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第五十八話 出し抜かれた五賜卿②

 

 「パーラ先輩は『術式』の意味、もちろん知ってるよね?」

 「ええ。巻物(スクロール)などに組み込む情報のことですよね? それがないと効果は発揮できない」

 「正解。じゃあ『スクロール』のデメリットついても知っているね?」

 「もちろん、ワタクシを誰だと思っているのです? 原則としてそれには組み込める『術式』の数に制限がある。……それが何か」

 

 回りくどい質問にパーラメントは目を細め不満を漏らす。アルデンテの時と比べ態度が明らかに冷たい。

 

 「そう。だからこの子たちが必要なんだ」

 

 トオルはソギマチーズに手の差し向けて存在意義を強調した。イマイチ芯が捉えられない会話にソギマチたちはお互いの顔を見合い、パーラメントは聞き返す。

 

 「要するになに」

 「この子たち自身が媒体(スクロール)なんだってこと」

 

 その答えにパーラメントはさらに眉間にしわを寄せ不機嫌になり、ソギマチたちの顔や肌を交互に目配せした。

 

 「さっきのタトゥーは冗談ではなかったと?」

 「パーラ先輩の言う通り、持ち運びのしやすさや魔素識別などあらゆる面で便利なのが『スクロール』だけど、一枚につき多くて三つまでしか『術式』を組み込めないっていう制限(デメリット)が存在する──」

 

 トオルは指を折り曲げながら分かりやすいように説明を続ける。それに興味を示さないゴリラのアップルと五賜卿のアルデンテは二人で黒雷に触れない限界距離を確かめる遊びを始める。さっき食らったばかりだというのにアップルは懲りていないようだ。

 

 「──だけど、人体や武器に『術式』施せば三つまでという縛りはなくなる。ヒトを跳ね除ける“黒雷”をつくるのに、『スクロール』で四、五枚の情報が必要だ。リスクの分散も兼ねてたくさんの『術式』を二人に組み込んだんじゃないかな。かなみちゃん(あの娘)は」

 

 トオルが示した答えに解を示したのは、まさしく渦中の獣人少女(ソギマチ)たち。マチマチはおもむろに両脚の裾を掴むと、池で遊ぶ子供みたく限界までまくりあげてダブルピース。へそ上まで見せたいのか上着を加える。それを見たソギソギは腕に服を通したまま、これみようがしに上裸になり背中に施されたタトューのような『術式』を披露した。何故かカッコよくポーズまでとっている。

 

 「あったりぃ。じゃーん! 『術式』はここでしたぁ!」

 「よく分かったな。ま、まあ、気付いたところで意味は無いがな」

 

 その行動によって補欠(トオル)の推測は正しいことが証明された。だがパーラメントのそれでも不思議に思う心は晴れない。

 

 「なぜ、なにゆえに? 『スクロール』の余りあるメリットを考えればワタクシの荷物を漁ってでも『スクロール』を消費した方がいいでは? 人体に書き込んでしまったら一生消えないのに」

 「まー、『スクロール』を探すより肌に書いてしまった方が早かったんでしょう。それにマジック……特殊なペンで書かれたものだから消そうと思えば簡単に消せるはずだよ」

 

 トオルの推測は実際、当たっていた──。

 かなみは地上に着地してすぐ、逃げることよりもまず五賜卿たちを逃がさないための方法を模索した。結界の強化に着手したかなみは、術式発動要員として二人のソギマチを召喚。

 

 「あれ、食事中だった?」

 

 契約によっていつでも召喚可能になった猫又少女たちは、ちゃぶ台やお茶碗と一緒にお箸を握りしめてやって来た。もちろん状況は分かっていない。かなみは時間をかけたくないという理由から、二人の身体のあちこちにマジックペンで『術式』を施すのと並行して軽く状況説明と作戦指示を済ませた。

 

 「じゃ、そっちは任せたから。頼んだよ二人とも」

 

