早贄の森
レプタライトとエイボスの二つの国に挟まれた位置に、早贄の森と呼ばれる森がある。鋼鉄の木々が林立するその森に、緑も動物達の気配も一切ない。生気のない荒れ果てた大地に刺さる大小様々な鋼の柱が森を模っている。そこに立ち入った者は二度と出ることが叶わない。
「この先が早贄の森か……」
「ここを抜ければ私達は自由になれるのね」
足の車輪を止めたカマキリに、彼の背に跨るアゲハは応えた。
カマキリの目は大きなモニターガラスの内側で青く輝き、蜥蜴のように突き出た口元は排気口となり、息をするたびに青い蒸気を排出する。直線的な鋼の折り目をつけられた両頬には鋼のリングがせり出ており、そこから伸びた蛇腹のチューブはカーブして口の両脇のリングに差し込まれている。長方形の鱗状の首で頭を支える体躯は角張った鋼の鎧のような出で立ちで、あばらの辺りは台形の窪みが左右対称に三つずつあり、そこにもリングが等しく用意されている。腕と脚はそれぞれ肩・腰から伸びた何本もの蛇腹チューブに支えられたボックスから伸びる二本ずつの金属ポールが、関節のボックスを繋いでいる。肘と脛は排気口のついた鎧で覆われており、腕や脚の付け根と比べると一回り大きい。足はトーとヒールを分割したブーツ状で、トー側とヒール側にそれぞれ車輪がついている。背中からは三本目の足が蜥蜴の尾のように一本だけ伸び、こちらの先端にも車輪。左手は無数の刃を持つベルトが巻きつけられた剣、右手は人間の手と変わらない精巧に造られた模造品が装着されている。
対してアゲハはほとんど人間と変わらぬ姿をしている。複眼と金属製の両翅だけが異形として映るが、全身に人とは思えない動きのぎこちなさが残り、体の各所には部位の切れ目となる線が刻まれている。口元だけは生身の肉体を残しており、顎から胸部へ蛇腹のチューブが繋がれている。服装は背中部分が大きく開いた青めのノースリーブス。さらに、左腕部を覆うように排気口つきの装置が括り付けられており、チューブで腕と連結されている。
二人とも人間とは言い難い鋼鉄で出来た体躯を持つ。彼等は肉体のほとんどを売り払い鋼体に変えた者達で、甲虫〔バグ〕と呼ばれる。完全な肉体を持って生まれること自体が珍しいため、人々が鋼鉄の体を持つことはありふれた事だったが、それでも甲虫〔バグ〕になるまで鋼と一つになることは忌避される。真っ当な国では甲虫〔バグ〕は人間扱いされないから当然の話だ。
しかし、カマキリとアゲハは望んで甲虫〔バグ〕となることを選んだ。
「エイボスを捨てて良かったのか」
青い蒸気を吐きながらくぐもった声でカマキリは森の東側を見やる。その先にあるのはとても太い鋼の柱。その上では細い柱が枝のように伸びて一本の大木のようになっている。あの鋼の木こそ、鳥人国家エイボスの都市だ。翼を持つエイボスの民は樹上で暮らし、翼を失った者達はその下を棲家とする。翼の有無は身分にも大きく関わり、生身の翼を持つ者、鋼の翼を持つ者、翼を持たぬ者の三層に分かれたヒエラルキーを形成している。
「もう後悔しても遅いわ。甲虫〔バグ〕になった時点であなたも同じでしょう」
カマキリは西に向き直る。遠く見える山麓をくり抜いて建設された石造りの都市は竜人の国レプタライトだ。レプタライトの地上部分は一部に過ぎず、その大半は地下で複雑に形成されている。レプタライトの内部では幾つかの有力な竜人の家系が氏族を束ねている。
カマキリは首を左右に振り、排気口から青い蒸気を漏らした。
「――未練がないって言えば嘘になるんだがな」
「ここで別れてやろうかしら」
アゲハは唯一の生身の頬をむすっと膨らませる。
「こんな体になっちまった俺にもう国に帰る資格はないさ。あの時、お前が戦場で助けられなければ亡くしていた命だ。俺にはお前しかないよ」
カマキリは右手でアゲハの頬に触れた。アゲハは口元を緩めてカマキリに身を委ねる。
アゲハは腕の装置から紐付きのピンを出してカマキリの後頭部の窪みに差し込んだ。二人の全身を青い光が覆い、カマキリの心に流れ込んでくるアゲハの感情。アゲハが繋げてくる時はいつも決まって喜びが大きかったが、同時に不安も抱えていた。平易な黒魔術〔ウィッチクラフト〕の一つ密話〔メッセージ〕があれば何も繋げなくても二人で話すことは出来たが、カマキリはわざわざ共神経〔コネルヴェス〕で清濁合わさった感情を共有してくるアゲハのことが愛おしかった。
