第九十六話 戦いますよ! 中年男性
──第一防壁門──
「──それと、門を死守してくれたこと、感謝する。いくぞぉ!」
「「「「おおおおおおお」」」」
「な、なんだなんだ?」
ダットリー、レイ、アルベンクトの三人に、襲撃の情報を伝えた中島がやっとの思いで遅れて戻って来ると、壁門前に集結していた七十人の戦士たちがダットリーの宣言に合わせて、高く拳を掲げていた。なにやら相当士気が高まっている様子。自分が戻ってくる間にどんな話し合いが行われてたかなんとなく察しがついた中島は、膝に手を置き肩で大きく息をしながら呟いた。
「……何か、始まるのか?」
「お疲れサマ。ちょうど次にやることが決まったところよ」
「あ、お疲れ様です」
中島を見つけたアルベンクトは丁寧に説明を続ける。
「大地の騎士団が第四防壁門の援軍に出かけたから、アタシらは全員で第二防壁門に向かうことになったの。アナタは……そうね、戦いには向いてないだろうし、少し休んだら、外の異変に気付いてる民間人もいると思うから、注意喚起おねがいね」
覇気がなく、姿勢が悪く、ひょろひょろで息もたえたえ、顔も(元々白いが)引くほど青白い中年男性を見て、アルベンクトはそう言った。
「ぜぜぜ全員って、まさか、百にも満たない人数で向かわれるのですか!?」
「一応、向こうの騎士団長サマが二百人ばかし戦力を分けてくれたわ。特攻武器や聖水もあるし、今できる準備はこれくらいね」
「でもむ、むむ無茶ですよッ! ただでさえ皆さん疲弊しているのに、ここからさらに、八千を相手にするなんて……っ! この襲撃が最後かも分からないのにそんな戦い方を続けてたら、いくら体力があっても身体が持ちませんって!」
「だれも真正面からやり合うとは言ってねーよ、シゲシゲ」
腕を組みながら二人の話を聞いていたレイが間に割り込み、言葉を紡ぐ。
「オレたちは飽くまでも、お嬢たちがアルデンテをぶっ飛ばすまでの時間稼ぎがメインだ。召喚者さえ倒せればアンデッドは全て消滅し、実質的にオレたちの勝利となる。重要なのは、三百人程度でどれだけヤツらの注意を引けるかだ」
逃げても。諦めても。降参しても。
どのちみち死が待っているのなら、どれだけ悪条件でも戦い続ける以外に道はないのだろう。──だが、実際はそうでもない。大将の首さえ取れば、その時点で終わるのだ。
問題はもう一人の五賜卿なのだが、パーラメントの動きは依然として見えてこない。ただし伝書に書かれていた通り、何らかの制限が彼女に働いているのだとしたら更なる驚異として彼女が参戦してくる可能性は低いと考えられる。故にアルデンテが倒れることを信じて、少しでも時間を稼ぐ。街を守る。
レイはゆっくりと歩き出し、すれ違いざまに中島の肩に優しく触れた。
「心配する気持ちも分かるが、死なねぇように上手く立ち回るさ」
「どのみち大将首を取れなきゃ、全員仲良くアンデッドだから安心しな」
どこまで話を聞いていたのか分からないが、ダットリーが皮肉を込めてそう言った。
「縁起でもないわねドレクサレジジィ! アンタわざわざそんな事を言いに来た訳!? だいたいいつもアンタは──」
アルベンクトがガミガミと悪口を言っている間に、中島はレイの元に振り返った。
「待ってください! 万が一の事があったら、どうするんですか!」
レイは振り返らず、後ろ首を擦りながら答える。
「シゲシゲ、周りを見てみろ、コイツらがそんな事考えてるように見えるか? もう、とっくに終わってんだよ。そーいうこと考える時間は」
中島はすかさず辺りを見渡した。
ギラついている。信念に燃える目をしている。全員が前しか向いていない。
勝利を確信しているから? ──否。死んでもいいから? それも違う。守護りたい者たちのために戦う戦士の眼だから。
そう。全ては、“アルデンテ討伐” にかかっている。これから行う時間稼ぎも、討伐を失敗してしまえば全て水の泡になってしまう。だから信じて戦うしかない。
勇者を。リズニアを。かなみを。ユイリーを。ピタを。トメを。珖代を。
中島も頭ではそれを十分理解していた。しかし、彼らのように鼓舞された訳でもない彼は恐怖心を抑えきれず、愚問を問うてしまったのだ。
みんな、覚悟していた。命を懸けなければ時間を稼ぐことは出来ないのだと理解した上で士気を高め、立ち向かおうとしていた。──なのに、なんて無粋で無神経な質問をしてしまったんだと、中島は下唇を噛みながら猛省した。そして決意する。
「わ、私の、守護りたいものは、もうこの世界にはもうありません。……で、でもっ、こんな私を受け入れてくれたこの町の人々や、喜久嶺さんたちのために、命を懸けるくらいの漢気くらい持ち合わせていますッ! ですから、どうか、私にも同行させてください!」
