思っていたかなみは、一度チートスキルで調べ上げ、その内容をあらかた知っていたが、目を輝かせて話すレクムを見て初めて聞いたような相槌を打った。
「だ……だから俺は──俺の夢は、その冒険者より強くなって、『SSS級冒険者』って呼ばれるようになることなんだ……。こ、子どもっぽい夢だよな……笑ってくれ」
「じゃあ、強くならなきゃだね」
「えっ……」
「思ってるだけじゃ夢は叶わない。なんでもいいから強くなる為の行動に出るの。いち早く」
レクムにとってその反応は予想外だった。
今より小さい頃は、周りの大人や同年代の子にその夢を盛大に語っては笑われてきた。同じ年の子達にも「お前には無理だ」とバカにされ、冒険者達には「面白い冗談だな」と酒のつまみにされ、母親には「お前は店を継ぐんだからバカ言ってんじゃないよ」と怒られて──。
だから、安易に夢を語らなくなったし語ったとしても笑われる覚悟も怒られる覚悟も出来ていた。
でも目の前の彼女は、呆れも怒りも笑いもせず真剣に応えてくれた。初めての経験にレクムにはどう返せばいいか分からなかった。
「──じゃ、また明日ね」
戸惑っていることに勘づいたかなみは立ち上がり、皆の待つ店の入口に歩み始める。
「まっ、待ってくれ!」
レクムも立ち上がりかなみの背中に声を掛けた。
本当なら「宿まで送ってやる」とそれだけが言いたかった。だが、色んな想いがごちゃまぜになって口から零れだす。
「俺は、俺は……! 今よりずっと、ずっと強くなって、もう一つ上の "SSS級冒険者" になってみせるっ! そんで……、そんで……! その時が来たらかなみは俺が守護ってやる!!」
勢いに任せ、全てをさらけ出したがレクムに後悔は無かった。
レクムにとってかなみは、守りたいと思える大切な人物だったから。ただ、傷つきやすい彼は何を言われてもいいように身構えてはいた。
彼女が立ち止まり、全てを聞き終えて数瞬。
男の子はどうして無茶無謀なことを目標にするのか──かなみは不思議にそう思っていたが、なにも嫌という訳では無かった。
照明が落ちたように姿を一瞬でくらましたかなみが、レクムの目の前にスッと現れた。
目で追えない領域の動きに腰を抜かすレクム。声をあげ、尻もちをついたレクムさらに近づくかなみ。
「ありがとう。応援してるねっ」
そのが台詞が、ほっぺたに口付けをされた前なのか後なのかレクムには覚えていられなかった。
薫から受け継いだ魔性の部分──。その片鱗は既にオチかけだった少年を完全に落とし込んだ。
ときたまに現れてしまう無意識下でのどんなムチャなお願いでも叶えてあげたくなってしまうほどの蠱惑的なしぐさや色香は、遺伝子の発露に違いない。
レクムには叶えなきゃという使命感と共に、俺なら出来るという自信が水面下でみなぎっていた。
顔を赤くしてフリーズしている間は、そのことに自分でも気づかないだろう。
「無茶だけは、しないようにね」
かなみは最後に頭を撫でて帰った。
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翌日。
レクムは一人、昨日とは別の路地裏に来ていた。
細い三つの通路。
その合流地点にはポッカリと穴が空いたように空き地が存在する。空き地にはタルが乱雑に置かれていて、タルの上で片足を乗っけて座るベッジの姿があった。両脇にはレクムが来るまで談笑していたポケットとオカッパ頭のスムージーポテトが立っている。
「お前ら、金が欲しいんだろ? ほら……やるから拾えよ」
そう言って、銀貨の入った袋を自分の足元にストンっと落とした。それはレクムの全財産が入った軽めのサイフだ。
「なんだとてめぇ! またやられ──」
「ういういういういういういう──」
挑発に乗るポケットとポテトを手で遮るようにベッジは止めた。
「それはお前の金か? 授業料としては弟より少なく思えるが、早めに終わらせて欲しいってことでいいのか?」
ベッジは口の端を吊り上げ笑う。
「来いよ雑魚ども! 全員ボコボコにしてやる」
レクムは健闘した。
パンチを避け、蹴りを躱し、一発殴って二発もらう。
パンチを防ぎ、蹴りを受け止め、一発殴って三発もらう。
パンチを受けて、蹴りに耐え、殴らせてもらえず殴られる。
勝てる見込みはなくとも、前日よりは戦えていた。
