第十話 イザナイダケ採集クエスト
下ネタ注意回です。
荒野の地帯に見合わない大きな森を抜けた先に、突如、断崖絶壁の崖が出現した。
切り立った崖と崖の間には木の吊り橋が掛かっており、向こう側にはまっさらな荒野が地平線の彼方まで続いている。
「いやすげーな、壮観だな」
「想像以上の崖ですね」
「みて! あの黒いの、全部きのこかな?」
「バフッ」
俺、薫さん、かなみちゃん、セバスさんの順に感想を述べていく。かなみちゃんが言っている通り、崖に張り付いている黒い物体がおそらく、俺達が採集しにきたイザナイダケで間違いない。
ただその数は夥しく、きのこだけを足場にクライミングしながら昇り降り出来るんじゃないかと思うくらい沢山崖に寄生していた。
「うん、あれだね。落ちたら死ぬやつだこれ……」
「ええ、向こうの壁にもビッシリ生えてますね。冒険者の方々は忌み嫌ってましたけど、何事もなく取れれば、金銭面での心配は無くなりそうですね」
薫さんの意見は確かだ。しかし、思う。
「ほぼ消去法でこの依頼が決まったとはいえ、一筋縄ではいかなそうだな……」
俺たちがこの依頼を受けることで一致したのは、消去法で残ったからだと確信している。と言うか、それでしかない。他二つの人体に影響を及ぼしそうな依頼よりかはまだマシだった。選んだ理由は皆そんなところだろう。問題は、どう安全にキノコを採取するか。
かなみちゃんの推測だと、イザナイダケが『死へ誘うきのこ』と言われている所以は幻覚を見せる作用があるからではと語る。
取りに行って、幻覚を見て、落ちて、死ぬ。それをきのこの呪いと勘違いされ恐れられているらしい。理屈が分からない現象を呪いや悪魔の仕業にしてしまうのはどの世界でも同じようだ。
手を伸ばせば届きそうな距離にあるきのこは、あるにはあるが、一割にも満たないし、崖が崩れてしまいそうで危険だ。やはり採集には降りていくしかないらしい。
「あっ! 皆さん、手の届く範囲にも生えてますよ!」
今まで黙っていたリズニアが急に駆け出した。危なっかしいので注意だけはしておく。
「落っこちんなよー」
「そんなヘマしませんよーー」
「あっ、待ってリズ! このきのこは菌糸の根を深く崖に根差してるから、崖際はすごく脆くて危険……」
「とったぁっ! あっ──」
時すでに遅し。
きのこを手にして這い上がったと同時に、リズニアの周囲の地面が切り取られるようにヒビが入っていき、地面に乗ったままリズニアが落下していった。
「リズ!!?」
「クズニアさん!!」
「リズニアー!」
「ギァアアアァァアァァァアァァァァーーーーーーーーーーーーーーーァァァーーーーーーーアアーーーーー………………………………………………………………いでぇっ!」
叫び声が聞こえなくなったと思ったら、叩きつけられるような衝撃音とリズニアの悲鳴が同時に聴こえた。
「お、おーーい! だいじょぶかー!」
いや、大丈夫なハズがない。奈落の底へ誘われたのだから、無事な訳がない。俺も気が動転しているみたいだ。落ち着かねば。
「いちちぃ……おしりを軽く打ちましたが、大丈夫でーす! それよりローププリーズッ!」
「いやホントに無事なのかよ……」
声の調子がいつもと変わらない。無傷って可能性もあるかも。
「クズニアさんは頑丈だと思っていましたが、まさかこれ程までとは……。しぶといですね」
「すごいね……リズ」
「バウッ……」
もはや頑丈さは周知の事実。一瞬ヒヤッとしたが、結果としては身体を張っていかに頑丈かをアピールしてみせた形となった。
「そう言えばランドリーチキンと戦ったときもあれだけやられてたのに無傷だったもんな……そりゃ無事な訳だ」
俺達はリズニアの頑丈さやら計画の無さに、呆れと畏怖が半々の気持ちになった。
──トラックに轢かれてもコイツなら無事だったんじゃないか?
