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第百五十三話 ピアニッシモライト


 「おバカなイヌどもと共に、貴様を地獄に叩き落としてやるぞ」

 

 ヒーラーはまるで中身が入れ替わったかのように終始不機嫌で、剣を担いでは見下すような視線を飛ばす。

 

 そんな様子にピアニッシモは一切動じず、現状を分析する。

 

 「ピアシーの言うことが聞けないってことはアナタ、格上? ……いいわ、いいじゃんっ、いいじゃなーい! そういうのそーゆーの! 好きよそういうの! トニカクそういうの待ってたの! マジ神な! ますます欲しいでしょ!」

 

 語彙力がゼロになり気持ちの昂りが抑えられない彼女は、両手をパパンっと二度叩いた。その音が合図とばかりにオオカミの群れが一斉にヒーラーに襲いかかる。

 

 「キャンっ」「キャン!」「キャウン」

 

 しかし少女は一息で、それも退屈そうに群れを鏖殺(おうさつ)して見せた。

 

 「そんなのありえる?」

 

 ヒーラーはもはや、ヒーラーでは無い。それまでの品格をかなぐり捨て、戦場に相応しい血の気の塊となって五賜卿に立ち塞がる。

 

 顔に付いた返り血を親指で拭うと、この日初めて歪むような笑顔を見せた。

 

 【血染めのバラ】──。

 その所以ここにあり。

 

 「慈悲も容赦もないわね。同胞なのに」

 

 ピアニッシモはそう言って口角を上げるが、内心ではその剣の冴えにどう対処したものかと悩んでいた。

 

 近付くと危ない。

 離れると触れられない。

 触れないと狗にできない。

 どうすれば、どうすれば。

 

 「あいにく、ひとり救えれば私には十分なのでな。こやつらがどうなろうと知ったことじゃないぞ」

 

 【血染めのバラ】は自分の心の内を想いながら、生まれ直した時から何一つ変わらない信念を口にした。

 たった一人のために、命、燃やす。

 

 「なら、これはどう!」

 

 ピアニッシモは現地調達(ストック)していたオオカミを使い総攻撃を仕掛ける──が、無駄だとばかりに全てが呆気なく壊された。

 

 元同族に対し容赦なさすぎるその様は、オオカミを使い捨てにするピアニッシモでさえに不快感を覚えた。

 

 「ホント、ニンゲンてば不愉快。でもおかげで準備は整ったわ!」

 

 そう言うとピアニッシモの(かざ)した手に、帯状の黒い環が現れた。帯は回転しながら徐々に大きく広がっていき、彼女の体を透過する。

 

 「降伏せよ、反転せよ、ピアニッシモライトォーー!」

 

 自身よりレベルが低い相手を従わせる┠ 懐柔 ┨の能力──。

 ピアニッシモはその能力を改変できる力、改変(ライト)を発動した。

 発動には時間が掛かる上にその間は無防備に晒されてしまうので、オオカミたちは必要な時間稼ぎ(ぎせい)だった。

 

 

 

 環は止まること無く膨張し続け、【血染めのバラ】の体を通過してようやく消えた。

 

 「……!」

 

 得体の知れないワザの発動を食い止めようと動く【血染めのバラ】だったが、時すでに遅い。レベルの “低い” 相手を従わせるという条件から “高い” 相手を従わせるという条件に改変された力は発動する。

 ビリッと電流が走ったように全身を震わせ、セバスはぴたりと動かなくなった。それを見たピアニッシモは『掛かった』のだと確信する。

 

 「さぁ。"(ひざまず)いて平伏しなさい"」

 

 対象者のレベルが上だろうともはや関係ない。ピアニッシモは欲しかったオモチャを手に入れて喜ぶ子どものようにはしゃいで笑う。

 

 格下懐柔と格上懐柔。どちらかを逃れることはあってもどちらも逃がれることはほぼ不可能。そのはずだった──。

 

 「聞こえなかったの? さっさと “跪きなさい” 。…… “跪きなさい” ってば!」

 

 【血染めのバラ】はなぜか抵抗し、命令通りに動くことはなかった。それどころか、またしても雰囲気をガラリと変えて問い掛ける。

 

