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第九十三話 たった一人の守護者

前回のあらすじ。


あっけなく収束へ向かう第一防壁門。

それとは対象的に、それ以外の防壁門は襲撃を受けているという報告が舞い込んだ。


 

 勝利を目前にとんでもない報告が、中島から三人に送られた。

 

 「はぁ!? いや待てシゲシゲ、動き出したんならともかく、なぜいきなり襲われてる! どうしてそうなるんだ? 襲撃されるまでオマエたちは何やってたんだ! 報告が、何もかもが遅すぎるだろが……!」

 

 レイは中島に詰め寄り、勢いよく畳み掛けながら胸ぐらを掴んだ。生前のトラウマを思い出したかのように中年サラリーマンはダラダラと汗を掻き始めた。

 

 「も、申し訳ありませんっ!! 何分、私以外に戦場を抜けられる者がいなかったものでして……! 伝えるのが本当にっ、遅くなってしまいましたっ!! 本当にっ、申し訳御座いません……ッ!」

 

 本来は店長として普段通りの生活を命じられていた中島だが、彼には┠ 天佑(てんゆう) ┨という、思いがけない幸運を呼び込むスキルが備わっていた。そのため実力はほぼないが生存能力がずば抜けて高く、自らが代表となって戦場を駆け抜け、危機を知らせるという行為に至ったのだ。

 

 中島でなければ、もっと遅かったかもしれない──。その可能性に気付いてもレイは焦りからか中島を責めずにはいられなかった。

 

 「落ち着けレイ。襲撃が本当ならそれぞれの箇所に応じた〘信号弾〙が鳴らされていたハズだ。そういう作戦(てはず)だったろ」

 

 暴力に訴えでないようにダットリーがレイの肩を抑えながら静かにそうなだめた。レイは反射的にそれを振り払う。

 

 「だからそれをっ! ……いや、悪い」

 

 レイはようやっと冷静さを取り戻し、中島から手を離した。

 

 「やはり気付いていませんでしたか……」

 「何がだ」


 もったいぶる中島にレイの視線が突き刺さる。


 「〘信号弾〙は既に三回(・・)鳴らされているんです」

 「なんだと……? 聴いた覚えはないぞ。一度も」

 

 レイの意見にダットリーやアルベンクトも目を合わせて肯定する。

 

 「おそらく雨や戦の影響かと。口頭で伝えに来て正解でした」

 

 中島は目元の小皺を寄せて少しだけ綻んだ顔をする。

 

 〘信号弾〙は破裂音と共に空に延びる色つきの狼煙を上げる道具で、事前に取り決めていた連絡手段であったのだが、戦時中に音を拾うのは難しく、また、煙が雨に掻き消されてしまった為にダットリーたちは気付くこともままならなかった。──さらに、三回という数字にも重要な意味があり、ダットリーは思わず復唱した。

 

 「三回……」

 

 ┠ 天佑 ┨により思いがけない幸運を得る中島は、たまたま信号弾を目撃し、たまたまレイたちが気付いていないことを知り、たまたま勝ったばかりの三人の元にたどり着いたのだ。

 目的を達成した彼は晴れやかな笑顔だった。ただそれとは対照的に、事情を知った三人の顔は曇天の空を写したように曇り始めた。

 

 「二十七万のアンデッドとはいえ、お嬢が止めきれないってのは有り得ない……。きっと裏切り者が何処かにいて、ソイツが解放しやがったんだ……」

 「弱気になっちゃいけないのは分かるけど、アタシたちが止めに行ったところで、焼け石に水じゃない……? そもそも、今から間に合うかどうか……」

 

 レイとアルベンクトがそれぞれマイナスな反応を示す中、ダットリーが冷静に質問を返す。

 

 「アイツらには伝えたのか」

 

 彼が顎を向けたその先に、中島も視線を移す。

 その先に居たのは大地の騎士団(マセリットオルデン)。向こうもこちらに気付いて目が合う。

 

 「あ、はい。既に」

 「それで、三回で間違いないんだな?」

 

 中島は一度唾を飲み込むと、震えるような声で「はい」と返事をした。

 

 〘信号弾〙は予期せぬ襲撃があった壁門でのみ原則、鳴らされる事が決まっている。

 ダットリーたちのいる第一防壁門は、襲撃が予見されていたため鳴らされることはなかったが、三回鳴らされたということは、四方の門全てで争いが始まっていることを意味する。

 そういう状況である事を三人はしっかりと理解した。そして、おそるおそる中島は詳細な情報について語り始めた。

 

 「現在確認出来ているのは第二防壁門に七千。第四防壁門に八千。……そ、そして、第三防壁門に二十五万です……」

 「「二十七万?!」」

 「……。」


 兵力が明らかに偏っている──。

 これにはレイやアルベンクトが言葉を詰まらせ、流石のダットリーも眉を上げ目元をピクつかせる。

 

 ダットリーが顎に手を当て「一旦戻るぞ」と言うと、三人は状況整理と立て直しを兼ねて、急いでユールに向かい走り始めた。

 

 中島は報告のために動きやすいお店の制服で来ていた。それでも三人の走るスピードにはまるでついて行けない。


 「後から向かいますんで、先に行ってください!」

 と伝えて中島は自分のペースを保った。

 