「ちょっとーー! 聞こえてますかーー! 助けてくださーい! かなみちゃんロープロープ!」
リズニアが下から声を張り上げる。
「かなみちゃんはロープ持ってるのかい?」
「おーーい! もしもーーし! ハリアーップ!」
「うん。でも、リズを救助するなら誰かが降りていかないといけないし、このロープだと重くて切れちゃうかも」
両手にいつの間にかロープを持っているかなみちゃん。予め買ってきたモノを取り出したのだろう。
「うーん、そっか……」
リズニアを助け出す方法を顎に手を当て考えてみる。
「あのー! 皆さんいますよねぇ! ねぇ! 一人にしないでぇ〜!」
今にも泣きそう出しそうな声が谷底からこだました。
「もう少ししたら、助けに行ってやるから待ってろー!」
崖下は覗けないが、かなり高い位置からの落下だ。
置いていかれたらどうしようと心配する気持ちも分かるので声を張った。
「よし。これなら行けると思う。ロープの材質を熱可塑性樹脂のものに変えて、打ち方をクロスにしてみた。どうかな?」
「え? ネツカソセイ?……ロープの素材を変えられるの? いや、なんでもいいや。それでいこう!」
かなみちゃんがどんな能力が使えようともう一々驚かないと決めているので、今はリズニアを助けることに集中するとします。
「あとは滑車があると楽で良いんだけど、造ってる時間もないし……そうだね、これでいこう! お母さんと珖代は木にロープを巻くの手伝って。かなみは他に必要な物作っておくから!」
「わ、分かったよ!」
たまに、かなみちゃんが頭の中で誰かと会話しているような素振りを見せる。ちょっと心配になるが、今心配しなきゃいけないのはリズニアの方だ。
直後、下からやまびこのような声が響いてきた。
「ヤッホー! (ヤッホー)……ヘルプミー! (ヘルプミー)……ヘルプリズ! (ヘルプリズ)……ヘルプリーズ! (ヘルプリーズ)……あはは! これじゃ地獄を欲してる人みたい! ヘルプリーズって!」
上ではリズニアを助ける為に皆がせっせと準備に明け暮れているのに、下からは呑気で他人事のように笑う声が聞こえてきた。
「うるさいなぁ! 助けに行くから少し黙っててくれよ!」
「はーーい!」
~~~~~
「じゃ珖代、降ろすよ。壁にぶつかりそうになったら、"ソレ" 使ってよ」
「分かった。ありがとねかなみちゃん」
「気をつけて下さいね珖代さん」
「はい。行ってきます」
「バウ」
木と結びつけた命綱を付けた状態でサドル付きのブランコに跨り、見えない谷底を目指し、降下する。
かなみちゃんが作ってくれたのはサドルと "ソレ" と呼ぶもの。"ソレ" とは小さいスポンジくらいの大きさだが、衝撃を与えると急激に膨らみクッションの役割をするものらしく、強風に煽られて壁に激突するような事態を防ぐことが出来るアイテムだとかなみちゃんは言っていた。
ちなみに技術や素材がこっちの世界の植物ばかりで出来ているらしく、仕組みを聞いてみてもいまいち分からなかった。かなみちゃんも理解には到っていないらしいが、クッションになるのは絶対だから信用して欲しいと言われた。
小さな子に信用して欲しいと言われたらどんな事であろうとも一度は応えてやらねば。と、思うのが普通だ。だから迷いなく崖を降りていった。
そして、一番下まで辿り着いた。
「おーい。リズニア、助けてやるから来い」
案の定、リズニアの元へ到着する前にクッションを展開せざるをえない事態に陥った為、クッションに包まれた状態でのご到着だ。大っきなカールの中にいる。
「もー、いつまで待たせるんですかー。待ってる間にこんなにいっぱい集まりましたよー」
手一杯にきのこを抱えてやってくる。
「悪いが、それは捨ててきてくれ」
「何でですかー!!」