感情の昂ぶりのピークが終わり、その後の長い余韻を咀嚼してからアゲハはピンを引き抜いた。二人の決別の儀式は終わった。
カマキリの膝のボックスから車輪を出すと、両膝をついて走行姿勢を取る。アゲハは彼の首に腕を回した。カマキリの脚部から青い蒸気が沸き、五部位七組の車輪が地を抉り回転する。鋼の柱がまばらに立つ森の中に二人は侵入した。
「早贄の森に入って帰って来たものは一人もいない。編隊で上空を通過することさえ危険だというの。ここを通ることは森に生贄を捧げることと同義だっていう話よ」
「ウチじゃエイボスの防衛線が張られていると聞いたな。この森、元はエイボスの都市だったって話だ。何十年前の話か知らねえけどさ」
「軍の施設があるなんて話聞いたことないわ。甲虫匪賊〔バーグラー〕の隠れ家でもあるのかしらね」
カマキリとアゲハは共神経〔コネルヴェス〕の影響で入り乱れた自他の記憶を言葉に紡ぎ直すことで確証と想像に選り分けていく。お互い妄執に囚われずに済んだようだ。
「少し探ってみるね」
アゲハは左腕の装置を天に掲げた。天術〔アストロノミー〕の装置は青い光を発し、アゲハの分割された視界の一つに上空から俯瞰した景色を映し出した。
主の双眸〔ファーザーズアイズ〕……鳥人達が得意とする天術〔アストロノミー〕の一つで、上空から見た自分の姿と周囲の光景を切り取り、視界に移すことが出来る。空を駆けるエイボスの兵はこれを用い飛行中の周囲の安全を確認する。はるか昔、この術を使用した鳥人の一人はこの光景を誰かが見ているのではないかと考えて観察者を探して上へ上へと飛び続けたことがあったが、空の上を覆う天上の炎に焼かれて力尽きるまで、何者にも出会うことがなかったという逸話がある。この空を見ているのが姿なき者かそれとも天上の炎の先にいる者か、そのどちらにせよエイボスを見守る者が超越者であることを想起させ、主の双眸〔ファーザーズアイズ〕は鳥人達の神の存在を確信へと変えて来た。そして、この術は空を飛べなくなった者にさえ等しく奇跡を授け、神への信仰を促してきた。
今のアゲハの模造の翅は金属網が貼られただけのハリボテで、全身も甲虫〔バグ〕の姿へと堕ちていたが、天の神は隔てなく信者の祈りに応えた。
「東に人工物が見えるわ。近くに青い……マナの泉もあるみたい」
人工物と表現はしたが、建物の類ではない。もっと原始的に、整然と並べられただけの列石。格子に点を打ったように縦横に綺麗に並べられたそれらは、自然に作られるものではないことは明白であったが、それが何を意図したものかアゲハにはわからなかった。
一方、マナの泉は鮮明で疑いようもない青さだ。マナは黒魔術〔ウィッチクラフト〕を使うために必須の魔法構成要素である。それと同時に、黒魔術〔ウィッチクラフト〕製の鋼体を持つ人々に重要な動力源でもある。マナの青色は太古の黒魔術師〔ウィッチ〕が世界に満ちるマナを凡百の民にも扱わせるために彩色したものだと言われている。
アゲハは一通り眺めて他にめぼしい物や人影が映っていないこと確認してから、カマキリに密話〔メッセージ〕で渡した。カマキリは俯瞰した風景の読み取り方はわからなかったが、中にある青を見て得心した。
「行くのか?どっちだ」
「東」
「剣と盾、どちらを持つ方だ」
「あなたは剣」
アゲハはカマキリの左肩を叩いた。竜人達は左右を問う時、レプタライトの剣闘術になぞらえてよく剣と盾に置き換える。レプタライト剣闘術では剣を左手に、盾を右手に持つ習わしがあり、氏族により徹底して教育されるのが常だ。
カマキリは左に体を傾け、その方向に進路を変える。
鋼のポールが林立する空間を走り抜け、有刺鉄線の藪を左手の震動剣〔ヴィヴロブレード〕で断ち切りながらカマキリはしばらく森を進む。下草はどれもこれも針金で、乾いた石と錆びついたポールの匂いが辺りに充満していた。カマキリの車輪の音とアゲハの息遣いと彼等の体内のマナの躍動音以外には何も聞こえない。時折、カマキリは口から青い蒸気を吐いた。
もとより生命など人間以外に残っていない大地であったが、これほど森閑とした場所は珍しいものだとアゲハは感じた。風が凪ぎ、空には雲一つなく、マナの青さだけを映している。それは束の間だったが、まるで二人以外の時間が停止してしまったかのようであった。
停止した時間は早贄の森の噂に重なり、死をアゲハに予感させた。アゲハは唇を噛み、予感を実感で塗り替える。大丈夫、まだ生きている。
