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第十六話 NO GAME FANTASY (後編)


 どれだけ歩かされたのか──。

 

 時間も平衡感覚も失われた状態から解放されるように被らされていた麻袋を乱暴に剥がされる。ボヤけた視界の端にリズニアを(とら)える。

 

 「リズニア……ここは……?」

 「敵のアジトのようです」

 

 俺達が居たのは冷たい洞窟。

 天井は低く、何より暗い。人の手で粗雑に掘られたような洞窟の中だった。そんな俺達の前には、大きな岩にドカっと座るガタイもカオもなかなにいい金髪オールバックの男がいた。切れ長の目と不機嫌そうに寄せる眉が、男の只者ではない風格を表している。

 この男の前に連れてこられた理由──。

 恐らくそれは、彼が盗賊団のトップだからだ。それも対話を望んでいるのだろうと直感した。

 

 「リズニア。同時通訳頼めるか」

 「無理ですよ……かなみちゃんじゃ、ありませんし、吹き替え映画みたいな芸当は……」

 「普通でいいから。頼んだぞ」

 

 ようやく視界がハッキリとして、足元のセバスさんを確認出来たタイミングで男は座ったまま俺に向かって話し掛けてきた。

 

 全てを聞き終えたリズニアが俺に訳して伝える。

 

 「お前達は何を運んでいたか知っているのかって聞いてます」

 「いや、聞かされていない」

 

 俺は目を逸らすことなく正直に答えた。

 リズニアがその旨を伝えて、返答が帰ってきた。

 

 「とんだ依頼を引き受けちまったな冒険者? だが、安心していい。今回の依頼達成報酬に、少しばかり色を付けた金額をくれてやる。だから、中身を知らされていない運びの依頼には二度と関わるな。勿論、俺達のことも他言無用だ。分かったな……だそうです」

 

 あれだけ大事そうにしていた荷物。

 一切を秘密にされていれば怪しまないはずが無い。

 コイツらはそれが何かを知っている。

 盗賊団が狙うほどの大切な何か。

 俺には中身が何だったのか聞かなければならない気がした。

 

 「何が入ってたんだ」

 「それ、聞きますかふつー?」

 

 横に立つリズニアがそれはマズイと思ったのか俺に聞き返してきた。手足を縛られたりした訳では無いが、武器は全て取り上げられ完全無防備になっている。冷静に考えて相手の気分を害するような質問は伝えたくないようだ。

 

 「警戒されるのは分かってる。それでも伝えてくれ」

 「女神の気も知らないで……分かりましたよ」

 

 覚悟を決め質問を伝えたリズニアが、今度は俺に話す為にこちらに目線を向ける。

 

 「運んでいたのは十二名の子供と女。そいつらは全員、盗賊として育てる……と」

 「子供!? あの中に人が居たってのか……? それも、そんな沢山の……。あの馬車からは一度たりとも人の声なんて聞いてないぞ……!」

 「……声が出せない状況だったのでは?」

 

 リズニアが何故そんな結論に至るのか俺には分からない。いや、理屈は分かる。問題はその冷静な結論だ。盗賊がウソをついている線をリズニアはなぜか捨てている。むしろお山の大将を疑うのが彼女らしい気がするが、すんなりと受け入れて発言している。

 ただ、リズニアの言う事も一理ある。それが事実だった場合を先に考えた方が良さそうだ。

 

 「もし、それが本当なら金なんていらない。全員を解放しろ。盗賊にはしない」

 「それを伝えるのは本当にマズイですって……」

 

 俺の耳元に近寄って辺りを確認するリズニアは少し怯えている。だから真剣に目を見て伝える。

 

 「頼むリズニア。お前が頼りだ」

 「あーもう、はいはい分かりましたよ」

 