 そうしてかなみは書き終えた直後に睡眠煙玉を仕込んだ猫型ブザーを穴に投げ込み、二人を穴の中に派遣させ、自分はアンデッド軍阻止に動いていったのであった──。

 

 「ウホォ!?」

 「アハハ、近すぎたネ」

 

 アップルが小さめの黒雷を受けビビり飛び上がった。


 トオルは先程から会話に参加しないアルデンテにはお構い無しに基本的な仕組みについて呑気に語りだした。

 

 「『術式』というのは情報の組み合わせによって様々な変化をもたらすことが出来る。例えば結界ひとつとっても、強化したりアレンジしたり、逆に壊したりもできる。『スクロール』は画期的(エポカル)だけど『術式』を記すための媒体(デバイス)のひとつに過ぎない──」

 

 今回、トオルがスクロールに記述した『術式』は“魔力抑制”と“結界(化)”と“複製(四)”の三つ。

 “複製(四)”によって複写された四枚のスクロールを大洞窟の四方に貼り、“魔力抑制”の“結界(化)”を張った。これは一度に書き込める『術式』の限界数でもある。

 暴発しない安全性や入手、用意のしやすさから術式使いたちの間で重宝されるスクロールだが、なんと言っても魔素識別という他の術式の影響を受けないパスワード機能があることが大きい。

 

 「──『スクロール』に追加で情報を付与したい場合、必ず、魔素識別(ばんごう)を合わせる必要がある。魔素識別が合わなければ他人が後から書き換えることは絶対に出来ない。と、習ったハズなんだけど……二人の『術式』は正常に作動している。まったく恐ろしいよ。術式使いたちの常識をこうもあっさり覆しちゃうんだから。さすがに驚きを隠せないよね、これは」

 

 かなみと言う少女が『術式』面においても常識の範疇を超えている事実──。彼が愕然とした理由はまさにこれだった。もはや悔しさすら滲まない表情でトオルはかなみを褒めちぎる。

 

 「万が一を無くすために不死者を派遣する辺りも完璧だ。……彼女にはどこまで戦況が視えてたんだろうね」

 

 蝦藤かなみはどこまで計算し読んでいたのか──。

 底の見えない恐ろしさを感じ補欠は力なく笑った。相手のことを褒めているはずのに、そこにいる全員に余裕がないことがバレるほどの力のなさだった。二人のソギマチは囮として大洞窟に現れたのではなく、結界を強化する追加の“不死身スクロール”として立ちはだかった。それがトオルの見解であり紛れもない事実である。

 

 「度し難い現実だよホント」

 

 『術式』の厄介さを理解するパーラメントだったが、残る疑問を解消すべく結界についても触れる。

 

 「この子たちそのものであることは分かりました。けれど、結界は大前提として動くものに付与することができない点はどう説明するおつもりで?」

 「いま見るかぎりだと、“魔力抑制”を“魔力無効”にまで引き上げる『術式』と、“結界(化)”に“感電効果”と“範囲防御”を付与する術式が組み込まれているね」

 

 術式を見破られたソギソギは咄嗟に服を着た。だがマチマチはいまさら隠しても遅いと知ってか、これといって裾を下げようとはしなかった。

 

 「他にもおおよそは見当がつくけど、要するに」

 「そこにあるのは追加の『術式』であって、『結界術式』ではないと?」

 「そういうこと。理解が早くて助かるよパーラ先輩。『術式』って聞くと『結界術式』ってイメージが強いから、素人はごっちゃになりやすいんだよね。ま、今更なに考えたって自力で脱出できるのはラッキー先輩くらいだし、もうどうでもいいけど」

 

 まるで他人事のようにあっけらかんとした態度を取る黒幕(トオル)と一瞬目のあったアルデンテは顔をゆがめた。二人の仲は相変わらず悪い。パーラメントは自分の知識が浅かったことをきちんとトオルに謝罪した上で、ここまでの戦闘を思い返しかなみの本質を振り返った。少女の読みと自分たちの甘さを冷静に再確認する。

