その男、ピースにつき⑤
---別視点---
『ケツ刺しの珖代』率いる聖剣使いの一座が旅立ったその二週間後。
──ユール──
「ん?」
家族で管理することになった平屋の砂掃きをしていたレクム・ファイヤーランドは、庭先のポストに取り残された何かに気付いて手を突っ込んだ。
「なあエナム、コレさ」
「なに?」
「なんか大事っぽく見えんだけどさ、どうよこれ」
弟のエナムにそっと手渡したのは一枚の封筒。エナムはその中身を読んだ訳でもないのに、渡された封筒を手に取るとガタガタと震え始めた。
「ににに兄さん……、ここ、これを、どこで見つけてきたの……?」
「そこのポストん中に忘れ去られたように一枚だけな。やっぱ、大事な手紙かなんかか?」
「だだだっ、大事なんてもんじゃないよ! 見てよコレ! 魔法刻印が施されてるんだよ!? こんなの絶対普通じゃないって……!!」
興奮するエナムは手紙の中心で青く光る封蝋をトントン指差し、レクムが嫌がるのも無視して手紙を近付ける。
「……よくわかんねーけど落ち着け。一旦。説明してくれよ」
「えっとそのね、身分の高いヒトが手紙やなんかでその身分を証明する時に用いられる封蝋がこの魔法刻印なんだ。お城がデザインされたこの青い刻印は、王族の身分を証明するもの! つまり差出人は、すっごいヒトってことなんだ!」
「ふーん、王様ではないんだな」
レクムはそう言うと、手紙をサッとエナムから奪い取った。
「ふーんて。それはそうだけど……王族がわざわざ手紙を送るなんて滅多なことじゃないからね? きっと何か、すごく大事な──」
エナムの興奮をすこし理解したレクムは「なるほどな」と言いながらおもむろに封を切った。魔法刻印が霧散して消滅し、一気に開封状態に。
「ににに兄さん……!? ダメだよそんな勝手にっ!」
「見なきゃ誰宛てなのかも分かんねーだろ?」
レクムは慌てる弟を尻目に封筒から平然と中身を取り出し、慎重に目を通した。中身はレクムでも読めるほど簡潔な文章で構成されていた。
「お、おい。マジかよ……」
「え、なになに」
困惑しながらもどこか嬉しそうに口を歪める兄を見て、居ても立っていられず横から覗き込む弟。
「え、ええ!?」
その手紙の送り主は──。
───────────
──ギルド──
ケツ刺しの珖代が旅に出ても、その喧騒は相変わらず続いている。
「「「「ユイリー、誕生日おめでとーー!!!」」」」
パンパーン! パパパーン!
荒くれ者の冒険者たちの手によって鳴らされたレイザらス製の特別なクラッカーはひとりの少女に向けられた。
ギルドに入っていきなりの発砲音に身構え、歓迎ムードにしばらく放心状態になったユイリー・シュチュエートは、開口一番「どうして、知ってるんですか?」と皆に訊ねた。しかし間髪入れずに攻めてくるプレゼント攻撃とサプライズケーキの甘さに流されて、その疑問はかき消されてしまった。
一昨日の晩、珖代たちからユイリー宛てのプレゼントが届きそれがキッカケで今日が誕生日なのだと街中に広まったことを、少女は知るタイミングを逃してしまったのだ。
併設された酒場の隅っこで、グラスを傾けダンディーかつワイルドに佇む呑んだくれの男は、両手いっぱいに贈り物を抱える弟子が接近していることに気づいて目配せする。
「おはようございます師匠。今日も天気は快調ですね!」
「ああ。そうだな」
二人きりの時は決まって日本語で会話するふたり。珖代が居なくなった今も習慣としてそれは残っている。
「それより……、大丈夫かそれ」
「すいません。一旦置かせてもらいますねっ」
心配する師匠のテーブルに弟子はドカッとプレゼントを乗せて、ホッと一息ついた。余程嬉しかったのか、弟子は普段よりテンションが高かった。
「ふぅ。それで、今日は草むしりですか? それとも牛のお世話ですか? お世話ならソフトタイプのブラシをもらったのでお試ししてみたいのですが! チョイョイ、喜んでくれるといいなぁー」
弟子は妄想に顔を綻ばせる。
師匠はその上機嫌な顔をじっと眺めながら、反対の険しい顔をさらす。
なぜなら──プレゼント。そういったモノを渡すのはスゴく苦手だから。
かといって知ってしまった以上、あげないわけにはいかない。珖代には迷った挙げ句お金を渡してしまったが、同じで良いものか非常に悩ましい。
