第十五話 NO GAME FANTASY (前編)
あれから、約一週間が経過した。
この一週間足らずで起きた出来事の中で一番驚いたのはダットリーさんを師匠と仰ぎみるものが俺の他にもいた事だ。しかもそれは魔女っ子ユイリーちゃん。
なぜ彼女が師匠に付き従っているのか漠然としか分からないが、日本語を覚えるためだと思われる。
要するに俺とは正反対。それでも他に弟子がいる事で俺の目に狂いはなかったと安堵した。
──しっかし……師匠の教え方には難がある。ありすぎる。
言葉を覚えるのには全く関係の無さそうなことを黙々と延々とやらされるからだ。
ジャッ〇ー映画やなんかであれば、一見、意味の無いような修行やなんかが実践に生きて窮地を脱する、なんて場面はよく見かける。だがこの一週間やらされたことでは実践に活かせそうな気がしない。ただの雑用だ。
自分から頼み込んだことであるからして、途中で投げたしたりは絶対しないが、このままで良いのかと不安にはなる。どんな事をやらされていたかについては語りきれないのでここでは割愛させてもらうが放牧されている牛の世話や薬草採取の仕方など──、
とにかく色々やらされて毎日へとへと……。
そんな修行中の唯一の癒しはユイリーちゃんだ。
ユイリーちゃんが必死で頑張っている姿を見ているだけでこちらまで頑張れた。俺達はまともに会話すら出来ない語学力だ。
だからなのか、手の空いた時間はユイリーちゃんの事ばかり目で追ってしまうようになった。
早く彼女と会話がしたい。
何かお礼がしたい。
その思いが日に日に強くなって、自然と言葉を覚えるスピードが上がってくる。
そしてその思いが強くなり過ぎた俺は、休日までも彼女の素行を影ながら見守る ストーカー へと墜ちてしまったのである……。
とはいえ、速攻でかなみちゃんにバレて怒らせてしまったからもう二度とそんな事をするつもりは無いのだが、この一週間で起きた出来事をあげるとするならそれくらいしかなかった。
だが、今日は違う──。
この日、俺達はついにEランク昇格を迎える……! のだが、その矢先、かなみちゃんが高熱を出して寝込んでしまった。
数々のチートスキルを誇るかなみちゃんであっても跳ね除けられない謎の高熱。
原因は不明。
リズニアの推測では
「元々体内に潜伏していた地球産のウィルスがチートスキルの包囲網をすり抜けて、高熱を引き起こしているのかもしれません」
との事だった。確かにその可能性もあるだろうが、もっと根本的な問題があるように思えてならない。
かなみちゃんはコッチの世界にやって来てから今日までずっと気を張り続け、誰かの為に奔走し、誰よりも頑張ってきたのだ。だからあの小さなカラダがオーバーヒートを起こしてしまうのも何ら不思議ではない。高熱のかなみちゃんは俺やリズニアの前だと元気に振舞おうとする。だから宿の裏口の階段に座って、時間を潰すしか俺には出来なかった……。
「バフッ」
どうしようもないこんな時、俺の傍に献身的に寄り添ってくれるセバスさんにフランダースみを感じてならない。撫でながら感謝を述べる。そこにリズニアがやって来た。
「こうだい! 宿のご主人に容態のこと話したら、治るまで無償で部屋を貸して頂けることになりましたよ!」
「そうか……わざわざ交渉してくれてたんだな……ありがとう。リズニア」
「な、何ですか、らしくない……┠ 威圧 ┨の能力が通常のモノより強いと知って調子に乗っていたあの頃のこうだいはどこいったんですか」
「ああ、本当にな……今は自分の無力さをものすごく痛感しているよ……」
「そんな! いつもならここで、私の華麗な口車に乗せられてケンカをお買い上げしている筈なのにっ……!? 完全にネガティブ入っちゃってるじゃないですかぁ……やだぁー」
「頼りない男で、すまない……」
「頼りなくもだらしなくもないですから。ほら、頑張って頑張って! 元気だしてっ!」
「……どうせ俺なんてクソの役に立たないんだから……ほっといてくれていいよ」
弱音を吐くとリズニアは、俺の胸ぐらを掴んで揺さぶってきた。