 「シゲシゲからの連絡が届くまでの時間を鑑みるに、襲撃を受けて五分……、いや、十分は経過してるでしょーね」

 「だが、未だに半鐘が聴こえない以上突破されたとも考えにくい。という事はだ、アルベンクト」

 「ハイハイ、まだ間に合うってコトでしょ! 弱気になってゴメンなさいねッ!?」

 

 二人の間を並走するアルベンクトがダットリーの指摘に面倒くさそうに開き直りながら答える。しかし、すぐに真剣になる。

 

 「しかし一体どこの誰かしら。二十五万体のアンデッドもヤバめだけど──。そんなヤバいとこを死守してるってヤツは……」

 



━━━━━━━━━━━


 雨が本格的に降り始める少し前。

 

 ──第三防壁門──

 

 

 

 開け放たれた門に群がるのは過去に類を見ない死者の超大軍。

 足を止めてまで彼らが眺めているのは空高く延びる〘信号弾〙と、この門の唯一の守護者にして一児の母──。自らの命を失い、異世界転移した妖艶なる()未亡人。

 

 女はひとり、壁門の上にてその時を待つ──。

 

 

 「これだけの数になると、(むし)ろ壮観ね」

 

 

 艶のある長い栗毛をまとめ上げ、鉄柱の仕込まれた黒い指ぬきグローブ改を両手に装着すると、彼女は助走もなく両手を広げ防壁門から飛び降りた。真っ逆さまに落ち、両手から地面に接触すると、物理反射(カウンター)の反動でふわりとカラダを浮かし、スタッと足元から着地してみせた。

 その瞬間のカウンター音は電線がバチンッ! とショートするような破裂音だったが、音に注視する者などいない。オーディエンスは死者のみだから。

 

 

 雨粒が、地面を叩き、

 荒野は雨に濡れている。

 

 それなのに、裂けた空が、

 凛と彼女を照らしてみせる。

 

 

 「どうしました? 門が開け放たれている事がそんなに不思議ですか? 何も不思議じゃありませんよ。通行証さえあれば、ちゃんと通れますから」

 

 優しい笑顔からは想像もつかない圧を感じ取ってか、数では圧倒している筈の二十五万体が一斉にたじろぐ。

 

 「ですが……、見たところあなたたちは、ソレを持っていないようにお見受けします。ので──」

 

 戦う(・・)ために右足を一歩引いてゆっくりと腰を落とす。右手は中腰、左手は目の高さ。学生時代に(かじ)っていた朧気(おぼろげ)な合気道の型。それが、彼女の全反射型(カウンタースタイル)

 

 「──土にお還り願います」

 

 彼らは門を突破する事と同時に “脅威” だと感じたものに "攻撃を加える" ようプログラミングされている。その全てが薫に向けて一斉に動き出したという事がどれほどの意味を持つのかは語るまでもないだろう。しかし、自分の命が危険に晒されているにも関わらず、蝦藤(えびとう)(かおり)の瞳には聖母のような慈悲の眼差しで満ちていた。

 

 

 訂正しよう。

 彼女は戦わない(・・・・)

 彼女は守るために立ち塞がるのだ。


 

 

━━━━━━━━━━━


 時は薫が接敵するさらにその前にまで遡る。

 

 ──馬車──

 

 

 

 「うーわ! 見てください、明らかに不自然ものが! 見えますか?」

 

 荷台に少女たちを乗せた馬車の手網を握る行商人アレクの声に導かれて、かなみ、ユイリー、ピタ、トメの少女四人が、普段は荷物で埋まっている荷台の前方へと身を乗り出した。

 

 そこから見えるのは視界いっぱいに広がる緑の絨毯──ではなく、根や草が絡まって動けなくなった大量の廃棄物(アンデッド)。つまり、かなみが動きを封じ込めた二十七万超の屍が荒野一面に敷き詰められた光景だった。

 

 「うわぁ、これを全部止めたんですか……嬢ちゃん」

 

 自然に飲み込まれた古代文明のような、荘厳かつ静寂に包まれた世界に各々が感嘆とした声をあげる中、かなみちゃんが年相応の少女のように「どう? すごいでしょー」と鼻を鳴らして自慢する。


 アレク(ぼく)を含めた少女たちは驚きが一周して乾いた笑い声しか出せない。珖代(ダンナ)やリズニアさんほど、かなみちゃんのやることに対して驚き慣れてはいないので。 


 屍兵軍の真ん中には馬車が同時にすれ違えるほどの十分な幅があった。その道を颯爽と突き進むと、緑の心地良い香りが全身を包み込む。これから敵の拠点に向かうというのにかなみちゃん達は心底リラックスした表情で目を細め、新鮮な風に身を委ねている。

 まさかこんなリラクゼーション機能まで備わっているとは。本人もそこまで考えて止めた訳では無いだろうけど、全員の疲労が少しだけ回復したことは確かだった。


 「な、長いですわね」


 入ったはいいものの終わりはまだ見えない。二頭の馬は草原を走っている気分なのか自然とペース上げてくれているが、抜けるまでもうしばらく、この状態が続きそうだ。

 


 これから語られるのは二十七万体のアンデッドが解き放たれた時のお話。


 

 ──この時の僕たちはまさか、あの少女に裏切り行為を働かれるとは、思いもよらなかったである。

 

 


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