 しぶしぶと言った感じに了承してくれたリズニアが話している間に、俺も辺りを見渡す。

 ここは洞窟の最奥という訳ではないようで、前後に通路が通っている。連れてこられた場所は小さな部屋のようになっていて俺達を取り囲むように男が数人、壁際に立って並んでいる。警戒した様子は見せないが全員大小様々な刃物を携帯しているのが見える。退路は俺の真後ろか、座り込む金髪男の後ろくらいしかない。目の前が退路である可能性はなんとなく低そうだ……。


 「解放したあとはどうするんですかと聞いています」

 「俺が責任を持って子供たちを家まで送り届ける」

 「家の無いものはどうするんですかと」

 「それは……それなら俺がなんとかする。里親なりなんなり見つけてやる。それならいいだろ!」

 

 もし本当に存在しているとすれば、解放する代わりに何かを要求されるリスクは高いが関係ない。

 依頼主の事情も子供たちの事情も何も知らないが、ここは大きく出ることで、盗賊より優位な立場での交渉に出ようと考えた。なにより、人を平気で殺せるようなヤツらの元には置いておけないのが本音だ。

 

 俺の方弁では苦し紛れの言い訳に聞こえたかもしれないが、どうだろうか。

 

 「こうだい。なら全員に会わせるからついてこい……と言っています」

 

 どうやら俺達を騙すためのウソ。と言う線は無くなった。とすれば、次に湧き上がる疑問は子供や女性が運ばれていた理由になる。立ち上がった金髪オールバックが俺達の向いている方の通路へ歩き始める。すると二人の部下がやって来て、俺達について来るよう命令した。

 

 

~~~~~~~~~~~~



 薄暗い通路を歩く。

 途中で枝分かれしているポイントも幾つかあったが金髪の方へついていく。俺は疑問を解決する糸口を探していたのだが、その疑問は思いもよらない所から解決した。

 

 「こうだい、一つ謝らなければならないことがあります。私が受けたこの依頼『緊急クエスト』と言うのは間違い無いんですが、実はEランクの依頼じゃないんです。この街に住む冒険者なら、誰もが敬遠するFランクの依頼の中でも異質。誰もが知っているのに誰もが知らないフリをし、決して話題を挙げることすら許されない……暗黙のF」

 

 俺よりほんの少し先行するリズニアが背中越しに語り始めた。

 

 「暗黙のF……?」

 「十二名もの人間が、声すらあげずに大人しくしていた理由、想像つきますか」

 「お前……何を知っているんだ……。どうして黙っていたんだ……」


 少し後ろを歩く俺に対し、リズニアは一切振り返る事無く淡々と告げる。


 「死んだ商人達にとって彼らは、商売道具意外のナニモノでも無かった。だから声すらあげられない状況にされたんです……。要するに、"奴隷" ですよ。この世界に置いては一部、合法として認められている地域がありますが、これは合法でないヤツです。私達は犯罪の片棒を担いでいたんです」

 

 "奴隷" ──。

 

 頭の片隅にほんの少しだけ考えていたものではあったが、正直その可能性は、……受け入れたくなかった。

 

 「そんな子達を盗賊から解放したいって気持ちも分かりますがね、あのまま奴隷として売られ誰とも分からない主人に仕えてろくに自由を与えられない生涯を送るより、境遇同じくする仲間と共に自由に生きていく方が幸せだと思いませんか?」

 「はあ……? お前何言って……」

 「盗賊になった方がマシだとは思いませんか?」

 「その言い草……それじゃまるで、最初からお前は知ってて──」

 「着きましたよ」

 

 遮られた言葉の続きを探そうとするが、予想だにしない光景に言葉を失った。

 

 「……街……なのか?」

 

 冷たい通路を抜けたその先は、洞窟の最奥。全体が見渡せる高台の上──。高さにして十数メートル。洞窟の中とは思えない吹き抜けのある明るい空間だった。

 

 縦横共に来る時見たどんな部屋よりも幅広く広大で、高すぎる天井は自然に出来たような大きな穴が空いており、洞窟内のこの空間のみを日光で明るく照らしていた。そのためか、薄暗くも寒くも感じず洞窟の中とは思えないほどのどデカい集落に思えた。まさにアジトと呼ぶに相応しい景色。

 

 細部に目を向けると食堂、武器屋、洗濯所などがあり、土レンガの建物が密集しており、住んでいる人々の姿も確認できる。

 日の差し込み具合から、俺達が連れてこられてから数時間以上経っていることが分かるが、何より、洞窟の中に小さな街がある事には驚いた。


 街全体が一望できる高台。

 そこから見える範囲にいる人間は十人、二十人なんて規模じゃない。それも盗賊には見えない者ばかりで、むしろ奪われる側のような出で立ちばかり。血の気の多い盗賊ばかりではなく、女性や子供たちが穏やかに暮らしていた。


 誰もが落ち着いた暮らしをしているように見えるが、逆に言えば活気が感じられない。

 

 つまり、この街に暮らす人達は──。

 

 「ここにいる元奴隷、総勢二百二十二人をどう解放しますか。と言っています」

 

 リズニアの口調はだんだんと優しくなっていた。俺を気遣ってくれているのだろう。だが、突きつけられた現実は変わらない。

 

 この時、己の考えの甘さにようやく気づく。この金髪はそれを知らしめる為に俺達をここへ招いたのだ。

 

 「こうだい。実際に街へ降りて、人々の現状に触れて回って来てもいいと許可をもらいました。私見てきますんで、あとで合流しましょう」

 「あっ、ああ。分かった……」

 

 リズニアはそそくさと行ってしまった。

 

 仕方なく、俺とセバスさんも高台から降りて街を歩いて回ることにした。

 

 