「お願いですー! 元気だしてくださいー! 今日からEーラーンークーなーんーでーすーよー私達。もう依頼も受けてきたんですから! だから一緒に頑張りましょーよー!」
「……こんなときに依頼か。はぁ」
「だからこそですー!! と言うか、そこでボケーっとしてるこうだいには言われたくないです!」
「……でどんな依頼だ」
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南門を潜って街を出るとすぐに、大食漢と思わしき男が俺達の前に現れた。
「カオウ」
「カオウ。リズニア、この方は?」
「この人が今回の護衛依頼を発注した依頼人さんです。なんでも、専属契約してた冒険者達が突然お暇しちゃったらしく、急遽、護衛が必要になっただとか。まぁ、実際はトンズラこいた代わりを探していたんだと思いますけどね」
「本当かよ……俺達二人と、一匹で大丈夫なのか……?」
「Eランクの、しかも二人しか雇えないなんて相当ケチってるし、ヤバいでしょうね。ええ」
リズニアが笑ってる。
「バウッ! バウッ! バウッ!」
巻き込まれるカタチで連れてこられたセバスさんはやめて欲しそうに必死に吠えてる。
「なぁ、街から出るつもりの無いセバスさんを無理に連れてく必要あったか?」
「あるに決まってるでしょう! ただでさえ人数が厳しいのに、こうだいはなーんも出来ないんですから!」
「なんだと! さっきと言ってることが違うじゃんか!」
話はちょっと前にもどる。
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「……でどんな依頼だ」
「『緊急クエスト、大きな街までの商人の護衛』です」
「緊急クエスト?」
「はい。依頼の発注から二十四時間以内に期限をむかえてしまうクエストの総称をそう呼びます」
「ふーん、それで?」
「条件はEランクの二名、であれば誰でもいいそうです。往復で二日を有する依頼ですが、緊急で泊まり込みの護衛なら報酬が期待できますですよ」
「二日!? そんなに ユール から離れて、かなみちゃんにもしもの事があったらどうすんだ!」
「すでに何も出来てない人がもしもの心配なんてするだけ無駄です……。さあさあ時間がありません。大人しくついて来なさい!」
「いやだー! 俺もセバスさんと同様に街から出るつもりは無いぞー!!」
セバスさんにしがみついて、引っ張るリズニアに抵抗する。
「出られるようになった途端ひきこもりですか! なら、セバスちゃんごと連れてくまでよぉ!」
「ワフゥ!?」
「この怪力外道悪女! お前といると悪いことばかり起こるんだぁ! 離しやがれー!」
「お願いしますよ、こうだい。私にはこうだいが必要なんですー……だからこぉい!!」
「なんて言われようが俺は行かないからなぁーー!!」
──。
必死の抵抗虚しく、俺とセバスさんは東門付近まで引きずられることとなった……。
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思い返せば恥ずかしくなる。引きずられてた時の周りの目……。引くに引けず、結局受けることにしてしまった。
「ウソとかついてませんよ。この依頼の条件が二名だったから必要なだけでしたしー」
「はぁ……そんな事だろうと思ったよ」
「セバスちゃんも諦めてください。ここまで来てしまったのですから」
「クーン……」
「セバスさん、元気だしてください。二日で帰れますから……」
しゅんとするセバスさんが可愛すぎて慰めながらさり気に撫でた。
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俺達は幌馬車に乗り込み護衛の任につく。
規模は予想していたよりも相当なものとなった──。
丸一日をかけて 大きな街 へ向かう馬車は三台。
依頼人と俺とセバスさんが乗る先頭車、リズニアと若い商人が乗っている後方車、そしてそれに挟まれる形で走らせている大きな貨物輸送用馬車だ。
普通の馬車であれば牽引する馬の数は一頭から二頭ほどで十分足りると思うが、真ん中の馬車は馬だけで五頭もいる。契約上、俺達は中央の馬車の中身を知らされていないが、川を渡ることを想定して造られたような大きなタイヤが幅をとり、見るからに巨大で頑丈そうな幌の付いてるこの馬車が中身の大事さを物語っていた。
