最終回 後編 トラック運転手の異世界奔走
「私には、役目があって……ここに居て、与えられた役割を……こなさないと。……………………女神が、勝手にソトに侵入することは禁止……では、さっそく、あなたを異世界に残すための手続きを……」
「いーや無理だね」
自分の中にあるもう一つの欲求から必死に逃げようと混乱する彼女は、唯一ある椅子に腰掛け頭を抱えていた。そんな彼女の目の前で、俺は腕を組み睨みつけるように覗き込んだ。
「断言する。お前は自分の好奇心に勝てない」
俺の言葉に合わせるように彼女がゆっくりと顔を上げる。
「誰かから受けたお役目を必死に果たそうとすることはスゴく立派だと思う。けどな、それを理由に自分のやりたいこと我慢してたら、お前に託してくれた神にも失礼じゃないか?」
彼女は「なん、ですかね……」と声にならない声を漏らし目をそらす。
「俺たちは救った世界の半分も知らない。その価値や色彩をぜんぜん見て回れてない。燃える海や古龍の楽園、立ち寄る必要はないと諦めた大陸──。その全てに文句タレたのは誰だったか。行かないって知ってブーブーいじけたのはどこの女神だったか」
「うっ」と漏れる声が聞こえた。表面上、冷静に取り繕うための女神モードがベリベリに剥がれてきた。
「俺たちが救ったっていう世界の形がどんなもんか、お前が気にならないはずが無い! 寧ろそっちがメインだろっ! 遊びに行きたいって顔に書いてあるぞ!!」
ズバッと犯人を当てるように顔を指差すと、女神は思いのほかリアクションを取って仰け反った。
「ええ!?」
本当に顔に出やすいやつで助かる。内心を悟られないように女神モードを駆使していたようだが、剥がれてしまえばほれこの通り。
「え? ……えっ?」と驚いたように自分の顔をベタベタと触っている。よっぽど図星だったのだろう。結局中身はなんにも変わってなくて安心した。
「聖剣よ」
俺は彼女に背を向けたあと、おもむろにソレを右手に喚んだ。
役目を終えた聖剣は本来の力を失っている。
しかしその意思を変質させ、どんな空間にも一瞬で召喚できる技術は変わらない。あとはこれに┠ 威圧 ┨を纏わせることで能力を限界以上に引き出すことが出来る。──そう。追い詰められたアルデンテが、俺の剣技と錯覚し、口をあんぐりとさせたあの時のように。
全身に神の威圧を纏わせる間、俺は彼女に謝らねばならないことを思い出した。
「悪いな。前にした約束、果たせそうにない。泣かせるくらい最高の、一番に望むいい言葉なんて結局思い付かなかったわ。というか、そんなにハードル上げられたら言い出しづらいわ。ずうっと考えてて魔王が最後なんて言ったか忘れたわ。だから俺は──行動で示すことにする」
聖剣を両手で上段に構える。
そして、勢い良く振り下ろした。
「不条理叛逆」
たて一閃。ファスナーが開くように真っ暗な空間に穴を開ける。穴の先には真っ青な世界が広がっている。
「あの、……っ、え??」
異世界上空。下に薄い雲が見える。気圧の差によるものなのか、強い風が吹き荒れ、穴に吸い込まれそうになる。
「これで、お前を縛る鎖は無くなったな。泣いてくれてもいいんだぜ」
俺は満足し聖剣を肩に担いだ。前からは風の音、後ろからは彼女の怒号が聞こえる。
「ちょ、なにしてくれてんですけェ!? 泣く泣く! そんな事されたら別の意味で泣く! 勝手に世界を切って繋げるなんてそんな、勝手な……! ああ、アァァアァあぁ……!!! 怒られるうぅぅぅぅ絶対怒られるうぅぅぅぅ!!」
見た訳じゃないが、真っ青になりながら頭を抱えて今にも泣き出しそうにブルブル震えている光景が目に浮かぶ。
「むちゃくちゃですよその状態異常ォ! と、それを実現させる聖剣ンンー! ふつう繋がりませんからねそんな穴! ぶっコワですよぶっコワ!」
「お前が言ったんだろ、女神は出るの禁止だって。無茶や無理を押し通すための聖剣らの前で、それを言ったらお終いだ。それとも、それがお前なりの抵抗だったか?」
「……。」
俺の質問に、彼女はただ呆れてものも言えない感じだった。
