第一話 巻き込まれた男
今回が小説初投稿になります。至らぬ点は多々あると思いますが!ご意見、ご感想または、誤字脱字等ありましたら、教えていただけると幸いです。
僕の名前は水戸洸たろう。
都立の高校に通うしがない高校生だ。
いつものように幼馴染みでお節介やきの森末真希奈と、成績優秀なのに恥ずかしがりやな南丈葵咲さんの三人で下校中にそれは起こった。
「ちょっと洸たろう! 聞いたわよ! あんたほのか先輩と一緒にプールに行く約束したらしいじゃない! どういうつもりなのよ!」
ほのか先輩は一つ上のお尻まで髪があるキレイな先輩だ。上品で奥ゆかしい大和撫子みたいな人で男女問わず人気なのに、僕の前だとなぜかイタズラ好きな一面を覗かせる悩ましい先輩。そんな人から公衆の面前でプールの誘い。周りの目もあって断りきれなかったのだけど、友人が多い真希奈にはそのことが伝わってしまったようだ。
「いやぁ、ほのか先輩に迫られたら断れなくて。別に二人で行くつもりじゃないと思うし、みんなで行こうよ」
「水戸くん……わたしも一緒にプールに、行ってもいいかな?」
「うん、もちろん! 南丈さんにもぜひ来て欲しいな」
「ホント、アンタはそうやって……いいわ。そういう事にしてあげる。夏休みソッコーで連絡いれなさいよ。置いていったりしたら登校中にピンポンダッシュしてやるんだからねっ」
「ははは、それはむしろありがた──ん?」
そんななんでもない毎日を送る僕たちの目に飛び込んで来たのは、横断歩道に立ち尽くす一人の少女だった。
「あの子、あんな所で何やってるのかしら」
信号は赤を照らす。車通りの多い道では無いが危険──。
今まさに、トラックが少女に気付かないまま近づいている!
「あ、危ない!!」
誰がそう叫んだかは僕には分からない。僕だったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。けれど気付けば体が動いていたのは僕で、僕は少女を咄嗟に庇っていた。
キュュウウ──!!
壮絶なブレーキ音が響いて聴こえた。
ああ。みんなとプール行く約束が。それでも少女を助ける為に行動に出たことが間違いとは思わない。
最後に眼にしたのは、頬に十字のキズがある、妙にイカつい顔をしたトラック運転手の顔だった────。
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なんだよこれ。どの世界のむかし話だよ。
くだらないプロローグを俺に見せるな。
────嫌いなんだよ。
勇気のつもりの身勝手。
〝理不尽〟を覆す為の〝理不尽〟。
そいつは命をなげうってでも助けなきゃならない存在か?
冗談じゃない。結局てめェはなんにも考えてない。
残された奴らのことも考えられないなら、英雄気取りはやめてくれ。
俺は、お前だけには、なりたくない。
俺は……そういう主人公が、
大嫌いだ────。
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ふと気が付くと俺は、真っ暗な空間に立っていた。見渡す限り、闇の続く空間。それでもなお自分の身体は視認できた。
──俺は、どうしてこんな所にいるのだろう?
地面も無いのにしっかりと暗闇の上に立ち、そんなことを考える。落ち着け、冷静になろう。まずは自分の名前だ。俺は水戸洸……じゃなくて、喜久嶺珖代。カイテキ引越センター、勤務三年。二十一歳。金なし彼女なし頬にキズあり。どう、てい……? 童貞……。うん、覚えてる。忘れてて良いことまでしっかりと。
自分の姿がハッキリ見えるのはおそらく、スポットライトの様なものに照らされているのが理由だろう。そう推測して、見上げようとしても明る過ぎてまともに見れない。
仕方なく視線を落とすと、イスが転がっているのがわかる。背もたれの長いイス。スポットライトの様な光はそのイスを中心に照らしているようだ。
倒れたイスの横に目をやると、同じように倒れている少女がいる。俺は一つも状況が呑み込めず、頭が留守になる。
「あいたたー......突然現れるからびっくりしたじゃないですか!」
少女はそう言いながら立ち上がると、汚れ一つない綺麗な衣装を叩いて綺麗にする。
イスに座っていたら目の前に突然人が現れて、びっくりしてコケました。みたいな顔を見せてくる。
「それは俺のセリフでも……」
あるんだが──。そう言いたかったが言葉に詰まってしまう。
少女は中腰になって、自分の脚をパンパンと叩きながら、黙ってしまった俺の顔を覗き込む。ん? どうかしました? とでも言いたげな表情で。