列石はすぐに顔を見せた。天術〔アストロノミー〕では俯瞰することしか出来なかったが、その列石はどれも幾つかの石を積み重ねて作られたオブジェだった。大きめの石が土台となり、上に行くにつれて段々と石のサイズが小さくなってゆく。積み上がった段はおよそ20くらいずつ。石はどれも安定する平らなものが用いられている。
車輪を止めたカマキリからアゲハが飛び降り、格子上に並べられた石の調査を始める。カマキリは膝のボックスからバネ仕掛けのピストンを突き出し、大地に強く叩きつけた反動で立ち上がる。
「まるでサイの河原ね」
石のオブジェの頂上にある一番小さな石を持ち上げたり戻したりしながら、アゲハはそう形容した。
サイの河原は両生人国家アンヒビタスに存在した捕虜収容所の一つで、既にレプタライトによって制圧され取り壊されている。その時の捕虜は収容所で行われていた一切を語った。それは両生人の生活を知るヒントとなったが、中でも捕虜に課せられた奇妙な労役は人々の興味を引いた。それがサイの河原の石積みであった。捕虜は一人一人に監督官がつけられ、終われば食事になるという規約で朝から石を積むように命じられる。しかし、積み石が完成しそうになるたびに監督官が水中から釵を出して崩すため、監督官の仕事時間が終わるまで積み石は完成しない。石を早く積める者はその分課せられる積み石の数も多くなり、新しい石を積んでいるうちに前の石を崩される理不尽な責め苦を受けるため、収容された時は気概ある若者でも次第に石を積む気力を失っていったという。
「なあアゲハ、こういうモンを見ると壊したくなってこないか」
膝のボックスに車輪を仕舞い、カマキリは積み石の一つを一瞥した。口から青い蒸気が沸き立つ。
「それよりも人を探しましょう。近くにマナの泉があることもわかっているし、菱左半の儀〔ライト・オブ・リワインド〕を執り行うわ」
菱左半の儀〔ライト・オブ・リワインド〕……鳥人達が得意とする天術〔アストロノミー〕の一つで、主の双眸〔ファーザーズアイズ〕で見ている景色の過去の状態を知る高位の術である。術者はマナを媒介にして自分の目に天使の菱左半〔リワインド〕を憑依させ、その力を借りて現在から過去へ遡る。菱左半〔リワインド〕は現在を司る菱右半〔リプレイ〕と対になる片翼の天使で、菱右半〔リプレイ〕が翼人達の記憶を司るのに対し、彼は翼人達の罪を司る。エイボスの裁判ではほとんどの証拠が菱左半〔リワインド〕によって集められ、裁きの正当性が保証される。
かくしてアゲハは瞑想に入った。主の双眸〔ファーザーズ・アイズ〕が覗けるならば、菱左半〔リワインド〕も力を貸してくれるだろう。天使たちの力を借りられるかどうかは本人の資質よりも所有端末がその天使を祀っているかの方が重要であるが、アゲハが甲虫〔バグ〕に改造される前から一緒だったこのエイボス支給の端末には当然菱左半〔リワインド〕も祀られていた。アゲハの複眼は瞑想中も揺らぐことがない。アゲハの全身から青いマナが気迫と化して溢れ出していく。
「オラアッ!!」
カマキリは積み石を殴り壊した。カマキリの渾身の一撃により、石はあっさりと崩れ去る。何の事はない、ただの衝動。無数にある石の一つが壊れた所で、誰も気には留めないだろう。
カマキリは振り返り、アゲハを見た。アゲハは青い奥拉〔オーラ〕を全身で燃やしながら祭儀に集中している。ほらみたことか、アゲハだって気にしていない。カマキリは無反応のアゲハを眺めながら「チッ」と排気口の奥を鳴らし青い蒸気を吐いた。
「オラアッ!!」
カマキリはもう一つの積み石を、今度は右足による回し蹴りで破壊した。左足はしっかり地につけ、右足の車輪を駆動させて加速したキックには寸分の迷いもなく、遠心力のついた右足はさながらハンマーのように積み石を打ち砕いた。右手で打ち砕いた時よりも派手に石が飛び散った。
「ハァ……ハァ……」
カマキリは青い息を吐き、昂ぶった心と熱を帯び始めた鋼体を鎮める。
アゲハは一切動じずに、儀式に集中していた。菱左半の儀〔ライト・オブ・リワインド〕は遡る時の古さに応じて時間がかかる。かかる時間は実時間の二分の一から三十二分の一と言われているが、実際にどこまで時間を縮めて力を行使できるかは菱左半〔リワインド〕を祀る端末の性能に依る。
「時間かかりそうだな」
カマキリは列石の広場に腰を落として武器の点検を始めた。
