第九十四話 優しい覚悟
東京都が外出自粛要請という事なので、今日から3日間連続投稿します!
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「えやー! なんですかねあのデカい木!」
商人アレクが手網を握る馬車は、行く手を天まで伸びる大きな一本の木に阻まれていた。
大きすぎるあまり距離感は掴めないが、このまま行けばいずれ、ぶつかってしまうことだけはアレクにも分かる。ただ、まだ余裕のある彼は飄々とした様子でかなみに問いかけた。
「あれが生命の源ですか? 巨大化したペリーちゃんの半分はありそうですねー」
「魔力を吸ってどんどん大きくなってるから、まだまだ大きくなると思うよ」
「ジ○リですよ、これ以上大きくなったら。世界観がそのまんま」
「うん、ジブ○か。いいね、観光地化みえてきた」
嬢ちゃんはニンマリとした笑顔で、こちらにサムズアップしてきた。
「こんな時まで商売とは恐れ入る……。かなみちゃん、あんたホントに大物になるよ」
「そうかな?」
かなみのお嬢ちゃんはお世辞と思っているのか首を傾げているが、ホントにそう思わずにはいられない。無自覚な部分が特に大物に見せてくるのだ。
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太い根っこに車輪が何度も乗り上げるようになると、馬車はやむなく停止する。
「あー、ダメそうだな」
樹齢千年を越える屋久杉の五倍はあるだろうか。大木は見上げきれないほどの高さがあった。
「あやー、こりゃムリか」
自然の偉大さに圧倒される。
今後もまだ大きくなると言われれば、納得の宮崎ワールドだ。
「二十七万もの魔力を吸ってんだから、当然っちゃ当然か」
そう言ったのは、ユイリー(ユキ)だった。四人が不自然そうに見詰めても、一瞬だけユキに乗っ取られていたユイリーに今しがたの発言の記憶は無い。逆に首を傾げて見つめ返すと、気のせいだったのかもと皆が心の中で帳尻を合わせた。
「足元に気を付けて降りなさい。アナタ小さいんだから」
「大丈夫だ。このくらい何ともない」
トメとピタは仲の良い姉妹のように会話している。
荷台から降りる自分より一回り小さな背中に向かって、アレクは申し訳なさそうに断りを入れた。
「すいません。これ以上は力になれなくて。後は頼みますよ」
馬に絡み付こうとする木や草を鞭で払いながら、気を取り直してアレクは続ける。
「とりあえずあっしは、ここで皆さんの帰りを待ってますね」
かなみが心配する。
「長居してると、馬も馬車も潰されちゃうよ?」
「……。帰りますね。はいや!」
四人がお礼を伝える前に、馬車は来た道を一目散に引き返して行った。あまりにも速い帰路に、少女たちの視線が馬車の後ろ姿に集中するが、
「良い報告だけ待ってますからね〜!」
と遠くから呑気な聞こえて来たので、四人はお互いの顔を見詰め直して少しだけ笑顔になった。
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「あ、あの……」
根っこをくぐったり飛び越えたり掻き分けて歩く三人から少し遅れて歩くユイリーにかなみ、トメ、ピタが呼び止められた。
振り返るとユイリーは両指を組んだり組まなかったり何度も交差させながら、なにか言いにくそうにもじもじしている。
「どうかしまして? ユイリーさん」
トメが心配して質問した。
「……私、ここに残ってもいいですか?」
その質問に三人が驚いて目を合わせた。
「何故だ。コウダイ……、殿を助けに行かなくて良いのか?」
今度はピタが質問した。すると、ユイリーは胸中に溜め込んでいたモヤモヤを吐き出すように三人に気持ちを吐露しはじめた。
「えっと……、その、変に思われるかもしれませんが、アンデッドさんたちをこのままにはしておけなくて」
「ユイリーさん、アンデッドは明確なワタクシたちの敵なのでしてよ? それをさん付けだなんて、アナタ、戦う覚悟が足りてないんじゃなくて?」
「ユイリー殿、時に何かを守るために戦うということは、何かを斬り捨てるということと同義だ。そして、どちらも選び取れる余裕は今の我々にはない」
勇者と共に世界中を旅してきたトメとピタだからこそ、敵との向き合い方や覚悟の在り方には人一倍厳しい言い方をする。二人がどのような人生を歩んできたかユイリーは知らない。それでも故郷や家族の元を離れ、多くの戦いが待つ勇者の傍を選んだことが並大抵の覚悟じゃなかったことは理解できる。
問題は──、
「──ユイリーはやっぱ、優し過ぎるよ。かなみがなんとかするから。ここで待ってて」
問題は、友達にまで覚悟がないと思われてしまったこと。胸が苦しい。
呆然と立ち尽くすユイリーの肩を叩いて、かなみたち三人は再び歩き始めた。
覚悟がない訳じゃない。戦うのが怖い訳でもない。そんな誤解を解きたくて少女は襟元をギュッと掴みながら声を張り上げた。
