第百五十七話 その男、ピースにつき ①
ついに明かされる真実。
その男は語ります。
「そして、ヒナを探すために……──五賜卿になった」
崩壊する大洞窟から逃げ出したものの、今なお地下通路に閉じ込められているダットリーは、同じように身動きが取れなくて丸まるセントバーナードのセバスに自分が五賜卿であると観念するように白状した。
「ピースは信用を司る賜卿だ。一度でもオレというピースを信用してしまえば、それがどんなに横暴な理論や言い訳だったとしても、相手は勝手に正しい意見だと思い込んで賛同する。とどのつまり、ラッキーストライクにとっての屍が、オレにとってのオマエたちなんだ」
五賜卿とはその名のとおり、大いなる者から地位と兵を下賜された五人の卿である。
ラッキーストライクが屍兵を操るように。
ピアニッシモが狗兵を操るように。
パーラメントが蟲兵を操るように。
ピースは信用を操ることが出来る賜卿だった──。
「つっても安心しろ。オレはオマエさんらを兵士だなんだと扱うつもりはねーし、他国を攻め落とす道具とも思ってねえ。まあ、やろうと思えば可能だっていう、そんだけの話だ」
ダットリーは緊張感を持たせるように可能だと付け加えたあと、鼻で笑ってさらに続ける。
「ピースには他にも、信頼している誰か、または信頼している誰かの関係者だと他人に思い込ませることができる平和改変という力がある。これはオマエさんも聞いたことくらいあるだろう? 要は記憶の改竄だ。だが一筋縄ではいかねえのがこの能力──。オレの場合めんどくせぇ発動条件重なるんだ」
それから救助を待つまでの間、平気な顔して力の詳細な部分を語りだすダットリー。まるで個人差がように語るその発動条件とは意外なものだった。
「三日連続で顔を合わせ、二言以上会話をし、一回以上食事を共にすること。この三つの条件が揃って初めてピースライトは発動する」
指を三本立てながら説明し、更に付け加えるように食事の定義を『同じ空間で一緒に酒を飲むだけでも満たせる』と補足した。
「自分の過去を改竄させて、他人の過去に関係性を持たせることができる能力もあるが……、それは今は置いておくか」
「……。」
セバスは淡々と語られるその内容に恐怖した。
毎日のようにギルドに併設された酒場やバーに入り浸っていた男はその実、ただの呑んだくれではなく、その行為自体が誰かの記憶を改竄するためであったと気付いてしまったからだ。
「どうしてそこまで親切か、気になるか? それはな、オマエさんに感謝してもしきれないからだ」
ダットリーは心からの感謝を向けるように穏やかな表情を作る。それがかえって不気味だとも知らずに。
「オレは今まで、数え切れないほどの過去をねじ曲げてきた。冒険者共はもちろん、街の住民や役人、ウルゲロやそして、オマエさんが世話になったっていう初代町長にもオレにとって都合のいい記憶がすり込まれている。ピースライトを使った後であれば容易に信用を得られるからな。ああ……ただし、ユキタニアザナは例外だ。アイツに使ったのは平和移転っちゅうまた別の能力。自分をピースだと思い込ませる力だ」
「……!」
珖代の兄貴分であったユキは、自分の正体がピースであると明かした後に消滅している。現場にいたセバスはそれを思い出し理解する──。
ユキは記憶をイジられ、自分の事を五賜卿だと思い込まされたまま死んだのだと。
「いや? 思い込ませるってのは正しくないな。本当にピースの権限を相手に讓渡しちまう能力だったわ」
『ユキタニアザナはピースである』
五賜卿アルデンテの封印されている祠を解放しようと試みたユキと珖代に、後からやって来たダットリーはそう騙った。
『『俺は五賜卿じゃない。信じてくれ珖代』』
“ピースだと思い込んでいる男” と “ピースだった男” の信用合戦は “ピースだった男” が勝利した。そして敗者は消滅。移転の能力で、権限は“ピースだった男”の元に戻った。