静止した俯瞰図。アゲハは腕の端末に触れて菱左半〔リワインド〕を呼び寄せる。戻り続ける時の流れの中で俯瞰図は静止したまま。頭の中に映し出された無機物の森林は微動だにせず、その上を流れる青い雲と右下に記された数字だけがゆっくりと巡り回る。
時の遡行は忍耐との勝負だ。アゲハは瞳の内側に概念的に映し出された地図を静かに観察し続けた。砂場の小箱〔キャスケット・オブ・サンドボックス〕で。その一つの円環〔サーキット〕はアゲハの心に取って代わる。思考回路を肉体から鋼体に換えた者は、その上に黒魔術〔ウィッチクラフト〕で作られた仮初の思考を走らせることが出来る。それは肉体の思考と比べ単純で、明確で、勤勉で、高速で、支配的かつ合法的〔ヴァリッド〕だ。仮初の思考は合法的〔ヴァリッド〕である限り決して止まらず、その間の全てを対象から奪う。
砂場の小箱〔キャスケット・オブ・サンドボックス〕……この円環〔サーキット〕は小規模な黒魔術〔ウィッチクラフト〕で、詠唱の始めに視界に円や四角を描き、その内にある物を監視し続ける。そして、監視対象が描かれた領域から消失したり持ち出された時に非合法的〔インヴァリッド〕になり消失する。この円環〔サーキット〕を創造した魔女〔ウィッチ〕は砂場遊びをしていた幼い子供達からヒントを得た。子供達が砂場遊びをしていた時、ある子供は輝石を砂の山の頂上に置いたが、彼が所用でしばらく砂場を離れている間に輝石は別の子供に持ち去られてしまった。子供はひとしきり泣いた後、再び砂の山に別の輝石を置いた。今度は指で輝石を囲むように溝を描き、そこを宝石箱にしたのだ。砂場の小箱〔キャスケット・オブ・サンドボックス〕の名はそのシチュエーションを魔女〔ウィッチ〕が参考にして付けたものである。
砂場の小箱〔キャスケット・オブ・サンドボックス〕は単純な円環〔サーキット〕であるため、感覚を受容する思考が存在しない。アゲハは菱左半〔リワインド〕により等速に遡り続ける映像を監視し続けたまま、隔絶された世界に置かれた。アゲハには陽の光もカマキリの声も石が崩れる音も届かない。円環〔サーキット〕に身を任せたアゲハはしばらくの間もの言わぬ彫像となった。
大地を回る影がおよそ半周した時、アゲハの円環〔サーキット〕は非合法的〔インヴァリッド〕になった。砂場の小箱〔キャスケット・オブ・サンドボックス〕は積み石の一つの崩壊を検知すると、自身をマナの光に還してアゲハに思考の制御を返した。
「見つけた……!」
菱左半〔リワインド〕によって巻き戻された神の双眸〔ファーザーズ・アイズ〕が捉えたのは人間の男だった。尾も翼もなく、目立った甲虫〔バグ〕の徴もない人間。おそらくは鳥人の翼なしか竜人の尻尾切りのどちらかだろう。俯瞰図からは上半身裸の彼の肉体と、黄金色の頭髪が見える。
アゲハは菱左半〔リワインド〕の加護を弱め、時を巻き戻す速度を緩めた。男は今朝、石を二つ積み上げたようだ。アゲハが神の双眸〔ファーザーズ・アイズ〕に映された景色を精査する傍らで複眼から外を覗くと、ちょうどカマキリによって崩されていた積み石がその二つだった。
「ようやくか」
震動剣〔ヴィヴロブレード〕に青い蒸気を吹きかける排気口を左腕から離して、カマキリはくぐもった声を出す。マナの吐息に触れた震動剣〔ヴィヴロブレード〕の刃は徐々に鋭さを増した。
さらに時を遡り続けて、アゲハは男が来た道を特定する。線の先は森の中央。
「この森の奥に肉体の男がいる。その男がこれを作ったみたい」
「俺たちの敵か味方か……」
「避けて通るべきかしら」
アゲハはマーキングした地図を密話〔メッセージ〕でカマキリに送った。カマキリはその地図に網目のように線を張り巡らせ、アゲハに密話〔メッセージ〕で返した。
「これは?」
「竜人は地術〔ジオロジー〕を使う。天術〔アストロノミー〕が無線〔サテライト〕なら地術〔ジオロジー〕は有線〔ケーブルド〕だ。この大地の地下に網目のように張り巡らされている竜脈は竜人にとっての第六の手足といったところだな」
アゲハの頭の中に共神経〔コネルヴェス〕で共有したカマキリの記憶が浮かび上がってくる。そうだ、竜人は竜脈に触れることで地術〔ジオロジー〕を使うのだった。だが、アゲハはカマキリがこれを見せて何を言いたいのかがわからない。共神経〔コネルヴェス〕によって得られたカマキリの記憶と感情のアウトプットを得ることは出来ても、彼の思考の手続きはブラックボックスのままだった。