~~~~~~~~~


 

 その小さな街には、上から見下ろしただけでは分からない惨憺(さんたん)たる現状が広がっていた。

 

 地面と同じ色の干しレンガで組まれた家はそのほとんどが破損していて、中には人が住める状況では無かったり、触っただけで崩壊してしまいそうな有様の家がある。

 

 欠けたお皿を砂で洗う女性達がいれば、日陰で虚空を見つめる子供たちがいた。

 

 

 なのに。

 

 

 笑顔だけはどこにも無かった。

 

 

 どこにいても悪臭が酷く、地べたに力無く座る者は誰であろうと関係なく小さな虫がたかっていた。

 

 

 中でも、悪臭が濃い場所──。

 ここだけは目を背けたくなるような現実が広がっていた。

 

 何らかの理由で命を落としたのだろう沢山の人だったものが積まれて放置されていた。

 視界に飛び込むこの世界の実態と、むせかえるような激臭に鼻と心が一気に焼かれた。

 

 多すぎる情報についていけない頭と、焼けた心を落ち着かせるように、俺は広場の段差に腰掛け座り込んだ。

 

 街を見て回ったのは時間にして約十分程度。

 まだ三分の一も見て回れてないが俺には限界だった……。

 

 休憩中、寄り添ってくれるセバスさんのおかげで動悸が激しくなっていた自分に気づく。

 

 「……はぁ……ありがとう……落ち着きました」

 

 目の前にリズニアがいた。

 リズニアは子供たちにトランプを配って何かを説明したあと、こちらへやって来た。

 

 「……トランプなんてどっから持ってきたんだ?」

 「返してもらったバスケットからです。時間が無かったからババ抜きしか教えられませんでしたけど」

 「良かったのか? あげて」

 「大切にしてくれるって約束してくれたんで、いいんです……。それにほら、楽しそうじゃないですか」

 

 言動全てが女神らしく慈愛に満ちている彼女は微笑みながら言った。

 

 「……そうか」

 

 一つしかないトランプをあげたら毎晩やっている当番決めゲームが出来なくなるのでは? と聞きたかったのだが、それなら仕方ない。なんせ、子供たちが初めて笑顔を見せてくれたのだから。

 

 こんな地獄のような場所にも救いはあった。

 これ以上、何も言うことはない。

 

 「こうだい。話はもうつけましたので、行きましょう。今は無理でも、この子たちはいつか私達の手で救ってやればいいんです」

 「ああ……そうだな」

 