中島は頭を地面につけて、誠意を全身で表現する。
その場にいた全員が呆気に取られていたことは間違いない。
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「とは言ったものの……まさかすぎますよ。隊を任されるなんて」
中島はトホホと落ち込んだ顔で七十人を引き連れ、陣形の先頭に立っていた。
「アンタが誰よりもカッコイイんだから、しょーがねーさ」
「オレたちはアンタの心意気が気に入った。だからナカジマさんがリーダーで文句はねぇのよ!」
「そうだぜ!」「ナイス漢気だったぜ!」「がんばろうぜナカジマさん!」
さっきの土下座が好印象だったらしく、主に冒険者たちを中心に中島が褒めちぎられる。
予期せず街の戦士たちに好かれてしまったが、これが幸運の影響かどうか、中島にも判別がつかなかった。
「いよいよですよ皆さん、襟を正してください」
直線距離にして二百メートル先のアンデッドたちは、未だこちらに気付いていない。もしくは、全く相手にされていないかのどちらかだ。
「ナカジマさん、チャンスでは?」
「今しかねぇっすよ! 今しか! ナカジマさん!」
「決断を、ナカジマさん!」
「「「ナカジマさん!」」」
中島は後ろにいる者たちに急かされて苦悶の表情を浮かべる。信頼されている分、辛そうに腹を押さえる。
緊張や焦り、そしてリーダーという責任が重くのしかかる。それでも男は後に引けないとなると、決断するために肺に空気をいっぱい取り込み口を開く。
「はいっ! え……じゃ、じゃあ、突撃〜! 行きますよー!」
「お……」
「「「「おおおおおおおお」」」」
なれない号令と共に中島はユールの戦士たちを連れて一斉に大地を駆け出した!
目指す先は第二防壁門を襲う敵陣形の横っ腹。
アンデッドたちは列が割り込めないほどギュウギュウに詰まっており、中島たちの突進に首を向ける事しか出来ない。──運が良かった。それはつまり、前線が停滞しているという証拠。門が突破されていないことを意味するのだ。
第二防壁門は七千体の猛攻を辛うじて防いでいたのである。というのも、保安兵団長オウルデルタ・ガードナー率いる、総勢十余人あまりの保安部隊が壁門の上から聖水を絶え間なく流し続けて妨害していたからだ。小瓶に入った聖水をバケツに移し替えて運搬する係と下に投下する係を分担し、門に触れるまで近づいたアンデッドを速やかに浄化させていく──。それは第四防壁門 (ギルドマスターオウルデルタ・バスタード率いる十余名の脳筋冒険者軍団)も同じ方法にたどり着き、門を死守していた。
しばらく経つと屍兵たちも学習し、距離を取りつつ上に向かって武器を投げるようになったのだが、それが幸をそうした形となって、第二の中島や第四のセバスたちが到着する時間を十分に稼げたと言える。
つまり、
まだ、終わっていない。
その事実が中島たちの背中を押す。
「五秒後に停止〜! 5、4、3、……今でーす!」
中島の合図を基準に七十人が足並み揃えて停止した。アンデッドまでのその距離、わずか十数メートル。
「……と」
「投擲開始だぁーー!!」
列にいた冒険者が中島の言葉を横取ると、それに合わせるように、七十人が一斉に何かを投げ始めた。
空を飛ぶ小瓶。──聖水だ。
聖水は大きく弧を描いて落下し、アンデッド軍の中へと吸い込まれていく。雨足が強くなったため非常に見づらいが、ガラスの小瓶がぶつかった衝撃で割れて、屍兵は強力な酸をかけられたみたくその白骨から煙を上げて溶け始めた。
たかが七十人でも隙間なく詰まっていたアンデッドには効果絶大なようで次々と屍が倒れていく。
「ありったけ投げ込んでくださーい!」
百体ほど鎮圧できただろうか。活躍としては十分だが、雨さえ降ってなければもっといけた──。そんな声が後ろから聞こえてくる。
しかし、消滅しスペースにゆとりが出来てくるとヤツらも黙っていない。中島たちを “脅威” と認識して、一斉に方向転換を始める。その数、約二千。到底相手に出来る数ではない。さらに、囲むように端から動き出したことで中島たちは急いで踵を返した。
「てったーい! てったいでーす!」
中島たちの撤退に引き寄せられるように、二千体の屍が追いかけ始めたことで、残された五千にも若干のゆとりが生まれ隊列が乱れ始める。
「あとは、頼みましたよ〜!」
逃げながらそう叫ぶ中島。雨で全身ずぶ濡れだが、やり遂げたような困り笑顔をしている。
その直後──。〈枯れない森〉の中からダットリー、レイ、アルベンクトの三人を含めた二百の騎士団が一斉に飛び出す。
「行くぞ野郎どもッ!」
「さぁさぁ! いくぜあ!」
「ジジィだと思ってぶっ潰したらぁ!」
ダットリー、レイ、アルベンクトにとって本日二度目の最前戦闘が始まった。