アゲハは地図をもう一度確認した。地図上の竜脈は男の通るルートを避けている。因果を考えれば逆か、男の方が竜脈を避けているのが正しいだろう。
「どういうこと?」
「この上に乗ったらレプタライトの風水士〔ジオマンサー〕どもに感付かれるってことだよ。国に感付かれたら逃避行に支障が出ちまう。そして竜脈を避けて通れる奴もおそらく同じ……」
「竜人」
「その可能性が高いってわけだ」
「アゲハは儀式の直後だ。マナの泉でゆっくり休め。その間に俺が偵察をする」
「私も行くわ」
「わかってくれアゲハ。今のお前では足手まといだ。まずアゲハが黒魔術〔ウィッチクラフト〕や天術〔アストロノミー〕の使い手であり傍にいれば百人力であることは承知している。だからこそ、マナが枯渇して十分な力を発揮できないお前が今動く必要はないんだ。それに俺の車輪は素早く走れるがお前を乗せている間はどうしても速度が下がる。いざという時に逃げきれなくなる可能性が高い。最後に男が竜脈を知り竜人である可能性が高い点だ。取引するならば悪い心象は与えない方がいい。どうだ、反論はあるか」
「……」
「心配するな。密話〔メッセージ〕のチャンネルは常に開けておく。離れていてもずっと一緒だ」
アゲハは無言で答えた。カマキリの脳のチャンネルに聞こえてくるノイズ、アゲハも密話〔メッセージ〕を開放してお互いの脳の円環〔サーキット〕が物理的に繋がれたのだ。共神経〔コネルヴェス〕のように記憶や感情を繋げることは出来ないが、微かなノイズが相手との接続を感じさせる。
カマキリは膝のボックスから車輪を出し森の中央へ向かって走り出した。
***
早贄の森の深層。
巨大な鋼の木々と有刺鉄線の下草が茂る森の中に小さなマナの泉があった。その泉にはガラクタがうずたかく積み上げられ、青いマナの漏光に照らされてガラクタの島が出来上がっていた。ガラクタは鋼鉄の体躯と剣や銃器のような武器ばかりで、マナの神秘性を讃えながらも血生臭さに満ちている。
ガラクタが山積みにされた泉の上で、金髪の男は新たなチューブを腕に突き刺した。チューブのもう一方の先にはガラクタの山から拾い上げた砲筒〔バズーカ〕が接続されている。男がこの武器を振るい動力の引き金を引くには、彼のオドをマナに変換する必要があり、その役目を果たしているのがこのチューブだ。チューブが慣らされてマナ・オドの変換が出来るようになるまでには時間を要した。
マナをそのまま動力として使用する鋼体と違い、肉体はオドで活動する。肉体を持つ者はマナを食品に加工し消化してオドにしなければ生きられないし、オドをチューブ伝いにマナに変換しなければ武器も満足に扱えない。肉体とは不便なものだが、だからこそ人々は人間らしさをそこに求める。体の殆どを交換する甲虫〔バグ〕は一歩間違えればただの人形と変わらない、それゆえ忌避されているのだ。
「時が来たか……」
男は手を握っては開きを繰り返してチューブが体に馴染んだことを確認すると、砲筒〔バズーカ〕を背負った。その後、泉を覗き込む。マナの泉には金髪の男のぎらついた目と痩せこけた顔が映し出されている。男は親指を黒の塗料瓶に付けてから頬から鼻を通り反対の頬へ一文字を描いた。
男の名はモズと言った。
ぐるるる……と、モズの腹の音が鳴る。暴食の証。肉体が肉体であることの証明。
この世界の人々でさえ肉体に残すことを禁忌としている部位がある。それが胃だ。肉体の胃にはマナをオドに変換する機構が存在せず、鋼体に変えなければ人間以外が滅んだこの世界で生きていくことなどできない。そうしなければ、人食いの怪物〔モンスター〕として人間社会の秩序から追放されるだけだ。肉に溺れても鋼に取り込まれても、マナに冒されたこの世界で人間らしさを勝ち得ることは出来ないのだ。
「狩りを始めようか」
モズは怪物〔モンスター〕であった。
***
ほどなくしてカマキリとモズは遭遇した。
「ようそこのお兄さん。こんな森の奥に人がいるなんて驚いたぜ。……おっと俺はあんたを襲うつもりはねえ。わかってくれるよな」
カマキリは走行姿勢のままモズに語り掛けた。左手の震動剣〔ヴィヴロブレード〕の刃は向けず、右手のハンドジェスチャーだけを織り交ぜ、交渉の意志を伝える。カマキリの排気口から青い蒸気が漏れた。
モズはカマキリが話をする間、ずっとカマキリの顔のモニターを眺めていた。モニターの裏でマナの光が明滅している。