「俺とお前のスペースで中がぎゅうぎゅうになるからだ。それにロープも切れかねん、だからきのこは置いて、さっさと来い」
「え〜分かりましたよ」
リズニアは渋々といった表情で野球のグローブのような形状をしたクッションの中に入ってきた。
「お邪魔します」
「リズ、かくほーー!」
上に引き上げてもらうための簡単な合図を送った。
「お前、寄るな。近い……って。もぞもぞすんな!」
何を思ったのか、リズニアは俺に跨って身を寄せてくる。ときどき聞こえる吐息と蒸れるような暑さに変な気分になる。少女のフェロモン的な強い香りが感じ取れるほど身体が密着していて、体に変な力が入ってしまう……やばい。
「なーんだ、詰めればきのこ入れられるじゃないですか」
「ほあっ! いつの間に!?」
俺達二人の間と横には沢山のきのこが既に詰まっており、俺は身動き取れない状態になっていた。
そんな状態ままロープは無慈悲に上昇していく。
降りるのに10分以上掛かっているので崖を登りきるのはそれ以上掛かるとみていいだろう。俺の理性な部分はもつのだろうか。
クッションが崖にぶつかる度にリズニアを全身に感じる。密着する距離はどんどん近くなり、吐息が耳にかかりこそばゆい。
「はむっ」
「……っ!!」
突然リズニアが耳をくわえた。舌が耳の穴に出たり入ったりを繰り返しながらいやらしい音を聞かせてくる。
「な、ななな、なにすんだよぉ〜」
「こうだいの反応は本当にわかり易くて、面白いです」
いたずらっぽく笑いながらそんなことを言う。
冗談じゃない。そんなことをされたらおかしくなるだろ!
「はぁ、むっ」
今度は吸い付くように生暖かいものが左耳を侵食してくる。受け入れ難い感覚に背筋を仰け反りたいがそうする事もままならないほどに狭い。
拒否をしたいとこわばっていた身体はだんだんと受け入れを整える。力が抜けてくると思わず嬌声が漏れそうになる。
「あ〜〜〜! やめろぉ!!」
間一髪の所で戻ってこれた。
「ふぅ……。いやー暑いですね。さすがにちょっと詰めすぎましたかね。私達の間のきのこだけでも、降ろしちゃいますか」
「あ、ああ。そうだな……だったら、周りのきのこを降ろした方がいいと思うぞ! 隙間風、入れたいし!」
「……? 間のきのこが邪魔なんです。硬いし。横にどかしちゃいますね」
「ああぁぁぁ! こっちのきのこは……大丈夫だっ! なに、挟まれたくらいで潰れるほど、ヤワじゃねぇさ」
平常心。平常心。平常心。
自身に暗示をかける。
俺達の間には他とは一線を画す、大事なきのこが眠っている。いや起きている。だが、この事はリズニアに悟られては絶対にならない。決して悟られてはならないのだ。
「はは〜ん、なるほどー、さてはこうだい……」
まずい、リズニアが不敵な笑みを浮かべている。ひょっとして……バレてる?
「──勃ってますね?」
──バレてるぅぅうっ!?!
「やっぱり へ ん た い さ ん だったんですね」
リズニアがニヤニヤしながら言った。
「ち、違う! 生理現象は仕方の無いことなんだぁ!」
「へーじゃあ、こんなのはどうですか? ほりほり〜」
リズニアは俺が動けないのをいい事に、ほりほり〜してきた。
ほりほり〜をだ。
「あ、ああっ♡ てめぇ、……あとで、覚えてろよ? ……」
恥ずかし過ぎて思わず泣いてしまった。
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地獄のような時間からようやく解放され、俺達は陸地に打ちあげられた。
「あの、お二人はどうして汗だくなんですか?」
汗でぐっしょりの俺たちを見下げる二人と一匹。
首を傾げてゆっくり口角を上げる薫さんの目が全然笑っていない。
「はぁ……はぁ……きのこで遊んでました」