「シショー……? あのー、ひょっとして……」
マズイ、プレゼントを期待しているのだろうか? 顔を覗かせて聞いてくる弟子。少し身体を外に逃がして目線を外す。
「す、すまんがオレからは──」
「私の顔に、何か付いてます?」
「──────…………………………………………。鼻にクリーム」
ユイリーは急いで鼻を拭くが、すぐにそれが冗談だと気付くとふて腐れた。ケーキにかぶりついていた分、余計に信じて恥ずかしそうに。
「師匠のいじわる」
「ユイリー、掲示板のヒトだかりはもう見たか。なかなか面白い依頼が来てるぞ」
「いいえ。気にはなりますけど、もう二度と信じません」
腕を組みそっぽ向く弟子。
「さっきは悪かった、許してくれ。今日は頼みごともないからゆっくり見てくるといい」
「またですか? 珍しいですね昨日今日と」
「まあ、そういう日もある」
本当は調整した。
休みにしたら喜ぶとそう思って。
しかし余計だったかもしれないし、恥ずかしさもあってそのことは黙ることにした。
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掲示板には様々な依頼や事故の報告、お知らせなどが掲載されている。中でも大勢が注目するのは一枚の依頼書──。冒険者たちが頭を悩ますその依頼主には『レクム・ファイヤーランド』の名が書かれていた。
「え、これって……」
ユイリーは見出しから詳細に目を通し、言葉を失った。
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長期クエスト。
題名『忘れ物のお届け』
目的『旅の仲間の募集』
期間『未定』
人数『未定』
行先『未定』
報酬『なし』
条件『死んでもいい自由な奴』
期限『今日の夜まで』
概要『カナミエビトウに会うこと』
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
「ダットリーさぁん?」
酒をひとりで嗜む男の元に、今にもフンっと鼻を鳴らして怒りそうな女性が、腰に手を当てやって来た。
「師匠として、何かしてあげないんですか」
「キャス……仕事に戻れ。オマエさんには関係ねえことだ」
「あ、あのですねぇ……」
男の元にやって来たその女性は去年、恋のキューピットリズニアの計らいによってヨレンという冒険者と婚約を交わした受付嬢。結婚した彼女は臨時ではあるが今も受付嬢を続けている。ダットリーの言い方にカチンときたキャスは、顔面に青筋を立てながらも怒りを抑えて問い掛ける。
「ユイリーちゃんは優しいから口にはしませんけど、それでいいんですか? それとも、言わなきゃ分かんないヒトですか?」
キャスが笑顔で握ったテーブルの端からべキッ! という音が鳴った。
遠巻きにその光景を見守る冒険者たちは『抑えて抑えて!』とジェスチャーするのに必死だ。
「………………今からでも間に合うか」
「はい?」
右足首を左膝の上に置いてさすりながら、男はそっともらすように呟いた。あまりの声の小ささと、見た目とのギャップのあり過ぎる行動に受付嬢は聞き返した。
「何をあげればいい? ……あのくらいの歳の子には」
照れながらも逃げずに訊く男の真剣さに免じて、キャスは怖い顔は取り消した。
「何ってそんなの決まってるじゃないですか。気持ちですよ、気持ち。プレゼントは第一に、相手を思いやる時間。こんなにもアナタのことを考えていたんだよという時間の結晶をプレゼントにしてあげてください」
ダットリーはその説明を聞いて大そう面倒くさそうに眉毛を掻いた。
聞く相手を間違えたかもしれない。
「もっとも、かさばらなくて高価なものであれば私は嬉しいですけどねっ!」
キャスは冗談ぽく笑って言ってみせた。影で見守る冒険者たちはそっと胸を撫で下ろす。
「フッ……伝わらなきゃ世話ねえってことだな」
自嘲気味に笑う男が独自の解釈に落ち着くと、どこかツキモノが取れたように清々しい顔をさらした。
男は珍しく朝から出掛けると、その日一度も、ギルドに戻ってくることは無かった。
「ああ。プレゼント用にそれをひとつ貰えるか……?」