「あんたも知っているだろう。この森を抜けた先に甲虫〔バグ〕達の安息の地があるという噂を。そこには人種の違いによる争いも憎しみもなく、平和な日々を享受できるという噂だ。俺はそこへ行きたいんだ。だからこの森を通してくれねえかな」
「知らんな……」
「ところで、道中にあったんだがあの石のオブジェは何なんだ。あんたが作ったのか」
カマキリの問いにようやくモズは顔に笑みを作った。笑みとは、狩猟者が獰猛さを見せる時の威嚇の表情である。
「あれはお前の……お前達の墓場だ!」
モズは左手を強く引いた。手に絡められたワイヤーに引かれて複数のポールがカマキリめがけて別々のタイミングで倒れていく。
「くっ……原始的な罠かっ!」
(激しい戦闘が行われるが、決着はつかずにお互い弾とマナだけを消耗する)
「ちっ……弾切れだ。この勝負預けておくぜ!」
カマキリは全身の排気口からマナの蒸気を吹き出しながら車輪を逆回転で駆動させる。モズの射撃の追撃を急加速で躱しながらポールの背後に隠れた。
『カマキリ、大丈夫?』
『ああ……なんとかな。だが交渉は決裂だ。あいつは竜人じゃねえ』
カマキリは密話〔メッセージ〕でアゲハと会話しながら全速力でその場から離脱する。追撃はない。もう脅威は去ったようだと判断し、カマキリは警戒度を下げた。だがそれは誤算だった。
竜脈を避けるために横にそれた瞬間、輝く光の奔流がカマキリの胴体を貫いた。カマキリの体は一瞬でドロドロに溶け、それは大きな風穴となってカマキリの首から上と下半身を切断した。
「ガッ……ァ……ッ……」
全身が悲鳴をあげる。カマキリの四肢があった位置は熱しか残っていない。首を通る神経は消えた部位への命令伝送を絶え間なく続け、積み重なるエラーで体内の熱量が急激に上昇していく。これに関しては肉体も鋼体も変わらない。欠損した四肢は熱量となってフィードバックされるのだ。カマキリは久しく忘れていた痛みを思い出した。戦場で負った欠損と痛み、過去がフラッシュバックしこの熱量と痛みを関連付けしていく。前回と今回の違いがあるとするならば、残念ながら支えになり治療してくれる人が傍らにいなかったことだ。
支える物を失いカマキリの首はふわりと浮かび後ろに翻った。モニターに映ったのは熱線砲筒〔ビームバズーカ〕を構えた豆粒大のモズであった。なんてことだ、あんな距離から狙われていたのか。カマキリはモズの顔を拡大しはっきりと見据えようとしたが、痛みで増大し続ける重荷〔バーデン〕に耐えられず脳〔カーネル〕は活動を停止させた。カマキリの意識はそこで途切れた。
***
――ガン、ガンッ。鋼鉄同士を打ち付ける音が響く。
カマキリが次に目覚めた時、モニターの映像よりも先に飛び込んできたのは聴覚を刺激する周波数だった。マイクロフォンが空気の揺れを感じるより早く、頭が揺さぶられることで脳〔カーネル〕が直接音の波を知覚したのだ。マイクロフォンはまだ受容〔レジスター〕されていなかったが、脳〔カーネル〕の学習がマイクロフォンの周波数を感じた時の他の様相を照らし合わせ、カマキリに音を喚起させることが出来た。
(なんだ……俺はまだ死んでいないのか……?)
カマキリのモニターにうっすらとマナの光が循環すると、カマキリの視界が徐々に実体化する。映し出された風景はまだ森の中だがこれまでに見たことがない場所だった。遠方の直立ポールに囲まれ、枝別れしたポールが無造作に突き立てられている。それらはただ柱というには所々隆起しており、事細かに調べてみればそれらは甲虫〔バグ〕の体の破片に相違なかった。静的〔スタティック〕な景色を一通り見渡した後、カマキリは視界の隅に移る渾的〔ダイナミック〕な影を識別した。
完全な肉体で造られた人間の顔。それは金の髪に黒い瞳の男で、死人のように痩せこけた顔に鼻を通る一文字の黒化粧をしており、口からはよだれを流しながら狂ったように金槌を叩いていた。叩かれているのはカマキリの体で、受容〔レジスター〕されたばかりの体温調節器〔ホメオスタシス〕が四肢と胴体の発熱を訴えてくる。
「てめえはっ……!」
「モズだ」
「俺を磔〔はりつけ〕にして何をするつもりだ」
モズは笑みを浮かべながらカマキリの体に鋲を打ち付ける。そのたびにカマキリが張り付けられた枝ごと揺さぶられ、カマキリの口から青い蒸気が漏れる。
「お前が良くわかっているはずだ」
カマキリの聴覚を揺さぶる鋲の音に加えてノイズが混じる。セッションの最中に遮断された密話〔メッセージ〕が再起動したのだ。