「はぁ……はぁ……きのこで遊ばれてました……」
「二人共、汗だくだし何かクサいから、体拭いてきた方がいいと思う」
鼻をつまみながらかなみちゃんが言う。
「うん……そうするよ。薫さんたちは……先にギルドに、向かってて、下さい」
「依頼達成の報告は、私達が来てからで……お願いしますよ……」
薫さんたちがきのこを拾って先にギルドへ向かった。鼻を動かすセバスさんの目が、やけに冷たかったのは気の所為だと思いたい。
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「リズニア。今すぐ服を脱げ」
壁に寄りかかりながら腕を組み偉そうに言ってみる。
「いきなりどうしたんですか」
俺達は今、宿の部屋にいる。もちろん二人きりだ。
「さっきのお礼に決まってるだろ? お前の身体を隅々まで舐め回すようにじっくりと見てやる。そのくらいの覚えはあるだろう……? どうした、忘れたとは言わせないぞ」
さっきのは不覚を取られた俺の落ち度だ。今度は、お前を泣く寸前まで追い込んで必ず仕返ししてやる。負けっぱなし弄ばれっぱなしは絶対に許せない。
「まさか、弄ぶのは良くてもやられるのは嫌だってか? このいじめっ子体質め!」
「いや、言われなくても、今から体を拭きますんで脱ぎますけど」
そう言うと、リズニアは一切躊躇すること無く、衣服を脱ぎさって俺の前で惜しげも無く綺麗な肌をさらけ出した。
「ちょ、本当に躊躇なく脱ぐやつがあるか!」
咄嗟に手で隠しながら俯いて目をつぶった。
「もーいいましたよね? 私は見られても何とも思わないですって」
「そうだった! だ、だからってなぁ……。ホントに脱ぐやつがあるか! 恥を知りなさい! 女の子なんだから、恥を!」
「どうせ泣かされたのが悔しい私をいじってやろうとか思ってたんでしょう? 意外と負けず嫌いですね。男好き変態こうだいさん」
図星をつかれた。
「なっ……! そんなんじゃないし」
「それよりですねこうだい、ひとつ聞きたいことがあるんですが」
視界を手で覆っているのでリズニアは見えないが、水の張った桶の上で、タオルをしぼる音が聴こえる。
本当に気にしていないようだ。
「な、なんだ」
「何故、あの時┠ 威圧 ┨を使わなかったんですか? 私のほりほり〜も、睨めば止められたでしょうに。嫌だ辞めろだと言いながらも実は、本心ではすごく──ってこうだいどこ行くんですか!」
「トイレっ!」
「トイレなら部屋に──」
サッと部屋から飛び出し、バンッと勢いよく扉を閉める。勿論、トイレに行く気なんてない。行く気などあれば部屋の中のトイレに行けば良いからだ。
俺は扉の前で、崩れる落ちるように体育座りをした。自分の足を抱き寄せ、真っ赤になった耳が見えなくなるくらい、めいいっぱい顔を足に埋める。
──何故俺は、そんなことも忘れてたんだ。これじゃあいつの言う通り、ただの変態じゃないか……。
しかし、俺にとって逃げ出すほど辛かったことはそんなことじゃない。あんなヤツに自身もきづかなかったことを指摘されたことへの悔しさ。ヤツに完全敗北したことへの惨めさが何よりも辛かった。そしてむかついた。
──だいたいお前だって変態だろう……。本気で躊躇なく脱ぐヤツがあるかよ。
リズニアとは出会ってから度々小さなことで対立してきた。その度俺が勝って、勝つ度に俺の方が正しいと証明してきた……。
だから自らの敗北を認めてしまったことが許せない。
だからリズニアに負けたままで終わるのが許せない。
ここまで自分が負けず嫌いだとは思わなかった。
顔を上げねば。もう下は向いていられない。やられたらやり返すスタンスは変えられないし変えるつもりもない。
──次こそアイツをヒーヒー言わせて、俺なしじゃ生きれなくしてやる……!
