第十四話 『反乱軍のアジトを特定せよ』
それは、かなみちゃんとユイリーちゃんがお手洗いに行った直後のことだった。
食事をしている俺達の元に、デネントさんがひとりの少年を連れてやってきた。
少年の名はレクム。デネントさんの長男だという。偶然では無いと思うが〖お食事処 レクム〗と同じ名前の少年だった。
デネントさんが俺達の元へ、レクムくんを連れてきた理由は冒険者としての依頼からだった。
なんでもこの少年レクムくんは、親に黙って勝手に冒険者登録していた上に意地っ張りで自信家な性格が災いし、どこのパーティーにも入れてもらえず無謀にも一人で討伐依頼を受けようとしていたところをデネントさんに発見されここに連れてこられたらしい。
レクムくんは既にEランクで、そのレクムくんが受ける依頼に協力してやって欲しいという、言わばお願いに近い依頼だった。まだEランクのクエストを受けられない俺たちにとっては願ったり叶ったりの案件だったのは言うまでもない。
「ウチの店を手伝いもしないバカ息子だけど、頼めるかい?」
引き受けてくれるなら報酬は達成したクエストの九割支払ってくれると豪語してくれたので二つ返事で了承した。
「珖代さん、あの依頼を受けてもらうのはどうでしょう」
「薫さん、俺も同じこと考えてました」
「もしかしてぇ、反乱軍のアジトを突き止めるっていうあれです?」
「ああ。丁度いいタイミングだしな」
そこへかなみちゃんだけが帰ってきた。ユイリーちゃんはどうしたのかと訊くと、今のままでは相応しくないと思い悩み出直してくることにしたそう。
知り合って間もない間柄ではあるが律儀な彼女ならきっと成長して戻って来てくれると、確証もなしにそう思えた。
ひとまず、レクムくんをかなみちゃんに紹介した。
「それで、なんの話をしてたの?」
「えっと、あのーほら、レクムくんの名前はこのお店と同じなんだねーって」
かなみちゃんに内容を知られてはならないので隠した。
──レクムくんに反乱軍のアジトを突き止めるクエストを受けてもらってそれに俺達が参加するって知ったら、かなみちゃん、ついてくるだろうなあ。いくらチート少女といえど相手は人間。危険だから黙っておかないと……。
その日は依頼を引き受けることで話は一旦打ち切り、その夜、薫さんにだけかなみちゃんに内緒にした理由を話して一日が終わった。
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翌日。今日は午前から異界語会話の時間。
俺の担当はくじ引きで図らずしもリズニアになった。
俺とリズニアは次の日の反乱軍集会の為に、レクムくんにアジト特定の依頼を受けてもらうようにお願いした。
今回の俺達はあくまでレクムくんのサポート。二つの依頼を本当の意味で達成する為にもかなみちゃんには頼らずに伏せておきたいのだ。
これは薫さんと相談して決めたこと。
少女の圧倒的な力の片鱗を目撃しようものなら、純朴な少年の大切な何かを折ってしまいそうだとも、敵が弱いと思い込んで舐めてかかってしまう性格になる危険性があるだとも判断しての結果だった。
レクムくんは性格上、ランクの下の俺達のことを下に見ている節があり、受ける依頼は自分で決めるから口を出すなと仰々しく言っていたが、デネントさんにげんこつを一発浴びせられ、反省して受けてくれた。
こうして、反乱軍の依頼に関しては、かなみちゃんに悟られる様子も無く着実に準備は進んでいったのだが──。
問題は異会話、つまり、異世界語を覚える方法である。リズとは些細なことで言い合いになってしまってまともに勉強はできない。かと言ってかなみちゃんと二人きりになる訳にも行かず、実に悩んでいた。
早急に対策が必要だ。
確か、あのワイルドダンディな御仁は日本が話せたような。明日、会ってみるか。
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依頼決行日。悪の集会当日。
決行時間は午後五時。それまでは息抜きの自由時間となっている。時間が来るまで俺は、昨夜考えた解決策を引っさげてギルドにやって来た。
「お願いますっ!」