出会ったばかりではあるけれど感情が表に出やすい性格をしている子なのはよくわかった。
言葉が詰まってしまったのは、単に立ち上がる彼女の顔を見てしまったからだ。
白金色の長髪に瑠璃色の瞳。すらっと伸びた手足を美しく着飾るドレスがハツラツとした雰囲気の少女を色彩豊かに彩る。しかし足下から入るスリットが幼さの中に何処か大人げな雰囲気も醸し出させる。歳は十五、六と言ったところだろうか。絶世の美女である。
さながら神さまが丹精込めて造ったこの世に二つとない美しい人形のような彼女に俺は見蕩れ、思わず言葉が詰まってしまった。そして、こんなことを聞いてしまった。
「女神……様?」
突然こんなことを言われたら変なおじさんだと思われるかもしれないが、少女の美しさを表現するにはこれしか言葉が出なかった。
「そうです。私が女神様です」
変なおじさんの質問に変なおじさんがするような答えが帰ってきた。てか、二十一でおじさんとか言ってたら世のおじさま方に失礼かもしれない。
両手を腰に添え鼻を鳴らしながら、自慢げに少女は答えた。冗談なのか本気なのかの区別がつかない。
「それと、申し遅れました。私はリズニア! 女神リズニアと申します」
そう言って、服の端を掴んでお辞儀をする少女。
「リズニア。……いい名前、ですね」
名前を褒めたところ、少女はぼーっとこちらを見つめて固まってしまった。理由が分からないので、とりあえず質問してみる。
「あの、ほんとに……女神さま、なんですか?」
「……えっ! あはいっ。えっとーっ証拠を提示しろー。とか言われたとしても、そんなものはないとしか言えませんのでね。あしからず」
「……ああ。はい」
そこまで問い詰めるつもりは無かったのだが、証拠を提示しろーの部分で、渋いおっさん? の顔マネを挟んでくるあたり、おそらく誰かに言われたことがあるのだと思う。クレーマーはどこにでも居るらしい。
少女が女神かどうかよりもまず、聞かなければいけないことがある。
「俺はどうしてここに? と言うか、ここはどこなんですか?」
夢──。と思うには余りにも意識がはっきりとしている。考えれば考えるほど何も無い空間は俺の心の中を表しているようにも見えてくる。眼の前の女神様にも見覚えがないようであるような気がしてくる。
その質問を待っていたかのように少女は瞑目し、両手を大きく広げて説明し出した。
「ここは世界とセカイの狭間。女神によって、命を奪われー……命を拾われた者にのみ訪れることを許された転生の間」
先ほどのハツラツな感じとは違う、お淑やかな口調で話す少女。ただならぬ雰囲気が出ている。本当に女神さまなのかもしれない。ただし、聞き捨てならない点が。
「今、奪われたって言いかけませんでした?」
「……。」
おい。何故そこで黙る。目をそらす。全部顔に出てるぞ女神さんよ。
まぁいい。黙秘は肯定。そう受け取ることにして次に湧いてきた質問をぶつけてみる。
「俺は死んだってことですか?」
「はぁ。そこからでしたか。ではまず、今日一日何があったのか、思い返して見てください」
女神さんの話し方は事務的だった。きっと自分が余計なことを喋らないようにするためと、これ以上踏み込んだ質問をすれば口を縫い合わせるぞ、的な意味あいが込められているのだろう。
女神さんが知っているか分からないし余計な地雷を踏み抜ぬのもアレなので、思い返してみることに。
「確か今日はクレーム処理にかりだされて……」
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「はぁ……」
思わずため息が出た。
時刻は夕方の五時を過ぎている。昼食には遅く、晩飯にはまだ早い時間帯。空腹を報せるアラームをスヌーズ感覚で鳴らしながら、俺は会社に向けてトラックをひとり走らせる。そういえば徹夜でドラ○エ最新作に打ち込んでて昨日の夜から何も口にしていない。コンビニに寄っておにぎりだけでも買って食べておかないと死んでしまいかねない。
そんな時ふと、助手席に置かれた山積みのソレに目がいく。どれだけ頭を下げても怒りの治まらなかったクレー……お得意様を一発で黙らせたリーサルウェポン。上司から持って行くように言われていた粗品、<トラック運ちゃんイケメンカレンダー>だ。
二箇所とも、このカレンダーを見せるだけでドウドウと怒りを鎮めてくれたのだ。そういえば“お得意様”は全員主婦っぽかったな。たまたまなのだろうか、夫が帰ってくる前に楽しむとか?