俺の中に新たな目標が生まれた瞬間だった。
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ジミ〜な服に着替えた俺とリズニアはギルドの前に立っている薫さんに挨拶をする。それとセバスさんとお話するかなみちゃんにも。
なんだか昨日も同じようなことをした気がする。
四人と一匹でギルドに入る。するとこれまた、数人規模の祝賀会といつものベテラン冒険者の姿を目撃。
まるで昨日の続きを見せられてるみたいだ。
だからこそ一つだけ昨日と違う所にすぐ気付いた。
「カオウ! 君は朝のランニングのときあった娘だよね!」
一応話しかけてみたが、言葉は伝わらないと思うので身振り手振りで朝会ったことを伝える。
身長はかなみちゃんより少し高いくらいの幼い少女。かなみちゃんより少し年上くらいの見た目の娘だが、その双丘はウチのパーティーいちの豊さを誇る薫さんに匹敵するほど大きなモノを持ち合わせていた。
賢そうな丸メガネに金髪三つ編み、不思議な形の杖にとんがり帽子の格好だから、おそらく魔法使いなのだろう。そんな特徴的な娘だったので朝会った娘だとすぐに分かった。
しかし彼女は俺が挨拶をするや否や帽子を深く被り一目散にギルドから飛び出して行ってしまった。
「あ、あれ? この街の人は挨拶が好きなんじゃ無かったっけ?」
「この街の人じゃないのか、もしくはこうだいのことがげろ嫌いかのどっちかですね」
「げろ嫌われる様なことをした覚えはないんだが……。というか、人に悪口言うな」
「変態さんは人間に含まれますかー?」
とぼけた表情で煽ってくる元ウザ女神。だが俺は負けるつもりない。
「無自覚のクズさんがなんか言いましたかー?」
煽りとできる限り全力の変顔で対抗する。
「ちょっと二人共、ケンカしに来たんじゃないでしょ! セバスが怒るよ!」
「「はい、ごめんなさい……」」
結局、かなみちゃんに怒られた。
「依頼終わりましたー!」
「え! ホントですか!?」
かなみちゃんの報告を受けて、受付嬢は目を丸くしている。
「本当です! ほら!」
依頼達成の証にかなみちゃんは別空間に仕舞っておいたきのこを放流した。
何も無い場所から突如出現した大量のイザナイダケに受け付け嬢が再び目を大きく見開いた。さらに先程まで、楽しそうに酒を飲んでいた冒険者達も口をポカーンと明けて固まっている。
ギルドの内の和やかな空気が一気に冷えていく感覚に包まれる。
なんだかデジャヴを感じる空気感。
その冷めきった空気の中、入口付近の席に腰掛けるダンディーワイルドな冒険者が口を開いた。
「ウソはやめといた方がいい、それだけ取ってくれば奈落に誘われてるはずだ。……だって」
かなみちゃんが訳してくれた。
いや、落ちた人はいました。ただ、頑丈だったから無傷で済みました。とは言いづらいことこの上ない空気感。
先程まで気持ち良さそうに飲んでいた冒険者も恐る恐る口を開く。
「そうだよ……。アンタらまだ新人なんだろ? ウソ良くはねぇよ。やめとけって、な?……だそうですよ」
と、今度はリズニアの通訳。
二人の訳を通さなくても雰囲気で驚いているは大体伝わってくる。
「ええ、これは本物で間違いありません……。ちゃんと、規定量にも達していますので、イザナイダケ採集クエスト……依頼達成です!」
「「「おおおおお」」」
本物である事が確認された瞬間、周りから歓声が上がった。
一気に空気感が変わるのを肌で感じる。
歓喜の声をあげた冒険者の一人が俺の肩を掴んできた。
「おいマジかよ。やるじゃないか! 見直したぜ! だって。珖代」
手のひらを返すのが、早すぎないだろうか。
「あんた、俺達にもどうやって採集してきたのか教えてくれないか! と言ってます。どうしますです?」
「ああ、それなら──」
その時、俺の頭の中に閃光が走った──。
妙案が思いついたのだ。
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外から心地の良い風が入る夜の宿。
その風に惹かれるように、俺はテラスへ向かう。
テラスではすでに、景色を愛でる先客がいた。
「珖代さん。私はあなたを、少しばかり理解している気でいました」
薫さんは振り向きもせず、後ろから近づく人物が俺であることを言い当てた。
夜風になびく長髪は、月明かりでキラキラ輝いて見える。
「それはどういう意味ですか?」
今日も昨日と同じく、トランプで散々遊び、情報交換をし、二人が寝静まってから俺達はテラスで話していた。この場所はもっと大事な話をする場所になりつつある。