『カマキリ、大丈夫?突然回線が切れたから心配していたのよ。どこにいるの……?』
『アゲハ……俺は……』
カマキリは自分が人質であることに気が付いた。これは餌だ。モズは俺達が二人いるということを知っていた。カマキリの記憶〔メモリー〕で、モズから出た言葉がヒットする。
“お前達の墓場だ”
奴は知っていたのだ。カマキリとアゲハが二人で来ていたことに、あの列石を作った時から……二人が早贄の森に立ち入る前からだ。奴はただ獰猛なだけの化物〔モンスター〕ではなかった。未来予知。黒魔術〔ウィッチクラフト〕でも先読み〔プレコグニション〕はできるが、それはあくまで二、三秒先の未来を過去のデータと網羅された物理法則の復号〔デコード〕変換によって解読するだけに過ぎない。奴が行っている予知はそんなレベルではない。未だ明かされぬ天術〔アストロノミー〕や地術〔ジオロジー〕の聖なる御業か、あるいは他の何かか……。いずれにせよ、カマキリが恐ろしいものに相対していることを本能で理解するには十分だった。
『アゲハ!俺はもう駄目だ。俺を置いて逃げろ!』
『あなたを見捨てられるわけないじゃない』
『それが奴の……モズの目的だ。森の奥には近付くな……』
『カマキリ、あなたと一緒でなければ意味なんてないわ。何のためにここまで来たと思っているの。必ず二人で自由になるのよ』
カマキリは密話〔メッセージ〕のチャンネルを切った。
「貴様ァーーー!」
カマキリは激昂し鋲打ちされた体を動かした。だが、ポールに固定された体はわずかに震えただけだった。カマキリの頭部からは並々ならぬ量のマナの青い蒸気が生じる。
「お前の武器も車輪ももう剥いである。いくら暴れたところで抵抗など無意味だ」
モズは冷酷に告げる。モズの右腕には震動剣〔ヴィヴロブレード〕と繋がるチューブが伸び、先端の針が肉質の中に沈み込んで脈動しているところだった。脚も同様で、トーとヒールに車輪のついたカマキリの脚だったものをブーツのように履き、そこから伸ばしたチューブの先端を生の足に突き刺し馴染ませているところであった。
カマキリの体は交換を前提とした汎用品であり、震動剣〔ヴィヴロブレード〕も車輪の足もカマキリだけの特別なものではない。マナを供給する端子があれば誰でも使用できるし、オドを蓄えた肉体にとっては装備品のようなものだ。マナを媒介に力を発揮する呪われた装備品達は今もなお黒魔術師〔ウィッチ〕達に作られ戦場に投入され続けているのだ。
***
「カマキリを返しなさい」
鋼鉄を打ち付ける一定のリズムが刻まれる中、磔台にアゲハの細い声が響いた。モズは金槌と鋲を地に落としリズムを止めた。カマキリの胴体と四肢には既に埋め尽くすように鋲が打たれ、その惨たらしい姿となっていた。
「アゲハ……逃げろと言ったのに……」
「カマキリは取り換えることのできない大事な私の一部だもの。決して手放したりはしないわ」
「この甲虫〔バグ〕が欲しいか……ならば貴様の命と交換だ」
モズは震動剣〔ヴィヴロブレード〕のトリガーワイヤーを勢いよく引き、内臓タービンを始動させる。震動剣〔ヴィヴロブレード〕は音と揺れとマナの蒸気で唸り声をあげた。その唸りが開戦の合図となった。
アゲハは腕の端末に一つの記号を描いた。交差と縦線が交わり、上と右上の先端と下と右下の先端をそれぞれ直線で繋いだもの。反転させたKと、そのままのBを縦線で重ね合わせたもの。縦に並べられた二人の菱右半〔リプレイ〕と彼等の尾。右に向かって大きく羽ばたく鳥の翼。あるいは揚羽蝶〔アゲハ〕。その描き方はいかようにも表現できるが、呼び出されるものは一つだ。
「我が招請に応えよ、青き牙〔ブルートゥース〕よ」
青き牙〔ブルートゥース〕……鳥人たちが使う天術〔アストロノミー〕の中ではとても高度な術で、影界〔オーギュメンテッド・リアリティ〕に青き牙の天使〔ブルートゥース・エンジェル〕を召喚する。青き牙〔ブルートゥース〕は戦のために作られた呪われた黒魔術〔ウィッチクラフト〕を魅了し、支配し、自壊させる。その影響力は遠くまでは及ばないが、一定の範囲内に近づいたものであれば何であれ逃れることができない。青き牙はマナを飲む邪悪な悪魔を食い破るのだ。青き牙〔ブルートゥース〕は本来は破壊の天使ではなかったが、彼を使えるほどの高位の天術師〔アストロロジャー〕が軒並み軍人〔エイボス〕となったからである。戦を知ったエイボスの天術師〔アストロロジャー〕が自分の身を守るために装備品につけられた共通の機構に目をつけ、青き牙〔ブルートゥース〕にそれを命令させるようになったのだ。「――自爆せよ」と。それまでの彼は翼人と品物の間に仲介者として立ち、一対一〔ペア〕の絆を助けるだけの心優しき天使であった。