「こんなののどこがいいんだ?」
<トラック運ちゃんイケメンカレンダー>は毎年うちの会社から発行されるそこそこ人気の商品で、引越しの佐○男子カレンダーブームにあやかって生まれたもの。正社員からアルバイトの事務員まで、イケメンが揃いも揃ってトラックとは全く関係のないポーズを半裸で取っているテカテカ写真がカレンダーの大半を埋めるようにデカデカと載り、その端っこの方に小さく日付けがくっついているほぼ写真集のような代物。主婦層なんかには未だに根強い人気を博しているみたいだ。
少し悪態をついてしまうのは、いくら頭を下げても納得してくれなかったお得意様の不満を一瞬で消し飛ばす破壊力に嫉妬しているだけ。決してそのカレンダーに載れなかったことではないのだ。決して。
そもそもカレンダーに載ることが無理であることは分かっている。なんせ頬に十字の傷跡を付けた人間がカレンダーに載ったら物騒過ぎて、それこそクレームものだからだ。今日はデカめのマスクをしてなるべく見られないよう対策した。接客だしな。一人なので今は外せる。
傷跡を撫でながら、カレンダーに載れなかったのはこの傷のせいだと自分に言い聞かせる。というか腹が減りすぎてそれどころではなくなってきた。
その時だった。
一瞬。
確かに、ほんの一瞬おなかをさすっていて前方を見ていなかったのではあるが突然、美しい少女が横断歩道の真ん中に現れた。
そして、その少女を庇うように歩道から制服の男子高校生が飛び出して来た。
ブレーキでは間に合わない距離。そう判断した俺はハンドルを思いっきり切り、反対車線側へと突っ込んだ。
キュュウウ──!!
ブレーキ音ではない。壮絶なドリフトの音。
間一髪。右に躱すことは、成功した。
運良く反対車線には車が通っていなかった。
ただトラックの勢いを止めきれず……。
段差にごろっと乗り上げる。スピンしてトラックが何かに正面衝突。
直後。
意識はぷつりと途切れた。
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「そうか……あの時、俺は電信柱にぶつかって……」
「そう、あなたは死んだのです」
「いやいや……」
死んだ……?
そんなこと言われてもすぐに受け入れることは出来ない。しかし『あの状況からの無傷の生還を果たした』なんてのは、もっとありえない。どちらかと言えば後者のほうであって欲しいというだけで、無傷でしたなんて言われた日には返って疑いの目を向けてしまう。
生か。死か。どちらか一方を受け入れなきゃいけない状況なら、現状俺は──自分が死んだことの方がしっくりくると思う。そう、受け入れるしかない。そっちの方がまだ自然だから。納得しきれたかは別として。
「いや、俺は、死んだのか……」
言葉にすると、理屈では無くあんがい心がスッと軽くなるような感覚に包まれる。
三十五連勤後のブラックな死に方だったが。
女神さんの話だと、ここには死んだ人間しか来れないみたいなことを喋っていた。ここに俺しかいないと言うことは、あの事故に巻き込まれ死んでしまった──。なんて人が出なかったことになる。
それだけは本当に助かった。
ん?
待てよ?
あの時横断歩道に立っていた少女って、何処かで……。
記憶の中の少女像を思い出すために顎に手を当てて考える。
尤も、考えるまでも無く答えはすぐ、目の前に。
「あの、もしかして、あの時横断歩道に突っ立っていたのって……女神さんじゃないですよね?」
「あぁ……えっとー……何のことで、し、しょうかね……?」
黒だ。コイツは完全に黒。焦りが顔に出まくっている。女神と憎悪の感情が初めて横に並ぶ。
そうと分かれば本人に自白させるしかない。
方法は簡単。無言で睨みつけるだけ。
不本意だが昔から俺の顔は人に怖がれる。頬の十字傷の所為であると思うが、眉も薄いしガタイが良く背が高いのもありそうだ。俺に睨みつけられた相手は血の気が引いて青くなりとんでもなく焦る。中には土下座までしてくる人もいるが、ヤンキー連中に突然コンビニの前でお辞儀とかされたりしてビックリ恥ずかしいこともあった。
高校時代は睨みつけるだけで不良生徒達の頂点に立った実績がある。勿論、ケンカなんかしたことない。それでもさじ加減はその時に習得した。
全力で睨むと泣いてしまうかもしれないので、ここは少し軽めでいく。本当は女の子を相手にこんなことはしたくはないのだが、文字通り自分の命に関わることなので悠長言ってられない。
――ギロリッ
そんな音が聴こえた気がした。
「うわぁぁあん! わたじのせいでずうっ! 巻き込んでしまってごめんなさぁぁあい!」
効果はバツグンのようだ。まさか鼻水まで垂らして泣きじゃくるとは思わなかったが。
きっと俺を死なせてしまったことをどこか悔やんでいて、自責の念に押し潰されてしまったに違いない。だとしたら追い討ちをかけるような行為をしてしまった。謝らないと。
「わかったから! とりあえず落ち着いて! 離れてくださいっ!」
涙やら鼻水でグショグショの顔を俺の足に擦り付けてくる。俺が謝るのは女神さんが落ち着いてからが良さそうだ。しかしなんだか今の彼女は女神かどうか怪しい気がする……。最初の好印象が既にだだ下がりだ。
とりあえずいったん落ち着かせるべく倒れたイスを起こし、そこに座らせる。
事故を起こしてしまった張本人は俺だ。だがしかし、この女神はその俺を "巻き込んでしまった" と口にした。俺を巻き込んでしまったとはどういうことなのか。どれ、落ち着いたら詳しく話してもらおうじゃないか。