 

 「自分を苦しめた結界を逆に利用しちゃえー! で『術式』を強化した上に新たな項目まで付け加えて出来ないはずの上書きをするってどこの術式マスター? しかも発案から実行までを戦闘中に積み上げて幾つもの手段を前もって準備し徹底的に相手を抑える(マウンティング)──。いくらなんでもそんな芸当を根無し草のようなあの少女がたったひとりでやったとは到底思えませんけど……まあ、とにかく、分かりました。起きてしまった以上事実として受け入れるしかないですしかなし」

 

 考えるのもバカらしくなったようにパーラメントが言うと周囲に諦めモードが漂い始める。アルデンテは落ちいてた剣を拾い、トオルは柱に腰かけ、アップルはパーラメントの顔を心配そうに覗き込む。

 

 「ラッキー先輩、お先に地上へどうぞ」

 

 トオルが両手で紳士的にエスコートするように地上を示すが、アルデンテはそれにも目をくれず階層を一段ずつ飛び越えて駆け登っていく。言われなくてもそのつもりだったらしい。地上の穴を軽く越えようとしたその時──。アルデンテは身の毛が逆立つほどのピリピリとした危機を感じ取った。空中で丸まり防御の姿勢に入るも、それは間に合わず、地上の穴から放たれる黒雷に拒絶されアルデンテは地の底へと叩きつけられた。再び底へ戻されてしまった少年には黒雷が微かにまとわりついている。そのせいか立ち上がれないでいた。

 

 糸のように細い目を珍しく見開いて赤目の男(トオル)は上空を見上げた。黒雷は媒体(ソギマチ)の存在によって結界に追加された『術式』だったはず。それがなんでもない地上の穴に付与されているという事は、つまりそこには──。

 

 「結界が……追加されている」

 

 誰かに聞こえるかどうかという声を無意識に漏らすトオル。パーラメントは慌てて駆け寄り力無いアルデンテの上体を抱き寄せる。意識はあるようだが何度呼び掛けても返事がない。

 

 「補欠、これはどういうことなの。なぜ地上にまで結界が張られているです……答えなさい!」 

 

 地上の穴に結界などなかった。でなければソギマチーズは侵入して来れなかった。だが、今は存在している。それはすなわち──二人が侵入したあとから(・・・・)結界が生成された事を意味する。

 

 パーラメントの怒りは正しい。だが、トオルの説明にあった『結界術式ではない』という理論が完全に破綻してしまったのかというと、それも違う。視点を変えてしまえば、これは簡単に解決できてしまう疑問だった。

 

 「なに、シンプルな答えさ。僕たちが猫又らに気を取られてる間、上にいる少女が穴に結界を張っただけさ」

 

 『術式』の中でも習得が困難とされる『結界術式』。そんな『結界術式』をトオルは応用し、戦術として使いこなせていたからそこ、慢心した。幾らあのチート少女に┠ 叡智 ┨や┠ 隠密 ┨などのスキルが使えたとしても、急造で結界を張ることは不可能であると完全にタカを括っていたのだ。


 慢心による油断──。その結果唯一とさえ思われていた出口も封じられしまい、結果アルデンテは墜落したのである。

 

 「常識外れだと思った時点で気付くべきだった。まさか結界を張るか……自力で」

 「へへーん! いまさら気付いてももーおそーい! ソギマチの真の目的は結界の強化じゃなくて、かなみ様が入口を塞ぐまでの時間稼ぎでしたぁ! 残念っ!」

 

 真剣な顔をするトオルに耐えられなかったマチマチがふんぞり返って自慢げに計画をばらした。それを聴きつつ動けないアルデンテにソギソギは近寄り、あの子はなんで全部バラしちゃうのかなぁと溜息をつきながら言う。

 

 「という訳なのでアルデンテ様、しばらくここで大人しくしておいてくださいね」

 「おいおい、黒幕ぅ。この『術式』何かわかるぅ?」

 