 今は無理。その言葉が俺の心に強く焼き付き新たな "目標" というカタチで炙り出された。

 

 俺は強くなる。強くありたい。

 

 

 その "いつか" を迎える為に──。

 

 

 

──────────────

 



 「こうだい、麻袋(それ)取っていいそうですよ」

 「──くっ!」

 

 遮るもののない太陽が、容赦なく目に突き刺さる。

 

 「どこだここ?」

 「荒野のど真ん中です。道具も返してもらったし、地図も貰ったんであとは向かうだけです!」

 「やっと帰れるんだな……」

 「クゥーン……」

 

 張り切るリズニアを尻目に俺とセバスさんは疲れを吐露した。リズニアの話だと生きていた依頼主だけは生きていて、幾らか金品をむしられた後、解放されたそうだ。

 

 「何言ってるんですか? まだ帰りませんよ」

 「はぁ!?」

 「バウッ!」

 

 聞いていないぞ! と声を上げるセバスさん。

 

 「あれ、言ってませんでしたっけ? お金をもらう代わりに、どんな病気も治せる "万能草" が自生している場所を教えてもらったんですよー。それを煎じて飲ませれば、かなみちゃんを治せると思って」

 「お前、そこまで考えてたのか……。もっと後先考えないやつだと思ってたが、そういえばいつからだ……? いつからこうなると予想してた?」

 「そりゃ……最初から(・・・・)分かってないとこんな危険なことしませんよー」

 

 最初から──。

 リズニアの言う最初からというのが、どこからなのか……それは重要な事柄だ。

 

 「オマエは、商人達が襲われることも、運ばれていたのが人間だったことも、全部知っていたんだな……」

 「ですです。まぁ、ここまで上手くいくとは思いませんでしたが」


 つまり、依頼を受けた段階からこうなる可能性を想定していたことになる。

 

 「じゃあ商人たちは助けられなかったんじゃ無くて、わざと助けなかったのか?」

 

 襲撃を想定出来ていたのならば、それに備えた対策ができたはず。だが、それを一切行わなかったとあれば問い詰めるしかない。その疑問にリズニアは淡々と答えていく。

 

 「盗賊団との交渉の場を設ける為には、無抵抗が一番でしたからね。でも私、初めて会ったときに言いませんでしたっけ? 目的の為なら手段を選びませんよって」

 

 彼女の、犠牲を(いと)わない考え方は初めてあったときから知っている。その結果が死後の俺をこの世界に招き入れたのだから知っている。

 

 それでも──、ふつふつと湧き上がるこの怒りを俺は抑えきれなれそうにない。

 

 「テメェ……そうやって巻き込まれた人間が何人も死んでんだぞ……。その犠牲を何とも思わねぇのかよっ!!!」

 

 犠牲が出ても仕方が無いと思う考え方はやはりおかしい。受け入れられないし許せない。

 

 気づけば彼女の胸ぐらを掴んでいた。

 

 「こうだいは救える者ならどんな悪人でも助けたいですか……」

 「なんだと?」

 「あの商人の荷物を初めから知ってたら、許せましたか?」

 「だとしても……罪を償わせるべきだ。勝手に殺すべきじゃない!」

 「生きてたらこれからも同じことを続けますよ。彼らは」

 

 リズニアは問い続ける、価値観を。ならばと思い、俺の考えを全て吐き出した。

 

 「だからって、見殺しにしていい理由にはなるのかよ! それなら、奴隷が増え続ける方がまだっ……!」

 「ああ、こうだいは自由がない方を選ぶんですね」

 「いや、違う……、いまのは、そんなつもりじゃ」

 

 叫びだした思いは自分でも分からない方向に着地した。勢いで大きな失言をした。

 

 そんなこと言うつもりなど一切無かった。

 選んだと取られてもおかしくない発言だった。

 