 「ライト……改変の権能……。ピアニッシモというと貴女、──五賜卿?」

 「また変わった。あなた変人って言われない?」

 「五賜卿とはまたずいぶんな大物。戦場に現れたのも何か、極めて大きな意図を感じます。違いますかピアニッシモ。狙いはなんですか」

 「てゆーか、二重人格戦闘狂美少女ヒーラーって属性盛りすぎでね?」

 「会話は困難なようですね」

 

 対話を諦めたヒーラーは冷静に剣を構える。

 

 「格上でも格下でもないなら同値ってね相場は決まってるの」

 

 ピアニッシモは焦らない。レベルが高くもなく低くもないのなら、答えはひとつ。同じレベル。それしかないのだから。

 

 「今度こそおしまいってね、懐柔改変(ピアニッシモライト)!!」

 

 対象者のレベルが使用者と同値である場合に限り従属させることができる改変を今度は施す。再び、黒い環が飛んだ。

 

 「なんなわけ、なんでさっきより余裕そうなのよ……」

 

 しかしそれは、全く効果を発揮しなかった。

 

 「ライト! ライト! ライトライト! ライト! ライトライトライトォー!!」

 

 レベルでダメなら能力値を基準に変える。能力値でダメならスキルを変える。スキルでダメなら運。運でダメなら年齢と比較対象を何度も改変するが、たまに『かかった』感覚が掴めるだけですべて簡単に破られた。

 

 「どうして……? 手応えはあるのに、ガチでイカレてんじゃないの……!?」

 

 無敵とも思えたピアニッシモライトに抵抗する条件、実は存在する──。

 

 ┠ 懐柔 ┨の上位スキルや派生スキルである┠ 服従 ┨や┠ 支配者 ┨、┠ カリスマ ┨などを相手が持っている場合に限り┠ 懐柔 ┨のスキルは簡単に無効化されるのだ。

 

 しかし、無効化されるのであればピアニッシモに『かかった』という実感は訪れない。それ故に彼女は苦しんだ。理解に苦しんだ。『かかった』状態からしばらくして解くように逃れるヒーラーの正体に。

 

 「やっぱり分からないんですね」

 

 命令に背ける理由をピアニッシモでは辿り着くことはできない。そのことをヒーラーはなんとなく分かっていた。

 

 「貴女は恐らく、その概念を知らない」

 「ふざけてるふざけてる! ピアシーの知らない概念をアンタ如きが知ってるって言うの!? そんな概念があるなら教えてみなさいよちょっと!」

 

 怒りながら懇願する。

 

 「その権限、一度に一人までしか掛けられないのでは?」

 「ぐぅ……!」

 

 ピアニッシモはライト級のもうひとつの弱点である『一度に発動できる対象者は一人まで』をバラされ、ぐうの音がでた。それを肯定と受け取ったヒーラーは続ける。

 

 「だとしたら厳しいですよその力。私たち(・・・)を個々として捉えているみたいですから」

 「個々……? 訳わかんないこと言わないでよ」

 

 ピアニッシモはその概念を知らない──。『二心一体』という概念を。

 

 衛生騎士(ファーストヒーラー)セバス・ヒナヒメと【血染めのバラ】セバス・ヒナヒメは、それぞれ別の魂であることを。

 

 「ひとつ確実に言えるのは、貴女にとって私たちは、相性が悪い相手という事です」

 

 片膝ついて平伏する態度をとらせる──。なぜ、それだけのことがなぜ出来ないか。

 

 「五賜卿を倒すと後で面倒なことは知っています。大人しく魔族領に帰っては頂けませんか?」

 

 さらには見下される。ニンゲン如きが、不愉快な種族が優位に立ってほくそ笑む。許せない赦さない。絶対に。

 

 上手くいかない苛立ちは募りに募り、ピアニッシモの沸点(いかり)はついに臨界点を越える。

 

 「なめんなよ……? ピアシーの権能は五賜卿随一なんだよォォォ!!」

 

 新たな色の帯が生まれる。

 

 「(おのの)けや、(おのの)けよ、┠ 懐柔戦慄(ピアニッシモアリア) ┨ァァーー!!」

 

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