 そう言いながらマチマチがパンツを少し下ろした。自信満々なソギマチからの挑戦状にトオルは目をこらすが深くは考えず黒幕呼びに反論した。

 

 マチマチが後ろを向いて下着をゆっくりとめくると、臀部の辺りまで描かれた高度な『術式』が全貌を露わにした。その模様の意味に気付いたトオルはピタッと動くのをやめた。そして、一瞬だけ目を小さく開くと盛大に笑いだした。

 

 「あははははは! キミたち自身が『召喚術式』で呼ばれてきたのか!! ……はぁーあ。分かった分かった、僕の負けだ。かなみちゃんを侮っていた僕の完全敗北だよ」

 

 二人のソギマチはかなみの召喚によってやって来た。用が済めば召喚は終了し、二人は元の場所に還される。だから脱出口がなくても二人には関係ない。その時が来れば勝手に元の場所に戻るだけだ。

 

 マチマチは自分のおしりを叩いたあと、手を振った。ソギソギのおへその下あたりのハートマークが光り出す。

 

 「バイバーイ」

 「あとはそこで大人しくしておいてください。アルデンテ様」


 出たくても出られない連中を目一杯煽って、二人の猫ミミ少女はポポンッと煙を置き土産に、その場から姿を消した。

 

 「召喚には結界とはまた違う高度な技術が求められる。少なくとも、今の僕にはマネ出来ない──」

 

 トオルは地上の穴をただただ見つめる。考えるのはひとつ、この先どうするのか。ソギマチが居なくなったことで追加の『術式』は消え、黒雷や魔力の無効はもう無くなった。しかし、唯一と思われる出入り口に結界を張られた。

 

 「詰み、かな。これは」

 「錫杖(しゃくじょう)ハどう?」

 

 アルデンテに応えるように、パーラメントは地面に杖を二度小突くも効果がないと首を横に振った。

 

 「……せめて商売道具が手元に残っていれば……本当に情けない限りです」

 「そう悲観的になる必要はないよパーラ先輩。逃がしてしまったのは確かに痛手だったけど、僕たちのすべきことはだいたい終わってる。ゆえに問題ない(ノープロブレム)。一生閉じ込められる訳でもないし、ゆっくり静観するとしようよ」

 

 トオルはアルデンテに何かを求めるような目を向けながらそう言った。協力体制を望まない少年は、少し間があって上から目線でものを言う。

 

 「……言ったよネ? 油断してると痛い目見るって。ボクの忠告を聞かないから逃げられるんだ。キミたちが初めから全力だったらこうはならなかったハズだろ。この責任は大きくないかイ?」

 「ウホウホゥッ!!」

 

 主人をバカにされたと思ったのか、アップルが地面を叩いてアルデンテを睨んだ。しかしその主人はアップルの怒りを遮るように前に出た。

 

 「アルデンテ様、ワタクシなら如何様なる罰をも受ける所存です。ですから、ユールを陥落させるまではどうか、ワタクシめに尽力を尽くさせては頂けないでしょうか」

 「何言ってるんダ? キミの役目は終わったろ」

 「五賜卿としてではなく、ひとりの召使いとしてご協力を!」

 「もうやめろ! いつまでボクの部下のつもりでいるんだオマエは」

 

 それは今までの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気とはまるで違う、少年の心からの叫びだった。誰も聞いたことのない声量に辺りがとんと静まり返る。

 

 「……ボクはもう屋敷の人間じゃない。キミだってそうだろ──シロップ」

 

 

 グレイプ・アルデンテ。

 

 

 彼の少年には“ラッキーストライク”という与えられた名があったように、パーラメントにもそうなる前の本当の名があった──。


 

今回が記念すべき連載100部目!\( ⍢ )/


スキル表やおまけなどを踏まえてですがここまで来れたのは皆さんのおかげぇす!


これからもドタドタバタバタ展開していきますので、なにとぞ応援よろしくお願いします!!!

( ・ᴗ・ )b


あと感想や質問などありまし

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