不条理叛逆は元々、好奇心旺盛なそこの女神から抽出された不必要素だった。彼女の上司にあたる大神はそれを “状態異常” という概念にして俺に擦り付けて、俺たちをまとめて異世界に追放した。
そうやってクズ女神を鍛え直そうとしたのだ。しかし彼女の内面にはとくに変化はなく、失った叛逆精神さえ俺の影響を受け取り戻してしまった。
大神により人柱にされた俺はこの状態異常を解除しようと最強クラスの聖職者の元に訪ねたりもしたが、この概念に救われてきたことも確かにあったことを思い出し、踏みとどまった。
──世界を救うなんてバカげた原動力にはちょうど良かったりもしたかな。
もっとも、不可能を可能にする聖剣あってのものだが。ここでも役に立ってくれた事は誇りに思う。
「何事だぁぁぁぁぁぁあ」
大神の、ウワサをすれば響く怒号。
俺たちの会話を割くように神の怒りが暗がりから降り注ぐ。
間違いない。極東の日本を含め世界の東側を担当する神、東神の声だ。すぐそこまで来ている。
「ああああまずまずまずいトウ神さまにまた叱られるぅぅう」
あわあわと神の到着に慌てはじめる女神に、俺は振り返って伝える。
「リズ──」
だったらどうすればいいかなんて決まってる──。
「一緒に逃げようぜ」
リズは呆れたように笑いながら涙を拭って応えた。
「……言えるじゃないですか」
俺は世界に身を投げ出した。
その手を引いてリズも落ちる。堕ちる。
真っ暗闇が遠ざかる。
「リズーー!」
「こうだーーい!」
異世界の朝焼けに照らされる彼女に向かってその名を叫ぶと、返事が返ってくる。後からついてくるリズのスピードに合わせたくて、大きく身体を広げ水平に保つ。
「絶対にー! 諦めないですー!」
「なんだってぇー!」
上空で離れていると聞こえづらいので、手足を目一杯大きく広げてゆっくり近付く。ついて離れないように手を握りあって重力に身を任せる。
「諦めないです! ぜんぶー!」
「ああ! 見て回ろう! 世界!」
やらねばならない事は全て果たした。だから今度は、三度目の人生は、ただの一般人として適当にトラックでも運転しながら、異世界を奔走しようと思う。
「そうじゃなくてー! 全部ですぜんぶー! こうなった以上! 私は全てを離しません! 絶対に逃しませんからねー!」
「俺だって負けねえー! 望むところだー!」
役目の終わり。選択の終わり。空の旅の終わり。
地面への激突の瞬間、空間に┠ 威圧 ┨を掛けて慣性を吹き飛ばす、ふわりとした着地。
「ここって」
「ああ。始めるなら、やっぱここしかないだろう?」
荒野。何も無い荒野。
その中にぽつりと存在する辺境の城塞都市。自由を意味するその街は、いつだって俺たちの新たな始まりを応援してくれていた。
大通りのその先で、薫さんが、かなみちゃんが、中島さんが、アレクが、皆が首を長くして待っている。
「うーん? 私たちが最後って訳じゃなさそうですね」
「とりあえず、みんなが揃うまで冒険はおあずけだな」
「えぇー……」
「えーじゃない。少しくらい我慢しとけ」
バラバラになったその時は、この街に集まるのが俺たちのルール。だから、もう少しだけ待たないと。
異世界を冒険するには、まだ早いようだ。
丸4年と1日。
今日まで応援本当にありがとうございました。
本当に多く方に見ていただいたようで驚いております。いつの間にか5万PVいってた時は空いた口が塞がりませんでしたよ。
長かった彼らの異世界ライフもこれにて一旦おあずけ。実は直前まで決まっていなかった最終回ですけども、リズニアENDとなりました。感動的な薫ENDや幸せなユイリーEND、悲劇的なかなみENDなど色々候補あってのリズニアです。別ルートという訳でなく、全ていつか起こることしてどこで区切りを付けるかで悩んでいました。
気持ちよくまとめるためにだいぶ最後の方端折ってしまいましたが許してください。
まだまだ多くの謎が残る秘密だらけの異世界。モヤッとしないようになるべく公開していきたいと思いますので、どうか明日以降のエピローグもお楽しみください。
じかんじくは珖代たちが旅に出た所まで戻ります。