 リズニアから手を離す。

 俺は正しさを見失った。


 「いえ、いいんです。どちらの選択がこの世界にとって正しいのかは私にも分かりませんから。助けたい助けたいと、口だけで行動しようとしない人。──私、"偽善者以下" だと思いますよ」

 「違う……俺は──」

 

 偽善者以下なんかじゃない──。

 

 ただその一言が、

 たった一言を、俺に言う資格がどこにあるのだろうか……。

 

 「悔しかったら、行動で示せるようになってください。強くなってください。あの子たちが常に笑っていられるように本気になってください。私があなたに託した願いはそういうことですよこうだい」

 

 リズニアは目的地へ歩みを進めた。

 

 今の俺には悔しいどころか、自分自身の考えが分からなくなっていた。犠牲なく行こうとする、それは甘いことだろうか。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 「ありましたっ! 青と緑の花! アレで間違いないですよ!」

 

 大きな岩山のてっぺんまで登ってようやく、岩と岩の隙間に生えている "万能草" をリズニアは発見した。

 

 「いつまでしょげてるんですか。もう、私が抜いちゃいますからね!」

 「ああ……うん」

 「うー! うーん! これ、根っこからいかないとダメそうですねー……」

 「おい、気を付けろ……」

 「分かってますって。うー、せいっ! ほいぃっ! ほら、抜けまし──」

 

 見事に抜いた "万能草" を俺に見せようと体をひねったリズニアがバランスを崩して落ちかける。

 

 「リズッ!」

 

 なんとか手を掴み、助けた事で転落事故は起きなかった。

 

 「あはははは……落ちても大丈夫だと思いますけど、助かりました」

 

 申し訳なさそうに笑いながらリズニアは言った。

 

 「そうだな。リズは頑丈だし」

 

 セバスさんと協力して持ち上げるように引き上げた。

 

 「フフン」

 「なんだよ……」

 

 リズニアがニヤけた顔をこちらに見せてくる。

 

 「異世界(こっち)に来てから初めてリズって呼んでくれましたねっ」

 「あ、そうだっけか……?」

 

 ──なんだ、そんな事か……。

 

 「もう一回! もう一回、呼んでください」

 

 小動物みたく、全身で喜ぶリズニア。お手を待つイヌのように疼いていた。万能草が手に入ったのはリズニアのおかげ。だからご褒美的に呼んであげることにした。

 

 「リズ……? リズ……よく引っこ抜いた」


 カラダを少し揺らしながら、今までに無いくらいにんまりしている。

 

 「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

 「だって〜こうだいが渾名で呼ぶ人って私しかいないじゃないですか〜もう一回お願いしますっ!もう一回だけ!」

 

 ──こいつ、しつこく要求してくるタイプだな……なら、へたに言わないより言いまくって飽きさせてやる。

 

 「リズリズリズリズリズリズリズリズリズ。あーもうこれでいいよな! さ、帰るぞ」

 

 言いながら恥ずかしく思えて強引に切り上げる。

 

 「えー! もうちょっとだけえー!」

 「また今度な。おい、気をつけて歩け。……ったく」

 

 俺の周りをうろちょろするリズニアがまた落ちそうになるんじゃないかと、心配になる。


 岩山からなんとか無事に降りて二人と一匹家路につく。

 

 「リズ。一ついいか?」

 「はーい! なんでしょ!」

 

 飽きた様子もなく、ニコニコしながら聞いてくる。

 

 「これからは……そのー、俺にも頼ってくれ。これからの皆に関わることとかは特に、一人で決めないで相談して欲しい。……いいな?」

 「こうだいにそれを言われるのはなー」

 「なんだよ」

 「別にぃ?」

 

 少し時間を置いたことで、今回俺が一番許せなかったのはリズニアが誰にも相談しないで決めた事だと気づいた。かなり気恥しいが、次からはそういう事が無いように言っておいた。

 

 「リズ」

 

 それともう一つ。真剣な話。

 