一対一であれば勝利への執念の差で勝てたかも知れない。あるいは根性と気力で押し切れたかも知れない。しかし、防ぎきれなかった怒涛の攻撃に地面を舐めることを余儀なくされた。
一度は立ち上がり反撃に転じようとしたレクムであったが、それも呆気なく阻まれた。三人は地面に伏せるレクムが再び起き上がってこないように、ひたすら蹴りを浴びせ続けた。しかしその三人もどこか憔悴しきっていた。
やがて──、
「手こずらせやがって……授業料に見合いやしねぇ……行くぞ。ポケット、ポテト」
息も絶え絶えになったレクムが起き上がらないことを確認してから銀貨の入った袋を拾い、また路地裏に消える。
筈だった。
「あーあー、ケンカは良くないな。ここはカツアゲが許される世界でもないでしょうに」
細い道を通って一人の男が姿を現した。
身長は百八十センチメートル近くあり、髪は黒の青年。何より印象的なのは頬に付いた大きな十字傷。
「……お前は、かなみの……とこの……」
レクムには言葉が分からなかったが見覚えがあった。
名ばかりの盗賊団に捕まり、怖い思いをした時助けてくれた戦乙女のような女神の隣にいた男。縄を解いてくれた男。
食事を取りながら、かなみと楽しそうに話していた関係性のよく分からない男。かなみ達のパーティーの中でも、最も印象の薄い男だった。
だがそれすら知らないベッジ、ポケット、そしてオカッパ頭のスムージーポテトには、キズも相まって訳の分からない言語を喋るヤバイ男にしかうつらなかった。
「ベッジ、何かブツブツ言ってるし絶対ヤバいヤツだよ! 逃げよう!」
「……ういういういういういういういえいういういえうえええええうういえええええうえう」
リーダー格のベッジがふたりを無視する。二人の呼び掛けに応じないのは当然と言えば当然。
「…………
…………。」
ベッジは既に、┠ 威圧 ┨を受けて指先を震わすことしか出来なくなっていたのだ。返事一つ、返せない。
そんな状況の中、ゆっくりと近づいてくる男に得体の知れない恐怖を感じた二人は、ベッジを切り捨て、尻尾を巻いて逃げ出した。
男の正体は──喜久嶺 珖代。
かなみに諸々頼まれ、全てを見届ける役目を引き受けた者であったが、その全てを見届けたと判断してこうして姿を現したのだ。
「えっとー、これか」
珖代はベッジに目線を合わすと、手に握られている銀貨の入った袋をとり返した。
「はい。これ、レクムくんのだよね」
珖代はレクムの方へ振り向くとニッコリ笑ってそれを渡す。レクムにはその言葉の正確な意味が理解出来ないが、それでも何を言いたいのかは理解してお礼を返した。
珖代は再びベッジの方へ向き直ると、今度は腰に携えていた木剣を取り出した。リズニアと二人でFランククエストを受けに行ったときに買っておいた未使用の武器だ。
そしてその剣を両手で構え、勢いよく少年に向かって振り下ろした。剣は少年の顔前で止まる。
「君たち、次こんな事したら、お兄さん、許さないぞ?」
イカつい顔の珖代が歯茎むき出しの笑顔を見せた。
ベッジは動かない。
「あれ? ┠ 威圧 ┨の効果はとっくに切れてるはずなんだけど……」
効果が切れても恐怖心が限界を超えて動けないのだ。その証拠に、下半身には円状の模様が浮かび上がって徐々に広がっていっている。
「大丈夫かい? おーい……」
流石にやりすぎたかもと反省した珖代が慌てて手をかざすが、ベッジは立ったまま気絶していた。
「あはは……そ、それじゃあね、レクムくん。……カオウ!」
少年を脅かして失禁させたとあったらかなみに何を言われるか分からないと心配した珖代は「剣は脅しすぎたな」と呟きながら、そそくさとその場から立ち去って行ってしまった。
一つ、┠ 威圧 ┨の制御が甘く強めにかけてしまったこと。
二つ、珖代の笑顔が怖すぎたこと。
以上の点が気絶の原因として挙げられるが、珖代がそれに気づくことは無さそうだ。
珖代にかき乱されて変化があったのはベッジだけではない。その場に取り残されたレクムにも変化があった。
「げぇー……すげぇ……!」
強さに魅せられ目を輝やかせていたのだ。
戦って強くなればいつか夢にも届くのではと、具体性もなく漠然と考えていたレクムだったが、明確な目指すべき目標を見つけた瞬間だった。
ただの一度も相手に触れること無く、気絶させる男。
少年が憧れを抱くには十分だった。
この事がキッカケでレクムは剣の道を独学で学び始めることになる。
間近で見た強者の風格。
それに少しでも近づくために。