「珖代さんには、魔王を倒す以外に別の目的がある。それは被害者達への何らかの形での謝罪であると、私は見抜きました。だから珖代さんのことを少しは分かっているんだと勘違いしてたんです。まさか、他にも目標があったなんて思いもしませんでした」
覗き込んだ横顔は少し寂しそうな表情、それでいて嬉しそうな、そんな感情が見え隠れしていた。
「ちゃんと伝えるべきでしたか。申し訳ありません」
「いえ、気にしてませんよ。魔王を倒したその後の街のことを、考えて行動してくれたことが嬉しかっただけですから」
──ああ、そっちか。
全てが解決して自分たちが居なくなった後の異世界のことも、俺は考えないといけない気がしただけだからだ。
「その後の異世界なんて、俺たちには関係ない話なんですけどね」
「悔いは、出来れば残して帰りたくないですからね」
「……まぁそんなとこです」
例え魔王を倒し、地球に帰る権利を手に入れたとしても異世界でやり残した事があれば帰るに帰りにくい。
前に見た夢のように突然選択を迫られる可能性もあるのだとしたら、出来るだけ悔いを残さないように行動するのは当然のこと。薫さんが同じことを考えていた事を知っただけでも少し嬉しくなった。
「皮肉にも、魔物が存在しているおかげで成り立っているこの街ために『イザナイダケをこの街の名物として売り出そう』なんて経済的な戦略は、一体いつから考えていたんですか?」
閃光が走ったときにそんな話を俺はした。
「ついさっきです。元凶である魔王を倒せば、おそらく魔物はいなくなるでしょう?」
「リズニアさんがそんなこと言ってましたね、確か」
「そしたらユールように、魔物によって経済が支えられてるような街は立ち行かなくなるんじゃないかなって、元々思ってはいたんです。そこに来てからの、この地域でしか取れない特殊なきのこと、忌み嫌ってたきのこ採集に興味を持ち出した冒険者の皆さんの姿を見てピンと来ました」
「それで、かなみの作る道具一式の無料貸し出しですか。リズニアさんみたく独占して儲けましょうとまでは言いませんが、少し、善意が過ぎませんか?」
崖を降りる時に使った道具たちを貸し出すことで、他の冒険者たちも簡単にイザナイダケが取れるようになると俺は考えたのだ。
「薫さん、俺は助けられるものは一つでも多く救いたいんです。今は、地元の冒険者たちの財布を潤す程度ですが、徐々にイザナイダケの悪い噂が払拭されていって──。ゆくゆくはユールの人達が一丸となって取り組む、一大特産品になってくれることを願ってます」
「なるほど。未来にかけたんですね」
薫さんの理解はほんとうに早くて助かる。
「あははっ。その為の、所謂先行投資ってやつですかね! だからお金には困ったままになりますが……どうか、理解してもらえると助かります」
「私とかなみは大丈夫ですが、問題はリズニアさんが了承してくれるかどうかですよね……」
「やっぱリズが難関ですよねー……。アイツ、金儲けはしないぞって言ったら嘆いてましたもんねー……」
やだやだーー! きのこ御殿建てるーー! と駄々こねてたリズニアの姿が記憶から思い起こされる。
「もし良かったら、リズを説き伏せるの手伝ってくれませんか?」
「勝手に物事を決めた珖代さんが招いた事態なのに、私に頼るんですか?」
全くもっての正論にぐうの音も出ない。
「そこを何とかお願いします! 薫さん……」
両手をすりすり擦り合わせてお願いする。俺一人では多分、ケンカに発展してしまうから藁にもすがる思いで頼み込んだ。
「うーん、そうですね……」
悩んでくれているなら、あと一押しっ!
「俺に出来ることでしたら何でもしますから!」
良し。これなら、協力してくれる。そう思っていたが、予想外の返答が帰ってきた。
「そんな大雑把なお願いでは動きませんよ私は。是が非でもお願いしたいのであれば、もっと、具体的かつ、攻めた内容で、私を──」
手すりを支えに背伸びをする薫さん。
「説き伏せてみてください」
「はんっ♡」
耳元でこっそり囁いてくるのはやはり親子か……。
かなみちゃんが背徳感を煽ってくるなら、薫さんは妖艶さで魅了してくる。だが、破壊力が段違い。ものすごく効いた。たぶん俺が昼間っからムラムラしてた所為だ。だから──。
このあと滅茶苦茶セットクした。
本来下ネタは一切出てこないハズの回だったのに、なぜこんなになってしまったのか……。
自分でも分かりません。
今後、こんな風に日常がエロに傾くことがあるかもしれませんのであらかじめご了承ください……。




