第百六十二話 旅に出る。
次回最終回です。
俺たちはリズを置いて旅に出た。
「うおおっと! なんでスピード上げるんですかァーー!」
理由は寝坊である。
「行ったよな? 明日は寝坊したらホント置いてくって! お前が悪いんだからなぁ!」
いくら揺すっても起きないリズが悪い。……というか、外道で悪魔な脳筋元女神は居ても居なくてもどっちでも良かったりした。むしろ厄介事を持ち込む悩みのタネ的存在なので、寝坊したら置いていくという措置は当然の権利である。
「だとしても、今は止まれるでしょうよーー!!」
これは決して俺の独断ではない。皮肉にも満場一致で下された判断なのだ。その点においては本人も了承済み。とどのつまり、置いてかれることを警告されておきながら平気でスヤスヤ寝坊するリズが悪いのだ。
──おお、女神リズニアよ。置いてかれるとは情けない。しかしこれは日々の行いが齎した結末。謹んでその罰を受け入れなさない。
……俺が女神ならそう言うな。
まあ、そうなったら意地でも走るだろうけどな、俺も。
「ちょっとだけ! ちょっと止まるだけでいいですからぁー! んーっ! でしたらっ五回! 私をまさぐる権利を五回さしあげますっ!」
「まさぐるって、ヒドイ表現だな」
「……七回……いや八回ならどうでしょうっ!」
他人に崇められる立場の元女神が反面教師みたいな事をしていると思うと、なんだか哀しいため息が出る。
「……うーんよし、ならっ! 切り良く十回! ……どどーんと十回でどうですかっ! これ以上はお応えできませんっ! ド変態こうだいに十回でハンマープライス!」
「いいんだなそれで」
「へ?」
「いいんだな? 本当に、それで」
見下ろしながら言い逃れ出来ないように二度問うと、リズが顔色を変えてあたふたしだす。
「まさぐるぞ。俺は」
「いやぁーなんて言うか、……はははは、冗談ですよ?」
「置いてかれたくなかったから走ってついてくるんだな!」
「卑怯者ー!」
意味が分からない。なぜ俺が罵られないといけないのか。
念押しすれば引き下がるのは分かっていた。決して俺はまさぐりたい訳じゃないのだ。決して。
結局リズはこの日一度も追い付けなかったが、置いていかれない程度には根性はみせた。
めげなかったことは薫さんにも評価され、元女神の少女はめでたく旅の一員に加わった。その体力や精神力はきっと役に立つ……のかもしれない。
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「少し前に見た夢の話を、いいですか」
「なんだよ急に」
「一年半前の……最初の夜。この世界を始めた最初の一日目に、私はとある夢をみました」
唐突に、彼女はそれを語り始めた。
不思議で具体的な夢の話を──。
「懺悔の旅を終えて。こうだいが魔王を倒して世界が平和になって。功績が認められて私は転生の女神に戻れて。カオリさんもかなみちゃんも望む自由を手に入れて。皆んながみんな、欲しいままに日常と向き合って────全部。全部。望んだことなのに。どうしてか涙があふれて止まらない私がそこに居たんです。あの時のかなみちゃんみたくわんわんと、たった一人暗闇に向かって声を上げて泣いていたんです」
奇妙な体験だった──。
初めて聞く夢なのに、妙に馴染み、すんなりと光景が目に浮かぶような。そんな感覚。
魔王を倒したという俺。
平和になったという異世界。
取り戻したという日常。
親子の決断。
一人きりのリズニア。
そうか。思い出した。
これだけ共通点があれば驚かずにはいられない。だってそれは、俺が体験したはずの最初の夢と酷似している。
しかし、共有で無いことは確かだ。途中までは一緒でも、彼女が独り泣いていたというのは俺の夢の中では全く起こり得なかった出来事だからだ。
女神はむしろ、全てを悟ったような笑顔で俺の問いにロクに答えず道を示し、自分の気持ちにウソを溜め込んだまま遠くに離れて消えた──。そんな終わり方だったと記憶している。