入り口に一番近い席。そこで毎日欠かさず酒を呑む漢に開口一番頭を下げる。
「……」
声が掛かるまで頭を上げるつもりは無い。そうして待っているとグラスを傾ける音と共に、口を開いた。
「やめろ……」
小さな声だが、確かに腹に響いてくる声が届き、顔をゆっくりと上げる。
「ダットリーさん! 俺に異世界語を教えてくださいっ!!!」
昨晩、異会話についてみんなに相談し、かなみちゃんから教えてもらったこのお方の名前。
ダメで元々、俺は額を地面に擦り付けて頼み込んだ。
「ああ」
その言葉がどちらの意味か分からず、顔を見やる。
「おまえも……か。いや、……おまえだな」
ダットリーさんは俺の顔をみると何かを納得した様子で呆れるように笑った。やがて、手に持ったグラスをゆっくりとテーブルに重ねると、限りなく低く湧き上がる声で言った。
「あした、ここに、こい」
「はいっ!! 師匠!!」
これで俺の不安は一つ解消された。
──────────
作戦開始時刻の午後五時。
かなみちゃんにバレないように薫さんには宿に残ってもらって、俺とリズニアとでレクムくんを迎えに行く。もちろんややこしいが レクム にだ。
「レクムくーん! 迎えに来ましたですよー」
「あれ? アンタたち、もう行ったんじゃ無かったのかい?」
「それはどういう……? レクムは居ないんですか?」
「レクムならもう一時間以上前に準備して出て行ったけど、何も聞いてなかったのかい?」
「リズニア、なんだって?」
「レクムくん一時間以上前に出て行ったそうです……!」
「おまえ、それって……!」
俺は店を飛び出した。
「ちょっと、こうだい! 待ってください、どこ行くんですか!」
リズニアもあとを追いかけてくる。
「ちょっとアンタたち、気をつけるんだよー!」
これは明らかに俺達のミスだ。レクムくんの自信過剰な性格を知りながら、事前にどこで集会が行われるかを話してしまったことが失敗だった。おそらく彼は、一人で集会所に向かってアジトを突き止めるつもりでいる筈だ。
「西門付近だよな!」
「はい! そうです!」
「早く行かないとあの子が……危険だ!」
──頼む……無事でいてくれよ……!!
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集会が行われていると思わしき建物に隣接する、民家の屋根の上から反乱軍の様子を伺う影二つ。
その正体は、単眼鏡をのぞき込む俺と四次元バスケットを漁って何かを準備するリズニアだ。
俺と単眼鏡を直線で結んだ線の先には、謎の刻印が刻まれたローブを纏った連中が既に集まっているのが見える。
外には入り口が二つ。
それぞれに門番が一人ずつ配置されていて、巡回者が二人。どれも交代要員の姿は確認できない。
中の様子はと言うと、非常にわかり易かった。窓が何故か全開に空いており丸見えだったからだ。ただ、二十人ほどは収容出来そうな建物内は薄暗く、間接照明のようなぼんぼりの明かりが三つ灯っているだけで人数までは把握しづらい。辛うじて七、八人が中央で円になる様に集まり話し合っている姿が確認できたくらいだ。
「あれ、ない」
リズニアが探していたのは双眼鏡タイプの望遠鏡。
結局見つからないようだったので俺が使っているものを渡す。
「あれが、反乱軍なんですか? 何だか不用心過ぎる気がしますが……」
「あの詰めの甘さは間違いない。反乱軍だ」
「あー、居ますねレクムくん。縄で縛られて後ろに放置されてるみたいですけど」
「居ますねって他人事かよ……。もとはといえばオマエがレクムくんに場所を教えたからこうなったようなもんじゃんか。そーしろって言ったのは俺だけども」
「でもこれ、彼にとってはいい機会では? 一人で行動する危険さも、仲間の大切さや有り難みも知れて、一石二鳥じゃないですか」
「そういうセリフは助けた後に──いやまてよ?」
「そもそもデネントさんからの依頼はそういうことを教える依頼です。これほどいい授業はありませんですよ」
リズニアは望遠鏡を覗きながら淡々と口にする。
「やっぱおまえ……こうなる事を分かっていてあえてレクムくんに教えただろ……?」