手網を握る人を含めても、人の数より馬の数の方が多いように思える。
食料や武器、その他諸々の準備が終わりいざ出発!──と、あいなってから既に十時間以上経過していた。
今向かっている『大きな街』とは、領主より町長の方が権限を持つため、町長が変わる度に街の名前が変わる不思議な街らしい。一度だけあった休憩中、リズニアにどんな場所なのか聞いてみて分かったことだ。
距離的にはあと半分位だろうか。夜の荒野にだんだんと、太陽が顔を出し始める。
「どうしました?」
いつものように丸まって伏せているセバスさんがむくりと体を起こし、辺りをキョロキョロと見だした。
「ワウッ! ワウッ! ワウッ!」
セバスさんが遠くの方を見つめて吠え始める。この十時間の間に、今のように吠えることが二度あった。いずれも魔物の群れに遭遇する直前。そのおかげで俺達は迅速な対応ができ、倒すか追っ払うことが出来た。セバスさんの遠吠えは一切被害を出していない実績があった。その為、言葉は通じずとも商人は馬車を止めさせる判断を下した。
先頭の馬車が止まればおのずと他の馬車も止まる。俺とセバスさんは馬車から降りて、遮蔽物になりそうな大岩辺りをくまなく確認するが、異常は何も見当たらなかった。
一旦、リズニアと合流するため、後方の馬車に向かうその途中──。五頭の馬の手網を持つ二人の御者が寝ている姿を目撃した。
一人は手網を持ったまま寝ていて、もう一人は馬車から落ちたかのように地面でうつ伏せになって寝ていた。
──おいおい。一番辛い時間帯なのはわかるけど、どんだけ疲れてたんだよ……。
こういう所を見ると、長距離トラックの運転手にならなくてよかったとつくづく思う。せめて交代制にすればいいのに。
「おいおーい、カオウカオウ。起きてくださーい」
うつ伏せの御者を揺すって起こそうとするが、だいぶ眠りが深いらしく、反応がない。
「あのー、そっちの手網握ったまま寝てる人も一応起きといた方が……」
空が白み、世界を照らし始め、座っている御者の影が光と重なる頃。
それに気づく。
俯いたままの御者の胸に、あるはずのない影が伸びる。
その影を引き連れて、御者は力無く横たわる。
もしやと思い、俺の目の前でうつ伏せの御者を裏返す。
すると同じモノがあった。
同じ箇所に突き刺さる一本の矢があったのだ。
頭の中に様々な憶測が過ぎるが、こんなことが起こる可能性は、
「盗賊……なのか……?」
この前とは違う『本物の盗賊』。実はさきほどリズニアから聞いていた。本当に強い盗賊は名前など持たず、人気のない場所でじっと獲物を待つものだと──。
「ぐあああっ!」
突如鳴り響く悲鳴。
振り向いた時にはすでに遅く、大柄な依頼人は砂色のローブの男に切り殺されていた。その悲鳴を皮切りに、一斉にローブどもが飛び出し襲いかかってくる。反応が遅れた俺とセバスさんは不意に現れた男達になす術なく地面に伏せられ、拘束されてしまった。
一体こいつらはどこにいて、どう隠れて、どうやってここに来ることを知ったのか……かなみちゃんなら分かったのかもしれない。
「くそっ! 離せぇっ!」
考えろ。切り抜ける方法を。
──┠ 威圧 ┨でこいつらを……!
魔物を睨んだ時のように……。
人殺しに……なる……? でも、ああクソ!
前世で培った道徳心が、当たり前の矜持が、俺の心にバリアを張る。┠ 威圧 ┨を使う判断を選ばせない。
リズニアはかなり強い。それでも本物の盗賊団を相手に勝てる保証なんてのはどこにも無い……。だから、
「リズニア、逃げろォォォ!」
逃げるか降伏してもらいたいものだけど、リズニアの性格からして降伏はしないだろう……。だから逃げろと叫んだ。セバスさんは相手が人間だと分かってから能力も見せず大人しくしている。
状況は絶望的。
そんな中、おもむろに後方車から降りてきたのはリズニアだった。彼女は両手を上げて、意外にも降伏の意思を示した。抵抗しない意思を見せる俺達は麻袋を被せられ、そのまま何処かに連れていかれることになった。