かくて青き牙の天使〔ブルートゥース・エンジェル〕は影界〔オーギュメンテッド・リアリティ〕に顕現した。この天使は四本足で立ち、二枚の翼をはためかせ青い牙を剥き出しにしている。とは言っても彼を見ることが出来ているのはこの場ではアゲハただ一人だった。影界〔オーギュメンテッド・リアリティ〕は退廃的な亡霊の世界。色を失った現実の虚像に重なるように現れる鮮やかな色彩、亡霊達は退廃的な過去を照らし遺された言葉を伝える。亡霊の世界に視界を開くのに手っ取り早い方法は黒魔術師〔ウィッチ〕に頼み第三眼〔サード・アイ〕を移植してもらうことである。アゲハの複眼もまた、黒魔術師〔ウィッチ〕によって誂えられたもので、その視界の一つあるいはそれ以上で亡霊の世界を見渡すことが出来るのだ。
カマキリとモズには青き牙の天使〔ブルートゥース・エンジェル〕は見えなかったが、アゲハの周囲で強く輝き波打つマナの潮流は目にすることが出来た。
「青き牙〔ブルートゥース〕など……!」
モズは震動剣〔ヴィブロブレード〕の切っ先を突き出してアゲハに突撃した。ブーツの左右のヒールとトーについた計四つ車輪が大地を抉り加速する。
決着は一瞬であった。青き牙〔ブルートゥース〕がモズの装備を噛み砕いた時には既に遅し、爆風の中から突き出たポールの破片がアゲハの咥内を貫いた。構造物は命令を知らぬため、青き牙〔ブルートゥース〕に干渉されなかったのだ。
「アゲハッ」
「カマキリ……ごめん……守れなかった……」
アゲハは口から白い血を吐きながら倒れた。
モズは爆風で出来た全身の傷から血を流しながら、肩で息をした。アゲハが呼び出した天使は、震動剣〔ヴィヴロブレード〕と脚のブーツを爆破することに成功していたのだ。バラバラになった二つの装備品はもはや鉄屑でしかなかった。
***
早贄の森の深層。
ガラクタが積まれたマナの泉の上で、モズは二つのガラクタを取り出した。既に活動は停止しているカマキリとアゲハの頭だ。
モズはアゲハの頬の生肉をレンチで引き剥がし、口へ運ぶ。モズは久々の食料を咀嚼した。餓えの時間は長かったが、胃はすんなりとその栄養を受け入れた。
「これだけか……」
モズは自分の腹をさすった。カマキリの体は全て鋼体で出来ており、モズの欲する生肉は一つもなかった。
食後の頭部をレンチの尻で引き剥がしながらモズはアゲハの脳〔カーネル〕を調べる。何層にも積み重ねられた黒魔術〔ウィッチクラフト〕の基盤が神経の銅線に繋がれているだけで肉体は一切ない。
「やはりこいつも人形か」
モズは同じようにカマキリの頭部も開く。モーターに繋がれた複層のディスクと、スライダ・サスペンション・アームの三つが一体となったヘッド・アセンブリが露わになる。その構造は異なっていたが、カマキリの脳〔カーネル〕もまた黒魔術〔ウィッチクラフト〕により鋼体へと置き換えられていた。
「黒魔術師〔ウィッチ〕に偽の記憶を植え込まれ生きる傀儡は、彼女たちの目的のためにありもしない楽園の幻想を抱く。この世はどこまで行っても生き地獄だ」
モズは二人の頭部のカバーを塞ぎ直し、それぞれから伸びるプラグをもう片方の端子に繋いだ。モニター、マイクロフォン、ファンなどの部位は端子から引きちぎり、使い物にならなくした。脳〔カーネル〕と脳〔カーネル〕だけが接続された純然たる円環〔サーキット〕。モズは二人の鋼体を弄びそれを完成させると、泉の中に放り捨てた。
青いマナに受け入れられて二人の頭はゆっくりと泉の深淵へと下っていく。それは一番下の光が届かない場所まで落ちると、コツンと他の金属に当たって姿勢を変えてから底面で止まった。そこは周囲のマナだけが潤沢に存在し、鋼体が生きるだけならば不自由はしない空間。
衝撃がカマキリの脳〔カーネル〕の起動の引き金となった。視覚も聴覚もない深淵の中でカマキリは目覚め、そして始めにアゲハを見つけた。最後に見つけたのもアゲハであった。有線〔ケーブルド〕の操作でアゲハの起動が終わると、二人は儀式を始めた。互いの記憶と感情を交換する儀式。それは一旦始まると常に合法的〔ヴァリッド〕で、その身朽ち果てるまで続く。二人の楽園はここにあった。