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第百五十八話 その男、ピースにつき②


 

 「出されたモン残して帰るのは失礼じゃねえか? 一杯くらい……付き合ってけ」

 「ゴメンねレイちゃん。人望ないこと気にしてんのよこのジジイ。だからちょっとだけ、ね?」

 

 アルベンクトがグラスを磨きながら代わりに謝ると、レイは渋々といった具合に席に戻った。

 

 「ユイリー……ちゃんじゃなくてぇ、二重人格のお姉ちゃんはえっとぉ」

 「雪谷(ゆきたに)(あざな)。姉妹だけどちと訳アリでさ、ユキって呼んでくれて構わないよアルベンクトさん」

 「ユキちゃん、ご希望のお飲みのものは?」

 

 さっそく注文をとるアルベンクト。レイとダットリーは各々酒を頼んでいるがユキは気にせずミルクを頼んだ。

 

 「あら、お酒は苦手?」

 「いやまー、そういうワケじゃねェんだけど……色々とな」

 

 十代のうちに酒を飲むのは前世の教養から抵抗がある上に、ユイリーへの影響も鑑みてユキはやんわりと断った。

 

 「そう。早く飲めるようになるといいわね」

 「ユイリーがもうすぐ十六になっからよ、酒はそんときで頼むよ」

 「あらそうなの? なら盛大にお祝いしないといけないわね! いつ頃? ……へー近々じゃない!」

 

 アルベンクトは誕生日の話で盛り上がりながらミルクを提供するが──、ダットリーにとってそれは、ただの誤算だった。

 

 「……。」

 

 これでは相手を強制的に信用させるピースライトの条件が満たせない。満たせなければユキの信用を勝ち取るのはおろか、不都合な真実が世に明るみにされてしまう危険がある。

 ゆえにダットリーは内心焦る。

 『たった今、信用させたレイのようにするにはどうしたら良いか』と。

 

 「それでクソジジイ。アタシにわざわざ店番やらせてまでここに三人呼んだワケ、聞かせてもらえるかしら」

 「なに。そう大したことじゃねえさ。さっきの話の続きをな、しようと思ってな」

 

 さっきの話とは。

 レイ、アルベンクト、ユキは耳をすませる。ダットリーは氷の入った琥珀色のグラスを指でカラカラと攪拌(かくはん)しながら続ける。

 

 「神技だったか? まずは礼を言わせてくれ。街を救ってくれて助かった」

 

 ユキは神から授かりし【インドラの矢】の力でユールの一大事を救った。そのことに対してダットリーは素直に「ありがとう」という賛辞を贈る。

 

 丁寧に場所まで用意してこのことを伝えたのは、この場にいる全員を含めてもユキが街を救ったという事実を知る者がわずかしか居なかったからだ。そしてなにより、男が照れ屋だったというのも大きい。

 

 「今日はオレに奢らせてくれ」

 「なによ、しめやかにお礼会ってわけ? そーゆーことは前もってアタシに言っときなさいよー! この水くさジジイ! ケーキなりなんなり用意してあげたんだからまったくもー」

 「おいおい、シラフのアンタが何で一番うるさいんだよ」

 「アタシは平常運転よ。レイちゃんこそ自分を解放しなさいよもっと!」

 

 楽しく会話が弾むレイ、アルベンクト、ダットリーの三人。しかしユキは「ンなコトどうでもいいンだよ」と彼らが持ち上げたムードを壊した。

 

 「答えろダットリー。進軍をやめた屍兵(アンデッド)を再起させてまで、ユールを危険に晒した理由はなんだ。あのまま街が襲われていたらてめェはどうするつもりだったんだ?」

 

 蝦藤かなみは改良したマジックツリーを駆使して三十万近い屍兵のユールへの進軍を止めることに成功した。しかしその後、ダットリーがマジックツリーの働きを逆流させるスクロールをユイリーに貼るよう命令したことがキッカケで、屍兵は再び進軍を開始してしまった過去がある。

 言われるがままにそれを貼ってしまったユイリーは自らの行いを悔いて、自分の中の姉に助けを求めた。ユキはその願いに応えるため仕方なくユールを救ったが、可愛い妹を騙して利用したダットリーに対し、未だ冷めやらぬ強い怒りや猜疑心(さいぎしん)を持ち、そんな百害あって一利なしな事をした理由を問いた。

 

 「ちょっと、そういう話はまた今度にしましょうよ」

 「るせェ! 関係ねェ奴はスっこんでろ」

 

 ユキは強い顔でアルベンクトを威嚇した。

 

 ダットリーは自らがアサシン『E』であることや『大地を粛清する者(グランドゼロ)』であることは前にあっさり吐いている。しかしマジックツリーにスクロールを貼り屍兵(アンデッド)の活動を助けた理由だけは語ってはいなかった。それゆえにユキは再び問い詰めた。今度ははぐらかされないように正面から。