俺の問いかけをリズニアは平気で無視した。
「……あっ、動きがありました。どうやら何か、始まるみたいですよ」
「おーおー、どうなんだその辺、ちゃんと答えろ」
「こうだい……かなみちゃんが居ます……」
「おいっ! はぐらかすなっ。いるわけないだろうが」
「ホントにいるんですってば!」
「おまえ……、かなみちゃんは薫さんとホテルにいるんだぞ……? 貸してみろ。こんなとこにいる訳が……」
リズニアから望遠鏡を借りて、もう一度よく見てみる。
いた。
かなみちゃん発見。
「なんでいるんだ……」
壇上にリーダー格と思わしき人物が現れたらしく、メンバー全員が体を壇上に向けている。
そのお陰で後ろ姿しか見えなかった構成員の一人がかなみちゃんだった事が分かった。
かなみちゃんが勝手に潜入しているケースも考えはしたのだが、まさか、ローブまで準備して万全にど真ん中に来るとは思ってもみなかった……。
「かなみちゃんがいるなら、私達が潜入する必要も無くなりますね」
「バカ言え何いってんだ……! 二人共助けなきゃ万が一があったらどうする……! 組織としてはポンコツでもチート能力集団だったら終わりだぞ……!」
「はぁ……分かりました。じゃあ、私が行ってくるんで、こうだいは此処で待っていてください」
「いや、俺もいく。助け出すなら一人でも多い方が──」
「威圧以外何にもできないのに?」
「ウグッ……」
「対人間には不向きなスキルでしょう。なんせコントロール出来ずに殺してしまうんですから」
「で、でも、何かしら出来ることくらい……」
「あれでしたら、バスケットの中のお菓子勝手に食べちゃっていいですよ。あでも、他のものには触らないでくださいよ? いいですね?」
足でまといと言われてしまえば、俺に出来るのは見守ることしか無いのかもしれない。
だとしても
だとしてもだ。
もし何か起きれば、行動しなかった自分に俺はきっと後悔する。
見守るだけなんてのは出来ない。
ステータス貧弱だとしても、貧弱らしくしてろと言われたら黙っていられない。
「──頼む。連れていってくれ」
「……そこで待っててください」
それだけ告げて、結局リズニアは一人で行ってしまった……。
例え殺しても大丈夫な奴らだったとしても、潜入する作戦において相手の視界に自分から入るなんてスキルは愚の骨頂もいいところだろう。ゆえに、相手の目を見て発動する┠ 威圧 ┨は使えない。
何も出来ない自分に苛立つが、同時に、リズニアと立場が逆だったなら俺も同じことを言ったかもしれない……。悔しいが、ここはリズニアを信じて待つしかない。
「はいっ、これ着てください!」
「えっ、これは?」
諦めて見守ることにした矢先、リズニアが例のローブを二つ携えて戻ってきた。理由を聞くと、巡回している奴らから奪ってきたことを笑顔で語った。俺たちはせっせとそのローブを羽織った。
「じゃ、行きましょうか!」
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潜入はあっさりと成功した。門番が通してくれたからだ。
中にいたのはかなみちゃんやレクムくんを含めてもたったの十人。反乱軍を名乗るには少な過ぎる。きっと、何か裏があるに違いない。
「粗大様、このガキはどうしましょうかね」
「オマエたちはどうしたらいいと思う」
「私達の秘密を知ってしまったからには生かして置く訳にはいかないでしょうや」
「いやや、殺さなくても大丈夫だ、とも、おもうぞよ。年頃の男の子であれば、頭を叩けばすぐわすれる、ぞよ」
な訳ないでしょ。とツッコミたくなる弁明は声からしてかなみちゃんだと思われる。
「叩けば忘れるかは知らないが、生かして奴隷として売れば、金になるとは思いますぜ?」
「うむ。そうかもしれないな」
反乱軍の意見がまとまりつつある中、変装して潜入中の俺はレクムくんの元にたどり着いた。
「……大丈夫? 怪我はないかい?」
ナイフで縄を切りながら聞く。
言葉は通じずとも理解してくれたようで何度も頷いてくれた。
あとは敵の動きに目を配るリズニアに助けたことを伝えて、かなみちゃんにもどうにかその旨を伝えて逃げるだけだが……。