「皆さんひとりひとり私の所へ来て、元の世界に戻るのか異世界で暮らしていくのかを選んでいく一方で、最後にやって来たその人は私の一番望んでいた言葉を掛けてくれたんです」
「それが俺か」
「……はい」
──俺の知る夢で、俺が最後に出会ったのはリズだ。
つまり俺たちは結末のみが違う夢をまったく同じ日に見て、強く意識に刻み込んだ。……この夢は、忘れちゃいけない夢なんだって。
「私はこうだいのくれたその一言で全てを理解しました。──こうだいは死にません。勿論私たちも。世界が平和になるその日まで、絶対に死んだりなんかしないんです!」
「うるせ! お前っ、人の耳元で」
「夢なんかじゃなくてこれは! 私たちの未来を見てるんです! だから絶対に」
「だから、声! 考えろ!」
俺の注意にリズは不満そうに目を細める。そして何度も俺は死なないと。私たちはこんな所で死ぬハズないとブツブツ呟いた。
リズはあの日見た夢を『いつか来る未来』だと思っているようだが、その理論で行くと俺が見た夢の終わりも無視できないもう一つの未来──であると思えて来てしまう。
悲しそうに笑いかける彼女に何をしてあげればいいのか分からず、追い掛けても追い掛けてもその差は離れていく一方で、結局何も果たせないまま夢から覚めるというバッドエンド。
そんな未来は絶対に迎えたくない。
「お前の夢を信じるなら、それはそれでいいかもしれないな……」
「いいとかっ! 悪いとかじゃなくてっ! 絶対そうなんですぅー!」
「あー! もうわかったからっ」
その夢は絶対の未来だと強く主張される度に、自分の中に濃い影が落ちて広がるような感覚に襲われる。
おかげでようやく理解した。
俺が見た俺だけが知るバッドエンドも、俺自身絶対起きる未来だと無意識に思っていたことに。
『絶対』と “絶対” ──。
まるで相反する二つの結末が同時に並んでしまい、彼女の『絶対』を俺の “絶対” が否定する。
どうしてこうも違う結末なのか。たぶんその答えはリズの言う『私の一番望んでいた言葉』にある気がする。
「なあ、リズ。お前の夢の中の俺はお前になんて言ったんだ」
聞かなきゃ。そう思った時には口が動いていた。
「それは、……秘密です!」
耳を塞いでいたので、今度はキンキン響かなかった。
「いーだろそんくらい教えてくれたって。てかいい加減離れろ。声デケーし」
「自分の事なんですから、答えは自分で見つけてくださいっ!」
そう言ってリズは俺の背中をバンッとひと叩きして離れた。言いたいことだけ言ってなんとも勝手なヤツ。だけどお陰で怒るくらいの元気は取り戻せた。
それと納得もした。
望んだ言葉を掛けて泣かせることが出来た『絶対』の未来──。
望んだ言葉を掛けられず笑顔にしてしまった “絶対” の未来──。
どちらも有り得る未来なのだと。
──どっちも俺次第ってか。魔王を倒した後のその一言が未来を決めると。だったら逆説的にそれまで死なないことはもう確定じゃんか。
なるほどな。ようやく分かったよ、お前の言いたいことが。
「ふふ」
「なに笑ってんです?」
「いや、なかなかの暴論だなって。未来が決まってるから俺は死なないんだろう? それを本人に話すのはどうかと思うけどさ、でも、信じて探してみるよ。俺なりの最高の言葉を」
「ちゃんとその時まで取っといてくださいよ?」
リズはそう言って手を差し伸べてきた。俺はその手を掴んだ。
「おうよ!」
これから俺たちは五賜卿を倒しに最終決戦に向かう。『望んだ言葉』がなんなのかのはまだ分からないけど、それはいずれ考えることにして、とりあえず今は信じてみようと思う──。
『世界が平和になるその日まで、絶対に死んだりなんかしないんです!』
その言葉を。
来る8月8日。四周年を迎えるこの日に、最終回、エピローグを含む毎日投稿開始です。
残り話数は少ないですが、応援よろしくお願いします!!