「……こ、この方たちが。生前どんな風に生きてっ、どんな最後を迎えたのかは私には分かりません! 生きていれば私たちの敵になりえたヒトも居たかもしれない。でも! 少なくとも! 過去に生きたヒトたちがいるからそこ、今の私たちがあると思うんです。だから、戦うのがイヤとかそういうのじゃなくて、……私は、今日までを繋いでくれた先人たちを蔑ろにはしたくないんですッ!」
「ユイリーさん……」
トメが振り返る。
優しさとその覚悟は十分伝わったようだ。
「私はこの思いをどうにか形にします……はい。例えこれが、私だけが望むことであっても、誰しもが望んだ形じゃないとしても、アンデッドを救くために、そう救うために頑張りたいんです……。ですから、ここは私に任せて貰えませんか? それが私なりの覚悟です」
「んーと、よく分かんないけど、かなみも残ろうか?」
「か、かなみ殿、正気か!」
反対も賛成もせず、かなみが同行を申し出るとユイリーは嬉しそうにしながらも首を横に振った。
「ううん、大丈夫。かなみちゃんはコウダイさんのところへ行ってあげて。ワタシならひとりでも大丈夫だから!」
ユイリーの強い意思の篭った眼を見たあと、三人は再び交互に見合った。ピタはかなみが居なくなる心配をせずに済んでそっと胸を撫で下ろした。そして、
「分かった。ここはユイリーにお願いするね。とりあえず危険なことだけはしないでね」
「うん! ありがとう。頑張るね」
「くれぐれも、無理はなさらないで下さいね」
「用が済んだらスグに来るんだぞ。良いな?」
「はい! 三人も気をつけてー!」
ユイリーは手を振って三人を見送った。
一人になって暫くすると、ゆっくりと深呼吸をする。
「よし!」
そして、根っこに足を取られないように気をつけながら足早に駆けて行った。
目指す場所は生命の源。
マジックツリーのお膝元だ。
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「…………」
ユイリーは大木の幹に触れていた。
かなみの魔法と大樹の生命力に圧倒されているのか、上を見上げたまま口が空いてしまっている。それから数秒間眼を閉じたあと、懐から綺麗に折りたたまれた一枚の紙を大事に取り出した。折り目を胸の上で丁寧に伸ばしながら彼女は、強くなる鼓動を必死に押さえ付ける。
「ふぅ……」
思い起こされるそれは、このスクロールを貰ったあの場所での出来事。
ユイリーが自分で考えた『アンデッド撃退作戦』をダットリーに提案したすぐ後のことだった──。
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「ユイリー、ちょっといいか?」
「はい」
「オレからもひとつ、オマエに頼みたいことがある」
かなみちゃんたちの元へ早く戻りたい。──としながらも、恩義に歯向かえないので急ぎ聞き返す。すると師匠は、古い紙のような何かを取り出したみせた。
「このスクロールをある場所に貼ってもらいたい」
そう言って渡してきたのは、幾何学的な模様が記された一枚のスクロールだった。
スクロールがどういう物なのかはある程度知っている。本や杖、口頭ではなく文字や模様で魔法が発動する特殊な紙のことだ。
幼い頃から魔法について書かれた本を読むのが好きだった私とって、スクロールは描けずとも模様を見ればだいたいどの系統か分かるくらいの知識があった。
「師匠、このスクロールは一体?」
しかし、この時ばかりは例外だった。なにせ、今まで読んで来たどの書物にも書かれていなかったシンプルな丸模様が特徴のデザインだったからだ。専門家に鼻で笑われてしまうくらいの知識量しかないので、単に無知なだけの可能性もあるけれど、目を凝らしてよーく見てみると、模様がただの黒じゃない事が分かった。
少しだけ、血の赤が混じっている、そんな──。
「あ……」
師匠がスグに丸めてしまった為、色は確認しきれなかった。
「オマエが今から向かう場所には、アンデッドの動きを封じ込めている何か、目印のようなものがある筈だ。そいつにコレを貼り付けるだけいい。それだけだ」
ダットリーは口数の多い方ではなかった。しかし、強引に話を持って行き、質問をはぐらかすような男でもなかった。だからこそ少女は訝しんだ。
──なんだか、師匠っぽくない。何か、焦ってる……?
丸められたスクロールが胸に突き付けられるが、ユイリーは受け取りに少し戸惑いを見せた。
「どうした。師匠の頼みでも理由がなきゃ聞けないか」
ダットリーは、普段から冗談まじりでそういう頼み方をする不器用な男だった。珖代に武器の手入れを教える時や、ユイリーの初ソロクエスト達成のご褒美にブローチをプレゼントしたときも、適当な理由が思い付かずそれに近い言い方をしていた。
キツい言い方は、半分愛情で半分気恥しさから来るのだろう──。しかし、今回のお願いは今までのそれとはまるで違う。冗談も愛情も気恥しさも一切混じる気配のない、威圧的で理不尽な要求が私を射殺そうとしていたのだ。