「皆の者よく聞け、我々はこの腐った世の中を変える最後の希望に他ならない! この国、いや世界中に我々の名が轟く、なんかデッカイことをしようではないか!」
──なんだ、目的までふわっとしてるな……。
演説を聞きながら、忍び足で会場をあとにする。
「「「粗大様万歳! 粗大様万歳!!」」」
──いやいや、声デカ! 何時だと思ってんだよ……。
なんかよく分からないが感極まった男達の怒号が炸裂した。これでは逃げ切る前に大声を怪しんで近隣住民が迷い込んで来そうだ……。リズニアだってあそこまで意味不明な雄叫びはあげない。ある意味、恐怖だ。
どさくさに紛れてリズニアと合流する。かなみちゃんが居ないが、姿を眩ませたのは先に脱出したってことに賭けて、三人で脱出を目指す。
「きゃーーーっ!」
そんなタイミングで、外から女性の悲鳴が聴こえてきた。倒れているコイツらの仲間でも見つけてしまったのだろうか。だとしたら放置したリズの所為になるのでそうであって欲しくない。
「なんだ今の悲鳴は!」
「おい! ガキがいねぇぞ! どこいった!」
「お前ら! ガキをどこに連れてくつもりだ!」
芋ずる式に俺達の存在がバレてしまった。
「リズニア……、やってくれるか……!」
「ええ、全員、刀のサビにしてくれますよ……!」
そう言うとリズニアは鞘付きの剣を片手に持ち、近くのヤツからまとめてぶん殴った。その一撃は風を巻き起こし、いとも簡単に人間を吹き飛ばしてみせた。
しかし本当にすごいのはそれからだった。ぶっ飛ばされて宙を舞う連中が、地面に降りてくる前に次の連中が宙を舞い、また次の連中も宙に舞って、辺りは一瞬にして静まり返る……。
リズニアのたった三振りで連中はほぼ壊滅したのだ。ローブのヤツらは壇上にいるリーダー格を除いて全員のびているように見えた。
「こうした方が、早かったですねこうだい!」
あまりに一瞬の出来事だったために、俺も粗大様とやらも、レクムくんも呆気に取られる。まさか、リズニアまでもがこんなにも強いとは思わないので。
「い、今だ! そいつもやれー! リズニアー!」
「ホワチャーーー!」
さすがにしないと思われていた、謎の雄叫びと共に、リズニアは必要以上に飛び上がり鞘に仕舞われたままの剣を地面に叩きつけるように振り下ろした。
「うわぁ! ちょ、ちょっ、ウェイトウェイト! 僕だ僕っ!」
ローブの男は慌てて避けて、頭布を取ってこちらに顔を見せた。
「──っ! お前は」
「僕だよ、トオルだ。覚えていてくれたようで何よりだよ……」
「おまえ……前からなんか怪しいヤツだと思ってたら……! やはりお前が黒幕だったのか……っ!!」
「ひどいなぁ、僕のことを黒幕呼ばわりなんて……そんなこと言われたら傷ついちゃうじゃないか……」
身振り手振りの激しいやつ。困ったと口では言いながらどこか、余裕を感じさせる佇まいをチラつかせる。
「そういう態度がますます怪しい……」
「そんなぁー……」
「こうだい、ヤっちゃっていいです?」
「ああ、とっちめて、本音を吐かせてやれ!」
「ワチョーーー!」
リズニアが勢いよく切りかかった。
「ちょっと待って、リズ! ストップ!黒幕さんは協力してくれたんだよ!」
いつの間にか壇上に上がっていたかなみちゃんが白刃取りを決めてリズニアを防いだ。
「この、ストーカーじみた黒幕がですか……?」
「黒幕では無いんだけど……そういう事。……やっと話を聞いてもらえそうで何よりだよ……」
リズニアが剣を下ろすと黒幕はそっと胸を撫で下ろした。
「何があったんだ?」
俺がそう聞くと、代わりにかなみちゃんが答えた。
「かなみ、お母さん達がこの事を隠していたの全部知ってたの。だからナイショで行ってかなみが全部終わらせたら、皆んなびっくりしてくれるんじゃないかと思って、建物の前まで来たんだけど──」
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うん。大丈夫。
┠ 隠密 ┨と┠ 気配遮断 ┨があれば、ゆっくり歩いてるだけでも誰も気が付かない。
なんだ、やっぱり簡単だ。
こういう事は誰よりも強いかなみがやらなくちゃ!