ユキが残した手記に『俺が五賜卿だ』と書かれていたのはそのとき既に記憶をイジられていたためである。
「わ、ワウ……?」
「ピースを渡して良かったのかって聞きてえのか? そうだな、オレはユキタニアザナに五賜卿を疑われてた。いずれバレるくらいだったら……と考えたワケだ。取り返せる手段は一応あったしな」
男は、数日前を懐かしむように振り返った。
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五賜卿たちとの最終決戦を勝利で飾った喜久嶺珖代と水戸洸たろうは、ケガを負っていたため仲間の少女たちに担がれてユールへと帰還した。二人はレイザらスが用意した病床に運び込まれ、特に重症だった珖代から優先的に治療が行われていた。
「旦那、無事に帰ってきますかね」
「大丈夫です。こうだいは死にませんこんな所では」
「リズの言う通り。だからアレキさんも信じてあげて」
セバスが二人の回復に努めている間、待ち合い室では駆け付けた多くの友人が彼らの無事を祈るように待っていた。
「ユイリー。こうだいの様子は?」
そこに、遅れてやって来たダットリーがユイリーに容態を伺う。
「分かりません……。勇者さんより重症だったとしか……」
「助かる見込みは」
「一応、あるそうです」
「そうか。ならちょっといいか」
ダットリーは聞かれたくないことでもあるのか、人気のない所にユイリーを誘導し連れて歩く。
「オマエの姉、アザナと話がしたい。連れて来てくれないか」
「えっ! お姉ちゃんを知っているんですか?」
「ああ、前に一度な」
「わ、分かり、ました……ちょっと、ちょっと待っててくださいね! 今、呼んできますからっ……!」
ユイリーがあわあわオドオドするので、師匠は急がなくていいと声を掛ける。
彼女は隠し通したいつもりだが、既にユキとユイリーが『二心一体』であることは師匠に筒抜けだった。
「アルベンクトのバーにひとりで来てくれと伝えてくれ」
「は、はい。伝えておきます!」
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アルベンクトは昨年、王都に店を構えるためマスターママを辞めている。だがユールには空き店舗が残っていて、アルベンクトがいる間は臨時営業がなされていた。
ユイリーと『二心一体』のユキタニアザナは、ダットリーに言われた通りそのバーに訪れる。
カランカランカラン──。
ドアが開くのに合わせて鈴の音が鳴る。内装はアルベンクトが働いていた頃と変わらず暗く落ち着いた雰囲気のあるオトナなカウンターバーだった。
バーテンダーはアルベンクト本人が務めていて、客はダットリーの他にひとりいる。ダットリーの隣りを一席開けるようにユキは入口側の席に座った。
「アンタ、ユイリー・シュチュエートの姉だな?」
反対側でダットリーから一席離れるように座っていた客人がグラスを片手にユキに話し掛ける。ガタイのいい男は金髪で特徴的な鋭い目付きをしている。その姿には見覚えがあった。
「そう言うあんたはトイ〇らスのボスか。こんな所で何している?」
「レイザらスのレイだ! 何度も言わせるな! そもそもお前が呼んだんだろ。裏切り者がどうとか話があるって」
「なんのことだ?」
ユキの顔を見てとぼけていないと気付いたレイは、アルベンクトとダットリーを交互に目配せする。すると二人は何かを隠すように伏し目がちになる。
「オッサン、テメェか?」
「オレだと知ったら、素直に来ちゃくれねーだろアンタ。だから──おい、どこ行く」
「なら帰らせてもらう。ワイルド・ソール・メン・ダットリー、こんなやり方をされて信じろというのが無理だ」
不機嫌そうに立ち上がったレイは飲みかけのお酒の代金だけカウンターに置くとデカい靴音をたてながら入口に向かった。
レイがドアに手を掛けようとしたその時──、
「ピースライト」
どこからともなくそんな声が聴こえて、レイは止まる。