 

 「なんだ答えられねェのか? 正当な理由もねェってことでいいんだな?」

 

 ユキが念を押すとようやくダットリーは重い口を開いた。

 

 「……オレは、死んでもなお酷使させられるアンデッドが可哀想で仕方がなく──」

 「それ、ユイリーを騙したときのやつだろ。可哀想だと思うこととユールを襲わせることが同義に聴こえるのはオレだけか?」

 「同義だろ」

 

 ぼそっと、一番遠くのユキがグラスの水面を眺めながらそう言った。

 

 「は? てめ正気かレイ」

 「ンだとコラ」

 「まあまあ。ユキちゃん、アナタの気持ち、よーく分かるわ。確かにジジイはクソだし胡散臭いけども──」

 

 一触即発のムードも酒の席ではよくあること。アルベンクトはなれた手つきで火消しに入った。

 

 「──でも、一旦落ち着いて聞いて。アナタならジジイの気持ちも汲んでやれるハズだから」

 「オイオイオイオイ。あんたまでおかしくなっちまったのかアルベンクトさんよォ。どう考えても正常じゃねェのはコイツだろ」

 

 ユキは眉間にシワを寄せて、親指でダットリーを指さす。

 

 「自分が聖職者であることや、アサシンであることを今まで平気で黙ってきた男だぞ? 庇ってておかしいとは思わねェのかよ? ぁあ!?」

 

 ヘタな酔っ払いよりタチの悪い絡みかたをするユキにアルベンクトは動じず答える。

 

 「今までが何者かだなんて、別に大したことじゃないわ。ジジイはジジイだし、そこは変わらないもの」

 「は?」

 「アサシンかどうか聞かなかったオレたちも悪いしな」

 

 アルベンクトに続いてレイまで擁護するような謎発言をする。さっきまで信用できないと口にしたレイまでもが。

 

 「……マジに言ってンのか?」

 「それにもう済んだ話じゃないの。ユキちゃんのおかげで民間人に被害は出なかったんですもの。アナタは間違いなく、影の英雄よ♡」

 「だから、それは結果論であって──」

 「『ワイルド・ソール・メン・ダットリーはユキタニ・アザナがユールを救うことを分かってて全てを実行した』その結果があって何が不満なんだ」

 

 ユキの反論を途中で遮りダットリーの行いを肯定したのは、またしてもレイだった。レイは更に続ける。

 

 「そうだろダットリーさん。わざわざそんなこと本人に言わせてやんなよ」

 「全てはジジイのカッコつけ。言わぬが花だと思って周りを混乱さすバカ名人なのよ。だからゴメンねぇユキちゃん」

 

 明らかに論理的ではない暴論を堂々と語る二人に、ユキは苛立ちが抑えきれずカウンターをバンッと叩き立ち上がった。

 

 「ざけンなッ!! それまでユイリーに姉が居ることも知らなかったヤツが、どうして計画にオレを組み込める!? この男がこの街を危険に晒した瞬間は確かにあった! こいつを信用してる限り、生きるも死ぬもコイツ次第ってことだぞ!! 終わりよければ解決していい問題のレベルじゃねェぞ!! てめェらイカれてンのかァァ!!!」

 

 必死の訴えも、もはや彼らの心には届かず。

 

 「何言ってんのよユキちゃん。ジジイは信用していいヒトよ」

 「そうだぜ、ダットリーさんが思い付くんだからそれは全て正しいだろ?」

 「……ユールが滅んでもか」

 

 彼らの目の色は変わらない。悲劇的なまでに、ダットリーの味方をする。

 

 「滅んだとしてもよ」

 「オマエも信用しろよ、ダットリーさんを。そうすれば楽になれる」

 

 二人は一切疑うことなくそれを口にした。ユキはまるで、自分が間違っていると否定されているように感じて、空いた口が塞がらなかった。

 

 「……レイお前っ、さっきと自分が言ってること……矛盾してるの気付いてるか……?」

 「オマエが変なだけだろ。大丈夫か?」

 「ジジイは死に急ぎだしキショいけど、信用はできる。それは間違いないことなのよユキちゃん?」

 

 もはや否定……、ではなく心配され始めた。そして、勝ち誇ったような笑顔でダットリーは言う。

 

 「そもそもだ。オレがユイリーにスクロールを貼るよう命令した証拠でもあるのか?」

 「………………てめェ」

 

 ユキは怒りに打ち震えた。

 

 この男は遠回しに今、こう言ったのだ。

 

 『ユイリーが勝手にやったこと』だと──。

 

 姉として、その発言だけは許せなかった。

 

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