最終回 前編 転生を司る女神
今日で四周年!
明日が最終回!
「うおおおーーし。とりあえず元気が出たなら行きますですよ! 打倒魔王ッ! ついでにその辺の五賜卿も挽き潰してブチコロですッッ!!」
「次いでってなぁ……」
こんな奴でも──いや、こんな奴だからこそ俺は立ち上がれる。肩の荷が降りて一緒に戦いたいという気になれる。
「リズ」
「はい?」
「……いや、なんでもない」
二人して一緒に立ち上がったタイミングで、俺はポロッと打ち明かしそうになる。
「なんですかーもー! さっきから、ちょこちょこからかってません?」
初めて会ったあの日──。
『……お願いです。あの世界にはあなたのような方が……あなたのように他人を想いやれる方が必要なのですッ!』
彼女は誰よりも世界を憂いていた。
『モンスターが蔓延り、勢力を増していくあの世界からは、徐々に他者を想いやる気持ちが薄れてしまっているのです……。このままだと、魔王に民も土地も奪われ、人々の文化すら失われることになるでしょう。……魔王を倒して欲しいとは言いません。ですがっ! 身近な人々だけでも救ってあげて欲しいのです……。そのための力は授けます。私を信じて下さい』
身近な人を救って欲しいと切に願う彼女を見て、俺は純粋な善の気持ちに応えてあげたいと思った。
純粋過ぎるがあまり時々ヒトを傷付けてしまうけれど、その純粋さに今はこうして救われているから。だからあの時と同じく、リズニアが喜んでくれるような選択肢を俺はできるだけ頑張ってみようと、そう思った。
──正直、異世界なんてどうでもよかった。滅びようが何しようが俺には関係ないと言い切れたし。……けど、誰よりも世界のためを思う誰かをほっとけなかった。助けたいと思ってしまった。クズで、外道で、悪魔で、どうしようもないポンコツだとしても、今もその気持ちは変わらない。
身近な人を助けろって言ったのはお前だろ? だから俺は、お前の切実な願いのために世界を救う。そう決めたんだ。
「ごめんな。上で待っててくれるか?」
「上……素直過ぎて気持ち悪いです」
命は拾った。
聖剣はこの手に。
みんなが待っている。
なら振り返る必要はない。
「らしくないか?」
「ないですよ全然」
なんだか、前にも同じようなやり取りをしたような気がする。
『自分らしさ』についてものすごく無駄に悩んでいたような……。
「らしくないよな。そりゃ」
見上げた空はいつの間にか晴れていた。
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──灰燼と化す魔王の最後のセリフを聞き届けながら、俺は天を仰いでいた。
ここまでの旅は長く険しく、辛いものだった。
ひょんなことから手に入れた聖剣と頼もしい仲間達に支えられて、気付けばヤツとの一騎打ち。待ちに待って手に入れたこの瞬間に俺は浸っていた。
勝敗を分けたのは最初で最後のたった一撃。
されど全身全霊を込めて魔王を倒すに至った一撃。もし躱されていようものなら勝てなかったかもしれない。
「おわった……」
目的を成し遂げたことの達成感や必死の努力が実を結んだ幸福感と脱力感で、俺は魔王の遺言も何もかもすっかり忘れてしまった。何か大事な事だったような気がする。
今の俺が覚えていることはヤツが魔王だったという事とそれを打ち倒したという事実だけ。
ただ、それだけで十分。
そして、望んでいた瞬間が不意に訪れる──。
意識がパッと切り替わる感覚と共に、見上げていた空が澱よどみのない黒一色に染まりゆき見覚えのある空間が出現した。
暗闇の広がる世界とセカイの狭間の空間。俺はそこに立っている。
転生の間で見覚えのある人物に出迎えられた。
「良くぞ、魔王を倒して下さいました。貴方ならいつか神様との約束を果し、世界を救ってくれると信じておりました」
出会った日のことを思い出す。
あの頃と少し違うのは、俺が来ることを予期していたことだろうか。
ビックリしてすっ転んで怒って泣いて──そんな彼女はもう居ない。
「貴方には選択肢が与えられています。世界を救った英雄として異世界に残るのか、一人の人間として元の世界に生きるのか。二つに一つです」
「エヘルの涙、ルホニエン温泉」
「……は?」
唐突すぎるそれに、女神の目が点になる。
「キジジクの唐揚げ、タルコの糸布団、柔らか流星群、剣国会、思念住宅、フラッシュエルフ」
「ええっと、……それがなにか」
「どれも名前だけは聞いたことあるんだ。名前だけは」
「そう、ですね。名前くらいは」
「どれも知識のうちに留めておくにはもったいなすぎると聞く。俺も知らないケド」
「それは、『戻る』という選択でよろしいでしょうか。それとも私個人に対しての問い掛けでしょうか。後者であれば、女神として “救われた一世界” への干渉は許される行為ではありませんのでお引取りください」
お得意の女神モード。毅然とした態度でキツく突き放す。ガードが堅い。だから俺は核心を突くことにした。
「我慢できるのか? 一度地面を踏み締めたお前が。俺たちと共に世界を見て歩いたお前が。本当にただの傍観者に今さら戻れるのか?」
一瞬。その目が大きく輝いたが、直ぐに戻る。
「ここに居ることは転生の女神としての義務であり、また名誉あることであると……心得ています」
鋭さを保とうとした彼女の目がだんだんと曇り始める。それはおそらく、迷っている証拠。
「それに、初めて私に与えられた居場所なんです。託してくれた神様たちの為にも、私は転生転移を司る女神でありたい……。そうでなくちゃいけないんです……!」
本音──。ようやく意味のある彼女の想いを聞けた気がする。
でも全部じゃない。自分のカラを破れるように、俺は後押しすることにした。
「でもまだ世界を知り足りない。大地の重さを知って、風を感じて匂いを知って、山の険しさ海の雄大さに触れてそれでも尚知らないことはまだまだ沢山ある。なのに、好奇心の人一倍強いお前がそれに耐えられるのか? 後悔せずにいられるのか? ちなみに俺は無理だ。だから異世界に残る。お前はどうする」
「私は……」