 「は、はい?」

 「そのぉ、俺はお前の言う通り、何も出来ないのに偉そうに言ってるだけの偽善者以下だった。その上、お前に当たるようなことして悪かった。ごめんな」

 

 考えてみれば俺が無力なのは俺自身が一番理解していたことだった。自分に出来ないことをリズニアに強要していたのだから、偽善者以下を否定できるはずも無い。口先だけだったことを謝るために頭を下げた。


 「お前が言いたかったのは俺の覚悟と実力が甘かったことだろ?」

 「はて? 例えばどんな」

 「犠牲をひとつも出さずに、なんもかも助けようとしたこととか……」

 「そんなこと思ってませんよ。ただ、貴方の覚悟を再確認したかっただけです。ココ最近、ちょっとだけ心寂しくなる夢を見ちゃったので……。あっ、そうだっ私からも一つ良いですか?」

 「ああ。なんだ?」

 「こうだいは優しい人だと思います。この世界で生きていくにはあまりにも脆く危険なほどに。このままだといつか、身も心ボロボロになってしまいますね。だから……今日の出来事を忘れないで下さいね」

 

 リズニアは暖かく優しく微笑んだ。

 

 「──この世界はゲームであって、ファンタジーじゃないのですから」

 

 リズニアの言葉は俺の奥底に響いた。

 

 ──確かに俺はどこかで、この世界をゲームではなく、ファンタジーな世界だと思い込んで……ん?

 

 「え? あれ、逆では?」

 「あっ、え、えっと、ああ、今のは、無しです! いい間違いです! ──この世界はファンタジーであって、ゲームではありませんから」

 「いや、女神モードで言い直しても無かったことにはならないからな?」

 「ええい、忘れろーい!」

 「バウバウ……」

 

 セバスさんが呆れるように吠えた。



 街が見えてきた頃。

 

 

 「台風とハリケーンの境界線ってどこか分かります?」

 「……ハリケーン?」

 「台風って発生してる場所によっては、ハリケーンって呼ばれるらしいですよ? 不思議ですよねー、どちらも元は同じなのに」

 「へー、なんかハリケーンの方が強いイメージだったなぁ」

 「ですです分かりますー! 台風が北上して、ハリケーンに変わりましたっなんて言われたら、強くなったような気がしますもんねー!」

 「ああ。でも逆に、向こうから来たハリケーンが台風に変わますって言われたら弱まった感じするだろうなー、たぶん」

 「響きがカッコイイからですかね?」

 「さぁ? こういう現象、なんて言うんだろうな」

 「帰ったら、かなみちゃんに聞いて見ましょうか」

 「かなみちゃんの熱が治ったらな」

 

 こんな何でも無いような会話をする。

 薫さんと二人きりで話す時とは違う不思議な感覚。

 まるで少年時代に戻ったような、そんな気がした。

 

 「似たような話でいやー、クジラとイルカの違いって何か分かるか?」

 「違い……ですかぁ?」

 「うん。あれ実はなぁ──」

 「ちょっと待ってください! ……それは、なぞなぞですか?」

 「いや、問題で出したつもりで無いぞ」

 「いや、当てます! ……ジャンプ力ですか?」

 「うーん、そうじゃないなぁ。答えはかなみちゃんに、聞いてみてくれ」

 「むきっーー! ドヤ顔ウザし。じゃあ、今度は私から問題を出しますね」

 「おう。望むところだ。出してみろいっ」

 「人工召喚石と天然召喚石の違いはなんでしょーかっ!」

 「はぁ!? ……えっとー……値段、とかか?」

 「値段はものによってマチマチなんで正解とは言えないっですぅ。答えはかなみちゃんに聞いてみてくれっですぅ」

 「ンな分かるかぁ!!」

 

 リズニアのドヤ顔はいつ見ても腹が立つ。

 

 「じゃあ今度は俺の番な!」

 「望むところです!」

 

 後日、薬草を煎じて飲んだかなみちゃんは元気を取り戻し、俺とリズから謎の質問攻めに合うこととなったのは言うまでもないだろう。


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