そう思っていたのに、かなみの肩にポンっと手を回された。
気づかなかった。
気づけなかった。
気配をほぼ完全に消してたハズのかなみが気づかれて、逆に向こうの気配に気づけなかった。
別に油断してたんじゃない。
今だって隣にいるのに、気配があまり分からない。
どこかで味わった、分からないことの "怖さ"
「──こんな所にいたら危ないよ」
一言。
この声で分かった。
この人は、あの時面接に来ていた斎藤貫さんだ。
「来れたことは凄いけど、奴らにバレずに大通りまで抜けるのは難しいだろうね」
顔は真剣だった。ずっと一点だけを見つめるみたいに、まっすぐ前を見ていた。
「だから……、コレを身に纏ってみて」
渡されたのは反乱軍がみんな着ているローブ。
かなりサイズが大きくてブカブカだったけど言われた通りに着ることにした。
「いいかい? 今からあの建物の中に入る。キミには怖い思いをさせてしまうかもしれないが、僕の言う通りに従えば大丈夫だから。従ってくれさえいれば、お嬢さんを無事に、彼らの元に送り届けると約束しよう」
「本当に、本当ですか……」
「ああ、約束するとも」
「あの、黒幕さんのローブはどうするんですか」
「黒幕て……僕のは大丈夫。奴らのリーダーから奪うからさ」
初めて会った時のからっぽの笑顔のように笑いかけてくる。どのみち入るつもりだったからローブをもらえたのは丁度よかった。今だけは信じても良さそうだ。
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「──ていうことがあって、協力してもらってたの」
「なるほどー。ではあなたも、集会が行われるって情報を事前に掴んだかなんかで反乱軍をどうこうしようとしていた訳ですね?」
「off course。反乱軍の詳しい目的を、そこの、逃げようとしている奴に聞きたくてね」
四つん這いになって逃げようとしている男が一人いた。リーダーだろうか。気付かれると男は立ち上がって逃げようとするが、リズニアに取り押さえられ関節を極められてしまっている。
「ああだだああっ! 分かった、話す! 全部話すから、痛いのは勘弁してくれぇ……!」
「アジトはどこですか!」
「あ? アジト……? そりゃここだ。ここしかなあああああイタタタタっ!!」
「ウソおっしゃい! ここは変更になった集会所でしょ!」
「ウソは言ってねぇよ! アジトに変更になったんだよ!」
「じゃあ、他の仲間はどこにいるんですか! 反乱軍なのにたった二十人足らずしかいないじゃないですかぁ!」
「俺達はこの街を拠点に活動してる盗賊だ。『反乱軍』ってのは、ビッグに思われてぇって俺達で勝手に名付けた盗賊団の名前だよぉ……!」
──なるほど、道理で計画が甘かったりゆるかったり名前負けしてた訳だ。
「オメェら、そこで何があった!」
誰かきた。奴らの仲間か?
「仲間を呼びましたねぇ……!?」
「うわぁあああ! 仲間はもういねぇよ! もう止めてくれぇ!」
怪しいと思ったらすぐに腕を外しにかかるリズニア。あとから来たヒトは女性の悲鳴を聞き、駆けつけた冒険者だったから完全にリズニアの早とちりだ。
そして、さらにあとからやって来た兵士達に反乱軍もとい、盗賊達の身柄を引渡し、ここはひとまず事なきを得た。
依頼達成報酬は盗賊団の壊滅まで果たしたので単純に二倍となった。成績の手柄はレクムくんに入り、レクムくんは一躍時の少年に。
しかし今回の騒動のオチは、リズニアがデネントさんに告げ口したことによってレクムくんがこっぴどく怒られるという結末になった。この件でレクムくんがいい方向に変わってくれる事を願うばかりだ。
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「お母さん……ごめんなさい」
帰ってきて最初に、かなみちゃんは俯きながら薫さんに謝った。
しかしかなみちゃんが無断で出ていったということを、誰よりも心配したのは薫さんな訳で。
パンッ──。
感情の昂りは、薫さんに言葉より先に手を出させた。
ホテルの室内に軽くもあり重くもある、乾いた音だけが響き、静寂が訪れる。
その平手打ちはとめどなく溢れる思いを伝える母から娘への強いメッセージだった。
本人達がそれをして、されて、どう思っているのかは俺達の預かり知らないところにある。だから、口を挟むなんてことはしない。
それから薫さんは力一杯抱きしめた。そこにあることを確かめるように強く、強く、抱きしめた。
「ごめん……な……さい……うっ……うわぁぁぁぁぁ」
かなみちゃんは目一杯泣いた。留めていた思いを決壊させるように大きく、大きく、泣いた。
たしかにこの世界に来て、彼女は強くなったのかもしれない。それでもまだ、小さな女の子だってことを俺達は忘れちゃいけない。この子に沢山背負わせることだけはしちゃいけないんだ。
少年少女の成長が、ちょっぴり羨ましくなる一日だった。
──斎藤貫。
黒幕と思わしきヤツはあの後、
「今日の分も審査の対象に入れて貰えると助かるよ」
と言い残し立ち去っていった。
何故トオルを黒幕と評するのか──。
それは俺がまだ、こいつの全てを信じきれていないことに他ならないからだ。
リズニアが盗賊達に拷問紛いの事をして聞き出した情報。その中に出てくる場所の変更や、盗賊団の名前を決定した人物とされる、オリジナルの粗大様とやらが数日経った現在も行方が分からないという。それとヤツが無関係だとは思えない。
それだけではない。
そのオリジナルの粗大様の顔を見た盗賊が誰一人としていなかったのだ。
もしかすれば粗大様というのはもうこの世にいないのか、あるいは、ヤツ自身が本物の粗大様で、なにか、計画を進めていたんじゃないかって俺は思っている。




